ベヒモス

 ルグラーシュ領の協力を得たバハムル軍は兵を再編成。

 プロティア領制圧に八千の軍を纏める。


 プロティア領軍は領境に一万二千を展開。

 そこにはアルスのパーティーが含まれている。

 彼がメインヒロインの誰を選んで挑んでくるのか、ある部分で楽しみにしていた。

 多くのプレイヤーはサラ・ファムタウとエルフのエルミアを選んでる。

 前世の俺はエルミアとソフィさんを連れていってた。


「あ、シドル様……じゃなくて、シドル陛下。待って。と言いますか、全軍止まってもらえます?」


 行軍の最中。

 ソフィさんが俺を呼び止める。


「言い直さなくても良いよ。俺も慣れてないんだ。いつも通りでお願い」

「わかりました。で、──」


 ソフィさんはプロティア軍の動向を教えてくれた。

 この先に千ずつに分けた兵が左右から不意打ちをかけて、二千が後ろに回り込む動きがあると教えてくれる。


 ということは


「先に二千のほうを討てば良いんだね」

「はい。そうすると前方の千ずつがどう動くか静観できそうですよ。それと偵察兵が何人か小脇にいるので捉えるか処分してください。場所はこちらで指示しますから」

「だったらソフィさんに兵を預けるから直接指示してもらって良いかな?何人くらいいたら良い?」

「良いんですか?でしたら私に二百を預からせてください。あと拘束用のロープが欲しいです。出来ればたくさん」


 ソフィさん、敵軍の位置をほぼ正確に把握していた。

 休憩ついでに進軍を止めて、二百人の兵士を預けると一時間とせずにプロティア領軍の偵察部隊と密偵を根こそぎ捉えて連れてくる。

 これには俺のみならず、カレンも驚いていたし、行軍中の兵士が全員目を丸く見開いた。


「捉えてきましたから、あと、今、斜め後方に千ずつ敵軍が待機しているので今のうちに片付けちゃいましょう。そうしたら直ぐに前方も片付けられるはずです」


 ソフィさんの助言で待ち伏せのプロティア領軍を一気に片付ける。

 後方の二千は準備が出来ていないからほぼ無防備で、一時間もせずに降伏させた。

 前方の二千は最後まで抵抗を見せたものの無事に制圧。


「ソフィさん。ありがとうございます。助かりました」

「いいえ。シドル様のお役に建てて光栄です」


 それからプロティア領内に入ってもソフィさんが敵軍の位置と規模、動きを共有してくれたし、敵軍の密偵や斥候を次々と刈り取ってくるから。バハムル軍はそれほどの被害を出さずに、プロティア領の領都プロッテに迫った。


「王都から一万五千の援軍が出てますから動きに気を付けてください。そこに勇者がいるみたいです」

「プロッテの制圧と援軍の到着はどっちのほうが早そう?」

「王国の援軍はここまでまだ一週間以上はかかるかもしれません」

「では、ここで待機して向こうが仕掛けてきたら討って出るか。制圧したらそれはそれで人員をさかなければならないし」


 そんなわけで、王都の一万五千の援軍の到着を待つことになったが、その間、プロティア領軍がちょっかいを出してくることは一度もなかった。



 十日後。

 王国軍の援軍がプロティア領の領都プロッテに到着。

 その間、プロティア領軍や王国軍の斥候や密偵は尽くソフィさんが押さえてくれた。

 おかげであちらはかなり警戒していることだろう。

 こっちはソフィさんのおかげで斥候や密偵を出す必要がないし、とても心強い。


「さあ、出てきますよ!あちらは充分に兵力が揃っていると考えているでしょうから」


 領都プロッテから出陣している五千ほどの領軍に一万五千の援軍が合流。

 こちらはフィーナが後から寄越した兵士と合わせて総勢一万。


「指示は皆、ソフィさんに任せるよ」

「はい!でしたら、シドル様はでっかい魔法をぶっ放してあちらの王国軍の魔道士兵を片付けちゃってください。あとは私たちで勝てます!」


 ソフィさんが指したのは先陣より向こうに五十人ほどで固まっている王国の魔道士たちた。

 あの中には一瞬だけど同級生だった元生徒たちもいるだろうがどうせアルスの手駒だろう。


「なら、俺が先頭を行こう」

「シドル様が行くなら私もその後ろを行きます」


 というのはカレン。


 俺が先頭を切って走ると後ろにカレンが付き添った。

 王国軍とプロティア領軍の先陣が俺を見つけると首を取りに来る。

 大将が先頭にいるから当然だろう。

 かかってくる敵兵を風魔法で一気に吹き飛ばし、俺は魔道士兵が固まっている場所につく。

 彼らは詠唱が長い。

 俺とカレンで彼らの意識を次々と刈り取ると魔道士兵は全員戦闘不能に陥った。


 戦闘の中心はやはりレベルの高いバハムル兵だった。

 彼らのレベルは70が最低。

 今、ここで戦っている敵兵は最高で60。

 ノルティア兵やルグラーシュの兵は最高で60で概ね55以上という感じで敵軍と拮抗している。


 ソフィさんは全体が見えているから数的優位を上手く作りながら兵士たちに指示を送っていた。


「ソフィ様。凄いですね。あんなに的確に兵を動かせる人、他に居ないですよ」


 ソフィさんの【周辺探知★】と【気配察知★】の組み合わせは完全にチートだと俺も思う。

 この場でただ一人、上からの視点で敵味方の位置、人数、周辺の地理地形を見て全てを正確に把握してる。

 ゲームだと彼女が居るとオートマッピングだったり最初からマップが開示されるなど、アクションRPGになった凌辱のエターニアⅣでは敵の位置を正確にミニマップ上で報せてくれる便利なキャラだった。

 今はメンバーだからと言ってマップが見られるわけでないし、索敵だって自身が持ってる【気配察知★】で把握できる分でしかない。

 こんな便利なスキルが表立って知られなかったのは、ソフィさんの【周辺探知★】や【気配察知★】はユニークレベルの域に達しているからだ。

 【鑑定】スキルは使用者の【鑑定】の熟練度スキルレベルよりレベルの高いスキルを看破することが出来ない。

 ということから、俺の【鑑定★】でも無ければ彼女のスキル構成が分からないのだ。

 それに彼女の良さはゲームで散々、その利便性を享受し尽くした俺にしかきっと知り得なかった。


 今、ソフィさんは自分が活きる場所を得られて、まるで水を得た魚みたいにイキイキした様子。

 そんなソフィさんを遠目で見ていたが、俺の方は大丈夫だと判断して俺の後ろにいるカレンに声をかけた。


「カレン。ソフィを見ていてくれ。彼女が要だから」

「でも、シドル様……」

「俺は大丈夫だから」

「はい。わかりました。私、ソフィ様のところに行きますよ」

「頼んだ」


 カレンは前線から離脱して後方のカレンの支援に回る。

 前線で孤立してしまったわけだけど、俺をめがけて突っ込んでくる敵兵は【詠唱省略★】と【多重処理★】で無数に魔法を生成して一定の距離に近づいたものをノックバックさせて意識を飛ばして戦闘から離脱してもらった。

 それから【召喚魔法】で風の精霊を数体喚び出して近寄ってくる敵兵たちを精霊に任せる。


 敵兵が三々五々に散って俺を敵兵が少なくなったところで、ゲームと同じムーブをする。


「シルフさん。ありがとう。またよろしく」


 たくさん喚んだ精霊のうちの一体。上級精霊のシルフが俺の近くに居たので喚び出した精霊の代表として謝意を伝えておく。


「ご主人様。お役にたてて光栄です。またお喚びください」


 精霊が消えてから、ちょっと多めに魔力を込めて獣の召喚をする。

 バハムルの領旗に描かれる陸の獣ベヒモス。

 呼び出すだけで半分近くのMPを使う。


 MP :27580/52580


 俺の魔力を吸い出すと地面が盛り上がって彼が顕現した。


「ぐううぅぅうゎああああああああああああーーーーーッ!!」


 なるべく人の居ないところで顕現させたそれはとても巨大な象にも似た獣。

 一歩歩く毎に地面を大きく揺らして轟音を轟かせた。

 敵も味方もベヒモスを見上げて尻餅をつき、恐れ慄き、そして、怯む。

 ベヒモスは王国軍の方向に向きを変えてから、大きな身体を屈ませると、少しばかり長い鼻で前方の敵兵をとてつもない強風で一気に吹き飛ばす。


「ぐうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー!!」


 続いて前足を高く上げると勢い良く地面を叩く。


───ドーーーーーーーンッ!


 ベヒモスの前方の地面が激しく揺れ、王国兵が宙に舞う。

 激しく地面に打ち付けられた王国兵は気を失って次々と戦闘不能に陥った。


「そこまでだぁーーーーーッ!」


 周囲が閑散としたかと思っていたら甲高い声が響く。


 勇者アルス。

 アルスは両脇に近衛騎士のサラ・ファムタウとエルフのエルミアを従えていた。


「貴様は!!あの時の無礼な人間ッ!」


 エルミアは俺を覚えていた。


「あー、その説はどうも。おかげでこうして【召喚魔法】を覚えさせていただきましたよ」

「このようなことに、聖獣様を使うとはなんという不届き者!!死んで詫びろ──ッ!!」


 エルミアが絶叫に近い声で叫ぶ。

 その彼女に続いてアルスが耳障りの悪い甲高い声を発する。


「やっぱり生きてたんだなぁー。最弱のくせに傲慢でキモくて醜いクズのシドル」


 アルスのステータスを【鑑定★】で覗いてみたら、Ⅲの最後からほとんどレベルが上がっていない。


───

 名前 :アルス

 性別 :男 年齢:16

 職能 :勇者★

 Lv :62

  ︙

  ︙

───


 こいつ、何をヤってたんだ……ってヤることは決まってるか。

 エロゲの主人公だもんな。

 そう考えたら腑に落ちた。


 ベヒモスには俺の後ろで待機してもらっているのだが、俺の横に急いで駆け寄ってきた女がいた。

 カレンが俺の隣に並ぶ。


「突然大きな魔物が現れたので思わず来ちゃいました」

「召喚魔法で喚んだんだ。神獣ベヒモスだよ」


 急いできた割に表情からは心配してる様子は伺えない。

 この状況を見て巨大な獣は敵じゃなかったと理解してくれたんだろう。

 とはいえ、少しばかり距離を置いて相対するアルス一行から見たら強力な魔物に見えてるんじゃないか。

 彼らに目をやると一人の女騎士が前に出てきた。


「カレン・ダイルッ!」


 カレンの姿を見たサラが剣を構えてカレンの名を呼ぶ。

 剣先を向けられたカレンは不敵な笑みを浮かべて、感情を昂らせるサラを挑発する。


「あ、サラちゃんじゃん。そっかー。勇者様が大好きだって言ってたもんね。そっかそっかぁー。そういうことだったのかー」

「准男爵風情が!貴族の礼儀を知らない愚か者め。お前はフィーナ王女殿下のお付だろう?フィーナ殿下をどうしたんだ?」

「それってフィーナ王女殿下を貶めようとしたサラちゃんに私が言うと思います?」

「フィーナ王女殿下は勇者様がご所望なんだ!!アルス様は次の王となられるお方。これほどの名誉はないだろう」

「それがダメって言ってるんですよー。そこの俗物は平民でしかないじゃないですかー」

「お前だって平民だろう?ちょっとばかりおっぱいが大きいからって調子に乗りやがってッ!いい加減ウザいッ!死ねッ!」


 サラがカレンに突進するが、ガツンという大きな衝突音が聞こえると同時に一瞬で跳ね飛ばされると、気を失ったのか倒れたまま微動だにしない。

 戦闘不能になったサラを視認したカレンは──


「ほんと、こういうの困っちゃうんですよ。王城だとこんなのばっかりだし」


 と言うが、彼女が剣を抜いた形跡はなかった。


「おいッ!貴様!良くもサラをッ!エルミア!」


 再三に渡るアルスの甲高くて気色の悪い声が響く。

 エルミアがアルスの言葉を合図に矢を番えて弓を引き、俺とカレンに向かって放つ。

 矢が飛んでくるのに合わせて風魔法を発動させて矢を押し返すと、矢じりが濡れてキラリと光るのが見えた。

 毒矢だな。

 矢がカレンの間合いに入る前で良かった。

 カウンターとまではいかないけれど、俺はエルミアの足元を風魔法で爆風を発生させると、彼女は高く舞い上がって地面に叩き付けられ気を失う。

 これで残るはアルス一人。


「このッ!最弱のくせに──────ッ!!」


 無鉄砲に剣を振り上げて飛びかかってくるアルス。

 俺は剣を抜いて受け止めてやった。

 彼が持っている剣は【王者の剣】。左腕には【勇者の盾】を装備。

 どれもエターニア王国の王家に伝わる秘宝で、勇者にしか扱えないとされている伝説の剣と盾だ。

 主人公アルスは紛れもない勇者だから扱えて当然。

 だが、今はイベントバトルでアルスの負けは確定している。

 俺は【王者の剣】を弾き飛ばしてアルスの腹に火魔法を当てて爆発させ、勢い良く後方に弾き飛ばす。


「ベヒモスッ!!」


 これまでおとなしかったベヒモスは前足を大きく上げてから勢い良く踏んだ。


──ドーーーーーーーーーーーーンッ!


 激しい轟音と共にアルスと二人の女性は真上に跳ね上がる。

 ベヒモスは続け様に荒い鼻息で彼らを更に後方に吹き飛ばした。


 ゲームではこの後、王国軍の最後尾に吹き飛ばされた彼らは【HP:1】の状態で目覚めるのだが、それは王国軍とプロティア領軍が王都に引き返してからの話である。


「ありがとう。ベヒモス」


 礼を言うとベヒモスは「ぱおーーーーーーん」を鼻先を掲げて嘶くと、土埃となって消え去った。


「これ、よく私たち飛ばなかったですね」


 カレンは素直だ。


「こういうものだから」


 と、俺は答えた。

 まあ、ゲームと同じだよね。

 俺はそう思うことにした。

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