行く人来る人

 ドワーフたちが船着き場に集結している様子を見に行ったソフィさんとキキは直ぐに帰ってきた。


「ドワーフ族の皆様は──というと語弊がありますね。ドワーフ族の半数ほどが船着き場から自国に戻られるようです。キキちゃんが調べてくれました」


 ソフィさんの報告では主に岩塩を中心に、鉄鉱や灰銀鉱などの採掘を行っていたドワーフ族の大半が離脱。

 それと森のダンジョンから出てきたドワーフたちも船着き場で船出作業を行っていたそうだ。

 領内で鍛冶業を営んでいるドワーフのほとんどは残っているらしい。


「まだ、ダンジョンに残っているドワーフは攻略が終わったらモリアに戻ると言ってましたニャ」


 ソフィさんの報告に続いてキキが言った。


「帰るのは別に良いんだけど逃げるように黙って行くのはちょっと気になるね」

「そうねー。モリア王国で何かありそう。キキちゃんを見て態度が変わったとなるとよっぽどの事があったんじゃない? キキちゃんからその事は訊いたの?」


 俺がぼそっと出した言葉にフィーナが質問で返すと、


「ウチがドワーフに攫われて奴隷にされたことは言いました。今日、シドル様に奴隷の首輪まで取ってもらいましたニャ」


 と、キキがフィーナの問いに答える。


「私が家を出てからのアレ?」


 イヴェリアが言葉にした〝アレ〟というのは召喚のことだろう。


「そうだよ。それで首輪にかかった契約魔法を解除してもらったんだ」

「あの後からモリア王国に精霊魔法での遠視がしづらくなってたから妨害したのでしょうね。ケレブレス様も気にしてらしたわ」


 ケレブレスの名前が出てきたが彼女は森のエルフの女王。

 見た目が大変好ましいハイエルフの女性だが、彼女は森から離れることができないからこちらを常に監視したり、俺の与り知らないところでイヴェリアとの念話を楽しんでいるらしい。

 俺はケレブレスとやり取り出来るわけがないからお話をするにはエルフの森に入らなければならない。

 今の状況では当面ムリだ。

 ともあれ、悪魔を使ってドワーフの奴隷だったキキの首輪を俺が勝手に外した事実は彼らの知るところ。

 それに対する反応が今回の集団離脱ということであれば残ったドワーフたちに伺いを立てる必要がある。

 なので俺は「ケレブレス様は置いておいて──」と言葉にしてから、


「どちらにしても、残ったドワーフ──特に、鍛冶屋を開業したドワーフたちのところには個別に伺わないといけないね」


 と、そう口にすると、この小さな城に居る女性たちは賛同してくれた。


「そういうことなら私がシドル様の護衛として同行します」


 最後まで黙って様子を伺っていたカレンが珍しく俺の護衛に付くと申し出てくれる。


「ありがとう。カレン。なら、明日、よろしく頼むよ」

「はい!任されました」


 カレンの言葉でドワーフの話は終わった。

 ソフィさんの膝の上で耳裏の撫でられてゴロゴロ言ってるキキが気になったフィーナとイヴェリアは俺が矢で作った猫じゃらしを持ち出してキキで遊び始める。

 猫人族は本当に猫みたいだ。

 こっちの世界に来てから猫ってあまり見ていないから本当に毎日が新鮮。

 とはいえ、猫みたいだけど猫人族はヒトとそれほど変わらない。

 しかもロリ巨乳。

 多種多様の巨乳の女性たちが戯れる姿は目の保養。時折、目に毒にもなるがそれは俺が禁欲生活を強いられているからだろう。

 そんな気を紛らわすためにカレンを見て、


「カレンはアレに混ざらなくて良いの?」


 と訊いたら、


「私、目が痒くなってキキちゃんに近寄れないんです」


 と、カレンが返してきた。

 彼女は猫アレルギーか。

 猫人族に猫アレルギーまで実装するとは、エロゲの世界には不思議がいっぱい。


 それから、翌朝──。

 ジョルグが家の扉を叩いて報せにきた。


「ドワーフ族が村から出ました」


 そりゃ、突然居なくなったら驚くよね。

 ましてや築城作業のお手伝いをしてもらっていたんだから。

 そういったところから報告が上がってきていたんだろう。

 ジョルグはバハムル王国のこの王都とも言えるバハムル村の執政を担う高官。

 俺が村に始めてきたときは村長に近いポジションに収まっていたから、そのまま、爵位を与えて村の統治を引き続きお願いしている。

 バハムル王国の授爵第一号が彼。それ以外の貴族は皆、エターニア王国での爵位をそのまま維持。

 どうやら俺は、エターニア王国の最後の王ジモン・エターニアの妹の母さんの息子でジモンが失策したからメルトリクス家から俺が推挙されて王位に就き、顕現させた神獣ベヒモスにあやかり、国名を変えてバハムルに遷都した旧エターニア王国の国王だと捉えられているところがあるみたいだ。

 話に尾ひれがたくさんついて、国民の記憶の奥底に忘れ去られていたバハムルの成り立ちまで掘り起こされて、それが俺の国盗りと王座への物語として語られているそう。

 そんなだから、恥ずかしくてバハムルから下りられなくなっているのも事実の一旦として存在する。

 こういった英雄的に見られているのはエターニア王国時代の末期と言えるアルスとフィーナの父親の所業の所為。

 【主人公補正★】の支配下に堕ちていた者たちが正気を取り戻したときに貴族や平民の間で暗い影を残した。

 その暗い雰囲気から逃れるために英雄活劇として俺が使われた格好になってしまったのだ。

 話を戻そう。

 そのジョルグからの報告を受けて、カレンを護衛として伴い、築城作業現場に向かった。


 小人ドワーフが一人も居ない築城作業現場。


「陛下。この通り。ドワーフが誰一人おりません」


 作業員の一人が困った顔をしてる。

 それもそうだろう。

 築城に関わっていた作業員の三分の一がドワーフだったからね。

 だが、俺は多芸多才のシドル・メルトリクス。

 あらゆるスキルと魔法を使うために膨大なMPを持ち、【MP自然回復★】というユニークスキルで無限にスキルや魔法を行使する。

 足りない作業員はその無尽蔵と言えるMPを代償に【召喚魔法★】で土の精霊ノームを召喚。


「足りない分は、こいつらを使ってくれ」


 実体化に近い状態の土の精霊を数十体と作業員の上長に差し出した。

 今はこの他に、バハムルの断崖の峠道を拡張するためにも多くの土の精霊ノームを使役してる。

 彼らは俺が魔素を与え続けている限り昼夜を問わずしっかりと働いてくれるのでとても助かってる。


「ありがとうございます。とても助かります」


 作業員の感謝を受けて俺は築城作業現場を出た。

 ノームはドワーフたちの祖みたいなものでドワーフからの信仰が厚い。

 とはいえ、それは古いドワーフの話でエルフと比べると寿命が短い彼らは代替わりを重ねる度に精霊への信仰心は削がれていった。

 それはここで精霊を召喚して使役しているとドワーフの態度で何となく感じている。

 人間と同じで技術が発達していくと科学的、文明的な思想や文化が民衆の間では大きくなり、見えないものに対する信心は薄くなる。

 こういった精霊信仰の弱まりはイシルディル帝国でも見受けられた。

 森のエルフから袂を分かち、イシルディル帝国を築いて繁栄を遂げるダークエルフたちは、人間との混成が進んだからというもあるのかもしれないが、ドワーフたちと同様に精霊信仰が失われつつある。

 ただ、ドワーフ族は身分が低ければ低いほど、イシルディル帝国以上に精霊との関わりが薄く信仰心が全くないと言えるほどで、イシルディル帝国の信心の薄さとはまた方向性が異なった。

 ドワーフの上層部は【精霊魔法】を自由に行使し、精霊を敬い、信仰する。

 要するに精霊の力を権力者が独占している状態だった。


 ともあれ、モリア王国の構造には少し問題がありそうだ。

 ああいう上から下へ権力を奮う社会っていうのは腐敗し易い。

 実直で職人気質な面は好ましいけれど、その反面、魔族領に攻め入って猫人族を拐い奴隷として扱き使うというのは、そういった気質の一端なのかもしれないが、その点に関してはキキを見て、ドワーフ族とは距離を少し保っておきたいと思わせる要因の一つになった


 ドワーフ族についてはこれからもっと考えることになりそうだ。

 そう考えに耽りながら小さな城に戻ると粗末な門の前にちょっとした人集りが出来ていた。


「シドル様!」


 耳がツンと尖った褐色の素肌。

 分厚いローブの下は薄着という集団。

 二十名ほど──二個分隊程度でいくつもの荷車を引いているのが見える。

 その中から俺の名を呼んで出てきた二人の女性。

 ルシエル・メネリルとモルノア・テルメシル。

 目が合って、声をかけることにした。


「ルシエル様にモルノア様。お久しぶりです」

「シドル様、御即位誠におめでとうございます。お久しぶりですね。本当に」


 ルシエルがローブを抓んでカーテシーを見せると、その隣のモルノアもルシエルに倣った。


「シドル様。お久しぶりです。ご健勝で何よりでございます」


 モルノアがカーテシーを披露すると後ろに控える帝国の騎士たちが片膝をついて頭を下げる。


「頭をお上げください。ここでは何ですから迎賓館にご案内します」


 と、俺が言うと騎士たちが立ち上がってくれた。

 未だにこういうのに慣れない。

 だいたいこの村は王都だというのに城はこの小さな屋敷で現在建築中。

 当然、玉座なんてものも無い。


「その前に従者を呼んできますので、お待ち下さい」


 俺はそう言葉を残し、カレンにこの場をお願いして屋敷に入り、ソフィさんを連れてきた。


「あら、エルちゃん、ノアちゃん。久しぶりね。元気にしてました?」


 ソフィさんから二人の敬称が出てきてびっくりだったが、誰もそれを不敬に感じないどころかルシエルとモルノアは笑顔で対応──というより和気藹々とした雰囲気でキラキラし始めている。


 ま──眩しいッ!

 目がヤられてしまうッ!!


 そして、遅れて合流したフィーナ。


「あ、エル様! ノア! いらっしゃい。道中、大変じゃなかった?」


 などの声から始まり、それから少しの間、キラキラした空気の中で女性陣が言葉を交わしていた。

 そうして女性たちが道すがら姦しく会話を重ねているうちに案内先となる迎賓館に到着。


「とても立派な建物ですね」


 迎賓館の正面に着くとモルノアが言った。


「ここは最近、出来たからね。ドワーフたちに手伝ってもらって建てました」

「それでこの出来栄えなのね。とても綺麗で驚きました」


 迎賓館は屋敷からそう遠くない場所──というか建築中の王城の正面に位置する。

 門庭を広く取っていて馬車を停車する面積を確保。

 建造物はとても豪華で剛健な印象を与えるものだ。

 曰く『神獣ベヒモスを思い起こさせるもの』を彼らは目指したのだとか……。

 王城も迎賓館と同じくベヒモスを象徴する様式らしいが、今日、肝心のドワーフたちはいなくなった。


「え、と──。それから贈呈品をお持ちいたしましたので、どうぞ、お納めくださいませ。お姉様の機微でいろいろとご用意させていただきました」


 ルシエルはそう言って騎士たちに二台の荷車を差し出した。

 荷車は全部で三台。そのうちの二台が贈呈品だったらしい。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」

「中身についてはあまり人目のつかないところでお願いしますね。とお姉様に言われておりますので、ご配慮いただければと──」


 一対、中身は何なのかとルシエルのその言葉で気になったが「わかりました」とだけ俺は返した。

 それから迎賓館に入り、入浴等行ってもらっている間、ソフィさんはカレンと二人で食事の準備。

 フィーナは受け取った品々を俺に見せずにイヴェリアと二人で開封したらしい。

 その中には帝国の贈呈品としてかなり貴重な品々をいただいた。

 その一つにゴムがあって、


(これは鍛冶屋に持っていってみるか)


 と、バハムルに残ったドワーフの鍛冶師を頼ることにする。

 前世の記憶をサルベージして『こういうものを作りたい』とは言えるけど、具体的にどうやって作るのかまではわからないのだ。

 ドワーフならゴムのより良い使い道を見出してくれることだろう。

 やりたいことがどんどん増えてるのにやらなきゃいけないことが全然減らない。

 クリア後のエロゲ世界に到達したというのに、快適な生活まではまだまだほど遠い。


 ともかく──だ。

 いただきものを整理して、ゴムは明日、ドワーフの工房に持っていくとして……。

 今日のところは歓待の準備だね。

 ということで、俺たちはバハムル村の村民たちと帝国からはるばるやってきたルシエルたちを迎え入れることとなった。

 なお、ルシエル曰く。


「この度は領事館の設置の許可をいただきたく、許可をいただければ私はモルノアの一緒にこのままバハムルにとどまることになります」


 そう伝えられた。

 断る理由がないので候補となりそうな土地を彼女たちに案内しよう。

 こうして、多くのドワーフがバハムルを去ったその日、イシルディル帝国から使節が来て領事館を置くということになった。

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