ダークエルフ
ラリシル・メネリル。
先代の皇帝、イシルヒア・ドール・メネリルの后で今では皇太后。
娘のネイル・ベレス・メネリルの実母だ。
ラリシルはダークエルフとしては若く未だ百歳にも満たない。
先の皇帝は八百四十七歳と言う年齢で逝去したのだが、最初の妻を娶ったのがラリシルでそれも五十年前だという。
俺のお祖父様がラリシル皇后がそれはもうこの世のものとは思えないほど美しくて心が持っていかれたほどの美貌だったと自慢していた。
どうやら婚姻の儀式に行ったらしい。
ラリシルはもう一つの公爵家テルメシル家の当主の叔母にあたる女性だ。
俺はその彼女を前にして今、跪いて頭を下げている。
歓待が幕を下ろして俺を見に訪れていた人々が引き上げた後、迎賓館の一室に俺は招かれていた。
「シドル・メルトリクスと申します。メルトリクス公爵家の長男で現在はエターニア王国の辺境の地バハムルの領主を代行しております」
ひと目見た瞬間。
俺はお祖父様の言葉を思い出した。
この世のものとは思えない美貌。
考えてみればネイルもとてつもない美しさである。
その母親なのだから当然と言えた。
この女性と同等。ということなら森のエルフの女王、ハイエルフのケレブレスしかいないだろう。
「ご丁寧にありがとう。どうか頭を上げてください」
頭を上げるのは良いんだけど、見惚れてしまうんだよな。
慣れるまではと思うんだけど、仰々しく接されると反応に困る。
ネイルは最初こそ皇帝らしく振る舞っていたし、人目のあるところでは毅然としているけど、二人で話しているときはかなり砕けてる。
だから慣れるのも早くて緊張もしなくなった。
恐る恐る顔を上げるとラリシル様のお姿が視界に侵入。そして、次第に専有する。
眩しすぎる。
これまた綺麗に着飾ってるから尚更。
森のエルフみたいにエッチな格好ならまだ目のやり場に困って言い訳も出来るし凝視も出来る。
俺が最初、ネイルのドレス姿に見惚れたのと同じで、やはり、ラリシル様の美麗なお姿に目が奪われた。
「シデン・メルトリクスと言う名をご存知でしょうか?」
「私のお祖父様です」
「よく似てらっしゃいますね」
「あれは、私の結婚式の時ね。私を同じようなお顔で見てらっしゃったわ」
「それは大変、恐縮です。申し訳ございません」
「いいえ。シデン様には申し訳ないけれど、あの時は主人がおりますから失礼なお方とは思いましたが、今は独り身ですから、人目の多いところで不用意にということなら迷惑に感じたでしょうが、ネイルがこうして個室での機会を設けてくれたから、多少のことは目を瞑りましょう」
「ありがとうございます」
空気が重たい。
依然、片膝はついたまま。
「まあ、堅苦しいことはここまでにして、シドルもそんな堅苦しくしないで普通に椅子に座ってくれ」
三角に並べられた椅子の空席に座れとネイルは誘う。
「私も、気にしないからお座りなさって」
ラリシル様にも着席を促されたので、俺は素直に従うことにした。
左には真紅のドレスに身を包んだネイル・ベレス・メネリル。
右には青白磁のドレスを美しく着飾るラリシル様。
ネイルと比べるとずっと露出が少ない。
デコルテすらも隠しているほどだ。
「ここに来ておっぱいを見比べるとは図太い男だよ。キミは」
ネイルが俺の視線に気が付いて揶揄う。
「あら、私のお胸も気になりますの?二人の乳飲み子が居たから形だって崩れているのに」
胸元に両手を重ねて当ててラリシル様は微笑んだ。
巫山戯たのはそれだけで、そこから空気が一転。
ネイルが真剣な表情で言葉を紡ぎ始めた。
「シドルにはきちんと説明してアタシ達のことを理解してもらった上で協力して欲しいと思っていたんだ。それで──」
イシルディル帝国とダークエルフ。
今から三千年ほど昔。
人間たちが国を興し、森に攻め入って領土を広げ種族に関わらず、大陸の至るところで争い、世を乱していた。
森のエルフは二つに割れる。
人間たちに抗い武力で反発をしようとするもの。
森の奥、世界樹と呼ばれる神樹の麓に集落を築いて深く引きこもろうとするもの。
多くのハイエルフたちは争いを嫌い奥地へと逃げることを選んだが、一部のものは、それに叛意を覚え離反した。
エルフたちは数少ないハイエルフを旗印に挙兵し、人間の国を蹂躙する。
そうして興った国がイシルディル帝国。
数名のハイエルフと数十名のエルフ。
人との争いが絶えると、森のエルフとも争いを始めた。
森のエルフが森に刻んだ術式。
迷いの森はこの時に出来た。
招かれざるものを拒む森。
イシルディル帝国軍は兵を引き、以降、森への侵攻を行うことはなかった。
森を離れ、離反したエルフたちに変化が訪れたのはそれから間もなく。
魔素の薄い大地ではエルフはその霊性を保てない。
次第に褐色化した素肌により【ダークエルフ】と呼ばれ始めた。
イシルディル帝国の皇帝はネイルが四代目。
それまで三代続いたが、予想外に在位期間が短い。
元はハイエルフ。
永遠と言えるほどの寿命を持っているはずだった。
だが、初代皇帝は千年を越えると身体に衰えを感じ自身の身体がおかしいと感じた。
それと同じく不思議と湧き出す性欲。
他家のハイエルフを娶って子を作った。
これはエルフたちも同様で森に居れば長くて千年生きるはずが数百年で寿命が費える。
異常を感じても、その原因は分からずじまい。
そうして代々ハイエルフの家系を皇帝に擁して千年弱ごとにハイエルフの家系から皇帝を選んだ。
「──で、残ったハイエルフの末裔がアタシとお母様、それと、ルシエルの三人なのよ」
帝国の歴史なんてあまり知らないけれどこうして聞くと深い話だ。
褐色の肌が魔素と霊性に依るものだったなんて知らなかった。
初めて見るダークエルフだもの。知る由もない。
「そこで、頼みがある」
──三人のうちの何れか、または……、に──の子を産ませて欲しい。
「アタシたちでムリだと言うなら、モレリエルやモルノアでも良いし、その下の妹のモルシアンでも良い。彼女たちはエルフの美を体現しているからな」
ここでもエルフの美醜感覚を引きずっているらしい。
言葉は続く。
「直ぐにとは言わないよ。百年くらいなら待てるから」
そんなに生きられるわけないよね。
彼女の話から考察する。
ハイエルフの血族と俺との間の子であればハイエルフの特徴を持って生まれてくるはずだから、その子をハイエルフの子として育てて二大公爵家に取り込みたい。
人間の俺で良いの?という疑問は当然ある。
だが、このダークエルフの国は森のエルフとの諍いがあって国交が途絶えていた。
最近になってケレブレスの配慮で交易を結べたがそれ以上のものは期待できない。
森から離れたら、エルフとしての霊性を失ってこうなると分かってやって来るエルフは当然いない。
性欲が強い人間と言う種族で、尚且つ、濃厚な魔素を持つという俺を彼女たちは頼りにした。
ネイルが続けて──
「返事は数日とか数年とかじゃなくて良い。アタシたちとシドルが生きている間で良い」
と、言葉にする。
急がないけど、生きているうちにということか。
結構ドライだよな。
長命種──人間から見たら今でも充分長生きだけど──だからか、種の存続という本能に欠けていたんだろうな。
今、ネイルを動かしているのは種の存亡よりも、国の存亡だ。
ハイエルフの血脈があるからこそ、その血を掲げて国として纏まっているけれど、それがなければ国権を争って内戦に至るかもしれない。
そういった危機感を持ってのネイルの頼みである。
皇帝と言う立場の彼女の直々の声ということもあり、無碍に断ることは出来ない。
「仰ることはわかりました。とはいえ、いつ応じられるなどの具体的な約束はできません。それでも良いですか?」
「今はそれで良いよ。アタシたちの事情を知ってもらって考えた上で、シドルの気が向いた時にいつでも言って欲しい。国がかかったことだから、国をあげて迎えさせてもらうよ」
「私もこの国のためになるのなら、吝かではございません」
それから少しの雑談のあと、この場は解散。
俺は貴賓館に借りている部屋へと戻り、この日はぐっすりと眠った。
◆
これから、どうしようか。
バハムルにどうやって帰ろうか。
翌朝、起きてから考えていた。
今後の方針を考えないと。
ここからバハムルに戻るには、今、このタイミングだと船で北西に渡り、山脈経由でバハムルに入るか海岸線沿いで一端ヴェスタル辺境伯領に入ってからバハムルに行くか。
もしくは大樹海に西南に船で渡ってドワーフの国を経由して帰るか。
エターニア王国内は戦時中だし、大きく迂回することで行けないことはないけれど時間はかかるだろう。
考えるのが面倒だ。
それにこのままストーリーを進めさせちゃうとネイルは死ぬんだよな。
あんなに国の存亡に熱を込める女だ。
死なせるには惜しい。
もし、ストーリーの通りにネイルが死んだとしてもルシエルが皇帝の座を継ぐような気がするし、それを変えるのはどうなのかとも思う。
代行に就いているのに領地をほったらかしというのも気が引けるしなー………。
とは言え、領地は俺が居なくてもイヴェリアとジョルグさんが何とかしてくれそうな気もするんだよな。
何をしたいのかは伝えてるし、十年分くらいの道程は示してある。
ベッドに横になったまま考え事をしていたらドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはルシエル。
あれ、昨日で終わるんじゃなかったのか。
そう思っていたら、着替えの準備を出してくれていろいろとお世話を焼き始める。
「おはようございます。シドル様」
「おはようございます」
「お召し物をお持ちいたしましたので、どうぞお着替えを……。良かったらお手伝いしましょうか?」
「自分で着替えますよ」
「良いんですよ?あれやこれやのお手伝い。いたしますよ?」
「いや、良いですから。着替えますんで」
寝間着から着替えたけど、ルシエルはじっと俺を見ていたね。
「本日は夜にお姉様が参られます」
「そうですか。わかりました」
昨日の続きかな。
そう思っていたら、
「私、疑問に思っていたんですけど、シドル様ってどうやってバハムルに帰られるんですか?
サウドール経由で王国に入るのは良いんですが、門の開閉や橋の上げ下ろしがあるので現場から反発が出るでしょうから難しいんですよね」
俺の帰りの話だった。
「そのことで私も悩んでたんですよね」
「お姉様もそのお話をしたくて、シドル様にお会いしたいんだと思いますよ。こじつけかもしれませんけど」
「そうだよなー。正面からは流石に難しいと思いますよ」
旧サウドール辺境伯領は戦闘区域だから、その近辺を通り抜けるのはスキルを用いたとしても難しい。
そうなると海を跨いで大きく東に、または、西に迂回するしかない。
ただ、そんなに時間をかけて帰るしかないのなら冬まで待ってネイルを助けてからバハムルに帰る。それでも良い。
「シドル様も考えてらしたんですね?」
ルシエルはそう言って身体をもじもじと動かし始める。
「隣に行っても良いですか?」
「良いですけど、何もないですよ」
「なくても良いんですよ。シドル様の傍なら」
俺が腰を下ろしたベッドの縁にルシエルも座る。
それも俺にぴったりとくっついて。
「はあ……。この心地の良い滑らかでドロリと肌を滑る感触。これが魔素なんですね。身体が清められて生き返る思いです」
ケレブレスも同じことを言っていたし、イヴェリアも最近になって頻繁に言うことだ。
一言一句そのままなんだよな。
「それは何よりですね」
「はい。昨日、お母様も言ってました。シドル様の身体から溢れ出るこの感触が私たちにはとても魅力的なんです」
「それはどうも……」
「あ、あの……」
ルシエルは俺の手首をギュッと掴んで神妙な面持ちを向けてきた。
「もし、私がバハムル領に行きたい。バハムル領に滞在したいって言ったら歓迎してくれます?」
「それは、もちろん。バハムル領は険しいところだけど、領民を挙げて歓迎します」
「本当に?」
「はい。それは本当です」
「良かった。心配だったの」
ルシエルはベッドから腰を上げて嬉しそうにくるりと身を翻す。
「そういうことで、私、シドル様がバハムル領に帰る時にご一緒しますとお姉様に頼むことにしますから、もし決まりましたらよろしくお願いします」
「は……はい?」
深々と頭を下げられて、俺は面を食らった。
でも、もう断ることは出来ず。
『また女ですか?』
とイヴェリアに言われそうな気がするけど、今は気にしないでおこう。
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