女性の集い 〜冒険者組合編〜

 翌日。

 ルシエル・メネリルはモルノア・テルメシルを随伴して冒険者組合を訪ねた。

 二人して寒さに震えながら恐る恐る冒険者組合の二重の扉を開いてエントランスホールに入るとそこには人間だけでなく、ドワーフやエルフといった種族たちが賑やかに談笑を交わしている。

 一般的にエルフとドワーフは仲が悪いとされている。だと言うのにこの組合ではそういった様子は伺えない。


(もっと厚着をしてくれば良かった)


 ルシエルは胸の内で愚痴を零すがそれはモルノアも同じで、ダークエルフの国──イシルディル帝国は大陸の南部に存在し、温暖な気候のせいで生地が厚い衣服を重ねて着るという風習がない。

 服装も袖が短かったりなかったりするものが大半で女性は下にハーフパンツか短いスカートといったものが大半。

 今日のルシエルとモルノアはノースリーブのワンピースにハーフスリーブのシャツを重ね着してきたが、氷点下に近付く気温のバハムルではそれは自殺行為と言えるほどの薄着である。

 そういったわけで、組合事務所に入ると冒険者たちの視線が彼女たちに向けられていた。

 寒さに耐えられず急ぎ足で受付カウンターに向かったルシエル。

 おずおずとカウンターに経つ妙齢の女性に声をかけた。


「イシルディル帝国のルシエル・メネリルと申します。本日はソフィ・ロア様を訪ねてまいりました」


 中肉中背で髪の毛も中くらいという〝中くらい〟という表現がハマる受付嬢である。

 そんな彼女が中域を思わせる声色で応対。


「かしこまりました。ではソフィ様をお呼びいたしますので、お待ちください」


 そう言ってカウンターから離れて後ろに下がっていった。


 待ち時間の間、ルシエルとモルノアは建物の中をキョロキョロと見回した。

 帝国にはない建造で物珍しい。特に透き通った窓は絶品なのだがどの窓も二重で外側の窓はうっすらと水滴が付着している。

 大きな暖炉には薪が焚べられていて赤々と燃えていた。


「寒いね。ノア、大丈夫?」


 あまりの寒さに交互に腕を擦るモルノアをルシエルは慮る。


「何とか……。エル姉様だって肌の色が良くないわ」


 褐色のダークエルフが青褪めると色艶のない黒色に近付く。

 ルシエルもモルノアもそんな肌色でいつもの色艶の良さが失せていた。


「こんなに寒くなるだなんて知らなかったわ」

「ええ、私もです。人生で初めて見た真っ白な雪に感動して寒さを忘れてましたのに……」


 バハムルはシドルの誕生日を過ぎると雪が降り始める。

 その誕生日から数週間過ぎている今日とてまだ積もりはしないものの朝の冷え込みで雪が舞っていた。


「シドル様に聞いていたけれど、雪は綺麗なのに寒いわね。こんなに寒いとは予想してなかった」

「エル姉様。私もです。あとで衣類の調達をしなければなりませんね」


 バハムル村の人々はこの時期には冬支度を済ませている。

 南国から来た帝国民にとっては予想だにしないこの気温の低さ。

 同行の騎士たちは滞在する住居の案内を受けていてそれぞれに住まいの支度を始めている。


(兵士たちは大丈夫かしら)


 ルシエルは迎賓館においてきた兵士たちのことが頭を過ぎる。

 実のところ、冬支度を知らない帝国兵のためにシドルが手ずから彼らの冬支度を済ませていてルシエルが迎賓館を出た後に冬着などを支給した。

 とはいえ、女性兵士が五名もいるということを知らなかったためカレンに準備をさせている最中でもある。


「お待たせいたしました」


 十分足らずで受付嬢がカウンターに戻ってきた。


「こちらへご案内いたします」


 矢継ぎ早に言葉を発して彼女はルシエルとモルノアを奥の部屋へと通す。

 階段を登り最奥の一室。

 【組合長執務室】と書かれたドアを彼女はノックをした。


「失礼します」


 受付嬢が声を上げると、ドアの向こうから涼やかでよく通る声をする。


「どうぞ」


 短い返答に受付嬢がドアを開けて応じた。


「失礼します」


 カチャっと小気味良い音で片開きの扉が開く。


「ルシエル様とモルノア様をご案内いたしました」


 ルシエルとモルノアが執務室に入ると受付嬢が言った。


「ありがとう。業務に戻って良いよ」


 受付嬢の声にソフィ・ロアが返すと、その言葉に従って受付嬢は執務室から出て行った。

 そうして執務室には三人の女性。

 組合長執務室の主、ソフィ・ロア。

 イシルディル帝国からやってきた皇帝の妹のルシエル・メネリルと、ハーフダークエルフの公爵家のご令嬢、モルノア・テルメシル。


「その格好では寒くありませんでしたか? 今、温かいお茶をご用意しますから、そちらのソファーに座ってお待ちください」


 ソフィは綺麗な褐色の素肌にポツポツと浮く鳥肌を見て、お茶の準備をすることにした。

 彼女たちが「お構いなく」などと返答をするものだから、座るのを待つ。

 座らないと何も始まらないと考えたルシエルは「では、お言葉に甘えて、先に座らせていただきます」とモルノアと共にソファーに腰を下ろした。


「温かい……」

「でしょう? こちらはシドル様が手配してくださったソファーでカバーは冬の間、羊毛で作った起毛のものを使わせていただいてるの」


 それから扉付きの棚からソフィは毛布を二枚取り出してルシエルとモルノアに一枚ずつ手渡す。


「その格好では寒いでしょうに。こちらをお使いください」

「お気遣いありがとうございます。助かります」


 ルシエルとモルノアは受け取った毛布を身体にかけた。

 二人の表情を見て落ち着いた様子を窺い知ると「では、お茶を淹れてまいりますから」と執務室の壁際にある台で作業を始める。

 それから、十分ほどでソフィは熱いお茶を用意して二人の下に届けた。


「粗茶でございますが、温かい飲み物をお持ちいたしました」

「ありがとうございます」「ありがとうございます」

「熱いのでお気をつけてお飲みください。お話はお茶を飲んで少し温まってからにしましょう」


 二人は器用に音をたてずお茶を啜る。


「はあ、温まります。本当にありがとうございます」

「美味しい……。熱いお茶がこんなに美味しいなんて感動いたしました」


 ソフィもソファーに腰を下ろすと二人が落ち着くのをにこやかな表情で待つことにした。


 お茶を飲み、充分に温まると二人は温度差のせいか顔が紅潮。

 寒かったこともあって顔がカーッと熱くなるのをルシエルとモルノアはそれぞれ感じていた。


「では、お話をしましょうか」


 落ち着いたタイミングを見計らって、ソフィは今日の要件を伺った。

 少し言葉をやり取りしてから、本題に入る。


「我が国の兵士たちのうち八名がレベル四十に達しておりません。また、私たちの兵は剣技か槍術など武芸に通じたものは多いのですが魔法に長けたものが居らず、魔道士が居るパーティーでの訓練が行えずにおりました。そこでこちらの組合でパーティーを自由に組ませていただいて迷宮を攻略させたいのです」

「シドル様から伺ったとおりですね」

「ええ、シドル様には数年前に、お姉様からそう伝えられていると思います。きちんと覚えていてくださっていらっしゃったんですね」

「もちろんですよ。シドル様はおっぱいが大きな女性との約束はいつも守っていますよ」

「シドル様ってやはりお胸が大きな女性が好きなのですね? 周りにいらっしゃる方々が皆、立派なものをお持ちでしたし、お姉様も私もですがそれなりのものをもっておりますし、ソフィさんも大変立派なものをお持ちですものね」


 シドル・メルトリクスという男の周りには巨乳や巨尻と言った出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるというメリハリの効いた体型で、整った顔立ちの美女が多く寄り添っている。

 それはこの場にいるソフィとルシエルが該当する。

 モルノアも公爵家の美姫びきと名高い美貌の持ち主ではあるが、ネイル皇帝やルシエルと比較するとシドルが好む体型には程遠いと考えられた。

 シドルの悪癖ではあるが胸の揺れに対して機敏な反応をし、つい、目で追ってしまう。

 その所為で何人かの女性と目が合うことがあり、その度に勘違いを生んでいた。

 とはいえ、彼の実母であるシーナ・エターニア・メルトリクスの乳房もまた立派で、シドルはシーナのたわわに実る美乳を拝んで育っている。

 家族の仲が良いと評判だったメルトリクス公爵家。その仲でも最も両親の寵愛を賜ったとシドルが追放されるまでは専らの評判であった。

 そんなだからか、十二歳と言う幼さを色濃く残す少年が親の元から放り出されたのだから、まだ甘えたい年頃の少年が実母を引き剥がされたことで母親の愛情に飢えた少年は女性の象徴とも言える乳房に執着したのではないかと考えられていた。

 この評価は実際のシドルを現しているものではない。

 本当のところ、シドルは前世の記憶と感情、価値観を引きずっている。そのため、ゲームに登場した推しキャラには目がないのだ。

 それがNPCであってもシドルは「お、この娘はお世話になったなぁ」など高村たかむらたすくとして謝意を心の中で繰り返していた。

 その一人に実母のシーナだったり、その他、貴族の女性──シドルが幼い頃は少女であったこともあった──であったり、ゲーム中に見覚えのある女性への視線を送ることを憚らずに育っている。

 ただし、ゲームに登場しない帝国の女性たちや旧バハムル領──現王都バハムル(村)の村民の女性たちに対しては、胸の大小に問わず、『こんな子いたっけ?』と思いながら自然と目で追っていた。特に乳房の大きな女性に対してはその執拗さが強く、それについての言い逃れはできないだろう。

 ゲームをプレイしていたときの選り好みと同じく、彼は巨乳の女性が好きなのだ。


「諸説ございますが、シドル様は女性の母性に思慕を抱くのではと噂されております。その現れがお胸の大きな女性を好むのではないでしょうか? というのが、私たちの見解です」


 ソフィは大真面目にそう答える。

 すると、胸に自信のないモルノアが乳房を両手で覆って言う。


「そういうことでしたら、私はシドル様にとって魅力のない女性ということになりますね……」


 うつむき加減でしょんぼりしてみせたモルノアの膝にルシエルが手を置き、


「大丈夫よ。シドル様が帝国に滞在していた時、ノアの開いた胸元を覗き込むように見ていたから大きさよりももっと別のものを求めてらっしゃるのよ」


 と言ってシドルは巨乳が好きという風評をやんわりと否定する。

 シドルの周りには巨乳の女性しかいないという事実がバハムル王国内で独り歩きしているせいでシドルのもとには様々な貴族から乳房がよく育った娘を差し出す打診が今も相次いでいた。

 ルシエルは更に言葉を続ける。


「シドル様は帝国製の下着をとても良く気に入っていますから女性らしさを強調する下着と胸元が開いた衣服ならシドル様の目に止まることは出来ると思うの」


 モルノアの魅力はそういうところじゃない。とでも言いたげなルシエルははっきりと言い切った。

 ルシエルとモルノアは『私たちの目的は、バハムルに領事館を建設すること、それとシドルの目に止まり女性として意識してもらうことの二つ』と考えている。

 ただし、ネイルからはシドルと懇意になって後宮に迎えてもらえなくても問題はないと言われていた。

 後宮に入れなければ、新設する領事館に留まり、婚期のうちに帝国に帰国することになるのだが、長命種の血が濃いルシエルはともかく、モルノアの実姉であるモレリエルと同じく要人への輿入れさせられるだろうことは理解している。

 モルノアは望まない相手よりシドルの傍に仕えたいと思っていたが、厳冬のバハムルで南国育ちのハーフダークエルフには厳しい環境だと言うのにどことなく過ごしやすさを感じている。

 出来ることならここで生涯を送りたいと望み始めていた。

 というのはバハムルの魔素の濃さである。ハーフとはいえダークエルフの血を継ぐことから魔素の濃度が濃いと霊性が高まり生命力が活性化する。

 これは森や迷宮に入ればより顕著となるのだが、この時点でモルノアは単純に精霊魔法を行使できない身でありながら種族としてバハムルに居心地の良さを感じている。

 それはルシエルにとっても同じだった。

 ただ、彼女の場合はバハムルに設ける領事館に留まるつもりでバハムルから離れる気は毛頭ない。

 ルシエルは純粋なダークエルフだからこそ、帝国よりもずっと濃厚な魔素が漂うこの地が命を繋ぐ源泉だと感じていた。


『ここは魔素が濃く神性の高い精霊が多いのよね。お姉様もこちらに療養を兼ねて参れば良いのに』


 闇の精霊に載せたルシエルの声は遠く離れた帝国のネイルに届いている。


『アタシが行けるのは来年よ。バハムル王国の戴冠式とその後の結婚式に呼ばれてるし、そっちに行くのはその時ね』


 当然、ネイルの念話もルシエルに届く。

 今、バハムルは帝国にとって最も重要な他国である。

 先の反乱では神獣を三度も召喚し国をひっくり返して国盗りを成した。

 一軍規模を軽くいなすシドルの力はどこの国からも脅威として映っている。

 しかも、その彼に【上限解放★】と言う強烈な副作用を持つパッシブスキルを与えた者がいるのだ。


(とはいえ、大陸東部はこれである程度落ち着くのよね)


 念話の向こうのネイルはそう考えている。


 そんなわけで、ルシエルは唐突に考えた。


(だったらこっちで冬に着用できて殿方の目を引く下着や服を作れば良いんじゃないかな)


 そして、ルシエルは姉に念話を送る。


『あ、お姉様にお願いがあります』

『なに?』

『縫製技師を数名、こちらに送ってくださいます? それとゴム。こっちにも下着を製造する拠点を作りたいなって思ったの』

『わかった。特に下着やゴムは秘匿するようなものでもないし、希望者を募ってそっちに送るよ』

『ん。お願いします』


 念話を終えたルシエルはソフィにジーッと見られていたことに気が付いた。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました」

「そう。私はてっきりシドル様をどう籠絡しようか悩んでいるものと思っていました」

「それは遠からず近からずですが、きっとお力になれると思います」


 と、意中の男性の気を引くための作戦会議に脱線したが、それからは帝国の兵士の扱いについてソフィと綿密に打ち合わせた。

 帝国兵は女性兵を除き基本的に二人一組で行動し、残りは冒険者組合から冒険者を調達して攻略に挑むことや、レベルが不足している兵士については村人がレベリングのサポートをすることを決定。

 こうして冒険者組合での組合長との会談が順調に済んだルシエルとモルノアはその後、冬の支度に勤しむこととなった。

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