決戦

「ついにここまでやってきたな」


 鎧越しとは言え目の前にローザ・バルドーが居るからバレるのではとヒヤヒヤする。

 だけど、顔が隠れるせいで声がくぐもるからか、良く分かっていないらしい。

 と言うかアルスの【主人公補正★】でここで対峙するのが俺でも『ネイル皇帝』ということになっているのかもしれない。


「お前を殺しに来た!お前を殺して帝国を滅ぼす!」


 アルスの声はどことなく気色が悪い。


「民なくして為政者は成らぬ。英雄という存在に頼り、全てを許し、民を捧げる。それでは世に平定は訪れぬのだ。故に己が欲望のためにノコノコとやってきた貴様をここで殺し、王国を滅ぼし、民に平定を齎そう。王国の勇者よッ!貴様はここで死ねッ!」


 とりあえずゲームを同じセリフを喋ってみた。


「何が民のためだ!ここに来るまで人っ子一人いないじゃないか!一人のお前になんか負けるかよ!」


 アルスは頭にキーンと響く甲高い大声を発して、飛びかかってきた。


「身の程知らずのウジ虫めが!死ねッ!」


 彼らは控えめに言って弱い。

 こんなクソ重い大鎧を着ているのにアルスが亀よりも遅いから余裕を持って対応できる。


 デタラメで大ぶりの剣戟を繰り返すアルスとエリザ、それと、サラ。

 力も魔力も籠もらない弱々しく放たれるエルミアの矢。

 ぼったちで長ったらしい詠唱しかできない聖女ハンナ。


 ゲームではここにソフィさんも居たんだっけな。

 これはバランスが悪い。


 遅い彼らが一回攻撃する間に俺は何発もスキルを放てる。

 今回はゲームに合わせて一ターンに三回の攻撃を意識して攻撃を選んでる。


 三十分ほど、彼らの攻撃を受け続けた。

 彼らはMPが尽き、最早魔法もスキルもまともに発現できない。

 肩を揺らして大きく呼吸を繰り返し足を止めかけていた。


「貴様らでは私を倒すことはできんッ!死ねッ!」


 これもゲームでネイル皇帝が言っていた。

 そしてゲームの通りに【剣技:クライムハザード】を使う。


 すると、甲高い気持ちの悪い声がする。


「ヤバッ!ヤバババッ!」


 剣戟に耐えるために聖女ハンナが生命力をMPに転化してパーティ全体の被ダメージを軽減。

 アルスはローザとエリザに縋りついて頭に鋭利に響く声で叫ぶ。


「なんか出るうううううーーーーーーーッ!!」


 主人公だけに許された専用のスキル【リミットブレーク】をアルスは発動した。

 俺は咄嗟に【無属性魔法★】で覚えられる魔法【カーテンコール】を使用。

 並列して特級回復魔法を自身に向けて発動させる。

 そして【リミットブレーク】を態と受けて直ぐに【認識阻害★】を発動させて彼らの前から姿を隠した。


「た、倒した……けど……」


 聖女ハンナはギリギリの状態で持ちこたえて何とか二本の足で立てている。

 サラとエルミアはHPが四分の一ほど残っているから少し余裕があった。

 だが、リミットブレークを発動させたアルスと、リミットブレークを発動させるためにその生命力を転化させられたローザとエリザは気を失って倒れている。


「マズい!帝国兵が来るよ!逃げましょう」


 サラはそう言ってローザとエリザを担ぎ、エルミアはアルスを抱えた。


「急がないと──!」


 エルミアの声で三人の女性は来た道を走って逃げ出す。

 彼らが帝城から逃げ去ったことを確認して、俺は再び謁見の間に戻った。

 もうそこには帝国騎士が戻って来ている。

 大きな音が聞こえたら謁見の間はもう問題ないと伝えてあったからだ。


「ではネイル陛下の予定の通り、撤退する王国軍を壊滅させます」

「ああ、頼んだよ。俺はネイルを起こしてきます」

「本当にありがとうございます。ネイル女王陛下は我らの光。ここで失うわけにはいきませんでした。本当に──ありがとうございました」


 騎士は手を胸に当てて深く頭を下げてくれた。

 とは言え、今の俺は全裸である。

 あのリミットブレークで漆黒の大鎧は消失。

 大剣と戦斧は残ってるのに大槍も消失していた。

 謁見の間は三分の二ほど、玉座と壁、それと天井の一部が吹き飛んでいる。


(なんであれだけが馬鹿げた威力なんだろう)


 まあ、仕方ない。

 ゲームでもそうだったからな。


 ただ、ゲームと異なるのはネイルは生き残って、帝国への影響は皆無。

 ゲームでもこの後はアルスが率いた軍は帝国軍によって壊滅。

 命からがら逃げ延びた彼らは皇帝を倒した英雄と持て囃されるだろうが王国は帝国との停戦交渉で国境が決定しサウドール領とウミベリ領、プロティア領の一部が帝国に併合される。

 ゲームでは実質の敗戦で国王が支持を失い王国の勇者アルスに期待をする声が上がる。

 まあ、二年も先のことだけど。


 そんなことを考えながら俺は後宮の一室。

 俺の【魅了★】で俺の寵愛を待ち焦がれているネイルの元へと向かった。


「ああ、シドル様。お待ちしておりました。やっと……やっと、来てくれた……」


 ネイルはほぼ全裸に近い格好で俺を待っていたらしい。

 俺も全裸だ。このままではヤバい。


「ああ、戻ってきたよ。でも、少し待ってくれないか?それと、俺は着衣のほうが好きなんだ。服を着て待っていて欲しい」


 嗚呼、この数少ないシドルとしての俺と高村たかむらたすくとしての俺の趣味嗜好が完全一致するネイルのあられもない姿。

 もう少し堪能したいが俺にはフィーナとイヴェリアが居る。

 彼女たちを納得させないと俺は俺の未来が心配だ。

 物事はメインストーリーのとおりに進んでいる。

 だからストーリーが全て終わった後、もしくは、その直前に快適に生きられる環境を作りたい。

 正直、ここはとても迷ったんだ。

 俺に人を殺すことが出来るのか。

 手をかけても良かったのかもしれない。

 本当は、ここでアルスを殺しても良かったんじゃないか。

 そう思ったけど、高村佑としての価値観が、人を殺すことを許さなかった。

 シドルとしての俺はアルスをここで仕留めても良かったはずだと感じている。

 どっちも俺なのに、前世の記憶と価値観があるせいで、思考の一端がそこに引っ張られる。

 本来のシドルの性格も心優しく殺生を好まない人柄ではあるけれど、それでもアルスだけは殺しても良いんじゃないかという迷いを持ってる。

 それが俺の心の中で大きなしこりを残してしまっていた。


 服を着た俺は再び、ネイルが待つ部屋に戻った。

 律儀に真紅のドレスを身にまとい美しく着飾っている。

 ネイル・ベレス・メネリル。

 本当に綺麗な女性だ。

 こんな女性を思いのままに出来る【魅了★】というスキル。

 ゲームという架空の空間ならどれほど良かったろう。

 目の前で起こっていることがゲームなら、自由にネイルを使っても誰からも罪に問われない。

 今ならネイルを俺の好きに出来る。

 そう思うと男として興奮を覚えないわけがない。

 でも──。


「ああ、シドル様……」


 ネイルが甘い香りを漂わせて俺を抱き締める。

 背丈が同じだから少し顔を近付けるだけで唇が触れそうだ。

 俺は【魅了★】を解除した。


「──────!!」


 ネイルは顔を真っ赤に染め上げて目を伏せようとしたが、そのまま強引に、俺の唇を唇で塞ぐ。


「ん──ッ!」


 ネイルは俺の口の中に無理矢理舌を突っ込んできて縦横無尽に暴れて唾液を舌で掬って飲み込む。

 【魅了★】を解除したのに!?


「アタシにスキルを使ったね? バツよ、バツ」


 そう言ってネイルは身体を離すどころかギュッと抱きしめてきた。


「ねえ、キミ、アタシの命を繋ぐためにスキルでアタシを止めたんだね」


 どうやら【魅了★】にかかっている間に起きたことは覚えているらしい。

 俺にとっての真の決戦はここからみたいだ。

 だが、その前に壊してしまった貴重な武具のことを報告して謝罪をしなければ。


「ごめん。鎧と槍を壊しちゃったよ」

「いいや、シドルが無事ならそれで良い。あの鎧が無くなるほどの攻撃を受けること、知ってたの?」

「予想はしてた。イヴェリアと言う女性の時にも同じ技を彼が使ったからね」

「そうか……。なら、アタシはシドルに感謝をしなくてはならないね」


 俺はまだ、ネイルに抱かれたまま。


「あのまま、アタシに【魅了】を使ったままでも良かったんじゃない? それだったら破瓜の痛みもそれほどじゃなかったと思うんだよね」

「いや、それはいくら何でも恐れ多くてムリですよ。最初からそうするつもりはありませんでしたから」

「シドルはアタシが何ヶ月も一緒に過ごした意味を分からないの? さっきだって唇を交わしたでしょう?」


 あー……。

 俺、嵌まった。


「アタシは皇帝よ。それって大きな意味を持つと思わない? それに、スキルを使ってアタシにあんな端ない姿をさせたシドルは責任を取らないって言うのかな?」


 そう言って鼻をスンスンと鳴らして耳に生温かい吐息を吹きかけるネイル皇帝。


「それにしても、さっきのキス。とても濃厚な魔素がアタシの身体の中に流れ込んでくるのね。まるでアタシの命の源が膨れ上がったみたいに感じたよ。ハイエルフとしての力が宿ったみたいに感じる」


 ドワーフやエルフは精霊や妖精を祖として謳うだけあって、その霊性の高さが特徴と言える。

 それがドワーフであればエルダードワーフ、エルフであればハイエルフと言った現世で精霊に近い能力を発揮する古代種としての極めて高い霊性を持つ種族は、特に魔素が濃密な場所を好む。

 ハイエルフの子孫でダークエルフに堕ちたとは言え、純血を保ったネイルなら充分な魔素がある環境下であれば或いは、それを体内に吸収できることがあれば霊性が高まりハイエルフとしての能力が行使できるのかもしれない。


「似たようなことをケレブレス様から聞いた覚えがある……」

「ほう……ケレブレス様ともあのような口付けをしたと?」

「したというかされたというか……」

「まあ、良いよ。アタシは待てる女だ。公務でここから離れられないけど、ヒトより長く生きられる寿命がある。百年でも二百年でもアタシはシドルを待てるから」


 いや、ケレブレスにも似たセリフを言われたけど、ケレブレスのときと違って言葉に重みがある。

 怖い……。


「俺、人間だから。せいぜい生きても百年がやっとだと思うけど?」

「その様子だとまだ何もわかってなさそうだね。まあ良いよ。きっとそのうち気がつくから。アタシはその時を楽しみにしてるね」


 ネイルはそう言うと俺から離れて大剣を手に取って


「アタシは今日の後始末をしなきゃね。まだ何も終わってない」


 と、部屋を出て行った。


 それからの帝国軍は帝都に潜めていた兵士が帝都で略奪に励む王国軍を次々に殺していく。

 これはゲームと全く同じ展開だ。

 気を失った人間を抱える勇者パーティーは略奪に参加することなく一目散に船を目指した。

 結果、そのおかげで事なきを得たのだが、一個師団の精鋭軍は勇者たちを残して全滅し、帝都への突撃作戦は失敗。

 その後、王国軍は連敗を喫し、帝国軍がネイルではなくルシエルの名で停戦交渉に応じる声明を出したところ、王国は停戦を申し込んだ。


「ははは。アイツら、本当に勝った気で交渉に応じてきて片腹が痛い!」


 俺はゲームの通りにネイルが勇者に殺されたことにするために、ルシエルの名で声明を出しては?と提案をしたら、ネイルは


「それは良いっ!王国側はそれで勝ったと思って交渉の座に着くだろう。アタシらがファウスラー公爵領を放棄する代わりにサウドール、ウミベリ、それとプロティアの一部を貰い受ける。これなら当初の予定通りになるんだよね」


 と、あっさり快諾。

 帝国軍がファウスラー領で勝ち取った町や村は国境を置くには不向きな場所だった。

 という理由で処置に困っていたところ、勝った気分でやってくる愚王にファウスラー領をお返ししますと気分を上げて帰っていただくという腹積もりでネイルは居た。

 交渉当日。

 ルシエルが名代として交渉に赴くと案の定、国王がやってきてファウスラー領で満足してお帰りいただいたそうだ。

 誰の目から見てもこの戦争は帝国の勝利で間違いはなかった。


「もっと早くに送り出すつもりだったが、年を跨いでしまったな」


 帝城の後宮の一室で俺はネイルと話している。


「長いことお世話になったよ」

「アタシこそ。キミみたいな人間がいると知ったことを支えに、これからも励めるよ。それにキミが言っていた王国最強の騎士も気になる。いつか手合わせをお願いしたい」


 漆黒の大鎧を着て勇者たちと対峙した日から数週間。

 俺は今日、帝都を出発する。

 そこで別れの挨拶をしていた。

 ネイルの母親のラリシル・メネリルや妹のルシエル・メネリルとも抱擁と口付けを交わしてそれを別れの置き土産とする。

 彼女たちも魔素マナを欲しがったというね……。

 まだ、若いネイルやルシエルよりも、もうすぐ百歳を迎えるラリシル様の変化はとても大きかった。

 肌や髪に艶が戻り、唇の赤みが増す。

 ずっと若々しく変貌し、ネイルやルシエルと言ったダークエルフの美しさに色香を纏った素晴らしい生気を漂わせるに至る。

 まるでケレブレス様みたいに。


「もちろん、キミが強くなってアタシとまた模擬戦をしてくれても良い。キミはまだまだ成長を遂げそうだ」

「はは、その時はお手柔らかにお願いします」

「その時だって、きっと、私のほうがキミよりもずっと弱くなってるよ。だってキミは最後にアタシに【魅了】というスキルを使ったみたいに、魔法だって一切使っていないんだから。このまま終わるのはアタシのほうがずっと悔しいんだってこと、覚えておいてくれよ」

「それはフェアじゃないんじゃないかって思ってたんだ。剣には剣で。魔法には魔法で。が俺のモットーだから」

「それを手加減っていうんだよ。そんな舐めプされたら誰だって悔しい。アタシは修行を怠らないから、今度こそ、シドルの全力を出させてみせるよ」

「楽しみにしてる」

「ん。今まで本当にありがとう。アタシの命を繋いでくれたこと、感謝するし、一生忘れないよ」


 俺はネイルに抱き締められて、送り出された。


 バハムルまでの道のりはとても楽だった。

 各関所では冒険者のタスクとして抜けられる。

 戦時中では難しかった関所越えも、戦争が終われば日常へと戻っていく。


 途中、サウドールや旧プロティア領の町や村に立ち寄ったけど、ウミベリ村から移住した平民を見かけた。

 彼らはとても良い顔をしていたな。

 バハムル領の領民もこうであって欲しいと俺は強く思った。

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