潜入
フィーナのシーナへの感情は非常に複雑だ。
父親の妹。そして想い人の母親。
可憐で気品が高く愛情深いシーナを、フィーナは尊敬していたし、いつかあのように、芯の強い愛情を持てる女でありたいと憧れた。
だが、勇者アルスの登場でそれは脆くも瓦解。
シーナはシドルをゴミと罵り王都から放りだした。
暗殺されるかもしれないことを知りながら一人で外に追い出したのだ。
シドルは命からがらバハムルに辿り着いて領主代行として無事に着任。
その一方で王都に残ったフィーナとイヴェリアはシドルが死んだという報せに二人で泣いた。
イヴェリアが消失したあの決闘騒ぎの後、イヴェリアがアルスと聖女ハンナについて調べていたことを知ったフィーナは自身でアルスや聖女ハンナの身辺の調査を始めると、浮かび上がる面々。
その中にシドルの両親が浮かび上がり、更に、ログロレス子爵家の三女でシドルの専属の侍女だったリリアナ・ログロレスの名もあった。
アルスと聖女ハンナ、そして、ファウスラー公爵家の第二子で長女のルーナ・ファウスラーを中心にシドルを陥れ、イヴェリアの死に導いたことを知る。
その過程で入手したリリアナ・ログロレスの遺品の短刀やクナイと言った暗器が数点。
フィーナは、それらの遺品と白骨化したリリアナの遺体をログロレス子爵家へと送った。
ログロレス子爵家は王家に暗部として仕えることで身を立てた貴族でリリアナも家柄、暗部としての訓練を受けて育ち、王家の出であるシーナに請われてシドルに仕えたという経緯を持つ。
当初はシドルの護衛を兼ねていたのかもしれないけれど、リリアナをシドルの暗殺に向かわせることを黙認した時点で同罪だとフィーナは怒りの矛先をシーナに向けていた。
フィーナは湧き上がる怒りを払おうと気分を入れ替えてイヴェリアが子どもたちに教える姿に目を移すと、フィーナとイヴェリアの視線が重なった。
授業が一段落して、イヴェリアはフィーナに近寄ると嫋やかに笑みを浮かべて声をかける。
「フィーナ。いらしていたのね」
「ええ、村を見て回るのにカレンに案内をしてもらっていたんだけど、カレンが民からたくさんの施しを受けたから屋敷に戻ったわ」
「カレン。人気でしょう?」
「驚いたわ。ここまで親しまれてるなんて思ってもなかった」
「私、カレンみたいになりたくて、こうして教えているの。どんなに強くなっても民に親しまれないなら力は恐怖を与えるもの──ただの脅威でしかないもの」
「そうね。カレンは今では王国最強の騎士と呼ばれ始めてるの。でもそんな素振りは全く無いものね」
「カレンらしいわね。それより、貴女の叔母様と話していかれたらどうかしら?」
「乗り気じゃないけど、良いよ。一応、親類ですし」
そう言ってイヴェリアは生徒たちの集団に消えていき、フィーナはシーナの傍に歩み寄る。
「叔母様。ご機嫌麗しゅう」
「ああ、フィーナ殿下。こんにちは」
仰々しくカーテシーを交わした。
最初に口を開いたのはシーナ。
「フィーナには謝らないといけないわね。貴女からシドルを奪ってしまったこと、本当に後悔してる。ごめんなさい」
フィーナはシーナを真っ直ぐに見て口を噤んでいる。
シーナの言葉は続いた。
「こんな謝罪では軽々しいとしか思われないでしょう。
ですから、今許してほしいとは言いません。
私はこれからシドルの母として行動で示すつもりです。
ですからそのご認識で見ていただければと思っています。
私から今言えるのはそれだけです」
シーナの言葉を最後まで聞いたフィーナは自らの想いをそのまま言葉に載せる。
「許せないのは当然。私、貴女が叔父様とルーナと結託してシドルに手向けた暗殺者の遺体をログロリス子爵に届けたわ。
ログロリス子爵は子どもをとても大切に扱う印象の良い方でした。
それを王家の血筋を利用して取り込んだご令嬢を実の息子の殺害に向かわせて、失敗したからと殺したことを黙認した貴女を私は許しません。
全てが片付いたら罪を償わせるつもりでいますから、それまでは、責任をしっかりと果たしてくださればと願っています。
私からはそれだけよ」
フィーナは言い切って身を翻したが、
「とはいえ、子どもには罪はないもの。ジーナちゃんを連れて屋敷にいらっしゃい」
と、そよぐ風に声を乗せて、フィーナは広場から立ち去った。
最後には許しちゃうんだよねー。シドルがシーナ様を助けた事実だって覆らないんだから。
フィーナは心の中で独り言ちた。
同じことをイヴェリアも思っている。
シドルが助けた命。というのは彼女たちにとって非常に重たいものである。
その日は晩餐は少しばかり豪華だった。
バハムル領では晩ご飯を食べる習慣が弱い。
だが、この日はカレンの帰領を祝うと言った意味でいつもより手によりを掛けた夕食となった。
腕を振るったのはカレンである。
「カレン様の手料理、とても美味しいわ。王都で──いえ、私の人生で、これほどまでに美味しい食事を食べたことはございません」
そう言って舌鼓を打つのはシーナ・メルトリクス・エターニア。
彼女は現国王の妹。
故に近隣諸国で歓迎を受けて豪華な食事を振る舞われたことがあるのだが、それら以上にカレンの手料理は彼女の舌に響いた。
「カレンの料理、相変わらず美味しいわ。ソフィの手料理も好きなのだけど、カレンの料理も素晴らしい」
イヴェリアは久し振りのカレンの料理を喜んだ。
とは言え、ソフィの手料理も同じくらいイヴェリアは好んでいる。
剛がカレンだとすれば、柔がソフィ。
こんなことをシドルがイヴェリアの前で言っていたことを思い出した。
「本当に美味しいわね。王都で作る料理より美味しいんじゃない?」
フィーナは現在、カレンの料理しか食べていない。
王城はアルスの影響下であり、何か混入されるのではと怖くて信用できなかった。
そこでカレンがずっと作り続けている。
「王都で手に入る食材はちょっと鮮度が悪いし品質も良くないんです。やっぱここですよ。ここの食材が良いんです」
カレンは自身が作った料理を頬張って、バハムルの味に浸った。
そして、一人、八歳の少女、ジーナ・メルトリクスは今まで食べたことのない美食に夢中で一言も言葉を発することなく黙々と食べ続ける。
翌日。
フィーナとカレンは二人でバハムルの森林地帯に入った。
「ねえ、カレン。ここ、ただの森なのにこんなに魔物が強いものなの?」
森林地帯の魔物はレベル30前後の魔獣型が多い。
対処には速さと正確性が求められるので実は魔法使いに優しくない。
「そういえば、強かったですねー。シドル様と二人でここでレベル上げしたんですよ」
今では一撃で息の根を止めていくカレンだが、シドルがバハムルに来たばかりの頃は一匹を倒すことすらままならなかった。
その頃のことをカレンは覚えているから奢らずに自然体で高みを目指せている。
「ダンジョンに入るともっとヤバいですよ。私とお姫様の組み合わせだと相性があまり良くないですね。きっと」
カレンの言葉の通り、バハムルの森のダンジョンに潜入したあとは苦労した。
魔物のほとんどがアンデッド。
細剣や槍と言った刺突する攻撃ではあっという間に再生されて攻撃の意味がない。
かと言って、地下に潜るダンジョンで使える魔法というものは限られる。
「全然歯が立たなーいッ!臭いし汚れるし
二十階層を越えたところでフィーナは音を上げ始めた。
「最初だけですよ。私もそうでしたから、シドル様に頼りっきりで私はトドメしか刺してません」
「やんっ。もう、やっぱシドルなのね」
へたり込んで女の子座りのフィーナは「んーーーーーッ!」と可愛らしく呻くと腕をギュッと伸ばして気を逸らす。
「そうです。シドル様なんです。シドル様は凄いお方です。誰とも比べられません」
「ね、カレンはシドルと私のどちらにしか仕えられませんってなったらどっちを選ぶの?」
フィーナは気になっていた。
カレンはシドルへの忠誠心がとても高い。
王都で騎士の募集に応じたのは腕試しだということも勘付いている。
「え?選ぶまでもないですよ。私の忠誠はシドル様にのみ捧げています。今、お姫様に仕えているのもその一環のつもりですよ」
カレンに迷いはなかった。
シドルは王都に後ろ髪を引かれ続けている。
それが何だったのか知りたいという気持ちがあった。
それに自身の腕試しもしたい。
魔物との戦いは幾度となく積み重ねてきたけど対人戦は父親やシドルとの模擬戦のみ。
自分がどの程度のものなのかも試したい。
そんなタイミングでシドルやイヴェリアから王家に仕える騎士の募集があることを聞いた。
魔法に長けたイヴェリアが居て、ソフィと言う身の回りの世話を出来る人間がいる。
だったらシドルがいるバハムルを離れて王都に行き、自分の強さを知る絶好の機会だと思いシドルとイヴェリアの提案に乗ってフィーナに仕えた。
当初はフィーナに忠誠を誓ったほうが良いのかと悩んだけど、フィーナからそれを求められたことはなく、単純に身の回りの世話と護衛に従事する。
フィーナと過ごしているうちに、フィーナとシドルの手紙のやり取りを知り、カレンは思った。
(私は、シドル様への忠誠を偽らないでいよう。そしたら、お姫様とは良い友達でいられるんじゃないか)
フィーナはそんなカレンを好ましく感じ、自身の従者としてのみならず良き友人として接している。
幼馴染以外では初めての友達だった。
「そう。正直で良いわね。私がお父様だったら斬り捨てたかもしれないけど、私はシドルに全てを捧げるって決めているもの」
フィーナはそこまで口にすると左手を掲げて薬指に嵌めた【
「カレンがシドルにそこまで強い敬愛を持っているなら、そのほうが私は信頼できる」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「シドルは私に何でも与えてくれてるわ。だから貴女とシドルに心から感謝してるよ」
「それはどうも」
フィーナから真っ直ぐな想いを向けられて気恥ずかしくなったカレンは頬をポリポリと掻く。
「とは言え──ですよ。今日はここまでにしておきましょうか。こんな低階層で命のやり取りを覚悟するほどだと、この先は厳しいですから、しっかりとレベリングを繰り返して深層を目指しましょう」
カレンは、ここから引き返すことを決めた。
「わかったわ。戻るときも戦うのよね?」
「それはもちろん!家に帰るまでが冒険です」
フィーナは素直にカレンの言葉に従った。
◆
その頃。
エターニア王国の王都エテルナでは帝国へ侵攻するための編成を終えていた。
プロティア侯爵領の西に隣接するルグラーシュ侯爵領の海岸で一個師団の規模の兵を帝国へ運ぶために、中小の船をそこら中からかき集めて集結している。
その師団長がアルス・ウミベリ男爵。
しかし、その情報はイシルディル帝国の皇帝、ネイル・ベレス・メネリルには筒抜けだった。
ネイルは大老院と呼ばれる興国十氏族の代表者の合議の場にて揚陸予定地から帝都へ至る数々の市町村の国民を全て帝都レムミラスの南に避難させている。
ゲーム中と同様に、帝国領の陸地に上がってから、帝国軍と交戦することはない。
そうして浜辺に集結した五千のエターニア軍が出発のときを今か今かと待っている。
「今日ッ!我ら誇り高きエターニア王国軍の精鋭団は蛮国、イシルディルを陥とすべく、これより船にて彼の国へ潜入するッ!行くぞッ!」
「「「「応ッ!!」」」」
アルスは兵士に激を飛ばして船は海岸を出発した。
アルスは小舟に女たちを乗せて先陣を切っている。
聖女ハンナ、王国近衛兵サラ・ファムタウ、冒険者エリザ・ギルマリー、帝国兵ローザ・バルドー、エルフでアルスの奴隷のエルミア。
アルスは小さな船上でも彼女たちを存分に抱いた。
(やっぱ、でかいおっぱいの女が良い)
揃いも揃って貧乳ばかり。
王都では巨乳の女を犯し、自分のものにならないと悟ると殺して捨てた。
そうした行為をメインヒロインたちは何の疑問も持たずに手を貸してきている。
アルスは女を虜にするにはスキルと技量が足りなかった。
一週間にも満たない船旅を経てアルスは上陸。
後方には一個師団が続々と続いてる。
「アルス様。行きましょう。もうすぐです」
帝国の密偵だったローザ・バルドー。
褐色の肌を持つ小柄で凹凸に乏しい女性だ。
父親は興国十氏族の代表の一人。その四女の彼女は微かながらにエルフの血を引いている。
そんな彼女だから帝国の地理に詳しく帝都や帝城も良く把握している。
ネイルはそれを知っていたから敢えて彼らを帝城に迎えることを選んだ。
上陸から数日。
「アルス様。あれが帝城です」
帝都の北の外壁門を越えると真正面に見える横に大きい建造物。
「あれが、城なのか。随分と低くてちっぽけだな」
「ええ。そうですね。エターニア王国の王城のように壮大で立派なものこそアルス様に相応しいと私はそう思います」
ローザはアルスに向かって片膝をつき、頭を垂れる。
彼こそが王たるものに相応しいと彼女は思っていた。
「では参りましょう。アルス。この戦争を終わらせましょう」
聖女ハンナがアルスの隣に立ち意気込んだ。
「王国を蝕む愚かな帝国。今日ここで滅ぼしてみせる」
サラもハンナに続く。
エリザとエルミアは無言で帝城を見据えていた。
ゲームではダンジョンの扱いだった帝都レムミラスの市街地と帝城。
敵は一人たりとも出現することなく落ちている宝箱を拾うだけの迷宮。
アルス一行、勇者パーティーは真っ直ぐ進む。
(帝国兵が一人もいない?)
門は開いていて帝城にも卒なく潜入できた。
謁見の間に続く扉も全て開いている。
アルスたちは急ぐことはせず、ゆっくりと歩いた。
広い帝城をローザの案内で難なく謁見の間に辿り着く。
そして、玉座に座るのは漆黒の大鎧で全身を覆う皇帝ネイル。
アルスを見かけるやゆっくりと玉座から腰を上げ、
「ついにここまでやってきたな」
皇帝は喋った。
その声を聞き、アルスは剣を構え戦闘態勢を取る。
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