シデリア攻略

 シデリアを占領したバハムル軍は、シデリア周辺に野営を張って王国軍の捕虜の管理を行っている。

 シデリア城内はソフィさんが居たおかげであっという間に制圧できた。


 謁見の間で父さんやトールの他、見覚えのある兵士や従者がいたが力の差がありすぎて戦いにはならず苦せず捕縛に成功。

 その後、弟のトールは後宮の一室に軟禁し、父さんと叔父のダルムはアルスの【主人公補正★】の影響が弱まりそうになかったので地下牢に幽閉した。


 シデリアを占領下において落ち着いたころ、俺は後宮に軟禁したトールを尋ねる。


「久し振りだね。トール。すっかり大きくなって見違えたよ」

「兄上こそ!とても立派になられて誇らしいです」


 トールが誇らしいと言った。何故だ。


「本当は、兄上を討伐なんてしたくなかったんです。でも、ボクが嫡男だからって今回の戦いには絶対に参加だと命じられて渋々、軍の招集に応じました」

「それは気にしないさ。俺は国を裏切って別の国を興した。トールは貴族なんだから、逆賊の俺と対立も已む無しってことくらいはあるだろう。でも、良く頑張ったな」

「いいえ。ボクは何もしてませんから。それよりも、あの神獣、凄かったです。やはり兄上は凄いお方だった」

「なら良いが、俺を褒めたって何にもならんぞ」

「手厳しいな。兄上は」

「早速で済まないが、トールには明日、バハムルに向かってもらうよ」

「バハムルですか」

「ああ、そこで見聞きして感じたことを大事にすると良い。そこでトールがどうするかで、今後の扱いを決めることにするよ」

「わかりました。バハムルに向かいましょう」


 それからしばらく俺が居ない間の生活や母さんやジーナが突然王都の屋敷から居なくなったこと。

 それとアルスが家の使用人たちに手を出していて、それを誰も咎めないことに違和感を感じていたことなどを聞いた。

 トールはアルスの能力がわからない。

 そんな状況でアルスの影響下の堕ちたメルトリクス家の使用人たちを見て思うところがあったらしい。

 言われてみれば、なるほど。

 アルスのお手付きになった家人たちは、アレから開放されたとき、どう思うのか。

 それは確かにとても気掛かりだった。


「暗くなる前に、父さんとも話そうと思ってるんだ。もう少し時間が経てばきっと元のメルトリクスに戻るから、安心してバハムルに向かって欲しい」

「兄上がそういうなら信じるよ」


 トールは昔から俺に対しては素直だった。

 ゲームでも『兄上!兄上!』って感じだったから、ここは変わってないんだなと思うと、家に帰ったみたいな懐かしい気持ちが込み上がり、安堵する。


 夜。

 父親のドルム・メルトリクス、叔父のダルムを幽閉する薄暗い地下牢に俺は足を運んだ。

 目覚めたと報せがあったからだ。


「やはり、生きてたんだな」

「ええ、生きていましたよ」


 とても子煩悩だった父親の言葉とは思えない。


「お前のようなカスに遅れを取るとは俺も耄碌した」

「やー、カスでスミマセンでしたよ」

「ふんッ!で、何の用だ」

「用はありません。様子を伺いに参りました」

「そうか。俺がゴミに語るものは何もない」

「そうですか」


 話にならなさそうだったので諦めた。



 翌朝。

 後宮の食堂にトールとメルルーナを招いてソフィさんの手料理を一緒に食べた。


「ソフィ様。美味しいわ。このような特技があったなんて見縊っておりました」


 メルルーナはソフィさんの手料理に感動して、その後は黙々と料理を口に運ぶ。


「こんなに美味しい料理。食べたことがありません。本当に美味しいです」


 トールはそう言ってモグモグと食を進めている。

 そんな二人を見て俺の隣に座って一緒に食べるソフィさんはにこやかな笑みを浮かべている。

 この中でも一番年上で、嫋やかなお姉さんって感じだ。

 甘えたら溶かされそうな、そんな雰囲気の持ち主なんだよね。


「皆様に喜んで戴けて本当に嬉しいです。でも、私よりもずっと美味しい料理を作る方いらっしゃるので、その方の料理をいつか皆様とご一緒したいですね」


 ソフィさんは料理が得意だけど、カレンの手料理も彼女は好んでいる。

 そのカレンは今頃、ミレニトルム領に着いているだろうか。


 ソフィさんをフィーナのところに送り届けて帰りに役立てて貰うか。

 とりあえず当面はメルトリクス領まで広げたバハムル王国の運営を安定させておきたい。

 メルトリクス領は他領より比較的良い統治をしていたから、戦後処理はずっと楽だろうけれど、領民の支持を俺が得られるかどうかは未知数。

 父さんが広めた風評で俺は無能のクズってことになっているからね。

 そういうことならフィーナに来てもらえば良いのかもしれない。


 そんなことをグルグルと考えていたら、ソフィさんが俺の顔を覗き込んでいた。


「あの、シドル様。お食事、お気に召しませんでした?」


 と、訊かれたけど、食事は進んでる。

 いつもより遅いペースなんだけど、それを気にしたのかな。


「いや、ご飯は美味しいけど考え事をしててね」

「何かお悩みです?」

「んー、ここの統治をどうしようかなーって考えてたんだ。俺は死んだことになってたし、父さんや叔父が俺の風評を広めていたおかげで領民からの支持が良くないんだよね」

「そうですか……。私に何かお力になれること、あります?」

「今、考えてるのは、フィーナをここに呼ぼうかなって……」

「それなら、私、行きましょうか?

 ミレニトルムでしたよね?

 東の出島から船で渡れましたよね?」

「ああ、あそこか。行けるかな……」


 メルトリクス領の北東には出島がある。

 ミレニトルム領の北西にも大きな出島が伸びているが、そちらは都市の一部として開発されているため見た目も良くとても壮観な眺めの観光地として有名だ。

 だが、王都を挟んで対となるメルトリクス領の出島は小さな漁村となっていて開発を進めていない。


「こっちから船は出せないけど、向こうからならこっちに着くんじゃないかな」

「でしたら、私、王都を横切ってミレニトルムに行ってフィーナ殿下を迎えに行きますよ。帰りは船を使って出島に降りれば良いんですよね?」


 良く分かってる。流石元冒険者組合の受付嬢だ。


「そうしてくれ。集落には俺が連絡をしておこう」

「わかりました。では、お昼にシドル様の食事を用意してから出ますね」


 まあ、これで一つ解決するかな。

 そう思いながらソフィさんが作った朝食を口に運んだ。


 それから、トールを送り出して、ソフィさんを送り出す。

 バハムルから連れてきた兵士に出島に船を停める旨を伝えるために使いに出した。


 メルトリクス領は領民の声が他の領地と比べると強い。

 特にこのシデリアは交易路が交差する要所で商人が強く並の貴族より大きな権力を持っていたりする。

 現状はこの街の商人は父さんや叔父のダルムへの支持が厚い。


(ネイルに手紙でも書くかな)


 帝国との交易を俺が結べば多少は支持に繋がるかもしれない。

 となれば、シデリア市内の商家を巻き込みたい。

 商人と知り合えるイベントは幾つかあるにはある。だけど、今の俺では無理そうなのもあるんだよね。

 貴族のご婦人を寝取って商人に取り入るとかムリっていうかやりたくない。

 それとタイミング。

 イベントの殆どはシドル・メルトリクスの反乱軍がメルトリクスを攻略する前のもの。

 反乱軍の占領後はシデリアに入ることができなかったからだ。

 とはいえ──


(何も伝手がないし、冒険者組合にでも行ってみるか)


 悩んだ末に、藁にも縋る思いでシデリア城を出ることにした。


 冒険者組合へ向かう道すがら。

 俺はゲームでのシドル・メルトリクスについて振り返ってみた。

 ゲームではメルトリクス併合後二ヶ月足らずで王都に攻め込んでいる。

 それも三万の軍を率いて。

 メルトリクス領の常設軍は二万弱で、残りは徴兵した兵士。

 徴兵した兵士たちは直ぐに開放して帰省してもらったし、残った常設軍。

 エターニア王国の王国軍の大半はどこからか徴兵した人ばかりで、家に帰れる者は解放したけど、家に帰れない者や貴族の家の者たちは未だ捕虜として近郊に野営を張って軟禁状態となってる。

 こうして五万もいた大軍は一万人弱まで減った。

 特に多かったのはプロティア領の村人たち。

 プロティア侯爵はかなりムリな徴兵を課していたし、ソフィさんが連れてきたプロティア領兵たちと和気藹々として帰っていったのを見るにエターニア王国に対する忠誠心も無いし士気も低かったに違いない。

 ともあれ、先ずは冒険者組合だ。


 アルスがやっていない未消化のサブクエストがあったら積極的に潰してみることにしよう。

 そんな訳で、戦後処理を進めながら、エッチが確定しているサブクエスト以外のサブクエストを全て受託。


 そして一週間。

 ソフィさんがフィーナとカレンを連れて戻ってきた。

 早い!

 もう少しかかると思ってたけど──


「ね!シドル!ソフィ様の【飛脚★】って何?

 移動速度が速くなると私のスキルでわかったけど、それが、あんな小舟にまで効果があるなんて!

 凄く怖かった」


 ということらしい。

 ソフィさんの移動速度が二倍になる【飛脚★】というスキル。

 乗り物に乗っているとかそういうものに関係なく単純に移動速度が二倍になるのか。


「ところで、イヴェリアは来なかったんだ?」

「ええ。イヴは四年も叔父様叔母様に会っていなかったからもう少し一緒に居ても良いんじゃない?というわけで置いてきたの」


 考えてみたらイヴェリアは十三歳で王都から連れ出したからね。

 死んだことになっていたから連絡も取っていなかったと思うし、そんな状態で家に帰ったら親なら離さないだろう。


「まあ、イヴが行きたいって行っても引き止められたでしょうけれどね」


 と、フィーナが言葉を続けたけれど、それは俺も同感だ。


「とは言え、ミレニトルム領もこちらに引き込めたから、あとはここ、メルトリクスの完全掌握ね」

「ああ、それでとても苦労してたんだ。冒険者組合で依頼を受けて足がかりにしたかったんだけど、それも上手く行かなくて……」

「それで私を頼りたかったのね」

「そういうことだね」

「ふふふ。頼られるのって嬉しいッ!なら、お母様や私が懇意にしている商家に行きましょう」


 こうして俺はフィーナに連れられて商家とやらに行けることになった。

 カレンは終始無言だったのは、ソフィさんのおかげで通常の二倍の速度で湖面を駆ける小舟が相当怖かったらしく、顔が青々しくてその後もしばらく体調が優れなかったそうだ。

 この日、カレンは──


「それにしても、ソフィさんのこの優しい味の料理、最高ですね。私じゃこういう味にならないんで、今日みたいな時はとてもありがたいですぅ」


 と、ソフィさんの料理を大変喜んだ。



 フィーナに連れて行ってもらったのはコルドン商会と言う中心街より少し離れた場所にある商会だった。

 何故、ここが贔屓の商会なのか分からずに居たが


「お久しぶりね。フィーナ殿下。お母様はお元気で?」

「お久しぶりです。アナ様。お母様は今、バハムルで療養をしておりますが、大変元気にしていますよ」

「バハムルで?」

「はい。こちらの男性がシドル・メルトリクスで私が彼を焚き付けて国を興したんです。お母様は──」


 アナというのはコルドン商会の会長の妻で、どうやらフィーナの母でエターニア王国の王妃マリー・エターニアと同じ学校の同級生だったのだとか。

 ということは、イヴェリアの母親、イアリ・ミレニトルムとも知り合いということか。

 アナはコルドン商会の娘で今の会長であるノラ・コルドンは婿養子らしい。

 で、ノラとアナの間に三人の子を設けて長男が跡取りとして商会で働いている。


「それで、本日はどのようなご要件で?」


 一通り、挨拶や近況の確認をすると、アナがフィーナに訊いた。


「本日は、シドルが商会に相談をしたいということで参りました」

「そう。でも、こちらの……シデリアの商業組合では新しい領主に対して取引を拒否するように指示されているのよ」

「やっぱり、そうだったのね」

「ええ。ごめんなさいね。折角フィーナ殿下のお願いでもシデリアで商売ができなければ私たちは立ち行かなくなってしまうから……」

「そうですか。バハムルが用意できるのは塩と帝国との交易。帝国との交易では──」


 フィーナが俺に目配せしたので、俺は持ってきた俺の下着を見せた。


「この薄い生地の下着を帝国に手配しています。こちらは男性用ですが、帝国では女性用のほうが多く普及してまして、それをこちらで取引を出来たらと思ったんですが、取引には応じないということですので、本日のところは諦めます」

「塩……下着……」


 アナが食い入るように下着を見ていたが俺は仕舞い込んで、帰ることを選んだ。


「俺は、これで失礼します」

「それでは、私も失礼させていただきます」


 コルドン商会の応接室を出ると、俺は足早に次の目的地へと進む。

 これが最後の手段かな。


 コルドン商会を出た後、俺は直ぐにフィーナに頼んで平民居住区に隣接する商業区の空き店舗を押さえてもらった。

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