メルトリクス領攻略
ヴェスタル領の領都、ウェスタルナでフィーナとカレン、イヴェリアたちと分かれた。
彼女たちは北東に隣接するプロティア領、ログロレス領を経てグランデラック湖の対岸にあるミレニトルム領の領都ミレニオに向かう。
俺はウェスタルナでバハムル軍を再編成し、ここで千五百人程度の一個連隊を形成。
その後、ヴェスタルの隣領のミレイル侯爵領へと攻める。
ミレイル領は直ぐに陥落した。
それを見越しての侵攻だったけれど、俺が一人で押し入って魔法で制圧。
誰一人として命を奪わずして領主の降伏を勝ち取った。
問題は次のメルトリクス領。
メルトリクスは王国の交通の要所。
西の王国から来る交易品。
帝国との国交が平常ならメルトリクス領を通過する。
王国から他領への流通も必ずと言って良いくらいメルトリクスを通る。
領都シデリア。
俺の名前の由来の一つでもある。
人口二十五万人という王都に並ぶ都市。
領主は父のドルムで、父さんはいつも王都にいるから父さんの弟で俺の叔父のダルムが執政官として常駐している。
常備兵は一万五千。
ゲームでは更に一万の領兵が増えて、王都からの援軍が三万。
全部で五万五千の兵力と対峙する。
シドルとしてはここが山場。
ここを越えれば王都は蛻の殻。
フィーナの実父にこう言っちゃ何だけど、首都を手薄にしてまで過剰な戦力をメルトリクスに集結させたのは、ただのアホとしか言えない。
ゲームでは反乱軍のシドルが挙兵して二万の兵力でメルトリクス領に攻め入る。
現在はバハムル王国軍としてエターニア王国へと攻め入るのだが、その兵三万。
「シドル陛下!」
ミレイル領の領都レルースの領城の一室。
俺は戦後処理を進めつつ、メルトリクスの攻略に当たっていた。
書類を確認しているとドアをノックされる。
「入れ」
入ってきたのはバハムルから連れてきた男だ。
三属性の魔法を使う有望な男性である。
報せはメルトリクス領軍が領境の関所に集結しているとのこと。
恐らくこちら側に打って出るつもりなのだろう。
報せに来た魔道士が部屋から出た後、
精霊の使役はとても利便性が良い。
従順で仕事が早く確実にこなしてきてくれる。
とは言え、イヴェリアが使う【精霊魔法】と比べると即時性に劣る。
その代わり【召喚魔法】は大なり小なりとも俺のMPと魔素を代償に使うもの。
喚び出した精霊や獣はMPや魔素がなければ言うことを利かない。
俺の
彼らが従順なのは尽きることのない魔素のおかげなのだ。
小一時間ほどすると精霊が戻ってきた。
『メルトリクス領軍は二万の兵士を関所に集結させています──』
それから部隊の構成なども教えてくれた。
(結構、本気だな)
叔父上なのだが。
『ドラン・メルトリクスが率いる本隊ではトール・メルトリクスの初陣だと士気がとても高い様子でした』
弟のトールも来ているのか。
俺の血族たち。
ゲームでは母さん以外の無事は全員確認できていた。
つまり、ゲームのシドル・メルトリクスは殺傷を抑えつつ敵軍を退けて王都に押し込んでいる。
考えても仕方ない。
こちらに押し込んでくる前に迎え撃つ必要がある。
俺は部屋を出てバハムル王国軍一万を率いてミレイル領の領都、レルースを出発した。
考えあぐねた結果。
俺はバハムル軍の進行を止める。
そして【召喚魔法】を使った。
喚び出したのは
彼の能力で俺は空を飛び、敵軍の見下ろす。
前回も使った
怪我はするかもだけど、命を奪うまではいかない。
使役する獣の威力の調整は俺の方でできるからだ。
そう、俺のMPを大量投資して召喚ッ!
MP :24080/52580
以前、ベヒモスを喚んだときと同じで半分くらい持っていかれた。
──ゴオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオーーーーーッ!!
地面から渦を巻いて風が巻き起こり天高くに顕現する。
金色の翼を持つ霊鳥、風の獣
彼が軽く羽ばたくと、強風で地上のメルトリクス兵を後ろに吹き飛ばした。
金翅鳥が羽ばたく毎に、メルトリクス領軍は目に見える速さで後退していく。
そのうちに気を失って戦闘不能になったものを抱えて逃げる者、置き去りにして我先にと逃げる者と様々な人間模様を垣間見た。
巨大な霊鳥を前にメルトリクス兵は三々五々に逃げ回り、戦場に残ったのは気を失って倒れた数千の兵士だけ。
置き去りの彼らを捕らえ捕虜としてレルースに運び当分は軟禁する。
「このまま攻め入るッ!」
バハムル王国軍に再編成し八千の兵士でメルトリクス領内に進軍。
数日かけていくつかの町や村を占領した。
それからバハムル軍はメルトリクス領の領都シデリアの北側、湖岸沿いに陣を敷き、領城に攻め入る準備を整える。
日が昇り。
周囲が明るくなると正面に五万を超える大軍。
以前、深淵の迷宮に潜る前に五万の大軍が国境の関所に集結していたらしいけれど、俺は見ていない。
だから、五万もの大軍を見たのはこれが初めて。圧巻だ。
俺は前回と同様に
四枚のトンボの翼みたいなものを生やした人型ではない彼は、俺を載せて空を飛ぶ。
今、グランデラック湖を背にしていることには、意味がある。
俺のMPを大量投資して召喚ッ!
MP :19080/52580
今までで一番MPを持っていかれた。
一瞬、ダルさでフワッと来るけど、MPが枯渇したわけじゃないから問題ない。
水の獣リヴァイアサン。
竜にも蛇にも見える神獣。
それが俺のMPと魔素を大量に喰らってグランデラック湖に顕現した。
殺さない程度に水で大軍を押し流す。
───ザアアアアァアァァァァァァァァァァァアアアーーーー!!
バハムル軍は誰一人として押し流されずにリヴァイアサンの居る湖岸から水が押し寄せた。
五万人の阿鼻叫喚は凄まじい。
叫び声があちこちから響き、重なり、大音量で戦場を占領する。
たった数十センチメートルの水なのだ。
それが絶え間なく押し寄せて、命は奪うことなく大軍の足を止め、押し退ける。
シデリアに住む市民に被害が及ぶことを避けるために、土属性魔法で壁を起こし都市部を水が流れ込むことなく、グランデラック湖から流れ出る川に、神獣の水は吸い込まれた。
南からの援軍がもうすぐ来る。
ソフィさんが率いるプロティアの領兵たちとルグラーシュ領の領兵の合同軍。
リヴァイアサンの大技が終わったら彼らには敵軍の捕縛を頼んである。
リヴァイアサンを水に還した後、俺は全軍に指示を送り、敵軍を拘束し怪我の救護を行わせた。
今回の衝突で叔父のダルムを捕縛。
夜にでも会談させてもらおうか。
と、彼の回復を待つ。
領城へ攻めるのはその後だ。
夜になり、本陣の明かりが賑やかな頃。
叔父のダルムと随分と久し振りとなる再会を果たした。
「シドル、生きていたんだな」
「ええ。お陰様で」
「ははッ!お前の無能でクソなツラをまた拝むことになるとは。それもこんな形で」
「それは災難でしたね。お気の毒に……」
「お前が言うのか。ゴミが」
母さんと再会したときとは違う。
叔父のステータスには【状態:思考誘導】という状態異常が見受けられる。
この思考誘導されているときの記憶ってしっかりと残ってるんだよね。
母さんは泣いていたけれど、それ以上に、俺と過ごさなかった二年間ととても強く悔いていた。
叔父の様子を見てる限り、父さんもこんな感じかもしれないと、どこか諦めている。
手足を拘束され身動きを封じられている叔父はそれ以上、俺の言葉に答えるつもりがなかったのか俺の声に返事を返すことはもうなかった。
それから、俺の天幕に戻ると、ソフィさんとルグラーシュ侯爵……メルルーナ・ルグラーシュが俺を待っていた。
ソフィさんはプロティアから兵を率いてきて、メルルーナはルグラーシュの領軍をこちらに派兵という形。
「夜分に申し訳ありません。殿方の天幕に女の私が伺うのは端ないかと思いましたが、どうしてもお伝えしたいことがございまして、こちらで待たせていただいておりました」
メルルーナがそう言ってカーテシーを披露するが、ここにはもう一人の女性がいる。
「シドル様。お久しぶりですね。私も、久し振りなので来てしまいました」
ソフィさんは特に悪びれることもなく、まるで家族とか使用人とか、そんな感じの物言いでいる。
ソフィさんはスキルがあるからここに来るのに誰にも悟られることはなかったろうけれど、メルルーナは美人でスタイルが良いからさぞ目立ったことだろう。
明日、俺は兵士たちに訝しい目線を向けられるに違いない。
「メルルーナ様、ソフィ、元気で何よりです」
「ふふふ。ありがとう」
「いえいえ。シドル様も思ってたより元気そうで良かった。五万の大軍を退けた活躍、見てました」
ソフィさんはスキルの能力で俺がどこに居るのかが分かるから、到着して直ぐに俺を見付けて見ていたのかもしれない。
「プロティアのときはベヒモスで、今回はリヴァイアサンですよ。伝説の神獣をこの目で見られるとは思ってもみませんでした」
「私は初めて神獣を見ましたが、圧巻でした。あれをシドル陛下が操られていらしゃったのですね」
ソフィさんとメルルーナはリヴァイアサンを見た興奮を思い出したのか、うっとりした表情をしていた。
「ソフィはともかく、メルルーナ様のお伝えしたいことというのは──」
「勇者です。エターニア王国の勇者、アルスに私は復讐をしたいのです。斥候からシデリア領城にアルスが居ると報せがありました」
メルルーナの言葉にソフィさんが頷いたのだが、スキルで分かっているんだろう。
俺も事前に調査済みで、 城には
それと、父さんと弟のトール。
城内には主だった面々がいて、残ってる兵士は一万も居ないだろう。
「復讐……ですか?」
「ええ。父と兄の仇なのです。私を穢すために、あの男は父と兄を殺しました」
あー……。
ゲームで見た。知ってる──とは言えないので、神妙な面持ちを心掛けて目を伏せた。
すると、メルルーナは俺の膝の前に片膝を付いて頭を下げて俺に嘆願する。
「あの男に穢された私は、父と兄の無念を晴らすためだけに生きてきました。ですから、明日、シデリアへの攻城に私を同行させてください」
「同行は許しますから、頭を上げてください」
居た堪れないので、頭を上げてもらおうとしたら、身体を起こして立ち上がるのではなく、顔を上げて上目遣いを見せられた。
可愛い。
そうして、出てきたメルルーナの言葉──。
「はっ。ありがとうございます。私には捧げられるものは何もございませんが、このご恩は必ず、お返しすると誓います」
「感謝は受け取るけれど、まだ、何もしていないし、結果を保証出来ないので返礼はまだ要らないですから」
ゲームではバトル中のイベント──クイックタイムイベントが発生して、勇者パーティーは逃亡する。
つまり、ここでは倒せない。
メルルーナの想いには応えてあげられないということだから、まだ、お礼を考えるタイミングじゃないし、そもそもお礼は要らない。
ともかく、ここは場を収めて平常に戻ろう。
「明日は俺一人でいくつもりだったけど──」
「そういうことなら、私も行きますね。シドル様」
俺が言ってる途中でソフィさんが言葉を挟む。
ソフィさんの提案はとてもありがたい。
これで常時、移動速度が二倍になるはず。
明日は楽ができそうだ。
「わかりました。では俺、メルルーナ様、ソフィさんで行きましょう。よろしいでしょうか?」
「シドル様。ありがとうございます」
「かしこまりました」
シデリア城攻略のメンバーが決まって、今日はここで解散。
あらぬ噂を避けるためにメルルーナとソフィさんには自身の天幕に戻ってもらった。
ソフィさんはともかく、メルルーナは本当に目立つからね。
翌朝。
この日も日の出と共に行動を開始。
メルルーナは俺が喚んだ
ソフィさんはステータス値が低いけど、速さはあるので補助は不要。
そして、ソフィさんにしかない、最近になって突然覚えたというスキル【飛脚★】。
たぶんだけど、凌辱のエターニアⅣのメインストーリーが始まったくらいで身に付いたのだろうと予測している。
覗きたいんだけど、彼女の探知系のスキルのせいか【鑑定★】を使うとバレてしまうので、見て欲しいと言う時以外は極力見ない。
物語の
シデリア城の城門をくぐって直ぐ。
広い門庭に彼らは居た。
「無能で最弱のシドルだけかと思ったら、俺にヒィヒィ言わされたお姉さんか!その節は大変お世話になったな」
男にしては高い声のアルスが威勢を張って剣を構える。
後ろには聖女のハンナ。そして、近衛兵のサラ・ファムタウ。
どれほどの強さか見てやろう。
────
名前 :アルス
性別 :男 年齢:17
職能 :勇者★
身長 :168cm 体重:62kg
Lv :68
︙
────
名前 :ハンナ
性別 :女 年齢:17
身長 :153cm 体重:46kg B:76 W:59 H:82
職能 :聖女
Lv :66
︙
────
名前 :サラ・ファムタウ
性別 :女 年齢:21
身長 :152cm 体重:41kg B:74 W:60 H:79
職能 :上級騎士
Lv :72
︙
────
どれも弱すぎる。
ゲーム中では、シデリア防衛というメインクエストの推奨レベルは74。
辛うじてサラが推奨レベルに近いが、アルスとハンナに関してはレベルが低過ぎる。
いったい彼らは今まで何をしてたのか。
「そこのお姉さんたち、おっぱいが大きいね。シドルなんて弱っちいゴミクズの相手なんてしてないでさ。俺のところに来いよ」
左手の指をクイクイ動かして挑発をするアルス。
だが、メルルーナもソフィさんも──
「貴方みたいな短小包茎のおチビちゃんじゃ話にならないわ。このシドル陛下こそが私の理想よ。身も心も全て捧げたいくらいだわ」
「え、気持ち悪いです。あっちに行ってもらえます?」
そう言ってアルスの挑発に挑発で返した。
「ぐぬぬぬぬッ!クソビッチどもがッ!なら身体で分からせてやるだけだッ!」
甲高くて気色の悪い奇声を発すると地面を蹴ってアルスは突進。
同時にサラもアルスに続いて突進する。
アルスの突進は横に避けて腹を蹴り、真上に打ち上げた。
続けて、サラの突進は正面に立ち腕を掴んで背中を地面に打ち付ける。
HP:2400/8600
遠くでハンナが回復魔法を使おうとしていたので、魔法で土塊をぶつけて詠唱の妨害に成功。
HP: 960/2680
打ち上げたアルスが落ちてきたので胸ぐらを掴んで背中を地面に叩きつける。
HP: 400/9500
詠唱を中断されたハンナは距離の近いサラを先に抱えて引きずり、気を失ったかに見えるアルスの傍に駆け寄る。
「アルスッ!アルスッ!敵わないわ。逃げましょう」
【職能:聖女】の恩恵で触れたものを徐々に癒やす効果が発動。
アルスの身体がピクリピクリと動いていて痛みを堪えているっぽい。
気を失っているわけではないらしい。
前回、俺がネイルに扮して対峙したときもそうだったけど、クイックタイムイベント中も問題なく動くことが出来た。
つまり、待たなくても良いということだ。
そうして状況を確かめている俺をよそに、ハンナはアルスとサラを抱えて、そそくさと逃げ出した。
QTEだけにステータスとかそういうのは関係ないらしい。
物凄い速さでアルス一行は領都シデリアから逃げ去った。
門庭に残った俺とソフィさん。それとメルルーナ。
彼らの逃亡の速さに唖然とした。
「すまない。逃がしてしまって」
「良いんです。少しスカッとしましたから。それにしてもシドル陛下とあの男との実力の差は凄まじいわね」
取り逃がしたことを謝ったが、メルルーナは逆にすっきりした面持ちをしている。
「もの凄い速さで逃げていきましたけど、あんなに早く動けたらシドル様も厳しかったのでは?」
メルルーナの言葉の後に出てきたソフィさんの疑問。
それは間違いない、と、俺は思った。
それから先は早かった。
なんだかんだ言っても、王国軍では最大戦力の勇者パーティー。
彼ら以上に手こずる相手は当然いない。
その日のうちにシデリアはバハムル王国軍によって陥落した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます