奴隷
ソフィさんはキキが可愛くて仕方がない。
貴族の女性のソフィさん。
普通であればキキくらいの娘がいてもおかしくない年齢なのだ。
学校の成績が良くないからと結婚を断られると冒険者に転身。
最初は冒険者になったことで婚期を逃した。
それから冒険者をクビになって冒険者組合に就職。
そして、俺を追いかけてバハムルで領城の使用人となり、婚期を終えてしまったと言っても過言ではない。
ソフィさんと一緒に行動すると移動速度が二倍になることから俺だけじゃなくフィーナも重宝がって使わせていただいている。
そんなわけで、ソフィさんはキキを『私に子どもがいたらきっと今頃はこのくらいだった』と思っているのかもしれないと俺は感じていた。
そうしてソフィさんとキキのじゃれ合いが落ち着いたころ。
俺はキキを呼んだ。
「バハムルでやっていけそう?」
「ここのみんニャはとても良くしてくれるニャ。とてもありがたいですニャ。でも、だた──」
その後に
「でも……ドワーフは怖いですニャ」
と続く。
昨日、キキがモリア王国で奴隷だったと聞き、身につけている首輪がその証だと見せてくれた。
キキはソマリ村というちょうどバハムルの真北に存在する村が出身らしい。
真北と言えば近いけれどいくつもの険しい峰を越えなければ辿り着かない場所にある。
エルフの森から魔族領に入って帰ることはできるだろうがドワーフはエルフと同じく精霊から袂を分かつ種族。
ドワーフは精霊魔法に長けているからドワーフたちの監視の目がいつでもあるわけだ。
このバハムルにはドワーフ族が住んでいるし、物理的な目と精霊魔法による目によって、キキは監視されているんじゃないかと怯えている。
ドワーフたちがキキを見たときの反応は、やはり気になったしね。
そんなわけで俺は一つキキに魔法を使うことにした。
でも、その前に──。
俺は考えた。
【奴隷の首輪】を鑑定したところによると、その首輪に込められた魔法は悪魔が使う闇属性魔法に基づくもの。
であれば、その解除を【鑑定★】で分析をしながら闇属性魔法で解除していくか【召喚魔法】で天使か悪魔を喚び、首輪の呪いを祓ってもらうか首輪に込められた闇属性魔法による契約をより高い階級の悪魔になら無効化してもらえるんじゃないか。
そして、俺は数々の精霊を今もなお、使役していることから、ムリのなく喚べる階級の悪魔が良い。
では──と、逸る気持ちを抑えて、まだ、家を出る前のイヴェリアに声をかけた。
「ちょっと、お願いがあるんだけど──」
ちょうど粗末な領城のこの家の玄関先で、イヴェリアを呼び止める形になってしまった。
「あら、何かしら?」
「ごめん。これから出るんだよね?」
「ええ。領民に教育を施しに向かおうとしていたわ」
「申し訳ないんだけど──」
手短に理由を話して、精霊魔法による監視の妨害を解いてもらった。
「宜しいの?」
と、聞かれたけど俺は「今回は示威行為みたいなものだから」と答えた。
サクッと妨害を解いたイヴェリアはその後、そのまま「では、行って参ります」と家を出た。
それから俺はキキを呼び出して
「これから、その奴隷の首輪を取るよ」
庭先に連れ出した。
──召喚ッ!
伯爵級の悪魔、ラウム。
俺の膨大なMPを半分には満たなかった。
以前、天使を召喚したときは能天使だったけど、その時はガッツリMPを持っていかれた。
あれから考えると伯爵級ってそうでもないんだと思いたいけど、あのときはまだ召喚魔法を覚えたてでMPだって今よりずっと少なかったからな。
そう考えると天使よりも悪魔のほうがMPを使うらしい。
そして、悪魔を使ってキキの首輪はあっさりと外れる。
ちなみにその代償に俺のMPの残り半分を差し上げた。
キキの首に着いていた【奴隷の首輪】は浄化されて消滅したわけでなく、破壊されて粉々になったわけではない。
ラウムのより高位な契約魔法で首輪の効力を無効化しただけだった。
だから、悪魔が『首輪にかかっていた魔法は除去した』と言っていたので、俺はキキに伝える。
「首輪は効力を失ってるみたいだから、そのまま取れるみたいだよ」
首輪の見た目そのものに変わりがないから、奴隷の首輪はそのままだと思っていたらしい。
俺の言葉で、キキは首輪に手をかけると重い【奴隷の首輪】はガチャリと枷が外れてキキの首から離れた。
「ああ──。身体が軽くニャった……。ありがとうございますニャ。本当に、ありがとうございますニャ」
キキは喜んで涙を流す。
そんな大袈裟な。とは思うけど、この首輪に縛られて辛い思いもしたのかもしれない。
曰く、三年。
九歳という子どもの頃から三年も奴隷として使役されていたんだ。
俺は精霊を召喚して監視魔法の妨害を再開。
自由になったとはいえキキはまだ保護するべきだと考えて、しばらく面倒を見ると伝えることにする。
「気にしなくてもいいよ。とにかく、ここにいる間は俺たちが面倒を見るし、教育もイヴェリアがしてくれるからさ」
「ありがとうございますニャ……。でも、ウチ、お兄ちゃんを探したいんですニャ……。村にも帰りたいです……」
キキは奴隷から解放されて安心したのか、望郷の念が強まっていた。
逸る気持ちはわからなくもない。
けど、このままではせっかく助けたのにキキに何かがあっては台無しだ。
そう考えた俺はこのバハムルの山脈の向こう──真北にあるという魔族領のソマリ村への道のりを説明。
「確かに、ウチではきっと村に辿り着けニャいニャ……」
俺が説明を終えるとキキは肩を落とした。
エルフの森を経由して魔族領を横断する道のりが非常に厳しいらしい。
今のキキの強さではムリだと本人は悟った。
かと言って、真北に抜けるにも標高が高く険しい山脈の山々を越えなければならない。
バハムル湖の対岸に渡るのはドワーフたちが居るから難しい。
キキには便利な【雲隠れ★】と【認識改変★】と言うスキルがあるが、今のキキでは長時間、スキルを発動し続けることができない。
そういったわけで、キキに故郷の村へ帰るには自身が賢く強くなるべきだと彼女に理解してもらえた。
奴隷の首輪が外れたキキを連れて俺はバハムル村を歩き回る。
目聡いドワーフが居れば何かしらの反応を示すはず。
キキを連れてバハムルの村をゆっくりと見回った。
最初は水道施設。
水道施設はドワーフがこの村に来てから随分と発達した。
それまではバハムル湖から引いた湖水を軽石や活性炭でろ過、浄水して水汲み場まで配水していた。
ドワーフが来てからは彼らの協力で配水管が出来て各戸に水道管を引き込んでいる。
だからどこの家も蛇口を捻ると水が出る。
残念ながらお湯は出ないけれど、それでも水道を引いたというのはこの村にとっては大きい出来事だ。
冬場は本当に大変だからね。
とはいえ、冬は配水管が凍るので
俺の前世の世界によると、この世界ににた異世界には魔石や魔道具と言った類のものが流通しているらしいが、残念ながらこの世界には魔石というものはない。
魔除けや耐性を補うパワーストーンはあるけど属性を帯びた石や長時間動作できる魔法陣といったものはない。
便利な道具の一つでも作り出せたらもっと快適だけど、俺の前世を通したってそんな技術や知識はない。
目で見たものくらいしか再現できない。
水道施設を見てそんなことを思う。
なお、下水道は下流に垂れ流しているけれど、一部、農家が肥料として使用するために堆積していたりする。
「ここの水がいろんな家に運ばれてるんですね。凄いニャ……」
と、まあ、キキの反応は微妙だった。
何でも、昨日、イヴェリアがキキを風呂に入れて洗ったときにキキは風呂に浸かるどころか、洗われるのも嫌がったのだそうだ。
水が嫌いは猫人族だからなのか。
水と言っても魔法で温めてるから湯なんだよな。
それでもキキは風呂が苦手みたいだとイヴェリアから聞いていた。
それから農作業をしている農家を訪ねたり、イヴェリアと母さんが領民に教えてる広場に行って、最後に家の裏──建設中の領城を案内。
ここでは俺が召喚した精霊たちと数人のドワーフ、それから、領民たちが築城作業に従事している。
「あ……」
と、キキが声を漏らしたのは見知った顔があったんだろう。
そのドワーフも口を閉ざしたまま無言でこちらを見ていた。
いつもなら「シドル陛下」とやってくるところだが、悪魔を召喚したときの禍々しさが残っているのだろうこともあり、俺に対する目は冷ややかなものだった。
ドワーフと目が合ったあとに、キキを見るとどことなくビクビクしてるし、向こうも目を見開いてこっちを見る。
俺は気になったので近くに居た領民を呼んで、ドワーフにこっちに来てほしいと伝えてもらう。
するとドワーフは一人ではなく二人の同族を伴って俺の傍にやってきた。
「シドル陛下、お呼びいただき光栄にございます。私めに何用でございましょうか?」
「昨日、猫人族のキキを保護して村の中を案内していたんだけど、ここに来てキミとキキの様子が気になったんです。それで呼び出してしまいました」
「い……いえ。私は猫人族が珍しいと思いまして……」
「そうか……。確かモリアでもそうですけど、バハムルで魔族を見ることそのものが稀ですよね」
「そうなんですよ。がっはっはっはっは」
ドワーフの男は大声で笑う。
それを冷ややかな目でキキは見たが、ドワーフが一瞬、キキの首に目線を送ったのは俺もキキも見逃さない。
「首に何か着いてました?」
そう訊いたらドワーフが一瞬、怯む。
「──何も……見てませんよ」
ドワーフは目を合わせてくれなくなった。
ここまでキキは一言も喋っていないが目線はずっとドワーフたちを捉えている。
「そうか。だったら良いですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
作り笑いを見せるとドワーフたちは頭を下げた。
「では、行こうか。キキ」
キキを見下ろすと斜め下から上目遣いが送られる。
目が合って、もう大丈夫ということだろう。
そのまま続けて俺はドワーフたちを見下ろして、
「忙しいところ、ありがとうございました。ではまた近いうちに築城作業を見に来ます」
と、そう伝えて建築現場から離れた。
家に帰って、俺はソフィさんと一緒にキキと遊びながらドワーフたちとのやり取りを振り返った。
「くっ……屈辱ニャ……。ニャんでこうなるニャ……」
矢じりを抜いた矢を逆に持って矢羽根でキキを釣る。
「あのドワーフたちはどこで知り合ったのか教えてもらえるか?」
と、俺が訊くとキキは矢羽根を追いかけながら答えてくれた。
キキは奴隷で、モリア王国の兵士に拉致され、つい先日まで奴隷としてモリア大坑道の最奥で使役。
モリアの最深層は照明が不足しているから僅かな光しか差さない。
そこで夜目に長けた猫人族を拐って働かせていたらしい。
バハムルで見かけたドワーフの大半はモリア大坑道で働いていた時の上官に当たる者が多かったそうだ。
バハムル北の鉱床に人を割くために大坑道の人員から採用したのだろう。
ここはドワーフ内でも身分などの軋轢がありそうだ。
ここには家業の鍛冶屋を継げず、就職先もままならない様子の若者がヤケに多かったからな。
ここでイキイキとトンカチを振る姿を見るに相当なプレッシャーがあったんだろうというのは以前から分かっていた。
それから夜になり、家でイヴェリアとフィーナ、カレンたちと団欒を楽しんでいたらソフィさんが恐る恐るといった様子で、
「シドル様。ドワーフたちが船着き場に集結しています」
と伝えてきた。
「そうか。武装とかしてそう?」
「わかりませんが、見てきましょうか?」
「構わないけど、俺も一緒に行くよ」
「シドル様は待っていてください」
「でも、一人で大丈夫?」
「もちろん大丈夫です。あ、でも、良かったらキキを連れて行っても良いですか?」
ドワーフたちは尋常じゃない状況なのか、俺は不安だった。
何かあってからではと思ったのに、俺と一緒じゃなくてキキを連れて行きたいと言う。
「キキが大丈夫なら良いけど……」
「ウチは大丈夫ですニャ!」
「私、キキは大丈夫だと思ってるんです」
そういうのはキキの持つ固有スキル【雲隠れ★】があるからだろう。
彼女のMPは少ないのでそれほど長い時間は使えない。
「確認したら直ぐに戻ってくるようにしてくれるなら良いよ」
ソフィさんの固有スキルの【飛脚★】があれば移動速度が二倍。
確認して戻ってくるだけなら大丈夫かな。
そう判断して、ソフィさんの提案に乗った。
「ありがとうございます。では、行って参ります」
と、ソフィさんはキキを連れて小さな領城から出て行った。
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