イシルディルの皇帝と

 帝都レムミラス。


 ゲーム中ではカットシーンでしか見ることが出来なかった華やかで活気のある大都市だ。

 映像では控えめな高さだけど大きな建造物が所狭しと立ち並び、街を行き交う人々が多くとても発達した様子を映し出していた。


 街の明かりが網目模様に見えるというのがこの帝都の名前の由来とも言われている。

 ただ、夜空の星々を宝石に見立てて網目を作るほどに民と民、民と為政者の強い繋がりを願ってこの名になったという説もあった。


 凌辱のエターニアⅢのラストバトル前にネイルが言っていたことを俺は思い出していた。


『民なくして為政者は成らぬ。英雄という存在に頼り、全てを許し、民を捧げる。それでは世に平定は訪れぬのだ。故に己が欲望のためにノコノコとやってきた貴様をここで殺し、王国を滅ぼし、民に平定を齎そう。王国の勇者よッ!貴様はここで死ねッ!』


 ゲームで民とかそんなことを考えたか?と言われたら考えるわけがない。

 エロゲーだぞ?

 3Dグラフィックで所構わずメインヒロインや数多くのNPCにまで行為に及べるこのゲームは前世の俺にとっては最高の抜きゲーだった。


──今日はこの娘とエロいことをしよう。


 そうやってアプリを起動して遊ぶゲームなのだ。

 ファンタジー世界でのエロシチュを追求した純然たるエロゲーで余計なことは考えたくない。

 多くのプレイヤーはそう考えたことだろう。

 民とか国とか平和とかそんな大仰なことを考えて遊ぶゲームじゃないんだよな。

 凌辱のエターニアが4作で終わった理由がⅢにあったとするならば、プロパガンダを持ち込んだことで支持者が減ったということが挙げられる。

 加えて、Ⅲのクリア後に遊べるエターナルモードと言う所謂フリーモードはⅠやⅡのそれと比べてイマイチだった。


 七日ほどかけたヨットの旅を経て帝都近くの軍港に到着。

 港には随分と大きな戦艦があって、帆も何もない船体があったりと港だけでも壮観だ。

 陸地に下りると、そのまま大きな馬車に乗せられて移動する。

 帝都まで更に三日かかるらしい。

 そして、外は見えない。

 それも当然か。俺は他国の人間だしな。

 ちなみに、ヨットで一緒に来た帝国兵たちは、大きな船に乗り換えて、再び、ウミベリ村に戻るそうだ。


 外が見えない馬車に乗ること三日。

 俺に関しては飯を食うのも寝るのも馬車の中。

 気が狂いそうな三日間だった。

 そんな三日を過ごして帝都に着いた。

 馬車から下りた時、日差しの眩しさに目を閉じる。


(なんて暑さ……)


 この暑さは覚えがある。

 前世の記憶の中だ。


 帝城の門庭に下りた俺は城からの出迎えに出てきたの衛兵に囲まれて連行される。

 先頭に一人、左右に一人ずつ、後ろに一人と四名の大柄で屈強な男性の騎士たち。

 周囲の様子は衛兵に遮られて見ることが出来なかったが、階段を昇った回数から地上三階にいるらしい。

 足が止まると、兵士の一人が声を張り上げる。


「開扉ーッ!」


 すると扉の左右の兵士が扉を押した。

 謁見の間。

 まるで巨大なホールだ。

 天井は高く太い柱は質素ながら細やかで芸術的な装飾が施されている。

 真正面の玉座には褐色の肌の女性が大仰に座していた。


「良く参られた。少年。シドル・メルトリクス」


 玉座まで十メートルの距離で俺に付き添う衛兵が立ち止まると、俺が膝を付くより早く、女性が声を発する。

 太くよく通るやや低い声。

 だが、色気があり、どことなく駆り立てるものがある。そんな声だった。


「膝をつくでない。真っ直ぐに此方を見よ」


 衛兵に併せて膝をつこうとしたのに女性が制止して俺は彼女の言葉の通りに真っ直ぐに彼女を見た。

 耳が尖った褐色のエルフらしき姿。

 ゲームでは拝むことのない甲冑の中の姿。

 これがネイル皇帝……。

 ダークエルフだったとは……。

 凌辱のエターニアにダークエルフは登場しない。

 だが、目の前のネイル皇帝はダークエルフだ。

 その彼女が美しい唇を動かした。


「此方はネイル・ベレス・メネリル。イシルディル帝国で七代目となる皇帝だ。貴様を立たせたままなのは此方の都合でな。もう少し良く見させてくれ」


 美しい声音。衝撃的だった。

 凌辱のエターニアⅢのラスボスだったけどセリフはテキストだったから、ボイスの付いたネイル皇帝に感動。

 ネイルは俺を観察し、玉座から立ち上がると、数歩前に出て俺をじっくりと見始める。

 真っ直ぐに見ろと言われているので俺はネイルをじっと見ていた。

 腰まで真っ直ぐ伸びる白銀の髪は褐色の肌にとても映える。

 森のエルフと違って肌の露出はほぼ皆無と言って良い。

 膝丈の長さのタイトなスカートに、胸元こそ開いているものの手首まで伸びるロングスリーブのタイトなドレス。

 全体的にはっきりと身体のラインを現していた。

 凄い身体だ。

 胸の主張はケレブレスよりもずっと強い。

 括れた腰に大きく張った臀部。

 細い足首に向かって素晴らしい曲線を描く長いふくらはぎにむっちりと肉感を感じさせる太もも。

 視線を顔に向ける。

 漆黒の瞳の双眸は切れ長で長いまつ毛が凛々しい印象を与える。

 長く伸びる耳はエルフより長くハイエルフよりも短い。

 鼻筋は細いが綺麗に通っていて鼻先に纏まっている。

 口紅で唇を真っ赤に塗っているのは褐色に映えるからだろう。

 それが得も言われぬ色香を醸し出していて大人の女性としての魅力を最大限に引き出していた。

 全体的に細く見えるけど、ハイエルフのケレブレスより背が高く二回りくらい太いはずだ。

 タイトに纏めているからこそ分かる華奢でありながら引き締まった筋肉。

 動作の一つ一つに筋肉が動いているのがよく分かるほど。

 ダークエルフは良いッ!

 何故、ゲームで出てこなかったんだ!

 しかも、ネイルの甲冑姿の中がこんな類稀なプロポーションと美貌の持ち主だとしたらプレイヤーはきっと喜んだに違いない。

 とは言え、凌辱のエターニアⅢのラスボスで声のない彼女のエロい姿はない。

 まあ、これが表に出てきたのに何もできないとなれば評判を落としたのは間違いない。

 ある意味、裏設定に留めて秘密にしたのは正解だったろう。


 ネイルの美しさに見惚れていたら、唇が嫋やかに動く。


「シドルで良いか?」

「……はい」


 俺は思わず膝を着き頭を垂れた。


「立て。膝をつくでないと言った」

「はっ。申し訳ございません」


 慌てて立ち上がって、再びネイルの顔を見る。

 今は数メートルと離れていない距離だ。

 近い……。

 目線の高さが同じだから息が吹きかかるほどに近い。


「とりあえず、良く来てくれた。とだけ言っておこう」

「ありがとうございます。私こそ、このように招いていただき、陛下にご拝謁が叶いましたこと、恐悦至極でございます」

「ん。今宵は貴賓館にて会食の席を設けさせてもらう故、その時に伺おう。それまでは貴賓館に部屋を用意している。使いを寄越すから帝都を見て回るのも良いだろう」

「はっ。お気遣いありがとうございます」


 胸に手をあてて頭を下げる。


「んむ。此方は他にも仕事がある。今回のところは下がって良い」

「はっ」

「では、後ほどな」


 ネイルは俺に背を向けて玉座に戻った。

 その後ろ姿を俺は目で追う。

 俺の中にはシドルとしての価値観と前世の記憶から来る価値観がせめぎ合ってる。

 ネイルの豊かな尻を見て俺は痛感した。

 ネイルに見惚れているこの時、シドルと前世の高村たかむらたすくの趣味嗜好が一致した初めての瞬間でもあった。



 帝城の背に二つの大きな屋敷がある。

 この二つの屋敷こそ帝国の二大公爵家メネリル公爵家とテルメシル公爵家なのだという。

 帝国は選帝侯を兼ねた十名の代表者からなる合議制を取っており皇帝は二大公爵家から時宜に適したものが選ばれる。

 先代の皇帝が逝去したのは七年前。

 その時は王国でもニュースになったし、新しい皇帝が就いたこともそれなりのニュースではあった。

 しかし、皇帝が女性とは露知らず。

 きっと王国の誰もが男だと思っているに違いない。

 男か女か判断できない名前だし。

 話は戻り、帝城の北の二つの公爵家の間に豪華な貴賓館が建っている。

 俺はそこに連れて行かれた。


 客室に案内されると、それまで付いていた衛兵たちが


「こちらが客室となっております。世話のものと替わりますのでどうぞお寛ぎになってお休みください」


 そう言って俺を客室にひとり、置いていった。

 客室には一人どころか二人で寝てもゆとりがたっぷりとある大きなベッドに対に置かれた三人がけのソファーなど調度品はかなり高価なもので取り揃えれれている。

 こんなに立派なものが置かれているのに俺は身なりこそ悪くないが洗ってないものばかりだから忍びなくて寝そべることも座ることも憚られる。

 とりあえず持ち物だけはと床に背負っていた荷物を置いた。

 落ち着いて部屋を見渡すと、ここには俺がウミベリ村で預けた武器の類が置かれていた。


「失礼します」


 ノックとともに客室に入ってきたのは白銀色の髪が短いダークエルフの女性。

 俺より少しだけ背が低い彼女は俺と同じとしか少しだけ年上に見えた。

 この子もとても良いプロポーションをしている。

 胸元の露出は控えめのノースリーブに下は膝丈ほどのスカートだ。

 ここ、イシルディル帝国の帝都レムミラスは暑い。

 故に貴賓館への道すがらに見かけた男性や女性は薄着が多いし騎士も軽装ばかりだった。


「シドル様。本日、ご案内をさせていただきます、ルシエルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 ルシエルと名乗った少女はカーテシーを見せる。

 ダークエルフのカーテシー。

 大きく張り出す胸がたゆんと揺れる。


「シドル・メルトリクスです。お世話になります」

「よろしかったら帝都をご案内いたしましょうか?陛下からそう仰せつかっているので」


 この子が陛下が言っていた使いということか。

 帝都を見て回るにも着替えをしたい。

 特に十日近く替えてない下着を早急に替えて洗いたいところだ。

 なのに、使いが褐色耳長の美少女……。

 ここで脱いで洗い出すわけにはいかないよ。


「見て回りたいところだけど、旅をしていたもので服や下着が汚れているから洗いたい……」

「あ、そういうことでしたらこちらでご用意いたしましょう。お持ちいたしますのでお待ちください」


 ルシエルが客間を出て二十分後。

 彼女と女性がもう一人、ワゴンを引いて部屋に入ってきた。


「セニアと申します。シドル様が本都にご滞在戴いている間の身の回りのお世話を仰せつかっております。何なりとお申し付けくださいませ」


 セニアと名乗った妙齢の女性は向きを正すとお腹に両手を重ねて丁寧に腰を折って頭を下げる。


「お召し物をお持ちいたしましたが、湯浴みの準備もさせていただきましたので、よろしかったらこちらの者の案内でお連れいたしますから、随伴ください」


 着替えのほか湯浴みまで!ということならお言葉に甘えよう。

 ウミベリ村を出てから身体を洗ってないし着替えもしてないからな。


「ありがとうございます。とても助かります」


 ルシエルではない方の女性の案内で俺は浴室に向かった。


「お着替えはシドル様が入浴中に交換しておきます。今お召になっているものは私たちで洗濯をして明日、お返しいたしますから、その時に洗濯が必要なものがございましたらご用意をお願いいたします。入浴中、ご用命等ございましたらお呼びください」


 風呂にも来てくれるのか!とは思ったが呼ぶことはないだろう。

 俺は服を脱いで浴室に入る。

 浴室はバハムルと同じで浴槽があったが、そこに並々と注がれた湯は湯と言うには少しばかり温かった。

 身体や髪を洗って湯に浸かり、風呂から上がった後、暑いイシルディル帝国の湯はこれで良かったんだと実感。

 涼しくて気持ちが良い湯上がりで、すっかり気分が良くなって疲れが軽くなった気がした。


 下着と着替えが用意してあって俺が着ていた衣服類は下げられていた。

 用意されたものは膝より少し長い丈のズボンと半袖。

 生地が王国で使われているものとは異なり、肌触りが滑らかでとても涼しい。

 濡れた髪の毛は魔法で乾かすとして、着替えが終わって廊下に出るとセニアが待っていた。


「お湯加減はいかがでしたか?王国では少し熱い湯で湯浴みをすると伺っておりましたが、こちらの作法でぬるい湯の湯船を用意させていただきました」

「たしかにぬるかったけど、不思議と疲れが取れるものなんですね」

「ええ。こちらの夏は暑くて疲れやすいので夏場はぬるい湯に浸かるのが習慣となっておりまして、押し付けがましいとは思いましたが疲れた身体ににはこちらのほうが良いと考え、イシルディルの湯船にいたしました」

「そうだったんですね。お気遣いありがとうございます。疲れが取れてとても身体が楽なので午後から帝都を見て回れそうです」

「シドル様からそのようなお言葉をいただけて嬉しいです。押し通した甲斐がございました」


 セニアはそう言ってニコリと微笑んだ。

 うん。可愛い。

 流石エロゲ。ゲームに出てこなかった女性でも当然顔や体型は整っていてちょっとした表情でも大変に眼福。

 ちなみに日本で生きた前世の記憶では風呂に入った覚えはそれほどない。

 だいたいシャワーで済ませていた。


「おかえりなさいませ。シドル様。あ、あら、お似合いですわね。こちらの装いも随分とサマになっていますよ」


 客室に戻るとルシエルが待っていた。


「風呂を与り感謝します。おかげで疲れが取れました」

「それなら、良かったわ。では、参りましょう。ご案内いたします」


 客室にセニアを置いて俺はルシエルの先導で貴賓館を出た。

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