シデリア掌握

「シドル。ごめん。力添えできなくて……」


 フィーナがしおらしい。

 とはいえ──


「それでも、フィーナのおかげで商業区の一角の空き店舗を買えたわけだから俺としてはありがたいよ」


 そう。俺の名前では、この区画に店を買うことも出来なかったのだ。

 フィーナが商業組合で空き店舗を見繕ってくれて売り主から買えたのがこのお店。

 本当に助かった。


「シドルにそう言って貰えると嬉しいんだけどね。コルドン商会から断られたっていうのが私としてはショックで……」


 落ち込むフィーナの頭に手を置いてくしゃっと撫でる。


「こうしてお店を持ったというのも俺としては重要な足がかりの一つだから大丈夫。本当に助かったよ」


 フィーナにとって納得ができないのが、王妃と親しい間柄だったにも関わらず協力してもらえなかったという点だろう。

 親しくしてもらっていたと信じていた気持ちが裏切られたと感じたのかもしれない。

 もし、そうだったら、フィーナの今の気持ちはよく分かる。


「上手く行かせてみるさ。そしたら、フィーナだって気が晴れるだろ?」

「ふふふ。そうかもしれないわね」


 フィーナは目を細めて俺の手に頭をぐいぐいと押し付けてきた。



 翌日。

 買った店舗に、バハムル領から連れてきた兵を数名配置して店員として従事してもらうことにした。

 商品は塩と小麦。

 これをヴェスタル領で売っている価格と同じ値段で陳列する。


 それから、ソフィさんに書簡を渡して、イシルディル帝国の帝都レムミラスに行ってもらうことにした。

 ウミベリ村に俺の書簡を渡せば帝都近くの港町まで船を出してもらえることだろう。

 ソフィさんの【飛脚★】は乗り物にも効果があるということなので最短で十日もあれば帰ってくる。

 こんなに働いてもらって良いのかとも思うので、彼女が帰ってきたらバハムルの森のダンジョンで入手して使っていないスキル結晶石でも与えよう。


 シドル・メルトリクス商会と名付けられたその店は、初日から盛況だった。

 それもそうだろう。

 塩や小麦が銀貨一枚で買えるのだ。

 シデリアの商会からはその五倍以上の値段が付けられていて平民には手が出ない品となっていた。

 そして、この場所は外郭の外側にある平民が多く集まる商業区。

 貴族がこれを嗅ぎつけるまでは平民たちが自由に買い物ができる。

 ほぼほぼ想定どおり。

 この様子を裏から見ていた俺とフィーナは来店客の多さに驚いた。


「こんなに来るとはね。さすがシドル。最初から分かってたの?」

「ここまで人が並ぶとは思ってなかったけど、混雑は予想してたよ。冒険者組合で依頼クエストを消化してたときに気が付いてね」

「へー。じゃあ、シドルの名前がここに付いたのも良かったじゃない」

「それは、想定外だったよ。なんで俺の名前にしたんだよって今でも思ってる」


 シドル・メルトリクス商会という名前に決めたのはフィーナだ。

 俺はジョルグ商会と言う名前にしようとしてたけど、


「ここに居ない人の名前より、シドルの名前を付けて、みんなに覚えてもらおうよ」


 と、フィーナが言い出したことでなし崩し的に決められてしまった。

 看板は兵士たちの即興。


「そう言えば、ソフィ様。一人で行かせて良かったの?」

「ん。俺が喚んだ風の精霊シルフをソフィに付かせてるよ」

「シルフ?」

「そう。シルフ。人型だから大丈夫かなと思ってさ。精霊を連れていれば俺の使いだってネイルが気がつくはずだしね」

「ネイルってネイル皇帝よね?」

「そうだけど」

「その皇帝に何をお願いしたの?」

「それは来てからのお楽しみかな。何を持たせるのかも分からないからね」


 ソフィさんは冒険者組合を辞職して一人でバハムル領に乗り込む胆力のある女性だ。

 戦うためのステータスは無いけれど移動や逃げるためのスキルやステータスには恵まれている。

 風の精霊シルフを付けたのは万が一ということもあるけれど、俺の使いだという証明にしたいというのもある。


 それから、しばらく──。

 戦後処理をして、フィーナとカレンと一緒に商会に顔を出して商品を売り捌く日々を送る。

 商業組合の嫌がらせがあったが、それとなく対応も出来た。


「誰の許可を貰って店を出してるんだこのヤロウ」


 と、因縁を付けてくる冒険者に、


「俺のというか俺がシドル・メルトリクスなんだけど、それだと、ダメなのか?」


 と、俺はそう返す。


「当然だ!新しい領主なんて俺の知ったこっちゃないからな。オラ、早く商業組合の会長の許可証を出せよ」


 冒険者は妨害をしてくる依頼を受けているから俺が引き下がらないと報酬をもらえないのだろう。

 とはいえ、ここには多くの平民が見ている。

 ガラの悪い冒険者をこのままにしておくわけには行かないな。


「済まないね。文句があったら冒険者組合でも商業組合でも会長を連れてきてくれよ」


 俺はその冒険者の首を打って意識を刈り取る。

 意識を手放した冒険者は領兵に頼んで冒険者組合へ届けてもらった。


 こういった妨害は何度かあったが店の運営そのものは順調。

 一週間も経つと聞きつけた貴族が来店して、割と行儀よく塩や小麦を買って帰る姿を見る機会が増えた。

 そして、その数日後にソフィさんが帰ってきた。


「ただいま戻りました」


 俺が城に居ないので、直接ここに来たらしい。

 バックパック以上に大きなリュックを背負う姿が痛々しい。


「ありがとう。ソフィ。しばらく休んで良いよ」

「お気遣いありがとうございます。裏で休ませてもらっても良いですか?」

「構わないよ」


 ソフィさんが持ってきたリュックを開けると、女性モノの下着がこんもりと収められていた。

 一緒に見ていたフィーナが不思議そうにパンツやブラジャーを広げて眺める。


「これは下着です?」

「わー、薄いですねー。これを着れば軽鎧の中で違和感がなくなりそう」


 フィーナとカレンが一枚一枚見ていた。


「着てみても良い?」


 良いけど、ここではどうかな……。

 口にはしなかったけど頭を振った。

 そしたらフィーナが、別の提案をする。


「じゃあ、カレンと一緒に城に帰って着てみるっていうのはどう?」

「それは良いけど──ってその前に、販売する担当者を女性にしたいから明日から売ることにするよ。だから他にも女性を募って試着をしてもらうから城でその人たちと一緒にお願いできる?」

「分かった。なら、城に戻ってから着てみるわ」

「そうしてもらえるとありがたい」


 と、一通り見終わるとソフィさんが、


「その下着を着るとこんな感じですよ」


 スカートを捲ってパンツを見せた。

 すると、フィーナとカレンが目を丸くして


「綺麗!」「綺麗!」


 と、声を揃える。


「上はこんな感じで、とても楽ですよ。歩いても走ってもおっぱいが暴れないんでそんなに痛くならないんです」


 今度は胸元を広げてブラジャーを見せた。


「それに、コルセットと違ってお腹が苦しくならないんですよ」


 フィーナとカレンが興味津々とソフィさんの胸を覗き込む。

 前も思ったけど、帝国の下着──特に女性用のは前世の世界のものと同じなんだよな。

 何故かホックもちゃんと付いている。


 その後、落ち着いたところで城に戻り、ソフィさんに褒美を与えた。


【スキル結晶石:火属性魔法】

【スキル結晶石:土属性魔法】

【スキル結晶石:水属性魔法】


 この三つ。

 ソフィさんは目の前で【スキル結晶石】を使った。


「シドル陛下。見ていただいても良いですか?」


 ソフィさんが見てくれと言うので【鑑定★】を使う。


───

 名前 :ソフィ・ロア

 性別 :女 年齢:26

 身長 :159cm 体重:49kg B:90 W:58 H:84

 職能 :斥候★

 Lv :62

 HP :1240

 MP :1240

 VIT:62

 STR:62

 DEX:62

 AGI:618

 INT:62

 MND:679

 スキル:魔法(火:1、土:1、風:8、水:1、光:4、闇:7)

     無属性魔法:2、詠唱省略:1

     解錠★、気配察知★、認識阻害★、周辺探知★、飛脚★

     体術:6

 好感度:90

 ︙

 ︙

───


 好感度が高いのはさておいて、これで【無属性魔法】の熟練度スキルレベルが上がってくれることだろう。

 そうすると【飛脚★】の移動速度二倍が【身体強化】と相乗効果を発揮するに違いない。

 将来が楽しみなキャラクターだ。

 戦闘向きじゃない彼女をどう育てようか。

 それを考えるのも含めてマニア向けなキャラクターだよな…。


 夜。

 俺の部屋で何故か三人の女性が下着を着比べていた。

 城に戻ってから数名の女性兵士たちと試着のあとに彼女たちは何枚かの下着を持って俺の部屋で着談議を繰り広げている。

 何故、俺の部屋で!?

 と、思ったが、なるべく見ないようにと布団をかぶり大人しく過ごした。

 尚、女性向けの下着は好評で、乳がデカいこの三人はブラジャーが特にお気に入りらしい。

 三人して「もう少し小さかったらこの金具が二つのやつが着けられて可愛いのが使えたのに」とか「おっきいのだと胸のところが大きいものしかないです」など姦しく言葉を交わしてた。

 俺は何も聞かなかったことにしよう。


 それから日が明け、今日は朝から下着を店頭に並べて買い物客を迎える。

 下着はとても好評だった。


 元々、エターニア王国の平民は粗末なものが多く、下着もほぼ布を巻いたというレベルのものばかりだ。

 それがブラジャーはともかくパンツはとても安価で出せるので平民でも手が出る値段。

 それこそ銀貨一枚とかそういうレベルだ。

 上品なレースなど装飾を施したものは金貨一枚に近くなるけれど、今回の狙いは平民に買ってもらうこと。

 ブラジャーは銀貨三枚ほどかかるけれど、少しずつ買われていく様子は伺えたので、これからどう広まるのか楽しみにしている。


 それから、数日。

 下着はとても良く売れた。

 それと、バハムルやノルティア、ルグラーシュなどから様々な品物が届き、シドル・メルトリクス商会は大変な繁盛を見せている。


 フィーナの名で幾つかの空き店舗を購入し、第二、第三のシドル・メルトリクス商会として出店した。

 空き店舗を買って出店を始めるまでが短かったから、店内を軽く掃除してそのまま商品を並べただけという雑さだけど、それでも、商業組合に所属する商会の半値以下の値段で品物を出せている。

 それでも利益が出るのだから商業組合の力の大きさがそれほど凄かったということなんだろう。

 冒険者組合も父さんや叔父と強い繋がりがあったけれど、王都との連絡が途絶えた上、近隣の他領の冒険者組合が国とは無関係で独立した組織であると示したことで、メルトリクス領内の冒険者組合も、他領に倣う他なかった。


 こうして、貴族と平民を味方につけることに成功し、その後は戦後処理が楽に進んでいった。


「そろそろ、良い頃合いじゃない?」


 運命の日まで一週間と迫った日の夜。

 フィーナは俺の部屋のベッドに横たわっている。

 俺もフィーナの隣で寝転がってるけれどエッチなことは何ひとつだってしていない。

 良い頃合いというのは


「王都を攻める──か……」

「ん。そう。エターニア王国はもうジリ貧で徴兵が出来なければ食糧もない。逆にこっちはエターニア王国兵を捕虜にしているけど食糧も充分だし、周囲からの協力体制も整ってるわ」

「もうシデリア住民の反乱はないだろうしね」

「貴族たちも平民も、シドル・メルトリクス商会を立ち上げたおかげでシドルに感謝してたからね」

「冒険者組合は営業妨害してた刺客を送り返してから大人しくなったし、残るは商業組合だね」

「商業組合がまだ反バハムル派が多いけれど、商業組合側は仕入れが出来ていなくて売るものもなくなっているそうよ。瓦解するのも時間の問題ね」

「とは言え、商業組合はまだお金を持ってるから何をしてくるか分からない。王都攻略でシデリアを留守にしてる間はソフィをまた頼ることになっちゃうな」

「ソフィ様は本当に頼りになるわね。代々、代官を務める男爵家のご令嬢で領地の運営に明るい上に、索敵や諜報も出来る。カレンも良いけど、ソフィ様みたいな従者もほしかったのよね」

「ソフィは戦うのは難しいけど、痒いところに手が届く感じなんだよなー」

「ん。分かる!」


 それから二人でくだらないことを喋りながら同じベッドで夜を過ごし朝を迎える。

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