ネイル・ベレス・メネリル

「──そうだなー。だったら冬まで居る?」


 夕方。

 公務を終えたネイルが護衛や従者を従えずに一人でやってきた。

 俺はバハムルへ帰る方法について考え倦ねている。


 俺がイシルディル帝国に入ってからのエターニア王国と帝国の情勢は悪化しつつあった。

 王国軍の増兵が進み、ウミベリ村北部では王国軍との小競り合いが頻発。

 また、旧サウドール辺境伯領の更に王国側、プロティア領の一部などの戦線でも衝突が激化している。

 当初、俺は【認識阻害★】で帰ろうとしていたが、スキルと言うのは有能だけれど万能ではない。

 例えば【認識阻害★】の場合、気配を消して移動することは出来るし、物音を立てても、物を動かしても、ある程度ならその認識を妨害することは出来る。けど、多くの人間に囲まれた状況であれば大半の目は誤魔化せるかもしれないが、人とぶつかったり誤魔化せないほどの物音や大声を出したときは違う。

 そういった場合では、このスキルの効果を期待することはできない。

 そこで俺は無難に帝国の帝都レムミラスに滞在して、しばらくの間、お世話になろうと考え始めていた。


「置いてもらえると助かります。もちろんタダでとは言いません。出来る限りのことはします」


 子作り以外で。ということは声にせずに、ネイルに相談を持ちかけると──


「そうか。なら、アタシの鍛錬に付き合ってもらえる? キミならアタシの相手になりそうな気がしてさ」


 で、彼女は俺と鍛錬をしたいと言う。

 俺の頼みに応じてくれるその代わりに、俺はネイルと模擬戦など、武芸の鍛錬に使われることになった。

 凌辱のエターニアというエロゲRPGのシリーズ最強のボスのネイル皇帝と、シリーズ最弱のボスのシドル・メルトリクスがこれから日々の鍛錬と称して模擬戦を一日に数時間の日課にするのだとか。


「わかりました。鍛錬ということでしたら私もありがたく取り組ませていただきます」


 俺は快諾する。

 もしかしたら俺も強くなれるんじゃないかと、そう思ったからだ。


「ん。いつまでも貴賓館に置いておくわけにはいかないから、ウチの客室で預かれるように手配しておくよ」


 ネイルがそう言ったのは、貴賓館での歓待は国の予算から費用を捻出しているからで、俺がネイルの家──メネリル公爵家の屋敷の客室で世話になるということであればネイルの私費で俺を迎えるということになるためだ。

 つまり、この見目好いネイル・ベレス・メネリルとひとつ屋根の下で夜を過ごすということになる。

 戦況が落ち着くまでの間……と言うことにはなるが、この様子ではゲームの進行の通り、冬を迎える頃までは俺はここで過ごすのだろう。

 その間、バハムルのイヴェリアたちとの連絡はどうしたものかと悩んでいたら


「アタシたちがシドルの面倒を見るということはケレブレス様経由で伝えておくよ」


 と、ネイルが気遣ってくれていた。

 ネイルの精霊魔法はそれほど熟練していない所為で一度会ったことのある人物、かつ、行ったことのある場所でないと念話を繋げない。

 そんなわけでネイルはケレブレスを経てイヴェリアと連絡を取るという。

 こうして人伝とはいえ、イヴェリアとやり取りが出来て、母さんと妹のジーナが無事にバハムルに着いたことを知ることができた。

 母さんと妹を無事に保護してくれたイヴェリアとソフィさん、そして、イヴェリアとの連絡を結んでくれたネイルとケレブレスにとても感謝した。


 俺とネイルの鍛錬はその翌日から直ぐに始まった。

 軽い準備運動をしてから模擬戦のみと言う非常にハードなものだ。


 ネイルはあらゆる武芸を使いこなす凌辱のエターニアシリーズ最強のラスボス。

 そして、俺はあらゆる武技武芸に通じ全ての魔法を使う多芸多才のシドル・メルトリクスとは言うが凌辱のエターニアではシリーズ最弱のラスボス。


 帝城の訓練場で帝国騎士が使わない時間にする俺とネイルの模擬戦。

 数日のうちに見学者が挙って集まり、良いエンターテイメントになっていた。

 で、結論から言うと全く歯が立たない。

 スキルの構成と前世のゲーム知識のおかげで何とか継戦できてはいるものの、速さで劣るから一瞬たりとも気が抜けない。

 集中力を切らしたら一瞬で形勢がネイルに傾いてしまう。

 やばいと思った時にだけ魔力を強めて身体強化にそれを注ぎ、素早さや力へと変換して何とか凌ぐ。

 そんなギリギリのバトルである。

 考えてみれば1ターンに三回攻撃をするネイルと、アクションRPGで多彩な攻撃を繰り出すシドルでは方向性そのものが違う。

 ゲームの知識があるからネイルの攻撃パターンを読んで紙一重とはいえ対応は出来ているものの、それだけでは成長しないのではないか。

 今はシドル・メルトリクスとして生まれたこの才能を伸ばしたい。

 そのために魔法を極力使わずに、ネイルのスキル構成に合わせた手合わせで身体の使い方、動かし方を引き出していきたいと考えて、ネイルとの模擬戦に挑み続けた。

 そうした意図を持ってネイルとのバトルを重ねていたら──


「此方とここまで剣戟を交えられたのは初めてだ」


 と、取り組み始めた当初は、ネイルは楽しそうにそういった言葉を俺に投げかけた。

 その度に俺は謙遜して


「申し訳ございません。なかなか相手になれないレベルで」


 など、申し訳なく思っていた。

 ところが次第に武器を替え場所を替え様々に手合わせを重ねている内にネイルは悔しそうな表情を見せ始める。

 いつもの通りにネイルは俺との模擬戦の直後に


「また、時間いっぱいで決着がつかなかった。武器を替えてあれやこれやと試行錯誤をしているというのに……」


 と言葉尻に砂を噛む想いを滲ませた。


「私の方は陛下の剣戟を受けるだけで手一杯でして……」

「ははは。冗談を言うな。まるで此方の動きを最初から知っているような動作ばかり。速度こそ此方が上回っておろうが、ああも毎回対処されればこちらが攻めあぐねるのも当然。それにシドルには魔法があるであろう? 一度も使っておらぬではないか」

「この場で魔法というのは抵抗がございまして……観客も多いですし巻き込むんじゃないかと気が気じゃないんです」

「そうか。其方の気遣いなのか、それとも、手の内を全て晒せないということか。だが、シドルの本気を見てみたいなぁ……。それに一度でも攻撃を当てたい……。此方は今までこれほどまでに剣を当てられなかった相手はおらん。其方が初めてなのだ。それだけでもこれほど悔しく感じるのだから、世界にはまだまだ上が居る。そう分かったのは心から嬉しく思うぞ」

「それは光栄です。ですが、私、耐久力が著しく低いので木の武器でも陛下の攻撃に当たったらタダではすみませんよ……」

「その時は此方の介抱を存分に受けるが良かろう。悪いようにはせぬ」


 ネイルは武器を持って立ち上がり、


「さあ、続きをしようぞ」


 それから更にまた、小一時間。

 今度は木槍を持って模擬戦をした。

 そういった日々を俺は重ねていった。


 ネイルとの模擬戦は楽しい。

 木剣や木槍に留まらず、斧、棒、杖など、または、素手、そして、弓。

 互いに熟練度スキルレベル★の武芸で埋め尽くされるステータス欄の持ち主。

 レベルこそ俺のほうが上回ってはいるけれど、ステータスの値は圧倒的に俺が負けている。

 模擬戦はそのステータス差をそのまま現していて、ネイルの猛攻を紙一重で避け続ける俺といった戦いに終始。

 たまにネイルの攻撃を受け流すこともあるけどその時は手が痺れて暫く武器を振れないなど、厳しい戦闘が続く。

 それでもだいたい一時間という時間では決着がつかず、だというのにネイルとの模擬戦はとても楽しくて、鍛錬は時間を忘れそうになるほど没頭して打ち込めた。

 シドル・メルトリクスの戦い方も、ネイルとの模擬戦で把握できたのはとても大きな収穫となる。


 それから、しばらく──。

 予定では明日、アルスたちのパーティーがこの帝城に攻め入る。

 ゲームでは北から攻め入ったが、敵に遭遇することなく帝城に入っていた。

 帝都の市民は城の南に野営を作成し、南側の二大公爵家や貴賓館を利用して二十五万人の市民を全員避難させている。

 間諜を使ってアルスのパーティーの一員になった帝国兵ローザ・バルドーの手引で侵入することを事前に突き止めていた。


 ちなみに何故、ネイルは攻めるという戦略を採用しなかったと言うと、帝国軍は元から侵略することを目的とはしていない。

 サウドールに攻め入った理由もサウドールが攻めてきた時に村を一つ壊滅させたことに起因する。

 民を蔑ろにしないのがイシルディル帝国。

 生き残った村人たちが揃いも揃って帝国兵に志願して仇を討ちたいと嘆願したから大老と呼ばれる興国十氏族の末裔の代表者がサウドールを討つことをネイルに上申し、ネイルはそれを許した。

 サウドール領に攻め入り、サウドール辺境伯家を討ち滅ぼした後、その戦後処理で領内の統治はあまりに酷く民が疲弊していることをネイルは知る。

 そこで、サウドールから近いウミベリ領に白羽の矢が立った。

 物資の輸送に陸路を使うよりも海路を使うべきだとネイル自身が結論し、大老たちが満場一致で賛成を示すと、直ぐにウミベリ領への侵攻を開始。

 その後はサウドール領周辺の統治が安定するまで帝国兵を送り、領政に参画させて運営内容の見直しを図り、新たな国民の生活の安定を最優先にしたことで、エターニア王国への侵略を進めるという選択肢はなくなった。


 とまあ、こんな感じで王国の侵入を許すわけだけど、ネイルの他、この国の重鎮たちは人を宝だと考えている。

 ゲームでも主人公たちが帝都に侵入して最初に戦う相手はネイル皇帝。

 そして、ネイルを倒した後に大挙して押し寄せるアルスの率いる五千人規模の一個師団。

 ゲームでは描かれなかったところがどうなっていたのか見てみたい気はするけれど知りたくない現実を見ることになりそうだ。

 そうやって物思いに耽っているわけだけど、現在、帝国のこの帝都レムミラスは非常事態の下にある。

 そこで俺は帝城に幽閉状態となっていた。

 とは言っても、ネイルと二人、玉座のある謁見の間でネイルが座る玉座の横に置かれた少し豪華な椅子に座らされているだけであるが。


「すまない。シドル」


 城に残っているのはネイルと一部の精鋭。

 俺は今、ここで彼らの監視下に置かれているのは俺が王国の貴族だからだ。


「いや、仕方ないよ。俺は王国の人間なんだから」

「とはいえ、アタシの客人だよ。今は」

「そうは言っても戦時下で帝城に攻め入ってくるって分かってるんだから、俺がここに居て監視されるというのは当然。ネイルは悪くない」

「そう言ってもらえると気が楽になるけど、アタシにとっては数少ない大切な友人だからな。ここで失うわけにはいかない」


 こんな感じで話している時は俺とネイルが二人きりのとき。

 帝国に留まって数ヶ月。

 帝城の一角で武芸の鍛錬と称して模擬戦を重ねていくうちに随分と親しくなった気がする。

 男女の仲というより盟友とかそんな感じだ。


 ネイル・ベネス・メネリル


 シドルとしての俺、というよりも、前世の俺、高村たかむらたすくとしての俺にとっては非常に好ましい見た目だ。

 その影響をシドルも受けるからそれはもう大変ではあった。

 帝国に滞在している間に十五歳を迎えた俺の身体はとても正直だ。

 だが、シドル・メルトリクスとしての俺はイヴェリアの元に一刻も早く帰りたいし、フィーナにも会いたい。

 しかし、前世の高村佑にとってはイヴェリアとフィーナは幼く見えてしまっていてストライクゾーンから外れている。

 あと数年経って女性らしい身体が出来上がれば好みであることは間違いないのだが──。

 ともあれ、ネイルと、その母親や妹という見目麗しいダークエルフの女性たちが住む館で数ヶ月と過ごした。

 同じ屋根の下で暮らし、同じ釜の飯を食らうと言う生活を送っていれば当然親しくもなる。

 そうした時間の経過とともに彼女たちが俺に慣れていき警戒心が薄まると無防備にもなるから、最近は特に直視できない場面が増えている。

 それを知ってか知らずかネイルは大きな胸の谷間が覗く姿勢で俺に言い寄るといった行動が増えていた。

 そう。ネイルは今、俺の目の前で胸の谷間を見せつけながら神妙な顔を向けて気遣う言葉を口にする。

 

「巻き込んで申し訳ない」

「いえ、俺もある意味当事者みたいなものだから、気になさらないように」

「はは。ダメだなあ……。こういうときは本当に不安で。どうしても気が小さくなってしまう。王として気を強く持たなければならないというのに、シドルの前では強がれないんだ」

「こういうときはアレですよ。軽く手合わせでもしましょうか。組手ならここでもできますし」

「そうだな。そうしよう」


 そんな訳で、俺とネイルしか居ないこのだだっ広い謁見の間、徒手空拳の模擬戦を始めてしまった。

 いつもと同じく一時間、みっちりと手合わせをする。


「結局、キミとの模擬戦は一度も勝敗がつかなかったな」

「俺はいつも、ネイルの攻撃に当たらないかヒヤヒヤものですけど」

「致命的なものは一つも当てられたことが一度もないんだよな。武技の一つ一つはアタシのほうが上回ってるけどスキル構成であと一歩が届かない。本当に焦れったいよ」


 額に汗を滲ませてはいるが息切れを起こさない俺とネイル。

 ネイルは一撃も当てられなかったことを毎回悔やんだ。

 俺の方は喰らわなくて良かったとホッとしてる。

 木剣なんかでも当たったら絶対に死ぬよね?という攻撃をネイルは何度もしてきてたからね。

 今回もこれまでと変わらなかった。


「でも、こうしてキミと切磋琢磨して模擬戦で汗をかいて。そんな時間がアタシは大好きだよ」


 ネイルはそう言ってスクリと立ち上がると「シドル」と俺の名を呼んだ。


「この戦いが終わったら、シドルはバハムルに帰るし、アタシは皇帝だ。それでも、また、こうしてアタシと遊んでくれるかな?」


 俺もネイルに倣って立ち上がると、ネイルが右手を俺に差し出す。


「もちろんです」


 俺は右手でネイルの手を取り、がっちりと握手を交わした。



 翌朝。

 まだ空が白み始める前。

 俺は部屋を抜け出してネイルが休んでいる部屋へと侵入した。

 部屋にはネイルの武具が置いてある。

 大きな漆黒の甲冑。と、両手持ちの大剣に、戦斧、大槍。


 俺のスキル【認識阻害★】と【解錠:8】が大活躍だ。

 そしてもう一つ。ここで使うと決めたスキルがある。

 スキルを解除してネイルの寝るベッドに俺は腰を下ろした。

 すると俺の気配に気が付いたネイルが目を開ける。


「あ、シドル………おはよう。どうしたの? もう朝?」

「おはよう。ネイルにどうしても会いたくてね」

「そんなことならアタシがいつだって相手になるって言ってるのに」

「ん。今日は大事なことを伝えたかったんだ」

「大事なこと?何を?」


 寝ぼけ眼のネイルが俺の顔を上目遣いで覗き込む。

 俺はとっておきのスキルを発動した。


 【魅了★】


 俺が唯一、ネイルを上回ってるあるステータス値のおかげでレジストされずに効果を発揮するスキル。


「ああ……んっ♡あ、シドルぅ……」


 ネイルは俺の服の裾に手を忍ばせて腹から胸へと手のひらを滑らせる。

 身を寄せて唇を近づけてきた。

 無事に【魅了】は効いて、ネイルを洗脳できているはず。


「このままじゃ、できないから城の兵士たちを避難所に下げてもらえる?」

「はあ……はあ……。もちろん、良いよ。じゃあ、ちょっと待っててね♡」


 トロンと発情したメスのかおで褐色の頬を紅潮させるネイルはいそいそと着替えて城内に残る精鋭たちに声をかけに行った。

 小一時間ほどしてネイルが戻ってくると俺に抱きついてきて経過を報告してくれる。


「シドルのために、皆、避難してもらったわ。もう良い? アタシ、身体が熱くて……疼いて……切ないの……。ねえ?」


 ネイルの息が温かい。

 これだけで俺はある部分が血を一気に集めて熱く滾る。

 それでも耐えなければ、今の状況では俺とネイルに明日は来ない。


「ネイル。もう一つすることがあるんだ。それが終わったら思う存分、ネイルの願いを叶えてあげるよ」


 ネイルの頬を撫でると目を閉じたネイルが頷いてくれた。

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