リリアナ・ログロレス

 ヴェスタル領の領都ウェスタルナに到着。

 馬車の旅は過酷だった。

 馬車に慣れない俺とカレンにとってはもう最悪。

 気持ち悪いし腰や尻がめちゃくちゃ痛い。


「ああ、シドル。久し振りね。会いたかったわ」


 フィーナが出迎えてくれた。

 彼女は俺に抱き着いてスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 いったいその行為に何の意味があるのかと考えたけど、匂いを嗅ぐならせめて風呂で汗を流してからにしてほしいと初夏を迎えて暑くなり始めたヴェスタルの空の下で俺は思う。


「元気にしてたみたいだね。こっちの様子は順調そうで何よりだよ」


 領都ウェスタルナに入ってから、市民の様子は以前よりもずっと良くなっていた。

 フィーナの頑張りがここに現れていると思うと嬉しく感じる。


「こう見えても王族ですから、統治に関する教育も受けてるの。良くなってたでしょ?」

「ああ、本当に。良く頑張ってるよ」


 フィーナの頭を撫でると彼女は目を細めて喜んだ。


「さて、ドラン・ファウスラーとレーネ・ファウスラーを連れてきたよ」

「伺ってるわ。こちらもシュレル・ログロレス様を招いているの。着いたばかりで申し訳ないけど、付いていらして」


 フィーナの可愛らしいお尻を眺めながら歩いた先は城内の応接室。

 そこに初老の男性が座って待っていた。

 俺たちが入室すると彼は立ち上がり──


「シュレル・ログロレスと申します。エターニア王国では子爵家とさせていただいておりましたが、現在はノルティア家を寄親とし、フィーナ殿下に仕えるものにございます」

「シドル・メルトリクスです。どうぞ、よろしくお願いしたします」

「ドラン・ファウスラーと申します。現在はファウスラー自治領を治めております」

「レーネ・ファウスラーと申します。ドラン・ファウスラーの次女にございます」


 シュレル・ログロレスの挨拶を皮切りにフィーナ以外が名を名乗る。

 ただ、ドランの自己紹介の際、シュレルの目が鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。


「さて、では皆様。座りましょうか」


 俺が上座の中央に座ると左にフィーナ、右にカレンが腰を下ろした。

 俺の左手側にはシュレル・ログロレス、右手側にはドラン、レーネの順に座る。


 全員が座ったのを確認すると仕えの女性が冷たい茶を運んできてくれた。

 それから、フィーナが一口、茶を飲むと言葉を紡ぐ。


「本日、こちらにお越しいただいたのは、生前、シドル・メルトリクスに仕えていた侍女のリリアナ・ログロレスの件についてです」


 いきなり本題に入り、フィーナは更に続ける。


「シュレル様より、このお手紙を預かっておりまして、こちらがそうなのですが──」


 そう言ってフィーナがリリアナがシュレルに差し出したと思われる数々の書簡をテーブルに置いた。

 書簡は俺が十歳になった年から王立第一学院中等部に入学するまでの間のおよそ三年分。

 月に一度から二度、リリアナとシュレルは手紙という手段で連絡を取り合っていたらしい。


 手紙には、王都での生活やリリアナの俺に対する評価や印象などが多く、とりわけ、俺とリリアナが過ごした中で起きた出来事を中心に綴られていた。

 最初は期待していたらしい。

 何せ、俺は神童とか数多くの武芸と魔法を使う天才と称されていたからね。

 そんなリリアナの第一印象は無愛想でちょっと暗いけどマセたクソガキ。

 マセたクソガキと呼ばれてるのは、頻繁にリリアナのおっぱいを見ていたせいだ。

 目の前でたゆんたゆんと揺れるそれに釘付けになったのは男としてのさが。仕方あるまい。

 それから一緒に孤児院や小さな教会に行った話。

 近隣のダンジョンに行った話など書かれていたし、他の子どもたちや平民に対しての気遣い。

 それとフィーナやイヴェリアと過ごす俺の様子まで書かれていた。


 入学式典の前日。

 リリアナが書いた最後の手紙にはこう書かれていた。


『三年間。私はシドル様に仕えましたが、貴族の義務ノブレス・オブリージュを良く知り、民を慮ることを忘れず常に正しくあろうとする。

 まだまだ、少年ですが、それでも尚、強くあろうとする姿勢に私は心より敬服しました。

 叶うならば、シドル様が成人しても、私はログロレスの人間としてシドル様に仕えていたいと思います。

 明日はシドル様が中等部へ入学する記念となる日ですから、また、その時の様子を綴った手紙を送ろうと思います。

 お父様のお身体を大事になさって、いつか、私がログロレスにシドル様と訪ずれる日を楽しみにしていてください』


 考えてみたらリリアナや護衛の騎士を連れてあちこちのダンジョンに潜ったような気もするし、そんな内容もちらほら見えた。

 俺が王になれるとか、割と厨二っぽくて、実は可愛らしい面もあったのかと思うことばかり。


 リリアナはログロレス領に俺を連れていきたかったんだな。

 けど、それは叶うことがなく──。


「私は、シドルが死んだと聞き、イヴェリア・ミレニトルムが決闘で死んだと思い、それから本当のことを知りたいと、シドルやイヴの身の回りを調べたら、リリアナ様が浮上しました。

 イヴが部屋に遺したシドルの情報を基にリリアナ様の行動を追って、市民の目撃情報などから、リリアナの殺害に勇者と詐称するアルスと偽の聖女ハンナ、そしてシドルの元婚約者のルーナ・ファウスラーが浮かんできました」


 フィーナは一呼吸を置いて茶を啜ると、言葉を続けた。


「特にあの平民の二人が絡んでると分かれば、それからは順調に調査が進みました。

 何せ平民が貴族街をうろつくものだからとっても目立つのよね。

 入学式典の夜、アルスはドラン様とルーナを連れてシドルの家でシドルの父親のドルムと会談し、シドルの婚約の解消とシドルの暗殺を計画。

 リリアナ様を使うという発案は私の叔母のシーナ様で、それを許したのはその夫のドルム。

 私、ここまで知った時、本当に信じられなかったわ。

 だって、ドルム様もシーナ様もシドルのことを大変可愛がってましたから───」


 ドランは身の覚えがあるのか、フィーナの言葉にところどころ反応を見せている。

 フィーナはドランに目を配りながら、まだ、続ける。


「それから、しばらく調査は何も進まなかったけれど、カレンが私のところに来てくれたのよね。

 シドルが見出した彼女──今は王国最強の騎士という二つ名のほうが有名かしらね。

 その彼女のおかげで私は遠出ができて、シュレル様に会いに行けましたし、ダンジョンでレベル上げも出来ました。

 そして、いつの間にかとあるスキルに目覚めて、本当の敵を知ったんです。

──それが、勇者と詐称するアルス。彼の【主人公補正★】というユニークスキルが私たちを狂わせていた。

 思考を誘導し、自身への評価や評判まで改ざんする忌々しいスキル。

──とは言え、全てがそのアルスのスキルのせいとも言い切れません。

 偽の聖女には彼のスキルが効いてませんから───」


 【主人公補正★】なんていう名前を聞いたことがない彼らには寝耳に水だろう。

 だけど、俺にはそれよりもハンナは【主人公補正★】が効かない。

 彼女は【職能:聖女】だからその恩恵か、それとも、クラスの効果で精神MNDが高いからなどの理由がありそうだ。


「聖女ハンナについては、私の方で以前調査を行い、彼女の身元などは把握しております。

 現在は従軍して兵士の治療に専念しているわね。

 アルスのほうは……気になることはあるけど、先にドラン・ファウスラー様と本日来ていただいたレーネ・ファウスラーの処遇ね。

 シュレル様は如何様にお望みかしら?」


 フィーナがシュレルに話を振ると、シュレルの存在がぐらりと揺れる。

 【認識阻害】を発動したのだろうが、俺には【気配察知★】があるためシュレルが何をするのかはっきりと見えた。


 シュレルはクナイの切っ先をドランの首元に突きつけた。

 刃は触れるか触れないかの位置で止まりシュレルの鋭い眼光はドランの目に向けられている。


「貴様が死ぬつもりでここに来たのなら、ここで殺してやるつもりだったんだがな」

「……………」


 シュレルの言葉にドランは無言を貫く。


「はっ。死ぬに死ねず、死に場所を探しているのだろう?」


 クナイを仕舞い、座っていたソファーに戻った。


「我がログロレス家は古来より暗部を務めて参った。思うところは当然あるが覚悟をしていた部分も我らにはある。それに貴様をここで殺したとしても、娘の真実を知ることはなかろう。そういう訳で貴様に復讐をするのはまだ先だ」

「済まない」


 シュレルの言葉にドランは短く言葉を返した。

 そして、ドランは口を開く。


「フィーナ殿下。それと、シドル陛下にお願いがございます」


 ドランは向きを変え、フィーナに目線を向けた。


「娘のレーネをこちらで保護……いえ、シドル陛下の後宮の側妻でも良いので引き取ってもらいたいのです。如何でしょうか?」

「私はレーネちゃんがこちらに来るのは歓迎しますし、きっとイヴも反対はしないと思いますが、側妻……ですか───」


 フィーナは少し考えて、こう切り替えした。


「妻を多く持つのは王としての役割の一つでしょうが、レーネちゃんも公爵家のご令嬢ですから、イヴとの釣り合いを考えなければなりません。ですから、ここは行儀見習いとして私たちの方で引き取らせていただいて、レーネちゃんが誰に仕えるのか、どこに嫁ぐのかはご自身で選ばせても良いかと思いますよ?」

「イヴとはイヴェリア・ミレニトルムのことか?生きているのか!?」


 ドランは『イヴ』と言うフィーナが発した名に反応。


「ええ。生きていましたよ。シドルが助けたのよ。誰にも悟られないようにね」


 フィーナは誇らしげに言う。


「そうか……。それは良かった。このままではミレニトルム家に顔向けできないと思っていたが、そうか──」

「そうね。ミレニトルムにはいつしか謝罪に言ってもらいたいけれど、まだ、ヴィレル様にもイアリ叔母様にも伝えてないのよね。事が落ち着いたらイヴが生きているということを大々的に表にするから、その時に誠意を伝えてもらえたらそれで良いわ」


 ドランの言葉にフィーナがそう返し、更に続ける。


「レーネちゃんにはイヴが居るバハムルに行ってもらうつもり。そこで、お勉強をして、エターニア王国では見られない世界を知るのも良いと思うわ」


 フィーナが発案したレーネをバハムルに招くことについては賛同を得られた。

 それからフィーナはドランの処遇の最終確認をする。


「シュレル様はどうします?今のままで宜しいんですか?」

「はい。娘を殺めたのは勇者アルス、聖女ハンナ、それと、ルーナ・ファウスラーのこの三名の何れかと伺いました。その他は見極めて然るべき対応をと考えています」

「でしたら、当面は保留ということね」

「はい」


 シュレルはそこまでで納得してもらえた。


「シドル、ドランについては今後、どうするの?」

「ファウスラー自治領はこちらに編入して東側への足がかりにしようと考えているよ。森のエルフとの交易路を作りたいしね。そのためにドランにはファウスラー領に留まってもらいたい」


 というわけで、ファウスラー領はバハムル王国に組み込まれて、ドランが引き続き領地の運営を行う。

 娘を差し出すほどの覚悟を見せたわけだし、こちらとしても人材不足で苦労してるから、ドランがファウスラー領を治めてくれるのは本当にありがたい。

 それから俺は、フィーナが今後、どうするのかを確認した。


「フィーナはこれからどうする?」

「西部の国境のエターニア王国軍の制圧が終わったから、ヴェスタルの統治は誰かに任せてバハムルに一端戻りたいわね。麦や小麦の収穫が一段落しているはずだから各領地への配分を決めたいわ。エターニア王国に入るのはその後になりそうね。でも、その前に──」

「メルトリクス領の制圧……」

「ええ、そう。王都に攻め入るには南のファウスラー領、西のメルトリクス領。特にメルトリクス領は交通の要だから陥とすのなら早めが良いわ。秋の収穫が終わる頃には手中に収めておきたいわ」


 次の目標はメルトリクス領の併合。

 王都で生まれ育った俺が数えるほども行っていない領地だ。

 それにしても俺の意志に関係なく凌辱のエターニアⅣにそれなりに準じたストーリーで進んでいくんだな。

 どこで変わったのか分からないけれど、ゲームでは反乱だったのが、ここではバハムル王国の独立と侵攻。

 そこだけは随分とスケールが大きくなっている。

 これがどんな結末になるのか……。

 少なくとも俺は生き残りたい。主人公アルスの物語が終わったその未来さきの世界を快適に生きたい。


 ともあれ、メルトリクスの前にバハムルだ。

 レーネをバハムルに届ける必要があるし、食糧の確保も重要。

 帝国に食糧の買い付けをお願いしたけれどどのくらい手に入るのかも分からない。

 それでも、多少なりとも帝国から食糧を買えたら、こちらとしては大助かりだ。


 こうしてドランの扱いを決める会談を終えた。


 翌日。

 ドランをファウスラー領に送り出し、更に翌日には引き継ぎを簡単に済ませたフィーナと俺、カレンとレーネの四人でバハムルに向かった。

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