帝都レムミラス

「貴賓館は帝城の真南にございまして、その貴賓館はイシルディル帝国の二大公爵家、メネリル公爵家とテルメシル公爵家の間に挟まれるように建てられています。シドル様はイシルディル帝国の二大公爵家はご存知でいらっしゃいます?」


 貴賓館を出るとルシエルから現在地の説明を受ける。

 北向きに玄関がある貴賓館の真正面に高さは、前世の建物に例えるなら三階建てのマンション相当で横に広い帝城が見えている。

 この帝都レムミラスで背の高い建物は帝城の物見塔の一つだけ。

 広い裏門の門庭を突っ切って南口から帝城に入る。


 道すがら、ルシエルの口から出たイシルディル帝国の二大公爵。

 これはゲームでは出て来ない設定だ。

 この世界に公爵家の子として生まれた俺は、親が付けてくれた講師たちからエターニア王国の周辺の国々や主な貴族は教わっている。

 帝国についてもその中に含まれているし、国の生い立ちや主要な貴族などは教わっていた。


「はい。メネリル公爵家とテルメシル公爵家については聞き及んでおりますが、まさかダークエルフ族とは思いもしませんでした」

「イシルディル帝国は興国十氏族という高家がございまして、それがダークエルフの末裔とされています。ですが、今ではメネリル公爵家にしか純粋なダークエルフはおりませんし、テルメシル公爵家に至ってはハーフのダークエルフが辛うじて残っていると言ったところです」


 ということは、俺の隣を歩いている耳の尖ったダークエルフって……。


「さて、市街の方に出ましょう。お行儀は良くありませんが、帝城を通って行きましょう」


 どうやら、この南門は裏門にあたるらしい。

 ルシエルに随伴して南門から入ると、門に立つ衛兵が胸に手をあてて頭を下げる。


「ごきげんよう」


 と、敬礼する衛兵に嫋やかな笑顔を返すルシエルは、城内の様子を見ていると随分と慕われている様子。


 帝城の一階。

 真っ直ぐに通る中央の通路を十分ほどかけて歩き、北側の大扉から再び門庭に出る。

 北の門庭は昨日、俺が馬車から下ろされた場所だ。

 こうしてよく見ると、ゲームに出てきた光景がそのままだ。

 ここが凌辱のエターニアⅢのラストダンジョン。

 だだっ広い一階も、北側の大扉も見覚えがあった。


「城内を見てどう思われました?」


 一階を通り過ぎる時にすれ違った人々を見て感じた違和感をルシエルは察していたらしい。


「王国だと平民のような身なりのものは王城などには出入りしませんから、身分を問わず多くの者が城内で用事を足すということに驚きました」

「城の一階は行政手続き等も行っておりますから一般市民も参ります。それに我が国は厳密な意味での貴族は二大公爵家しか存在しません」

「では、帝国には貴族はいないと?」

「そうです。我が国には貴族はおりません。というのも高祖が長命種でしたから、人間の国のように、貴族というものを設ける意味が分からなかったそうです。ですから市街の作りもそれに準じた作りになっております」


 広い北の門庭を抜けて北門を抜けるとそこは大きな広場だった。

 広場の中央には円形の溜め池があって噴水が出ている。

 池には子どもたちが遊んでいた。


「暑いと子どもたちがこの噴水で遊んでしまうんですよね」


 ルシエルは子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿を嬉しげに眺めて言う。

 前世の高山たかやまたすくの記憶では良く見た光景。

 でも、この世界で子どもたちが公共の場で遊ぶ姿を見ることはなかった。

 それだけで、帝国の文化の高さや治安の良さがよく分かる。


「帝国では身分に関係なく子どもたちが安全に遊べるんですね」

「ええ。他にもこういった公園はいくつもございます。全てを案内することは出来ませんが、いつかこういったご案内が再びできることがあれば、もっと大きな施設をお見せしたいと思います」

「その時はよろしくお願いします」


 帝都にはこういった場所が他にもあるらしい。

 ここよりも大きな公園もあるとのことで、平和なら見て回れたなと思うと残念に思う。


「それよりもお買い物を済ませましょう。まだ余裕はあるとは言え、時間は有限ですから」


 この中央広場と呼ばれている正門前の公園付近の商業区をルシエルに連れ回されたわけだけど、服はなかなかのものが揃った。

 とは言え、ここは暑いイシルディル帝国。

 ここでは通年着ていられる服でもバハムル領では夏だけしか着られない涼しさだ。

 それでも、領地に持ち帰ったらそれなりに人気は出そうな服ではある。

 しかし、どこにいっても薄い下着と袖のない服に裾の短いズボンばかり。


「こちらでは正装でも腕が出たり短い裾のものが少なくないですし、特に今は夏場ですので、暑苦しい服装は好まれません」


 というルシエルの意見を参考に服を選んだ。

 この帝都レムミラスでの買い物で最も感動したのが下着。

 前述したけど、本当に薄い。

 特に女性物。

 シルクやレースと言った生地が綺麗だし肌触りが良かった。

 シルクの下着は男性用のものがあったので俺はそれも買ってある。

 どれも身体にピッタリとフィットするもので、紐でゆるく履くパンツでもないしパンタレットやドロワーズでもない。

 前世の世界で普及していた一般的な下着が多く揃っていた。


 服を買い揃えたことだし、ということで貴賓館に俺とルシエルは戻った。



 夕方になると俺は皇帝から直々に歓待を受けている。

 豪華な食事に何人もの高家の関係者とメネリル公爵家とテルメシル公爵家の皆様が貴賓館のホールに集っていた。


 俺がメルトリクス公爵家の長男で廃嫡されたことをこの場に来ている方々の耳に入っていて、その事で気を使うことが多く、その度に疲労感に苛まれ逃げ出したい気持ちになる。


「シドル殿。良いか?」


 そんな俺を察して声をかけてきたのは皇帝陛下のネイル・ベレス・メネリル。


「はい。何でしょう?」

「こっちに来い。少し外の風に当たろうではないか」


 そう言ってホールの階段を昇り、二階のバルコニーに出た。


「はーー。疲れたー。んんんーーーーーッ」


 大仰に振る舞っていたネイルがバルコニーに出て人の目がないことを確認すると突然腕を上に伸ばして唸り声を上げる。

 お、お姉さん!?


「シドルも疲れたでしょう。少しここで休みましょう?」

「は、はあ……」


 突然、言葉遣いを変えてきたネイルに俺は戸惑った。


「皇帝って疲れるのよね。いつも気を張ってなきゃいけないし大老たちの目は厳しいしでさー」


 バルコニーの手摺に肘をついて息を吐く。

 こうして見ると年相応の女性だなと思えるから不思議だ。

 とはいえ、女性ながらの皇帝で華美なドレスに身を包んで得も言われぬ色香を振り撒いている。

 素晴らしいプロポーションを隠すことのないラインが目立つドレス姿。

 褐色の肌には真紅がよく映える。


「わかります。私も公爵家の嫡男として厳しい教育を受けて参りましたから……」

「やー、アタシはさー。別に厳しい教育は受けてないよ?そりゃあ、多少は受けてきてるけど、ここはおおらかな国で、王国と違って平民とか貴族とかそういう身分の垣根のないところ。優秀なら誰だって出世できるし、裕福にもなれる。キミこそ、もっと楽にして良いんだよ」

「いえ、それは恐れ多くてとても……」

「皇帝のアタシがこうして良いって言うんだから良いでしょう?敬語も最低限でお願いね。それとキミにちょうど良い感じで仲良く出来そうな子も呼んでおくよ」

「そこまでしていただかなくても……」

「良いの良いの。アタシがしたいのよ」


 ネイルは手摺に寄りかかって俺の方に向きを変える。


「ところでさー。シドルは【鑑定】できるのよね?アタシのこと見てくれない?」

「良いんですか?秘密にしていることも見えてしまいますけど……」

「良いんだよ。アタシが良いって言ってるんだから良いの。早く早く」


 そう言って身体を前に傾けてでかい胸を寄せて見せつける。


「わかりました。では、【鑑定】します」


 ネイルの押しに負けて【鑑定★】を使った。

 彼女のデリケートな部分まで見えてしまうのはいつものこと。

 一つ言えるのはエルフの耳は性感帯というのは種族内で共通らしい。

 エルフの女性のステータスで性感帯に耳がなかったのを見たことがない。


───

 名前 :ネイル・ベレス・メネリル

 性別 :女 年齢:27 種族:ダークエルフ

 身長 :168cm 体重:56kg B:101 W:59 H:91

 職能 :バトルマスター★

 Lv :99

 HP :19800

 MP :6080

 VIT:990

 STR:990

 DEX:990

 AGI:696

 INT:304

 MND:990

 スキル:魔法(闇:2)

     無属性魔法★、精霊魔法★

     剣術★、斧術★、槍術★、棒術★、杖術★、弓術★、体術★

 好感度:40

 ︙

 ︙

───


「わ、凄い。こんなに魔素マナが反応するのね」


 【精霊魔法★】で俺が【鑑定★】を使ったことがわかったらしい。

 やはり、ダークエルフと言えど、エルフはエルフ。

 それにしてもそれほど訓練や戦闘を繰り返したわけではないだろうにそれでもレベルが99。

 職能クラスに至っては【バトルマスター★】と言う見たことのないものだ。

 魔法が単一属性しか使えないのに【無属性魔法★】というのも今まで見たことがなかった。

 これこそが神から与えられた力ということか。

 そういうことならイヴェリアの【大魔女★】という職能も神が与えた力であることは間違いないだろう。

 俺は見た内容のうち一部を除いてネイルに伝えた。


「こんなに見られちゃうのねー。アタシの秘密も全部知られちゃってるんじゃない?」

「い、いえ。そんな恐れ多くてとても……」

「つまり、口に出来ないこともシドルの【鑑定】では分かるんじゃない?きっとそうよね?」


 そう言うネイルは魔力を何かに消費している。

 間違いなく俺の言葉の裏を取るために嘘を見破ろうとしているはずだ。

 くっそー。『はい』とも『いいえ』とも言い辛い。

 言えば何でもさせられそうなこの空気。

 身体を寄せてきてとても近いんだけど……ッ!

 胸が当たるし、ネイルはとても良い匂いがする。

 とても居た堪れない。

 直視できずに居るとネイルは表情をサッと変える。


「まあ、良いわ。揶揄いすぎたわね」


 そう言って俺と少し距離を置いてくれた。


「もう良いよ」


 と、ネイルが声を出すとバルコニーに二人の女性が出てきた。

 二人ともネイルとは違って膝丈のスカートショートスリープのブラウスと言う露出を抑えた服装だ。


「ルシエル・メネリルです。ルシエルとお呼びください」

「モルノア・テルメシルと申します。どうぞよろしくお願いします」


 ルシエル・メネリルってメネリル公爵家のお子さん……ということは……。


「ルシエルはアタシの妹よ。で、こっちはシドルと同じ年のモルノア。アタシ、ネイル共々、お気軽に接してくれると嬉しいわ」


 ネイルが紹介する横でルシエルとモルノアはカーテシーを披露する。


「昼間はありがとうございました。おかげでこうして歓待を受けることができましたし、本当に助かりました」


 俺は昼に買い物を付き合ってもらったことの感謝を伝えた。


「いえいえ。こちらこそ。我が侭な姉の相手をしていただいて助かりました。おかげで今夜は八つ当たりされずに済みそうです」


 ルシエルが笑顔を俺に向けると、ネイルがムスッとしてルシエルの長い耳を掴む。


「やんっ」


 と、ルシエルが甘い声を漏らす。


「このクソガキが!憎まれ口叩きやがって。アタシがいつ八つ当たりしてるっていうのさ」

「クソガキって九歳しか変わらないのに?」

「人間の間では九歳も違ったら大人と子どもくらい違うんだぞ?」


 一概にそうとは言い消えれないけど二十七歳からJKを見る感じか、と思うと腑に落ちてしまう。

 前世の価値観からの影響だけど。


「ごめんなさいね。二人とも私にとっては姉みたいな存在なんですけど、本当は賑やかな方なんです」


 俺をよそに姉妹で言い合いを始めたネイルとルシエルの横からモルノアが話しかけてきた。


「え、と……。モルノア様、でしたよね?」

「はい。モルノアです。ノアって呼んでくださると嬉しいです。同じ年齢だからという理由でネイル姉様とエル姉様からお呼び出しされたんですが……」


 モルノアはよく見ると耳はたしかに尖っているけど長さ的にはネイルやルシエルの三分の一くらい。

 人間より長いけどエルフという感じではない。

 とは言え、親しくもない他国の公爵家ご令嬢を愛称で呼ぶわけにはいかない。

 昼にルシエルから身分制度がないとは聞いてるけど、ここまでフリーダムだとは思いもしなかった。


「シドル、この二人も【鑑定】で見てみないか?」


 姉妹の言い合いが終わると、ネイルが俺にルシエルとモルノアを【鑑定】を誘う。


「良いんですか?知られたくないことも見えてしまいますよ?」


 【鑑定★】では知ってはいけないことを知ってしまうことがあるし、俺はソフィさんを勝手に【鑑定★】を使った時にバレてしまったことを後悔していた。

 だから無闇矢鱈に覗かないことにしている。


「私はシドル様に見てもらっても良いよ」

「私は【鑑定】して欲しいです。【鑑定】してもらう機会が今まで全くありませんでしたから」


 ルシエルとモルノアは二人とも同意した。


「わかりました。では見ますね」


───

 名前 :ルシエル・メネリル

 性別 :女 年齢:18 種族:ダークエルフ

 身長 :164cm 体重:55kg B:92 W:56 H:84

 職能 :魔道士

 Lv :16

 HP :940

 MP :2540

 VIT:47

 STR:32

 DEX:80

 AGI:64

 INT:127

 MND:130

 スキル:魔法(火:2、土:2、風:2、水:2、闇:3)

     無属性魔法:4、詠唱省略:3、精霊魔法★

     剣術:2、杖術:2、弓術:4、体術:3

 好感度:50

 ︙

 ︙

───

 名前 :モルノア・テルメシル

 性別 :女 年齢:15 種族:ハーフダークエルフ

 身長 :157cm 体重:44kg B:79 W:56 H:78

 職能 :レンジャー

 Lv :13

 HP :1040

 MP :1060

 VIT:52

 STR:53

 DEX:76

 AGI:52

 INT:53

 MND:104

 スキル:魔法(土:2、水:2、闇:3)

     無属性魔法:2、詠唱省略:3

     剣術:2、盾術:2、槍術:3、弓術:4、体術:3

 好感度:60

 ︙

 ︙

───


 この二人の性癖は歪んでいた。

 名誉のために忘れてしまおう。


「【鑑定★】って魔素マナにシュッと包みこまれるんですね。まるで抱かれているみたいで恥ずかしかったです」


 俺が見終わるとルシエルが訊いてきた。


「シドルの【鑑定】は恐らく特別なものだ。【鑑定】持ちに見てもらうのとは明らかに違う魔素の動きをする。それと、スキルを使用していなくても、シドルの傍に居るだけでも彼から溢れる魔素マナに当てられてしまうんだよね。エルフの血が濃いアタシとエルはシドルの魔素が心地良いと感じる」


 代わりにネイルが答える。

 というか、知らなかった。

 【鑑定】でも魔素が反応する。


「それは前に森のエルフの女王にも言われました」

「本当はケレブレス様に聞いていたから知ってたんだよ。話が来たときもそっちでもシドルという男を見極めておけって言われてね」

「お知り合いだったんですか?」

「アタシの父が死んだ時にケレブレス様が来てくれたんだ。それからアタシが皇帝に即位した後に、ダークエルフとして三千年ぶりにアタシと母とで森のエルフの郷に訪問したんだ」


 ネイルはケレブレスと顔見知りだったらしい。

 それで【精霊魔法】で連絡を取り合っていた──ということか。

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