猫耳美少女とニャンニャン冒険記

窖の主と魔族の王

 光が差さないこの場所で兄妹は何人もの魔族たちとただひたすらに働いた。


 迷い込んだ二人の兄妹は昼夜を問わず使役される。

 モリア大坑道。

 ドワーフの国──モリアが山を掘削して作る大規模な坑道で、彼らは新しいねぐらを求めて昼夜を問わずに彼らに鞭を打つ。


「お兄ちゃん、ウチ、もう疲れたニャ……」

「ダメだ。諦めたら。きっといつか自由にニャるときが来るよ」


 ドワーフの鍛冶師が作り上げた見事なツルハシで猫耳の少女と少年は坑道を削る。

 カンカンカンと大きな音を立て、岩盤を削り、砕いた石はトロッコに乗せてドワーフたちに届けた。

 ここで砕いた石には銀や鉄が含まれていることが多い。

 だが、この最深部では光が無く夜目の利かないドワーフでは削り進むことが出来なかった。

 そのため、ここで働くのは魔族領から攫われて奴隷に落とされた獣人たち。

 無心に岩壁を叩いているとドサッと人が倒れた。


「ジジが倒れた!」


 同じ猫人族のものが大声で叫ぶ。

 倒れたのはジジと言う中年男性の猫人族。


「息はあるか?」

「まだ、死んでません!」

「なら急いで医務室に連れて行け」

「わかりました」

「俺も行きます!」


 二人の猫人族が意識のないジジを抱えて最深部から上層に向かう途中にある医務室へと急いだ。


 僅かな光でこの最奥でも彼らは坑道の様子がよく見える。

 この微かな光しかないモリア大坑道最深部でも彼らは周りが見えていた。

 彼らは同朋の命を救いたい一心で最深部から抜け出るが──


「誰が休んで良いと言った!」


 と、最深部を抜け出たところでドワーフの上長が低い声で怒鳴る。


「ジジが倒れてしまったんです。それで医務室にと思いまして」

「それは誰の許可だ?」


 ドワーフは大きな声で威圧しながら猫人族に近付いた。


「ほら、俺にそいつを寄越せ。俺がヤってやるからよ」


 猫人族は渋々、意識のないジジを渡すと、ドワーフの上長が部下のドワーフにジジを受け取らせる。


「おら、お前らは持ち場に戻れ。良いな」

「はい。わかりました」

「ジジを……お願いします」


 猫人族の二人はジジを預けて最深部へと戻る。

 ドワーフの上長は猫人族が持ち場に戻ったのを確認して最深部と繋ぐ扉を閉めると


「ヤれ」


 と、短い言葉を静かに放つ。

 ジジはドワーフの重たい斧を首に打ち付けられ、頭が胴体から切り離された。


「死体は燃やしておけ。アンデッドになってもらっては困るからな」

「はっ!かしこまりました」


 猫人族にとってジジは同朋だが、ドワーフにとっては使い捨ての奴隷でしかない。

 使い物にならなくなった猫人族は遠慮なしに処分する。

 最初から医務室に連れていくつもりがなかったドワーフたちは頭と胴体を火葬場に運んだ。

 魔素が濃い場所では浄化されない死体はアンデッド化する。

 このモリア王国で、浄化を使用するのは限られた神職とエルダードワーフだけ。

 このような最深部に高位のものたちを伴って奴隷の死体を浄化するなどあり得ないと考えるドワーフたちは、こうして出来た死体を燃やして灰にすることにしている。

 残った骨は砕いて灰にしてスケルトン化を防止。


 ドワーフのあなぐらはこうして魔族の──猫人族の犠牲を生みながら日々拡張を続けている。

 ドワーフが兵士を集め、魔族領へと攻め込む毎に獣人族を捉えて奴隷とし、彼らの手足として使役した。


 そして、ドワーフは今日も軍を編成し、新たな奴隷の獲得のために魔族領へと足を進める。


 モリア大坑道はカザド山脈の東端に位置し、その東端に作った開口部から西へ西へと掘り進んでいる。

 魔素の濃いこのカザド山脈の地下坑道は精霊を祖とするドワーフにとっては生命の源泉。

 モリアのドワーフは領土の拡大こそ積極的ではないものの、鉱石や工芸に対する欲求が高い。

 優れた武具を作る反面、それらの武具を使う場を求める好戦的な種族である。


 一方でドワーフに好き勝手にやられ続けるわけにも行かない魔族は重い腰を上げ、遂に動いた。


 モリア王国と森のエルフが棲む樹海に面した魔族領のその魔都マハラ。

 一際高い白亜の城の天守閣にある玉座の間に妖艶に佇む魔族の王。


「アグラート陛下。如何いたしましょう」


 側近の魔族の女が片膝をついて奏上。

 内容は長きに渡るドワーフとの小競り合い。

 最初はほんの小競り合いだった。

 村人が連れされられることはあっても、村を滅ぼす程度までは行かない。

 獣人族はそれはそれで好戦的。ドワーフも好戦的な種族だから彼らのガス抜きとして多少の犠牲ならばと見過ごしていた。

 しかし、近頃は多くの村を滅ぼし、獣人族を一人として残らず連れ去ることが増えている。

 こうした状況で獣人からの要請も随分と頻度を増し、遂に動かざるを得ないと、アグラートと呼ばれた女の王はため息をついた。


「もう、見過ごすことは出来ないわね」


 冷たく透き通るガラスに例えるその美しい声色。

 魔王アグラートは遂に玉座から立ち上がった。

 ヘラジカに似た平たい一対の二本の角はヘラジカほど大きくは無いがよく目立つ。

 細い腰から生える蝙蝠の羽によく似た大きく黒い翼。

 ダークエルフに近い褐色の肌ではあるが、ゆさりと揺れる大きな乳房は人間の男を魅了するほどに艶めかしい。

 カツンカツンと細いかかとの靴音を立てながらゆっくりと側近の傍に歩み寄ると、続けて言う。


「わたくしが直々に参りましょう」


 攻め込んできたドワーフの軍隊を全滅でもさせれば大人しくなるでしょう。

 と、アグラートは考えた。

 あちらが獣人を攫うのであれば、こちらもドワーフを捉えて淫魔たちのエサになってもらいましょう、とも──。


 本来、彼女たちが表に出て活動することは稀。

 君臨すれども統治せず。

 魔族領は多くの種族が坩堝の如く入り交じる多種族国家。

 たとえ強力な王者が強権を振るったとしても一枚岩として団結ということはない。

 そういったわけで、アグラートの発言は側に仕える女を驚かせた。

 そのアグラートの言葉を聞いたのは側近だけではない。

 更に妖艶さを漂わせる女性が天守閣の奥の間から玉座の間に入ってきた。


「あら、面白そうじゃない。私も行こうかしら」


 太くよく通る声が玉座の間に反響。


「リーリス……。そう、貴女も来るの。だとすると、他の者も一緒に来てしまいそうね」


 リーリスと呼ばれたのは幹部の一人。

 長身だが手足が長く見た目がとても派手な女性。

 青白い素肌に亜麻色の長い髪の毛、下腕と下腿には蛇の鱗が浮かび上がる。

 縦に細長い紅い瞳が人間には恐れ慄かせる迫力を持つ。

 彼女もまた、アグラートと同様、大きな乳房がゆさゆさと揺らす。


「どうでしょうね……。彼女たちはドワーフに興味がないようですから」

「そうですか。では、わたくしとリーリスで参りましょう。ニキもついてくる?」


 アグラートは側近の女性に声をかける。


「宜しければ、随伴させていただきたく」


 ニキと呼ばれた女性は頭を膝をついて下げた。


「貴女はわたくしたちと違って〝食べる〟必要があるものね」

「はい……。恐れながら……」

「良いわ。では、行きましょうか」


 魔王アグラートの涼やかな声を合図に、翼を持たないリーリスは二人の女性より先に天守閣の展望デッキに出てグリフォンを呼ぶ。

 魔王の側近のニキもアグラートと同じく蝙蝠の羽に似た翼を持っていた。


 それから数時間後──。

 アグラート、リーリス、ニキの三人の女性がモリア王国から侵入して猫人族の村をドワーフの兵士たちが襲っている現場の上空に留まっている。

 空中から見下ろす猫人族の村落はドワーフの千の兵により次々と捕らえられていた。

 素早さに定評のある猫人族だが、力と数で勝るドワーフに手も足も出ないでいる。

 ドワーフたちは老人には溜めうこと無く大きくて重たい鉄槌を脳天に目掛けて振り下ろし頭を潰す。


「若者と女子供は殺すなよ!枷を嵌めて繋げるんだ!ほかは殺してもかまわんッ!」


 と、上官らしいドワーフの怒鳴り声があちこちから聞こえる。

 徐々に高度を下ろして様子を見ていた三人の淫魔サキュバス


「こういうのは何度も見ましたが、いつ見ても騒々しいだけで良い気がしないものね」


 二の腕を組んで顎に手を添えるアグラート。


「では、私が排除いたしましょうか?」

「好きになさい。ですが、そうね……」


 ニキは〝食事〟を必要とするため彼らの排除を申し出ると、アグラートは猫人族を追いかけるドワーフたちを見て考える。


「アグ、あのドワーフは元気そうだから残しておいてほしいわね」


 リーリスが唐突に一人のドワーフに目をつけた。


「良いでしょう。ニキ、あのドワーフ以外は貴女の好きにしていいわ」

「ありがとうございます。では、私、行ってまいります」


 アグラートが許可を出すとニキは直ぐにドワーフを狩りに行く。


「リーリス、あとはお任せしても良いかしら?」

「ええ。良いわ」

「ありがとう。では、私はマハラに戻るわね」

「お好きにどうぞ」

「ありがとう。ではニキのことはお願いするわね」


 アグラートはそう言い残して猫人族の村落の上空から飛び去った。

 地上ではニキが既にドワーフを魔法で拘束し始めている。

 漆黒の霧が彼らを覆い、黒い茨がドワーフたちの手足を縛っていた。

 リーリスはニキが動き回ってドワーフたちと戯れているのを横目で見ながら目的の人物の前に降り立った。


「ごきげんよう」

「──ッ!!」


 リーリスの姿を見て鉄槌を構えた千人の兵長ギムル。


「そう警戒なさらなくてもよろしくてよ。私はリーリス、お見知り置きを」


 リーリスはそう言ってスカートを摘む素振りを見せてカーテシー見せた。


「魔王の幹部ッ!!」


 ギムルは鉄槌を握る手に力を込める。


(只者では無い……)


 ギムルの視界には次々と捕縛される同朋が映る。


「貴方のお名前を頂いても宜しいかしら?」


 リーリスは二つに割れた舌先で舌舐りしてから、唾液で濡れて照る唇の両端を釣り上げる。


「貴様に名乗る名前などないッ!」


 ギムルは片方の足を後ろに這わせて踏ん張った。


(これで終いならそれまでよ)


 覚悟を決めたギムルは鉄槌を振り被ってリーリスに突進。


「うふふ」


 と、声に出して妖しげな色香を混じえた微笑を浮かべ、ギムルが振り下ろした鉄槌を軽々と片手で受け止めた。


「な───ッ!」


 猫人族の男の頭を易々と潰す鉄槌を女の細腕で、それも、片方だけで受け止められ、ギムルは狼狽える。

 その隙を逃さないリーリスはギムルの頭を脳天から掴んで持ち上げた。

 蛇の瞳が紅く瞬き【魅了】をかける。


「まず、貴方の名前を伺いましょうか」

「ギ……ギムル………だ」

「そう。ギムルと言うのね」


 リーリスは割れた舌先でまた、舌舐りする。

 ギムルは力なく頷くと、リーリスは言う。


「では、ギムル。貴方の主にこう伝えなさい。私たちは領土やそういったものに欲というのは持っておりませんし、種族間の争いごとには介入するつもりはございませんが、こちらの猫人族たちは一応私たちの庇護下にありますから種が途絶えることを良しとはいたしません。そう言うわけで、これ以上その汚いヒゲ面で私たちの土地に踏み荒らすようでしたら今後は容赦いたしません。と──」

「──はい」


 リーリスは意味深い妖艶な笑みをギムルに向けた。

 この強力な淫魔に魅了されたギムルは〝ご褒美〟という単語に、だらしなく涎を垂らし、矮小なソレと下卑た期待を膨らませる。

 〝ご褒美〟をいただけるなら、ご期待にそいましょう。とでも言いたげなそんな状態だった。


(フンッ!ヒゲ面のドワーフが興奮して涎を滴らせる姿ってこうも汚らしいものなのね)


 と、口に出さないリーリスはギムルを投げ捨てて地上に下ろすと、


「手土産が必要よね」


 そう言って「ニキ、一人寄越して」とアグラートの側近を呼びつける。

 ニキはリーリスの呼びかけに応じて闇属性魔法で拘束されたドワーフを一人、リーリスに差し出した。

 リーリスはニキに差し出されたドワーフの肩を押さえて頭を掴むと、そのまま頭を引っこ抜いた。

 頭と胴を繋げていた首は綺麗に切断されていて血の一滴も流れ出ない。

 当然、頭を引き抜かれたドワーフは絶命。頭を失った胴体は前のめりに倒れてピクリともしない。

 引き抜いた頭はそのまま、ギムルの手に取らせる。


「こちらを貴方の王にお届けなさって。先程、言ったこと、寸分違わずお伝えするのよ」

「は……。かしこまりました」


 涎を垂らしご褒美を待つ犬にも似た媚に辟易してみせて


「さあ、行きなさい」


 と、リーリスは追い払う。

 ギムルはリーリスの言葉に従い急いでモリア王国に向かって走り去った。

 指揮官を失ったモリア王国の兵士たちだが、残った兵士たちのうち数名は既にニキの餌食となっている。

 装備品は下着まで剥ぎ取られ身動きが取れない状態のドワーフにニキは跨り彼らの精気を〝食べて〟いた。

 だがそれもほんの数名がほんの数度の行為で干物みたいにカラカラになったのを見ると飽きてしまう。

 精気を吸い尽くされて失神したドワーフから離れると衣服を正してリーリスの傍に参じる。


「申し訳ございません。お時間を取らせてしまいまして」


 膝をつき頭を下げるニキ。


「良いのよ。それよりももう満足?」

「いいえ……。やはりドワーフでは……」

「そう。でも、無いよりはマシなんでしょう?」

「はい。そうなのですが……」

「うふふ。言いたいことは分かるけれどヒトを捕らえるのは難儀なのよね」

「申し訳ございません」

「仕方ないわ。質の悪い食べ物を摂り続けるのって拷問みたいで嫌になるものね。それでも生きるためには〝食べる〟しか無い」

「………」

「残りは持ち帰って他のものにも与えてあげて」

「かしこまりました。そうさせていたただきます」


 リーリスの言葉を受けたニキは闇属性魔法で拘束しているドワーフたちを同じく闇属性魔法の茨の鎖で数珠繋ぎにする。


「では、先にマハラに戻ります」

「ええ、私はもう少しこちらで調査をしてから戻るわね」

「はっ!」


 ニキは立ち上がると浮上する。

 自ら飛翔できるニキは、魔族と言う特徴を存分に活かし、その強力な魔力で千にも届くドワーフの兵士たちを引っ張り上げた。

 魔都に向かって飛んでいくニキを見てリーリスは、


「飛べるって良いわね。神様はどうして私に翼をくださらなかったのかしら」


 と、独り言ちた。

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