アルス王国建国

 エターニア王国の王都エテルナ。

 人口三十万人と王国では最も人口が多い都市である。


 その統治を担うジモン・エターニア国王は城に残る兵士に平民の徴兵を命じていた。

 ところが、兵の大半をメルトリクスへと派兵したため、残る兵士は千にも満たない。

 これでは徴兵を行おうにもままならず、強制連行しても期待したほどの規模には至らなかった。


 王都の西門を吹き飛ばすと、王都に残る兵士の練度の低さと覚悟のなさのおかげで戦うことなく城門へと辿り着く。

 王都の状況は道すがら、平民上がりの兵士たちからフィーナが口頭で訊いていた。


「兵士、本当にいないわね」

「どうやらシデリアの防衛にほとんどの兵を割いたみたいだからね」

「何と言うか……多くの貴族の離反を招いた結果よね……」

「肝心の勇者はいないみたいだしな」

「まあ、それはともかく。行こう。シドル」


 俺が頷くと、カレンが城門を剣で壊して開く。


「敵襲ッ!敵襲ーーーッ!」


 衛兵が大声で叫ぶが、集まってくる兵士は少ない。

 魔法で身体を強化して集ってくる彼らを打ちのめして意識を刈る。


「このまま、謁見の間まで行くわ」


 フィーナの声に従って俺とカレンはフィーナと一緒に謁見の間を目指した。


「シドル様、お姫様。私はここで待ってますから、早く中へ!」

「分かったわ。直ぐに終わらせてくる」

「何かあったら大声で知らせてくれ」


 謁見の間に入る直前に、カレンは俺たちを扉の向こうに送り出して、用を済ませるためにここで守りに徹する構えだ。


「わかりました。ここは任せてください」


 そう言って、カレンは胸に手を当てた。


 ジモン・エターニアは玉座に座っている。

 側近もなく、たった一人で謁見の間の椅子に鎮座していた。


「良く来たね。フィーナ」

「ただいま戻りました。と、言える空気ではないわね。お父様」

「そんなことはないよ。愛しい我が娘の帰りを喜ばない親が居ようか……と、言いたいがそこのゴミクズはなんだ? 何をしに連れてきたんだ?」

「お父様。シドルは私の想い人よ。私たちはこの国を滅ぼしに来たの。勇者を討って、この大陸に平和を齎すために」

「平和? 我が国の平和は勇者アルス様あってのもの。そこのゴミでは平和どころか国の運営すら不可能だろう。フィーナ。戻ってきてアルス様の妻となれ。そうすれば永劫の幸福を約束しよう」

「断るわ。私の幸せは私が決める。私はシドルと共に生きるの」

「そんなこと叶うはずがないだろう。ゴミは所詮ゴミなのだから」

「シドルをこれ以上貶すことはたとえお父様であっても許さないわ」

「許さないとどうなるのだ?」


 フィーナは諦めた表情で細剣を抜く。


「ほう。実の父親を殺めるとでも? ならば……」


 ジモンも剣を手に取ってフィーナに刃を向けた。


「死なせはせん。勇者アルス様に国を譲り、アルス王国を建国し、お前を勇者アルス様の后として娶らせる。手足をもげば素直にもなろう」


 下卑た笑みを浮かべてジモンは「フンッ!」と鼻を鳴らしてフィーナに飛びかかる。

 フィーナは後ろに飛び退いて攻撃を避けると、そのまま切り返してジモンの喉を細剣の先で突いた。

 頸動脈が破れフィーナが返り血を浴びる。


「あ……う……くぅ……」


 ジモンは苦悶の表情で、青褪めると、直ぐに意識を手放して倒れる。

 フィーナはジッとジモンを見下ろして、死にゆく父親を見詰めていた。

 彼女は自らの手で、実の父親を殺めることを覚悟していたんだろう。

 自分自身のために……いや、違う。フィーナは俺のために自らの手を汚したんだ。

 彼女の覚悟に俺は応えなければならないな。

 とはいえ、彼女を親殺しにするわけにはいかない。

 俺はジモンの傍に近寄って、上級回復魔法をかけてやる。

 そのうちに目を覚ますだろうが、しばらくはこのままだろう。


「ありがとう。回復してくれるって信じてた」

「大丈夫だよ。それよりも」

「ん、シモンを探してくる」


 シモンはフィーナの五歳年下の弟だ。

 恐らくどこかに幽閉されていることだろう。

 ゲームでは名前しか出て来ないキャラクターだ。


「気を付けて」

「シドルも」


 フィーナが謁見の間から出るのを確認した俺はジモンが持っていた剣を手に取った。

 剣にはフィーナが斬ったときの返り血がついている。

 さて、玉座に座って待ってるか。

 と、俺は玉座に腰を下ろしたそのタイミングで───。


──ドゴーーーーーーーーンッ!


 大きな音を立てて謁見の間の扉が破られた。


「醜い簒奪者ッ!玉座を明け渡してフィーナ王女殿下を開放しろ!」


 頭の中にキンキンと響く大声で剣先を俺に向けている勇者アルス。

 平民上がりで正義の味方面。

 今までお前がしでかしたことの惨状をどれだけ目にしたことか。

 それでも彼のユニークスキル【主人公補正★】が彼の印象を補正してきた。

 ゲームでは数多くのスキルを使用して女性たちを思うがままに操り従わせている。

 学院では特に女性の人気が高くて今でも彼への熱狂を抱き続けている子もいるそうだ。


 勇者アルスの後ろには、聖女ハンナ、近衛兵のサラ・ファムタウ、彼の奴隷のエルミア、そして、俺の婚約者だったルーナ・ファウスラーが横に並んで控えている。

 ルーナはもう離縁をしてしまっていて、彼女の母親諸共実家から勘当されているから、ただのルーナなのかもしれない。

 そのルーナが俺に向かって大声で叫ぶ。


「シドル!こんなことして何になるって言うのッ!」


 ルーナにそう訊かれても彼女に答える義理はない。

 それに、リリアナを殺した一端を担った女だからね。


「何になる──だと?それをお前が言うのか?お前だってそこの男以外の平民を踏み躙ってんだろ?棚に上げやがって、このクソビッチがッ!」


 苛立ちを隠しきれずに、玉座から立ち上がってルーナに言い返した。

 すると、ビシっと音がするほどの勢いでルーナは俺に指先を向ける。

 どうやら『クソビッチ』という言葉がルーナの癇に障ったらしい。

 いや、だって、【鑑定★】で見たら、既に処女ではなかったからな。

 経験人数一人でそれはないでしょうとでも言い返したいのだろうか。


「それは違うッ!アルスは特別だもの!お前みたいな醜いクソゴミとは違うのよ。ああ、お前は廃嫡されて平民同然だったわね。愚かなお前はここで死んでアルスに玉座を渡すのよッ!お前みたいな低能が王になっては民が可哀想。だから私が守るッ!アルスと共に!」


 声が大きいのは後ろめたいことを誤魔化したいのだろう。

 そう思えて仕方がない。

 ルーナに続いてアルスが気色の悪い甲高い声が謁見の間で反響する。


「俺はルーナのためにもッ!このエターニア王国を守るッ!そのために、そこの醜いクソゴミッ!貴様をここで討つッ!」


 アルスの声に反応して、彼の取り巻きがうっとりした顔でアルスを見詰めていた。

 ここ、戦いの場でしょう。

 そう思ったけど、付き合ってやることにする。


 ところで、彼は何故、あんなに返り血を浴びているのか。

 俺もジモンの血で汚れてはいるけれど、アルスたちが血塗れになる理由が分からない。


 俺が殺さなかった衛兵たちを殺してきたのかもしれないな。

 そうなら、城内の状況を早めに把握しなければならない。

 俺が生き残って城の中を確認したい。

 カレンのこともあるしね。


 そう思っていたら、アルスがギリギリと剣の柄を握る手に力が入る。

 ハンナは杖を構え、サラは斧を構え、エルミアは槍を構え、ルーナは剣を俺に向けている。


 とりあえず、ゲームのセリフを言っておこう。


「玉座は渡さないッ!俺は、この国を俺の思うがままに変えるんだ!もう俺のものだ!だから先ず最初にッ」


 俺は勇者が向ける剣先に合わせて俺も剣を抜く。


「アルスッ!お前を断罪するッ!」


 ビシッと剣先をアルスに向けてカッコよくポーズを決めてやった。

 ドヤッ!と吹き出しが見えるほどに。


 アルスを【鑑定★】で見た。


───

 名前 :アルス

 性別 :男 年齢:17

 身長 :168cm 体重:62kg

 職能 :勇者★

 Lv :68

 ︙

 ︙

───


 レベル低ッ!

 いったい、今まで何をやってたんだ。

 内心で驚いていたが、その間にアルスが甲高い声を発して大理石の床を蹴って飛びかかってくる。


「抜かせッ!最弱がイキがるなッ!死ねッ!」


 相変わらずの汚い言葉。

 到底、物語の主人公らしく思えない。

 だけど、これも今日で終わり。

 このストーリーの最後を俺は書き換えたい。

 フィーナが俺に見せてくれた覚悟に応えたい。


 俺は軽く避けてアルスの首に刃を振り下ろす。

 俺の右手が彼の首を剣が捉えた感触が伝わってくる。

 グッと力を入れて勢いを殺さず、そのまま、刀身を振り抜いた。

 刃は首を抜けて前のめっていた両方の手首にも刃が入る。

 細い手首は骨の感触だけを残して剣先が床を打った。


 剣が止まると、アルスの胴から切り離された頭と、手首より先が胴より早く床に落ちる。


───ボトリ。


 首と腕を切り落とされたアルスは血しぶきを上げて倒れた。

 アルスの後ろにいた少女たちは恐れ慄き身動ぎする。


 俺は足元に転がってきたアルスの首の頭頂部の髪の毛を掴んで高々と掲げた。


「謀反人アルスをッ!討ち取った!」


 俺の声が謁見の間に響く。


「アルスッ!アルス────ッ!」

「アルス様!アルス様ーーーー!」

「アルーーーーーーーーースッ!」


 少女たちの叫び声が城の中に反響した。


 アルスの胴体に縋る彼女たちを【鑑定★】すると【状態:精神異常】の文字が薄くなっているのが分かった。

 ただ、一人を除いて。


 彼の身体に近寄ることなく棒立ちしている彼女はこの中で一人だけ、彼の影響下になかったのだ。

 俺は彼女を闇属性魔法で拘束した。


「悪いけれど、キミは拘束するよ」


 ハンナにそう伝えたが、彼女は何も言わず構えた杖を収めたのみで、その場から動こうとはしない。

 それから、俺はアルスの胴体に縋る彼女たちを通り抜けて謁見の間を出る。

 壊れた扉の瓦礫の隙間にカレンを見つけた。


 瓦礫を退かしてカレンを救う。

 初めて見たカレンの全裸はとても美しい。

 均整の取れた引き締まった身体。

 おっぱいはとても大きくて柔らかい。

 割れた腹筋に括れた腰。

 大きくて引き締まったお尻もその柔らかさと温かさに感動した。

 こうして女性の身体をじっくりと触ったのはイヴェリアを助けた時ぶりか。

 瓦礫を退かしている最中に触ってしまって、一瞬でもその柔らかさに絆されそうになったのは敢えて言うまい。

 そして、彼女の胸には砕け散って金粉と化した【ラストリーフ】。

 カレンの命を繋ぎ止めた最高の逸品だったな。

 回復魔法をかけてHPを全開まで戻した。

 それから直ぐにフィーナが謁見の間に戻る。


「シドル!」

「ああ、フィーナ」


 フィーナは俺が置いておいたアルスの首と全裸のカレンを交互に見ている。


「アルスは殺したのね」

「ああ、シモン殿下は?」

「牢屋に閉じ込められてたから牢屋から出して、そのまま私室に戻ってもらったけどね。その──カレン、どうして裸なの?」


 シモン王子は無事だったらしい。

 俺はそれを訊いてホッと息を漏らしてから、カレンの胸元の【ラストリーフ】の残骸を指さした。


「あ、これ……イヴの時にもあったわ」


 ヒラヒラと金粉が舞って光を反射しているのが幻想的で綺麗だが──。


「ね、シドルは女性の裸を見て触って責任を取らない無責任な男じゃないって信じてるわ」

「あ、ああ……」

「だから、シドルのそのローブ。貸して」


 俺はフィーナに言われてローブを脱いで渡すと、彼女はカレンをローブで包んで肌を隠した。


「なあ、衛兵。結構死んでるような気がするんだけど……」

「アルスたちが殺して回ってたわね。衛兵を倒しても経験値になるとかなんとかで」


 ああ、レベル上げのために人を殺したってことかよ。

 これはもしかしたら俺の所為かも知れn──


「シドルの所為じゃないからね。絶対に。城を守っている以上、騎士には覚悟がある。だから自分の所為だと思わないで彼らの栄誉を認めてあげて。それが主というものよ。だから貴方がするべきことは、城で死んだ騎士たちを弔って立派だったと遺族に伝えること。良い?」


 フィーナが俺の言葉を遮り、語気を強めて俺に訴える。

 フィーナの言うことはご尤も。

 だったら感謝を抱いて送り出してやろう。

 覚悟には覚悟で応えるべきだ。


「あ、ああ。分かったよ」

「ん。それで良し」

「じゃあ、後は後始末をつけなきゃね」


 こうしてエターニア王国の王都エテルナはバハムル王国によって陥落。

 聖女ハンナは城の後宮の一室に幽閉し、サラは近衛騎士団に返却。それ以外の──ルーナとエルフのエルミアはアルスが下賜されていた屋敷に帰した。


 アルスの遺体は、フィーナの指示で魔法で冷やされて城門前の広場に晒された。


 今はまだ、アルスのユニークスキル【主人公補正★】が効いているかもしれないが、徐々に効果が弱まっていると【鑑定★】が教えてくれているので、それまでは、彼の遺体を腐らせずにこのままの状態を保つことにする。


 ゲームの通りだったら俺が死んでアルスが王国を建国した。

 だけど、アルスを謁見の間で殺したことで凌辱のエターニアシリーズで唯一のバッドエンドを迎えることができた。

 正直、未だに手にアルスの首を落とすときの肉を切り骨を砕く感触が残っている。

 こんなのでも、手をかけて命を奪えば得も言われぬ罪悪感を感じてしまうし、心の何処かで恐さを感じていた。


 彼の遺体の傍にはポツリポツリと人が訪れては石を投げつける光景がしばしば見られる。

 それはエターニア王国の貴族っぽかったり、見るからに平民というのもいた。

 彼らの行動を見るたびに俺はどうしてアルスをもっと早くに殺さなかったんだろうかと悔やんだ。

 例えば母さんを救出したあの時が一番の好機だったはずだ。

 アルスの遺体を晒したことは自分自身に対する戒めにもなっていた。


 主人公アルスの呪いが解けた後、人々の思考が正常に戻ったらこの王都はどうなるのだろう。


 城門前の広場に晒された彼はこれ以上、何かを語ることはなかった。

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