アルス王国建国記
宣言
第四十二話 宣言
一年が経った。
フィーナの誕生日が過ぎたばかりの今日。
バハムルは猛吹雪で外に出るのが危険な状態。
「こうも吹雪が続くと森に入るのも危ないですねー」
領城と呼ぶには些か粗末で小さいこの屋敷。
窓の外では大粒の雪が轟々と横殴りに降り、とてつもない速さで積もっていく。
少しの間でも止んでくれれば雪かきをしてバハムルの森への道まで何とかできるんだけどな。
一年間。
俺はひたすらダンジョンを攻略し続けた。
基本的にほぼソロでの攻略。
現在は二百九十階層を越えたところ。
何度か攻略すると熟れて潜り込むのは早くなるんだけど、どう頑張っても二百九十階層までは最短でも一ヶ月はかかる。
往復だと二ヶ月近く。
そうやってバハムルの森のダンジョンの攻略を進めているとレベルが格段に上がっている。
俺の特異性なのかレベル99を超えてからはレベルの上がり方が急激に早くなった。
そして、俺のステータス。
───
名前 :シドル・メルトリクス
性別 :男 年齢:16
身長 :174cm 体重:54kg
職能 :オールラウンダー★
Lv :292
HP :11740
MP :52580
VIT:587
STR:878
DEX:878
AGI:1169
INT:2629
MND:2629
スキル:魔法(火★、土★、風★、水★、光★、闇★)
無属性魔法★、召喚魔法★、詠唱省略★、多重処理★、MP自然回復★
鑑定★、魔力感知★、気配察知★、認識阻害★、解錠:8
房中術★、魅了★、催眠術★、上限解放★
剣術★、盾術★、槍術★、斧術★、弓術★、棒術★、杖術★、体術★
───
ついに【
これが何を意味するのかはわからないけれどとにかく強くなったというのは間違いない。
「ねえ、シドル」
成長した自分のステータスを眺めて悦に浸っていたらフィーナが俺の膝に乗っかった。
フィーナはこうして甘えては来るけどキスなどの恋人がするスキンシップは一切して来ない。
彼女には彼女なりの考えがあるらしい。
その代わりこうして過度にならない程度に甘えてくる。
「なんでしょう?」
「もう、しばらくダンジョンに入るのはダメだからね。シドルにはこれからやるべきことがあるの」
やるべきこと。
それは領民の嘆願書を持って王都に行くのだ。
今の俺はバハムル領の領主代行と言うあくまで代わり。
前回、俺が十六歳になる前に持っていったがその時は保留にされた上に納税額を三倍に引き上げられた。
その上で領主代行の期限を一年延期された訳で、今もメルトリクス家の長男としてここにいる。
死んだと報告されていた俺が生きていてバハムル領の代行に勅令の通り、無事に着任しているとようやっと国や周辺領地に示せたのだ。
父さん──ドルム・メルトリクスとの再会をこのとき果たせたけれど、会話は一切しなかった。
俺の生存の報告とバハムル領の嘆願書をしたからと言って、その後王国から査察に来たとかそういう事はない。
そんなことから、今回の嘆願書の内容は少しばかり過激なものとなっている。
まさに一触即発と言える内容である。
バハムル領の納税額を素直に三倍に上げるのは良いけど輸送が先ず無理。
細い峠道を大量の物資を積んで下るということそのものが難しい。
では金銭で、となるがバハムル領には銀貨や金貨と言った貨幣の流通が他領と雲泥の差。
ほとんど見かけないのである。
ようやっと軌道に乗った岩塩の採掘業は、ドワーフ領や森のエルフと物々交換での取引を主としていて貨幣を必要としていないというのも理由の一つ。
バハムルでは家畜や岩塩、その他に採れた金、銀、鉄、灰銀と言った鉱石をバハムル湖対岸のドワーフの国や森のエルフに提供。
その見返りに、ドワーフからは農具や武具、鉱石を加工したインゴットなどを譲り受けているし、森のエルフからは綿、麻、絹などの糸や生地、それらで作った衣類や調度品を受け取っている。
金銭の授受を一切していないにも関わらず、たった一年で随分と豊かになりつつあった。
そういった訳でバハムルには金がない。金はないがモノはある。
人口も一年で二百人ほど増えたがドワーフとエルフがその半分を占めているのは、採掘業だったりバハムルの森のダンジョンの攻略に挑む腕自慢たち。
彼らが移り住んできたこともあってか、バハムルは少しづつ豊かになり始めていた。
バハムル領は領民の大半が農家である。
そんな彼らが最近、フィーナとカレンを中心に武器を持って訓練を始めた。
エターニア王国の情勢が芳しくなく、近からずバハムル領にも影響が出るという予測のもと、空いてる者を中心に兵士としての訓練をしている。
バハムル領の領民はレベルが高い。
王国の兵士がレベル50前後に比べ、バハムル領の領民はレベル70くらいがボリュームゾーンとなっている。
中にはレベル80や90にも届くのではというものも居るほど。
農作業が楽になるからという理由だけで領民たちはバハムルの森のダンジョンを周回していたからな。
イヴェリアが魔法を教えていたこともあってバハムルは少ないながらバラエティに富んだ兵力が育ちつつあった。
そんな背景があって今回の強硬な姿勢を示す嘆願書。
フィーナの入れ知恵ではあるけれど、俺を領主にしないならバハムル王国として独立しますといった内容。
それを携えて俺とジョルグは王都に向かうことになっていた。
凌辱のエターニアⅣ ─アルス王国建国記─の幕開けである。
シリーズ最後のボスキャラ、シドル・メルトリクス。
つまり、俺はこれから王城に入ろうと正門前に壮年の村長のジョルグと並び立つ。
正門の向こうに懐かしい姿。
エターニア王国の勇者と俺の元・婚約者のルーナ・ファウスラーがとても近しい距離で並んで歩いている。
まるで恋人のように仲睦まじく。
「お、生きてたのか。ゴミ」
俺を見てそう声をかけたのはアルス。
相変わらず男のくせに甲高くて頭にキンキンと響く声だ。
ゲームでは主人公視点で、主人公のセリフはない。
だから、アルスが発する言葉は前世の俺にとっては初めて聞く知らないセリフ。
「あら、生きていたのね。こんなところでお目にかかれるとは思ってもみませんでしたわ」
アルスに続いたルーナの言葉は、ゲームでも聞いたセリフ。
俺の中の前世の俺、
そして、ゲームの展開と同様に、ルーナは俺を【鑑定】で見た。
事前に俺は【鑑定★】でステータスを偽装。
ゲームでの俺の──シドル・メルトリクスのレベルとステータス、スキル構成にして見せてあげた。
───
名前 :シドル・メルトリクス
性別 :男 年齢:16
職能 :なし
Lv :80
HP :3260
MP :14420
VIT:163
STR:242
DEX:242
AGI:321
INT:721
MND:721
スキル:魔法(火:6、土:6、風:6、水:6、光:6、闇:6)、
無属性魔法:6、詠唱省略:6、
剣術:6、盾術:6、槍術:6、斧術:6、弓術:6、
棒術:6、杖術:6、体術:6
───
俺のステータスを読み取ったルーナは冷たい表情を俺に向ける。
「ふふ。やはりシドルと一時でも婚約者だったのは私の人生の汚点でしかなかったみたいね」
ルーナから低く冷たい声で投げかけられる心無い言葉に俺は何も言い返さなかった。
それから位置別もせずに俺とジョルグの横をアルスとルーナは腕を組みながら通り過ぎる。
───
名前 :ルーナ・ファウスラー
性別 :女 年齢:16
身長 :155cm 体重:45kg B:76 W:59 H:79
職能 :騎士
Lv :60
HP :3620
MP :3580
VIT:181
STR:298
DEX:299
AGI:299
INT:179
MND:239
スキル:魔法(火:4)
鑑定:3
剣術:6、盾術:5、槍術:3、棒術:1、弓術:4、体術:3
好感度:0
性感帯:不感
───
名前 :アルス
性別 :男 年齢:16
職能 :勇者
Lv :60
HP :8380
MP :3560
VIT:419
STR:361
DEX:120
AGI:180
INT:178
MND:237
スキル:魔法(火:1、水:1)
無属性魔法:1、絶倫★、主人公補正★
剣術:6、盾術:4、槍術:5、棒術:2、斧術:2、体術:4
───
通り過ぎた彼らを【鑑定★】で見た。
ルーナがレベル60まで上がっているのはさておいて、アルスは前回、ネイル皇帝──中身は俺──と戦ったときから変わっていない。
きっとエターナルモードを存分に楽しんだんだろう。
俺がフィーナに小言を吐かれながらもバハムルの森のダンジョンを周回し続けていた間に。
ともあれ、ここにフィーナやイヴェリアが居なくて良かった。
居たらルーナと取っ組み合いの喧嘩になっていたかもしれない。
「ジョルグさん。行きますか」
俺はジョルグに声をかけて王城に入った。
衛兵に要件を伝えて嘆願書を渡すと、その場で待たされて待機室に通される。
謁見の間の準備が整うまでここで呼び出しを待つ。
「ジョルグさん」
と、俺は声をかけると「はい」と彼は答えた。
「謁見の間では危険が伴いますからなるべく俺から離れないでください」
「わかりました」
予め注意を促す。
謁見の間で話をするのはジョルグが主。
嘆願書の記名がジョルグだからね。
小一時間ほど待っていたら衛兵に呼ばれて謁見の間へ。
ジョルグを並んで入ったが、両脇に騎士たちが並び立つこと総勢二百ほど。
【気配察知★】で隠れている兵士や魔道士も把握している。
膝をつき、頭を垂れるとジモン国王が仰々しく口を開く。
「遠方から良く参られた。嘆願書は確認した。その答えをここに下そう」
物陰で弓を構える弓兵が一斉に矢を放った。
が、俺とジョルグには届かない。
土属性の魔法で作った防御壁が矢を弾く。
続いて魔道士たちが一斉に各々の属性の魔法を放つ。
が、全て相殺してやった。
「陛下。どういうことか説明してもらえますか?」
俺は立ち上がって国王に言う。
それに答えたのは国王ではなく、国王の傍にいる父さんのドルム・メルトリクスだった。
「どうもこうもない。ゴミの片付けをするだけだ。ヤれ」
今度は左右に控えていた騎士たちが一斉に俺とジョルグに向かって斬り掛かる。
「ジョルグさん。逃げます」
俺はジョルグを抱えて魔法で爆風を起こし、騎士たちを退けると壁を魔法でぶち破って外に逃げる。
ゲームの展開通りなら逃げた先にアルスとルーナが居るのだが、
「仕留め損ねたか!だったら俺がヤってやる!」
甲高い声とともに剣を構え俺にかかってきた。
展開的にここで俺はアルスとルーナを相手に戦闘入るんだけど、ゲームとは違って今はジョルグを抱えている。
だから俺は魔法で風を起こし、二人の動きを暴風で封じて、粉塵を巻き起こし、【認識阻害★】を発動して王都から逃亡。
こうして凌辱のエターニアシリーズの最後となった物語のプロローグを迎えた。
ゲームと違うのは俺がジョルグを抱えて、アルスとルーナの二人と戦闘をしなかったこと。
それと、戦闘シーンを迎える前にルーナがセリフを言わなかったことだった。
◆
それから数週間後。
バハムル領に帰った俺はフィーナとイヴェリアに出迎えられてから、領城で会議らしきものをしている。
席には母さんのシーナ・メルトリクス・エターニア、カレン・ダイル、ソフィ・ロア、ジョルグと主だった面々が揃っていた。
フィーナとイヴェリアは母さんと距離を置いて会話らしきものをあまりしない。相変わらず、仲は非常に良くなかった。
二人から避けられがちな母さんは領民に教育を施している時だけイヴェリアが協力する体を取っているが、それ以外では一切言葉を交わすことがない。
参加メンバーを見渡して確認していたらフィーナが立ち上がった。
「ここに集まって下さった皆様に、私は伝えたいことがあります」
フィーナが大きな声で発言する。
「私たちはシドル・メルトリクスをバハムル領の領主にすることが叶いませんでした。ですので、嘆願書の通り挙兵します。ただ──」
フィーナはそこまで言葉にすると俺の隣に並び立ち「イヴ」とイヴェリアを呼ぶとイヴェリアも立ち上がって俺の隣に並んだ。
「ただの挙兵では帝国や周辺各国への示しになりません。よって、シドル・メルトリクスを王としてバハムル王国の建国をここに宣言するべきでしょう」
この場に居るシーナ以外は皆、それに賛同した。
俺は賛成も反対もしないけど、俺が王で良いのかと回りを見るが、彼らは期待を込めた視線を俺に向けている。
「たぶん、母さんは父さんとトールのことが気がかりだと思うんだけど、どうかな?」
母さんは観念して口を開く。
「ドルムのことは心配していないわ。きっと今もシドルの殺害を望んでる。けれど、トールはずっとシドルのことを気にかけていた。だから、ドルムと一緒にとまでは言わないけれど、トールのことは救って欲しい」
母さんの言葉の通り、俺はトールを何とかしたいと考えているが、父さんについては今後の対応次第といったところ。
次に憂慮するべきはイヴェリアの実家、ミレニトルム公爵家。
イヴェリアの両親は王都いるはずなのだが、イヴェリアが死んだとされているあの日から彼女はミレニトルム家と連絡を取っていない。
生存を報せることすらしていないのだ。
母さんはアルスの影響下にあったからかミレニトルム家とのやり取りはしていない。
「ミレニトルム家は王国から離脱。今は自治領として領地を運営しているけど帝国の助けが少なからずあるみたいよ」
フィーナが説明する。
エターニア王国三大公爵家の一つであるファウスラー領が王国から離脱したのを皮切りに次々と領地持ちの貴族が王国から離れた。
ファウスラー領は帝国に編入こそされていないものの属領に近い状態として存続。
その後、王国から離れた領地は帝国がファウスラー領を経由して運営の補助を行っているそうだ。
「ノルティア辺境伯はバハムルが独立を宣言したらこちらに編入する約束を取り付けてあるわ」
ノルティア辺境伯領はグランデラック湖の北岸の領地。
北に厳しい山峰を背負っているがその山峰はバハムル湖を抱えている。
「ノルティアからバハムルへの交易路は未整備だからノルティア側で山峰を馬車がすれ違える道幅に切り開く工事を始めているの。何年先になるかわからないけれど開通の見込みよ。それまでは北東を迂回してモリアとの交易を量りつつバハムルとのやり取りに使うつもりよ」
モリアとはバハムル湖対岸のドワーフの国。
俺がダンジョンに潜っている間に、フィーナはいろんなところから約束や取引を取り次いでいた。
「エターニア王国の東部はほぼこちらに協力的で国として成立したらこちらに編入されることを望んでいるわね」
というのは、ここで取れる鉄と灰銀が決め手らしい。後は塩。
エターニア王国は塩をほぼ輸入に頼っている。
このバハムル領で採れる岩塩はエターニア王国内では数少ない生産地で、辺境過ぎて王家から関心を寄せられないものだから、王家が独占し始めている塩の取引を止めて、バハムルの岩塩を支援するということでフィーナは言い包めていたのだとか。
塩は帝国からも輸入できるがエターニア王国との交易は行っていない。
そのため、王国では現在、西方の国々から細々と塩を仕入れているため、とても貴重で平民にも行き渡らないほどのものになっていた。
「シドル」
フィーナは俺の名を呼んだ。
「私、ここまで、揃えたわ。あとは貴方だけ。貴方が王になると宣言をしてくれれば王国は救われるのよ」
フィーナは俺の決断を迫った。
俺はここ一年。
ただ強くなるためにひたすらにダンジョンに潜り続けた。
シリーズで唯一設けられた二つのエンディング。そのもう一つのエンディングを手繰り寄せるために。
けど、その間、フィーナはこの時のためにカレンやソフィさんを連れ回して国内を回り貴族たちと渡り合ってあと一歩というところまで進めている。
「わかったよ。フィーナ」
俺よりも少しだけ小さくなったフィーナを見ると、フィーナはニコリと可憐な笑み俺に向けてから頷いた。
「では、皆さん。バハムル王国の建国をここに宣言しよう。後ほど広場で領民にも報せるよ」
俺がそう言うと皆が拍手をして賛同してくれた。
広場に向かう途中フィーナが俺にこう漏らす。
「やっと肩の荷が下りたわ。ところで話は変わるけど、ネイル皇帝とお会いしたけど本当に美人で驚いたわ」
どうやら帝国にも足を運んでいたらしいフィーナは言葉を続ける。
「情勢が難しくてこちらから使節団を送れずにいるけどシドルには会いたいって伝えておいてって言われたよ。イヴの言う通り、貴方、本当に行く先々で女を引っ掛けていたのね」
「好かれてるのは知ってるけど、俺の
「イヴもシドルの魔素がって言うもんね。でも、それはそれ、これはこれ、よ。きっと」
「そういうもん?」
「ん、そういうもの。本心なんて言い難いよ。地位があったり、種族の軋轢があったりするとなおさら」
そう言ってフィーナは左手を前に突き出して手を広げる。
「けどね。どれもこれも、これからだよ。シドルが私を守ってくれたように、誰の手も届かない場所まで私がシドルを連れて行く。そうやって私はシドルを守りたい」
彼女の視線は左手の薬指に嵌めた【
太陽の光を反射して、キラリと輝く漆黒の宝石がとても綺麗に目に映る。
「って、ネイル皇帝に言ったら国としても個人としても全面的に協力するって約束してくれたよ。シドルにだけじゃなくて私にもってね」
フィーナは足を早めて俺の前に出ると身を翻し──
「早く行こ」
と、俺を急かした。
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