バハムルへの帰還

 イシルディル帝国を出て十日弱。

 無事にバハムル領への関所を越えた。


 いろいろな出来事が重なって実に半年くらいぶりのバハムル領。

 峠を越えたら当然雪景色だろうし、村の開発も進んだことだろう。


 領村にある城と言うには粗末な領城。

 こじんまりとしたその屋敷に俺は帰ってきた。


「ただいま」


 居間のドアを開けると四人の女性がダイニングで姦しくしている。


「おかえりなさい。シドル様」


 最初に出迎えてくれたのはソフィさんだった。

 それから間髪入れずにフィーナが───。

 フィーナが!?


「ああ!シドル───ッ!シドルッ!シドルシドルシドルシドルッ!」


 俺に向かって走ってきて飛び付いてきた。

 あまりの突然で俺は耐えることが出来ず後ろに倒れる。

 何とか受け身は取れたから頭は打たずに済んだけど……。


「痛いよ……フィーナ」

「ん─────ッ!ああッ!シドル!シドル─ッ!」


 痛がる俺の首に腕を回してギューッと抱き締め、俺の首筋に顔を擦り付けている。

 髪の毛から甘い香りが漂って鼻が擽ったい。

 俺の名前以外を発さないフィーナはそのまま。

 今度はイヴェリアが近寄ってきた。


「おかえり。シドル。待ちくたびれたわ」

「ごめん。遅くなって」

「それにしても、また、女?匂いがするわ。それもとっても強く」


 イヴェリアが発した「また、女」という単語にフィーナが反応。


「女?って何?」


 フィーナの動きが止まり、俺の目を真っ直ぐに捉える。


「イヴェリアは【精霊魔法】である程度把握してるよね?」

「【精霊魔法】?」


 フィーナはイヴェリアに視線を向ける。


「ええ。知ってるわ。イシルディル帝国の皇帝が女性のダークエルフで、森のエルフの女王と同じように慕われた。彼女たちの言い分はとっても分かるのだけど、私としては不服よね。何せ私だって【精霊魔法】を使うのに魔素マナが欲しいんだもの。それも濃厚でビロードのように滑らかな、そこからしか取り込めない魔素をよ」


 イヴェリアは口端を釣り上げてニコリと微笑む。

 目は鋭いままだけど。


「ねえ、女と精霊魔法って何のことなの?説明してくれる?」

「女なら、そちらにも居るでしょう?ソフィ様はシドルを追いかけてここに来た女性。カレンはバハムルでシドルを迎え入れてくれた女性よ。私たちの知らないところで次々と女性に慕われてくるのよ。困ったことに。しかも、やすやすと唇を与えるものだから、身分の高いものとのそういった行為は危ういというのに」


 それから、小一時間。

 イヴェリアの【精霊魔法】と俺の出来事を話した。


「ほーん。私の知らない間にそんなことをしてたんだ?良いご身分ね。バハムルに来て羽根を伸ばしすぎじゃない?」


 フィーナと俺は正座で向き合っている。

 何故か浮気した亭主が嫁に説教をされているこの構図。

 でも、俺は謝らないぞ。謝ったら今度はイヴェリアに顔向けができない。

 それと言い訳も俺はしない。

 ケレブレスはともかく、イヴェリアとイシルディル帝国のダークエルフたちは生きるためにそうせざるを得なかった。


「私は、シドルのこと。責めたりしないわ。だって悪いことはしていないもの。ただ、同じがそれ以上のことを私にもして欲しいって我が侭よ」


 イヴェリアは俺の傍に腕を組んで仁王立ちしている。

 ここに来てからのイヴェリアはパンツスタイルを好んでいるから凛々しさが一入。

 胸の成長も著しく、これもまた、シドルとしての俺と前世の俺としての俺のストライクゾーンに収まりつつある。

 きっとこういうエロゲ思考は良くないのかもしれないな。

 エロゲの世界だけど、エロゲをしているわけではないのだから、もっと真面目に女性を見ることにしよう。


 イヴェリアの言葉を耳にしたフィーナは疑問を口にする。


「何だかイヴ、変わったね。前はそんなに気持ちを表に出さなかったけど、今は素直なのね」

「シドルに助けてもらって繋いだ命だもの。感謝してるし、私にはもうシドルの下にしか居場所がないわ。だからよ」

「そう……なら。私もいよいよ覚悟を決めないといけないね」

「そうね。シドルと共に生きる決断をするなら今ここでしかないわね。カレンだって、貴女に仕える前にそう決めたんだもの」


 イヴェリアの口からカレンの名が出たが、カレンはじっとこっちを見て、事の結末を待っている。

 彼女が俺に向けている好意はイヴェリアやフィーナと同じ【100★】だから。


「そんなことは最初から決まっているよ。生まれたときから私はシドルが好き。シドルがどんなに女性に慕われようと私はシドルから離れない。それに──」


 フィーナは左手を掲げて薬指を見る。

 そこにはフィーナの十二歳の誕生日にあげた【力の指輪マナ・リング】が嵌められていた。


「シドルは離れていても私をずっと守ってくれていた。そのお礼はこの身や私の人生を捧げても足りないくらい。だから私、シドルには愛だけじゃない。カレンに負けないくらいの忠誠を誓うわ。私の夫になる人も恋人になる人もシドルが良い。そして、私の王はシドルが良い」

「一国の王女様がそんなことを言っても良いの?今のは国を裏切る発言だと捉えられてもおかしくないわ」

「おかしいのはお父様。あんなゲスな男を私の夫にして王位に就かせようとしている。あの男は民に手を付けて平気で命を奪う。でも、ここ、バハムルは領民が活きている。だれもがカレンを敬っているし、それと同じくらい、後から来たシドルを信じている。お父様があの男を選ぶなら、私はシドルを選ぶわ。血統だって問題ないもの」

「それが貴女の決意なのね?」

「ええ。ここに来る前まで、何も定まらなかったけど、シドルとイヴ、それにカレンのおかげでやっと、私の心は決まったわ」


 フィーナはそう言って立ち上がる。


「ねえ、シドル」


 フィーナは俺を見下ろす。

 俺は「ん?」と返事を返すと


「お母様とお姉様をここに連れてくるわ。ソフィ様をお借りしても良いかしら?」

「ん?なんでソフィ?」

「スキルよ。【周辺探知★】と【認識阻害★】、それに【気配察知★】。ここに来てから彼女、度々使っているのに気が付いたのよ」


 え、なんで?

 と思って、フィーナを【鑑定★】で見てみた。


───

 名前 :フィーナ・エターニア

 性別 :女 年齢:15

 身長 :171cm 体重:49kg B:86 W:58 H:80

 職能 :フェンサー

 Lv :51

 HP :1040

 MP :6060

 VIT:52

 STR:26

 DEX:252

 AGI:227

 INT:303

 MND:660

 スキル:魔法(火:6、土:6、水:6)

     無属性魔法:2、詠唱省略:3

     剣術:7、槍術:7、杖術:2、体術:6

     不撓不屈★

 好感度:100★

 ︙

 ︙

───


 強くなったなー。と思って良く見ていると、見覚えのない珍しいスキル【不撓不屈★】。

 性癖や性感帯は言葉や文字にしてはいけない。

 だって固有名詞が入ってるんだよ?なんだこれおかしいってなるじゃん?

 フィーナのスキルの【不撓不屈★】を【鑑定★】で更に詳しく見ると、状態異常無効と自身に影響を及ぼす可能性のあるスキルを使用したときにその詳細を分析把握する効果がある。

 ということは──


「シドルは【鑑定★】を持ってるんだ。これってスリーサイズとか好感度、性癖、性感帯とか見れちゃうんだね。すっごくエッチなスキル」


 それを聞き逃さなかったイヴェリアが言葉を挟む。


「ねえ、シドル。シドルの【鑑定】って女性のそういったデリケートなところまで分析されちゃうのね」


 それから、フィーナとイヴェリアだけじゃなく、カレンやソフィさんにもこのことを説明せざるを得なかった。

 見えてしまったものは仕方ない。


 ともあれ、ソフィさんの【周辺探知★】と【認識阻害★】、【気配察知★】がフィーナの知るところになった。

 フィーナが王城からマリー王妃殿下とフィーナの姉のリアナ王女殿下を連れ出したいとのことで


「ノルティア辺境伯の南のグランデラック湖岸に領地を持つログロレス子爵を頼って小舟を借り対岸に接岸。それから王都を目指そうと思ってるの。バハムルにはログロレス子爵領とノルティア辺境伯領を経てヴェスタル辺境伯領から戻ってくるつもり。ソフィ様のスキル構成なら私たちは勘付かれることなく王都まで行けてバハムル領に戻って来られる。どうかな?」


 と、ソフィさんを使いたい理由を述べる。


「ねえ、どうしてログロレス子爵なの?」


 それは俺も気になった。

 ログロレスと言えば、リリアナ。

 リリアナは俺を暗殺しに来て失敗したんだよな。

 あの後、どうなったのかは俺は知らない。


「ログロレス子爵家は元から王家との繋がりがあるの。それに、リリアナ・ログロレスの遺骨と遺品を届けたのよ」


 遺骨と遺品って……。


「リリアナって亡くなってるの?」


 俺は訊いた。

 そして、フィーナが答える。


「リリアナをシドルの侍女に雇ったのはシーナ・メルトリクス・エターニア。シドルのお母様。シドルを王都から追い出したのはドルム・メルトリクス。シドルのお父様。シーナ様とドルム様は、ルーナ・ファウスラーと平民のアルス、聖女のハンナと会談してシドルの暗殺を計画。その実行をリリアナに命じた。だけど、失敗したのよね。それでルーナとアルスとハンナの三名でリリアナを殺害」

「そんな。父さんと母さんが俺を……」

「そうだよ。何なら訊いてみたら良いわ。バハムル領に来てるから。でも話を最後までしてからね」


 俺が連れてきた母さんとジーナはここではなく領村の一角に家を貸し出したらしい。

 釘を刺されてしまったので後で行こう。

 フィーナは更に言葉を紡ぐ。


「リリアナの遺体は胸骨に剣で刺されて欠けた箇所と、頚椎が切断されていたのよね。あの男の影響があったから仕方ないとは言いたいのだけど、シーナ様は精神がそれなりに高いはずだからレジストが出来たはずなのよね。それでも抗えなかったのならそれは怠慢。だから私とイヴは今、シドルのお母様と距離を置かせてもらっているわ」


 母さんとジーナが屋敷にいない理由がここで分かる。

 フィーナの言葉は続いた。


「それにしてもあの男の【主人公補正★】は本当にやっかいね。女を犯して殺しても、誰もが見て見ないふりをする。精神を歪め、思考を遮る。とても民に平和を齎す勇者と呼ぶには些か蛮行が過ぎるわ。それに物語を導くと言う意味がわからない。あれが紡ぐ物語の結末はとても良いものじゃないわ」


 勇者アルス、凌辱のエターニアシリーズの主人公のスキル【主人公補正★】に対するフィーナの評価。


 フィーナの言葉を最後まで訊いて、俺は何よりもリリアナのことを思い出した。

 リリアナは二年間、俺に仕えた。

 とても良くしてもらったし、良い侍女だった。

 最初こそ好感度が高くなかったけど、一時は【好感度:70】とかまで上がってたからね。

 今思えば、リリアナは精神が高くなかったから、アルスの【主人公補正★】に抗うことが出来なかった。

 彼女もまた、犠牲者なんだろう。

 それが最後にアルスに殺されるだなんて。

 いたましい。


 アルスはリリアナを殺したけど、俺はアルスたちを殺せなかった。

 あの時、俺は『殺すほどじゃない』とそう思っていたからだ。


 リリアナがアルスに殺されたことを知っていたとして、あの時、俺はアルスを殺せただろうか。

 考えても答えは出なかった。


「リリアナには申し訳ないことをしたな……」


 俺がそう言葉にすると、フィーナが返す。


「ログロレス子爵は言ってたよ。リリアナは私の大事な娘だけど、仕事として失敗したのならそれは致し方ない。それがログロレスの一族。場合によっては死ぬこともある。その覚悟があるから暗殺を家業としているんだ。ってね。だからシドルが気に病むことはない。でも、リリアナをけしかけたものたちを私は許すつもりはない」


 例えそれが俺の親だったとしても、ということだろうけれど。

 言葉を紡げない俺にフィーナが言う。


「まあ、シドルが許すなら私もイヴも許さざるを得ないのは重々承知してるし、本当に悪いのはアルスとハンナとルーナだから。特にアルスと、彼の影響下にないのに協力を続けているハンナは絶対に許してはいけないと思ってる」


 そういうってことはルーナには【主人公補正★】が効いているってことか。

 それも何だか複雑だな。

 かつては婚約者だったわけだし。


「アルスかあ………」


 帝城で一戦を交えたこと。

 そこで殺すことに迷いがあったこと。


 しばらく後を引きそうだ。


「ところで話は変わるけど、カレンもシドルとの再会は久し振りじゃない?何かないの?」


 唐突に話を振られたカレンは目を丸くした。

 だが、すぐに──


「手合わせしたいですねー。シドル様、強くなられたんでしょう?どうです?一戦」


 と、カレンは両手に剣を構えるジェスチャーを見せる。


「身体を動かすのは悪くないな」


 俺は久し振りにカレンと模擬戦をすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る