バハムル王国建国記

 エターニア王国はバハムル王国軍が王都エテルナを占領したことにより、統治機構を失い、国としての機能は滅びた。


「エターニア王国は、シモンが領主について当面は私が執政を協力するわ」


 俺は今、フィーナの私室にいる。

 ベッドに並んで手を繋いで寝ていた。

 エッチなことはしていない。


「落とし所としてはそうなるよな……」


 なにせバハムル王国は新興国だと言うのに多くの貴族を迎え国としての規模が急速に拡大したため人材が不足している。

 エテルナを占領下に置いたとはいえ、この都市を治める人員を早急に整える必要があった。

 フィーナの弟のシモンは、まだ幼いが先王よりは多少勉学に聡いと言う話は聞いている。


「王都から出て行った貴族たちには既に声をかけてあるから、手を貸してもらえるとは思うけど──」


 そこまで言ってフィーナは顔を伏せた。


「けど──?」

「けど………。きっと、お父様への処分を明確にしなければ協力は得られないの……」

「…………」


 遠巻きに、王都から逃れてエターニア王国を離反した貴族たちは、フィーナが俺を王として据えて国を興し帰順をするというのなら……。

 フィーナはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「お父様の処刑は避けられない……。せっかく、シドルに助けてもらったのに……」


 涙を流すまいと力がこもるフィーナの唇。

 俺が何も言えずにいるとフィーナは更に言葉を繋ぐ。


「アルスが市民に取った行動をお父様は許してきた……。国の勇者という立場を利用して人の妻や平民の娘など誰彼と構わずに犯し、殺し、暴虐の限りを尽くしてきたから、彼の影響が解かれた今、その責任をお父様は問われてる」

「つまり、その責任を果たすために──」

「そう。私はお父様を処刑する」

「でも、それって──」


 自分の親じゃん?

 俺はそう思い、実の親を殺すだなんて止すべきだと言葉を発するより前にフィーナが口を開いた。


「これはエターニア王国の王女として生まれた責任。それにお母様やお姉様。シモンのことだって死なせたくない。だったら、バハムル王国を起こしたシドルに加担した私の手で全てを終わらせなければならない」

「けど、そんなことで、フィーナが手を汚すことはないんじゃない?」

「それはダメ。私はシドルのお嫁さんになるっていう小さな頃からの夢を叶えたいし、シドルのお嫁さんとしてシドルと興した国を守りたい。だから、これはシドルには──」


 そこまで口にして、フィーナは「んーん」と首を左右に振り


「誰にも譲れない」


 そう言って俺の目を真っ直ぐに見た。


「わかったよ」


 フィーナの言葉に俺は納得するしか無かった。

 せっかく救った命だと言うのに、ゲームと違って国王が死なないルートだと思っていたけど、国王が死ぬ運命は変えられないらしい。

 フィーナの言う通りで、もし、ジモン・エターニアを生かしたとしても、エターニア王国から離反した多くの貴族だけじゃなく、大半の国民が許さないはずだ。

 ということは俺にもわかっていた。


 アルスの遺体を城門前に晒して一週間になるけれど、彼の遺体は市民からの度重なる投石で原型を留めていない。

 魔法で防腐処理をしているというのに、もう血が流れることもないというのに、市民は──いや、市民だけじゃないのかも知れないけれど──アルスの死体に石を投げることを止めなかった。

 ゲームで主人公プレイヤーがNPCに対して行っていた所業の数々を思い起こせば、主人公プレイヤー主人公アルスとするのなら、俺が直接見ていないとしても、市民の感情から来るこの行動は当然だ。

 結局、これと同じ感情をエターニア王国の国王は国民から向けられている。


 フィーナは思うところがあったのか、俺の最後の返答に頷いてから、口を開くことはなく、ただ静かに俺の手を握って時間を過ごした。


 翌日の正午。

 フィーナは自身の父親を城門前の広場に作られた台上に拘束して膝まづかせていた。

 カレンがジモンを押さえてフィーナの反対側に弟のシモンが立っている。

 俺は台の後ろの方で立っているだけ。


「これより、国賊、ジモン・エターニアの処刑を行うッ!」


 フィーナが剣を掲げて大声で宣言した。

 前日のうちにフィーナが兵士に処刑の実施を広めるように下知したから多くの見物者で広場はごった返している。

 市民はフィーナの声にあわせて鬨の声を上げた。


 ジモン・エターニアの処刑が終わり、俺が少し挨拶をして、広場は解散。

 三々五々に市民が立ち去った後に、アルスのときと同様、遺体に魔法をかけて広場に晒す。


 その日。

 城に戻ってからのフィーナは口数が少なく、そして、泣いていた。


「すまない。フィーナにこんな想いをさせてしまって」

「んん。お父様の首を私の手で切ったのは、私のため。こうしなければ誰一人として納得しなかった。わかるでしょう? 市民の歓声で」


 フィーナがジモンの首を切り落とした瞬間の市民の歓声は凄まじかった。

 アルスに犯されて殺されたものがいた。

 アルスに犯されて自殺に追い込まれたものがいた。

 それを擁護しもみ消した国王がいた。

 その結果がこれなのだろう。

 市民の中には国王が死んで歓喜のあまり涙を流すものまでいたほどだ。

 娘や妻の名前を叫ぶものがいた。

 娘や妻の遺品を掲げるものがいた。

 これからこのエテルナを統治するために、この処刑は必要だったのだと、フィーナだけではなく、市民の反応が示していた。


「これで、何の気兼ねもなくシドルのところに嫁げるわ」


 強がりなフィーナの言葉はそこに帰結した。


「でも、その前に──」

「イヴを迎えに行かなきゃね」


 フィーナは身を寄せて俺に覆いかぶさってくる。


「あ、あと船をログロレス家に返さないと──それと、リリアナ様の顛末も報告しなきゃね」

「そしたら船はメルトリクスにあるからて──」

「ドルム様の処遇も決めないといけないし、ソフィ様も私たちの移動には欠かせないわね」


 俺の言葉はフィーナに食い気味で遮られた。

 どうやら、フィーナもソフィさんの重要性に気が付いているみたいだ。

 常時発動型のユニークスキルでパーティーメンバーの移動速度が二倍というのは本当にチート。

 それが乗り物も対象だから余計に。


「あ、あと!」


 フィーナが何かを思い出して声を上げる。


「シモンに叙爵をお願いね。とりあえず伯爵辺りが良いわ」

「ん。わかったよ。叙爵は明日行って、エテルナ領として、名字をエテルナにしてもらうんだよね」

「そう。それで良いわ。旧王家からはお母様とお姉様がシドルの後宮入りということにして私とイヴってことにしてほしいなー」

「了解。じゃあ、まずは明日、午前中にシモンの叙爵を済ませて直ぐにシデリアに向かおう」

「承知しました」


 フィーナの意見でどんどん事が進んで物事が決まっていく。


「ところで、シドルはイヴとは唇を交わしたのよね? 私とはしてくれないの?」


 話の区切りが良いところでフィーナが切り出したキスの話。


「や、そんなことはないけれど──」

「だったら、私にもして? 私はもう大丈夫だから。全部は流石にまだあげられないけれど、私がシドルのものだって思わせて」


 フィーナはそう言うけれど、俺の上にのしかかってるのはフィーナだ。

 それに俺は自分からキスをしたことがまだ一度も無い。

 とはいえ、ここでしなかったら恨み言をつらつらと言われ続けられるんじゃないか。

 覚悟を決めてフィーナを抱き寄せると、フィーナが俺に唇を重ねてきた。

 舌が交わりくちゅくちゅと俺とフィーナの唾液が混じり合って爆ぜる音が静かな部屋にゆっくりと反響する。


 そして、唇が離れると──


「【房中術★】なんてスキルがあるのね。常時発動型でとてもエッチなスキルじゃない?」


 案の定、フィーナに分析されたのだった。


「レジストしなかったけど、これって精神支配系のスキルとは全く違うのね。無属性魔法の身体強化に近いし、すっごくドキドキして気分が良いの。だから、もっとキスしよう」


 再び唇を重ね合わせてキスに夢中になっていたら、いつの間にかフィーナは眠りこけていたけれど、俺にとっては生殺しである。

 この日はなかなか寝付けなかった。


 それから、目まぐるしい毎日が続く。

 シモンを伯爵に叙爵し、エテルナを領地に与え、これによりエターニア王国は消滅した。

 それから直ぐメルトリクス領の領都シデリアに向かい、父さんと叔父をメルトリクス家から除名しトールを当主として着任させて領主とした。

 そこでソフィさんと合流して小舟でミレニトルム領のミレニオにイヴェリアを迎えに行くと、久し振りにお会いしたヴィレル様にバハムルへの編入を希望する旨を伝えられ俺は応諾。

 そして、イヴェリアを妻として迎えることを約束して連れ出した。


「これでやっと、大っぴらに外に出て歩けるのね」


 イヴェリアの第一声がそれ。

 ずっと死んだことになっていたし、魔女イヴェリアだということがバレると命の危険がありそうだったからね。

 アルスの呪いから解き放たれたイヴェリアにようやっと自由が与えられたのだ。


 ミレニオから船でログロレスに向かった。

 船には俺、フィーナ、イヴェリア、カレン、ソフィの五名が乗る。

 身体強化が使える俺とイヴェリアが船を漕いでいるのだが、ソフィさんの【飛脚★】の効果がやはり凄い。

 カレンは不自然な速さの船にビビってフィーナに縋りついていた。

 このメンバーの中で最も身体強化のゲインが大きいはずの彼女だが、速い乗り物が苦手らしく、それがとても可愛らしく感じる。


 移動速度が二倍とは言えミレニオからログロレスまでは遠く一日では到着しない。

 木製の碇を下ろして船上で一晩を過ごす。

 周囲の安全はソフィさんが問題ないと言っているので安心して休める。

 今の季節は冬。

 雪が降らないとは言え、夜は寒いので何枚もの毛布にくるまって身を寄り添う。

 そうして暖を取って休んだ。


 ログロレスに到着したのは翌日の昼。

 シュレルに会うと船を借りたお礼をして、昼食をいただきながら、リリアナのことを少し話した。


 ログロレスはその日のうちに出て数日後にはノルティア。

 更に数日後にはヴェスタルへと移動。

 ノルティア領の領都ノルトナからヴェスタル領の領都ウェスタルナへの移動途中にある領境の関所近く──ヴェスタル領側ではあるが、そこにバハムルへと上がる道を作るための測量を行っている現場を見に行った。

 ここからバハムル村へと続く道を作るのは今ある断崖を削った道よりも良い道になりそうだ。

 というのも、こちら側は断崖というよりも山の麓という傾斜で山を削って道を作るのが容易に見える。


「ここからバハムルに通じる道を作るのはあまり良いとは思えないわ」


 と、イヴェリアが言う。


「どうして?」

「精霊の加護が弱いのよね。だから工事の進みも良くならないでしょうし、開通したとしても安全だと感じられないのよ」


 フィーナの問いにイヴェリアは答えた。


「この山の向こうにはバハムル湖があって、地下にも水脈がそれなりにありそうですね。バハムルは雪が積もりますから春先なんかだと、水が通行の妨げになるかもしれません」


 ソフィさんが発言する。


「そっかー。ここはあまり良くないんだね……だと、すると他に候補地を選定しなければならないわ。それまでは……」

「そういうのは、シドルに任せて良いと思うわ。シドルの【召喚魔法】ならきっと良い道を拵えてくれるはずよ」

「──【召喚魔法】……?」


 フィーナはイヴェリアとソフィさんの言葉を聞いて考えを改め始めた。

 が、イヴェリアの提案で俺の【召喚魔法】ならどうかと言う。

 しばらく戦ったり争ったりすることがなければ数十体の精霊なら召喚して使役しても問題はないはず。


「【召喚魔法】はこういうのだよ」


 土の精霊ノーミードを喚んだ。

 ホビットにもドワーフにも見える女性型の精霊。

 俺が喚ぶ精霊で男性型もある数少ない存在だ。


「わー。これってベヒモスが作った土壁ー。懐かしいですぅ」


 ノーミードの第一声は断崖のことだった。

 こちら側は少し傾斜のキツイ山にしか見えないが西の方に行けば断崖である。


「この上のバハムルという村に繋がる道を作りたいんだけど、安全かどうかとか道を作りやすいとかわかる?」

「この上に登る道は、昔に私たちが作ったの。道を広くしたいなら良いけど、私たちだけで新しい道は難しいです」


 ノーミードと会話をしていると、フィーナとカレン、ソフィさんは驚いていて目を丸くしていた。

 イヴェリアはニコニコしてノーミードを見ていて、


「シドルの下ならもっと良く働けそうじゃない?」

「今回の御主人様はとても美味しいので元気がモリモリ湧いてくるです!」

「なら、良かったわ。今度、私とシドルと一緒に遊びましょう」

「はいッです!楽しみです!」


 イヴェリアが精霊と言葉を交わす。

 彼女は【精霊魔法★】を使えるから何となく精霊が感じていることを分かってるらしい。


「今日のところはこれで良いよ。ありがとう。また喚ぶから」

「はいです!」


 ノーミードは砂塵となって消えた。


「シドルの【召喚魔法】は精霊の属性に応じた物質を依り代にするのね。実体は解消されても精霊そのものは残っているわ」


 イヴェリアはぶつくさとその後も呟いている。


「あれが精霊なの?」


 など、フィーナたちから質問を投げかけられてそれぞれに答えることになったが、それからは再びバハムルに向かうためにウェスタルナを目指した。


 ウェスタルナを経てバハムルに戻ったのは、四日後。

 ソフィさんの【飛脚★】によってニ倍の速さで移動出来てもバハムルまではやはり遠い。

 流石に王都から最も遠い辺境の地と呼ばれるだけのことはある。


 十七歳になった俺は生きてバハムルに戻り、翌年を迎えられる。

 イヴェリアは生きているし、フィーナは年が明けたら一緒に彼女の十七歳の誕生日を祝ってあげられることだろう。

 もう一人の幼馴染、ルーナに関しては残念だけど、今頃きっとどこかで静かに暮らしているはずだ。


 こうしてエターニア王国だった国をバハムル王国として平定を果たした俺は、王都と言うには随分と貧相で小さな村にある、王城と言うには随分と小さくて粗末な屋敷に帰ってきた。


 本来なら、アルス王国建国記として語られるはずの物語は、バハムル王国建国記として国中に広まり、シドル・メルトリクスは神獣を使役する神の使いと崇められ、ここ、バハムル村以外ではとても尊敬を集める王として名を馳せる。


 自分のことながら、こうも大々的に祭り上げられると気恥ずかしくて居た堪れない。

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