ドラン・ファウスラー
プロティア領の領都プロッテ。
プロティア領軍と王国の援軍を退けたバハムル軍は直ぐに制圧し、領城もこちらの手に落ちた。
領都に住んでいた貴族共は女子供を残して皆、失踪──というより王都に退却。
また、領主であるプロティア侯爵も、三人の嫁と四人の娘、一人の幼い息子を残して、王都に逃げたらしい。
なお、プロティア侯爵の成人を迎えた六人の男子も王都に逃げ去ったと思われた。
主だった指揮系統を失ったプロティア領の領都プロッテの領城は敢え無く陥落。
城に残っていた領主の家族と、領都の貴族の嫁や子供を城内に連行して軟禁した。
プロティア領を手中に収めたのは良いが、問題はこのプロッテの市民たち。
貴族や裕福な商人などはともかく、平民たちの生活は酷いものだった。
聞けば税金があまりにも高額で市民の生活は激しく困窮。
その日の暮らしもままならないといった様子に見かねて、バハムル軍が持ち込んだ食糧の一部を配給。
さらに領城に保管されていた食糧もプロッテ市民に提供した。
こうしてルグラーシュ領、プロティア領と立て続けにバハムルに併呑したが、プロッテのみならず、プロティア領内の多くの町や村にも食糧を提供したために、バハムル軍は食糧の確保が急務となる。
バハムルに使いを送って食糧の手配をした他、プロティア領に隣接する帝国との国境。
俺はネイル宛に手紙を書き、食糧の購入をお願いするため、使いを出すことにした。
上手く行けば一ヶ月以内には答えが出るだろう。
ということで、逃げた貴族たちの家から、各戸にあった貨幣を没収し、領城の蔵庫にあった財宝と合わせて、帝国から食糧を購入する資金に充てることにした。
それから数週間後。
プロティア領を占領した戦後処理に追われていると来訪者がやってきた。
俺はその来訪者を謁見の間ではなく応接室に通してもらって、そこで応対することにする。
「お久しぶりです。ドラン様」
「やはり生きていたんだな」
ドラン・ファウスラー。
ファウスラー領の領主で俺の元婚約者のルーナ・ファウスラーの父親だ。
「ええ。お陰様で───」
それともう一人。
ドランの右に少女が彼に並び立っている。
「──そちらの女性は?」
俺が尋ねると彼女はカーテシーを見せて、
「レーネ・ファウスラーです。お久しぶりです」
「レーネか!見違えたね」
最後に見たのは俺が十歳の時。
彼女は七歳くらいだったはずだ。
すっかり美少女と呼ぶに相応しい見目に成長していた。
「お兄様もとても凛々しくなられて何よりです」
レーネはニコリと笑みを俺に返す。
「シドル様──」
ドランが俺の名を敬称付きで口にすると、その場に座り込んで頭を床に擦り付け謝罪を始めた。
「これまでシドル様に対して行った所業の数々……、この通りお詫びいたします。本当に申し訳ございませんでした」
ドランに倣ってレーネも彼の隣に膝を折って座り土下座をする。
それにしても、この土下座ってヤツ。
前世も含めて俺に向かってされたのは初めてだけど、許すとか許さないとかの選択肢がないってことに気が付いた。
許さなければ話が進まない。
許さないならここで首を落とすくらいしかない。
それに、関係のないレーネを巻き込んで──。
卑怯だ。とは口にせず──。
「まあ、とりあえず、頭を上げてください。話は聞きましょう。許す許さないはその後で」
と、その場は直ってもらってソファーに座って話をすることにする。
それから向かい合ってドランの言い分を聞くことにした。
「我が家の凋落は、今は亡きロッドがアルスを連れてきたところからでした──」
ドランはロッドが連れてきたアルスを訝しく見ていた。
第一印象からして、貴族の集団の中に異分子でしかない平民の少年を迎え入れることに違和感がしかなかったそうだ。
だが、ロッドがその少年をいたく気に入って甲斐甲斐しく世話をするものだから、ドランはロッドに根負けして領兵宿舎に部屋を用意しそこに住まわせることにした。
それからである。
ドランも徐々にアルスに対して好印象を持ち始め、長女のルーナ、そして、妻のサレアもアルスに傾倒していく。
ドランは愛妻家で側妻を取っていない。
同じエターニア王国三大公爵家にあたるメルトリクス家も当主のドルムは側妻を抱えていないがそれは王女を娶ったからなんだよな。と、それはさておいて。
妻のサレアをとても大事に扱っていた。
彼女は気が弱く大人しい性格で、人前に出るのも苦手な女性。
ドランは王立第一学院中等部の頃に彼女と出会って婚約をしたそうだが、サレアはドランを敬愛していたし、良い恋人であり、良い夫婦となった。
そんな夫妻だが、アルスが力を持つにつれて、夫婦の距離は離れていくことになる。
それと同じくルーナにも変化が現れた。
まだアルスが現れる以前。俺との婚約を結んで喜んだルーナだったが、アルスとの出会いでその婚約を疎ましく感じ、ルーナは婚約の解消を望み始めたのだ。
そうして数年後。
王立第一学院中等部に入学するのだが、知っての通り、俺は入学式典のその日に放校。
その放校の処分を決めるにあたってドランは手を貸した。
その日の夜。
ドランは俺の父、ドルム・メルトリクスと会い婚約の解消と王都からの追放、そして可能なら暗殺という話を持ちかける。
ドルムは応諾し、俺の母であるシーナ・メルトリクス・エターニアが、当時は俺の専属侍女だったリリアナ・ログロレスに依頼することを提案。
それにドルムが同調した。
その後、アルスと聖女ハンナ、ルーナにリリアナを会わせて俺を暗殺する手筈を整えたらしい。
結果は失敗したが、このまま表に出ることはないだろうと俺を死んだことにして至るところに吹聴したそうだ。
そして俺の暗殺に失敗したリリアナはアルスに殺されその後始末をドランが行った。
ここまで打ち明けてもらったところで一端話を区切る。
「リリアナはアルスに殺されたと?」
「はい──」
「そうだったのか……」
俺の暗殺に父と母が関わっていることも予想はしていたけどこうして知ったのは衝撃的だった。
目の前のドランを含めてアルスの【主人公補正★】の影響下にあったんだろう。
あれには思考誘導効果があってアルスの望んだ結末を迎えるために被支配者の思考を遮る。
しかもアレ、異性に対する効果が抜群だが、対象が男性だったり、
それでも女の子とのエッチイベントを迎えるために【魅了★】や【催眠術★】と言った精神を支配するユニークスキルがあって【房中術★】みたいに異性を虜にするものまで存在する。
ストーリー進行やサブイベントなどをクリアするために、それらで補えないものを【主人公補正★】が正していく。
そんな感じだろう。
もしかしたら、
そう考えると、アルスの弱さは妙に納得が出来た。
「この件は、フィーナ殿下が直々に調査をされて、私が手を貸したということを殿下は把握しております。ログロレス子爵にも知られていたとすれば私は当然断罪されるべきでしょう」
俺の知らないことをフィーナが独自で調べて把握している。ということか。
ならば、俺はフィーナに確認をしなければならないな。
「わかりました。では、この件はフィーナと会談の場を設けて結論を出しましょう」
「承知いたしました」
フィーナは今、ヴェスタル領にいる。
数日後には出発することにしよう。
ドランの話はまだ続いた。
俺が放校されて王都を追放された後からしばらく──。
アルスと聖女がイヴェリアと決闘を行った。
イヴェリアが圧倒的な強さを見せていたが、土壇場で繰り出したアルスの【リミットブレーク】でイヴェリアは消失。
同時にMPを使い果たしたアルスと聖女ハンナは気絶してしばらく目が覚めなかった。
アルスの意識がないことで【主人公補正★】の効果が弱まると、それまで遮られてた記憶や思考が徐々に回復。
ゆっくりであったが次第に正常な判断を取り戻していった。
この世界では
ゲーム中でもそうだけど、
ドランはその後、妻のサレアがアルスに寝取られたと知ると絶望し、以降【主人公補正★】の影響を完全に受けなくなっていた。
愛妻家のドランにとっては辛いだろう日々。
だが、そのおかげでアルスはファウスラー領内のダンジョンに挑まされてシナリオ通りに進んだのだから、もしかしたら、ドランが【主人公補正★】に思考誘導されなかったのはスキルによる物語の補正が働いたのかもしれない。
サレアはドランの下に帰らなくなった。
アルスが拝領したら、その領地に彼女は入り浸り、アルスが領地を失って王都に戻り、それから王都に屋敷を下賜されてからはその屋敷にサレアとルーナが住み込んで邸宅に寄り付かない。
ドランは諦めてサレアと離縁の手続きを済ませると、王都の屋敷や何やらを全て引き払い領地に戻った。
以降、ファウスラー領は王国から離脱し、自治領として運営している。
「ようやっと、私に機会が訪れました」
ドランは俺がプロティアを陥としたと知って、今日、こうしてここまで来たということらしい。
「レーネを連れてきたのもこのためです。どうか、レーネを引き取っていただけますでしょうか?もはや王国を脱した身で公爵という地位には興味は失せております。ですが、ファウスラーの名が私の代で潰える恥を背負うには忍びありません。ファウスラー領ともども、シドル様の傘下として治めていいただけますよう、どうか、お願いいたします」
娘を俺にって……売るのかよ。とは思ったが、ドランはもう妻を娶るつもりもなく、血筋がここで絶えることを望んでいない。
かと言って俺が引き取るのは良いけれど側妻や妻としてとなると、二人の姫君の許しがなければ俺には無理だろう。
「わかりました。ですがそれは、フィーナと相談して決めましょう。レーネも良いよね」
ドランは頭を深く下げたまま。
俺が同意を求めたレーネは可愛らしい声で答える。
「シドル様……。わかりました」
で、今は自治領のファウスラー領がバハムルに編入されるんだけど、運営は今まで通りで良さそうだ。
そろそろカレンをフィーナのもとに送りたいところだったし、ちょうど良い。
数日後。
俺にとっては人生初の馬車での長距離移動となる。
プロティア領の運営をソフィさんに任せて、俺はカレンとドラン、レーネと一緒に馬車でヴェスタル領の領都ウェスタルナへと向かった。
道中、レーネが何故アルスの影響下にないのか気になって聞いたが、レーネはアルスと常に入れ違う形でファウスラー領と王都を行き来していたらしい。
ドランがサレアとルーナの様子を知ってから、そういった対策をしたのだとか。
ちなみにレーネは凌辱のエターニアシリーズには登場しない。
ドランとサレアの間には何人かの兄妹が居て、跡取りがロッドで、長女がルーナということだけしか説明されない。
ゲーム中でも
サブヒロイン化したⅢとⅣでも常に
それがそのまま進行していると考えたらレーネはサレアとずっと会っていないはず。
だと言うのにレーネは母親と姉のルーナを最初から居なかったものとして扱っていた。
小さい頃はルーナともレーネとも少なからず一緒に遊んだ仲だったのに、世知辛い。
道中はそれほど言葉を交わすことなく二週間弱ほどでヴェスタル領の領都ウェスタルナへと到着した。
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