お姫様

「やっとレベルが上がったわ」


 その昔、シドルが【ラストリーフ】を入手した地上五階層、地下二十階層で構成されるイーストヒルタワー。

 エターニア王国の第二王女のフィーナ・エターニアが専属の騎士であるカレン・ダイルを伴ってレベル上げに励んでいる。


「もう地上部分ではレベルの上がりが悪くなってきましたね」


 腰に設えた鞘に剣を収めてカレンは言う。

 フィーナは【特級鑑定】のスクロールを使用して自分のステータスを確認した。


───

 名前 :フィーナ・エターニア

 性別 :女 年齢:14

 職能 :フェンサー

 Lv :34

 HP :700

 MP :4020

 VIT:35

 STR:17

 DEX:167

 AGI:150

 INT:201

 MND:439

 スキル:魔法(火:4、土:3、水:5)

     無属性魔法:2、詠唱省略:2

     剣術:4、槍術:5、杖術:2、体術:5

     不撓不屈★

───


 そして、怖いもの見たさでカレンを【特級鑑定】のスクロールで確認する。


───

 名前 :カレン・ダイル

 性別 :女 年齢:17

 職能 :剣聖★

 Lv :99

 HP :19700

 MP :9900

 VIT:985

 STR:985

 DEX:100

 AGI:397

 INT:495

 MND:988

 スキル:魔法(火:8、土:8、風:8、水:8、光:8)

     無属性魔法:4、詠唱省略:8

     剣術★、盾術★、斧術★、棒術★、槍術:★、弓術:4、体術★

     物理カウンター★

───


 カレンのステータスを見たフィーナはため息は吐く。


「まだまだなのね……」

「また、見たのね」


 レベルが上って強くなったと思いたいフィーナの悪い癖だった。

 王族でも無ければ使えない【特級鑑定】のスクロール。

 カレンのレベルが高いこと、それと、いつの間にか覚えていたスキルをフィーナが詳しく知りたいと思い城から持ち出した大変高価な逸品である。

 カレンのステータスは非常に高い。

 レベル99なのだから当然かとスクロールに映し出される結果に声にならない言葉を漏らす。


「それにしてもこの【不撓不屈★】ってスキルがわからないのよね」


 学院に通っていれば三年生を迎えたばかりと言う頃に、突然覚えた【不撓不屈★】というスキル。

 フィーナはこのスキルがどのようなものでどう使うのかを理解出来ていない。

 王城内の書庫で調べたがこれと言える資料が無く、全く分からないままだった。


 フィーナはカレンと鍛錬を続けているうちに【フェンサー】と言う職能クラスに目覚めた。

 カレンに自らのステータスを共有しているフィーナは、カレンに


「お姫様は器用さが高いから弓でも担げば良いのに」


 と言われて


「弓は胸に当たって痛いのよ」


 と返すやり取りの末、


「あ、それはわかります。では細剣レイピアとかランスはどうでしょう?」


 そんな経緯でフィーナは今、細剣を腰に携えている。

 背中には槍を背負っているが使用頻度は高くない。


 イーストヒルタワーは食べられる魔物が出現する。

 そして、カレンと言う料理名人とのダンジョンダイビング。

 地下階層の攻略も始めて、一ヶ月ほどするとダンジョンボスを仕留めるほどのレベルへと達した。


「これでここの攻略も終わりですね」

「ええ、レベルの上がりも悪くなってきたし、中級ダンジョンはもう良いかなって感じです」

「そしたら、バハムルくらいしか良いダンジョン思いつかないんですよねー」

「三ヶ月以内で往復できる?」

「今のお姫様なら二週間とかからずに行けるから期間いっぱい使っても五十階層に行けるかどうかって感じですかねー」

「そんなに?」

「バハムルの森のダンジョンは敵が強いし五十階層まではアンデッドしか出ませんから、食糧の管理も大変なんですよ」

「でも、イヴも居るんでしょう?」

「イヴェリア様はダンジョンで強くなることに興味がないみたいなんですよね。領内の子どもたちに勉強や行儀作法を教えるのが楽しいらしくて」

「そうだったの。何だかイヴらしいわね。やっぱり早くバハムルに行ってみたいわ」

「ここのボス、倒せましたし、そろそろ行ってみても良いかもしれませんね。でも、その前にお城に戻らないとダメですよね」

「やー、ほんと、お城に帰るのヤだよー」


 それから王都エテルナの王城に帰ったフィーナとカレンは城門を潜り城のエントランスホールに入ると、男爵になって間もないアルスがファウスラー公爵家夫人と共にぽつんと寄り添って立っていた。

 二人とも着の身着のままの格好で、二人が視界に収まってしまったことでフィーナは気分を悪くしている。

 すると、フィーナの帰城に気が付いたアルスがフィーナに駆け寄ってきた。


「フィーナ様!相変わらずお美しい!いかがですか?どうか私めと……」


 アルスが周囲を気に留めずにフィーナに不用意に近付くから、フィーナとアルスの間にカレンが割って入り、


「無礼者め。わきまえろッ」


 少年に見紛う凛々しさで殺気立つカレンにアルスは思わず身動いだ。

 だが、アルスは(どんな女だって俺の言いなりになるんだ。こいつらだって!)と引かない。


「殿下ッ!いかがでしょう?」


 しつこく付き纏って引き下がらないアルスにフィーナは堪忍袋の緒が切れた。

 細剣を抜き、素早くその先端をアルスの鼻先に寸止める。


「しつこい。いい加減になさい。それにそこのファウスラー夫人も、仮にも公爵家の夫人が白昼堂々、それも、王城のど真ん中で何故こんな男爵と睦まじくしてるの?恥を知りなさいッ!」


 フィーナはサレア・ファウスラーを力の籠もった視線を向け、フィーナが構えた細剣の先に今にも鼻先が触れそうなアルスは恐怖で脂汗を滲ませる。


「これはお目汚しをして申し訳ございませんでしたわね。王女殿下がご健勝で何よりでございます。私は、アルスの領地が帝国に攻め込まれこちらに避難してまいりました。今は陛下の指示でこちらに待機させていただいております故、どうかお見逃しくださればと思っております」


 こんなに堂々と振る舞う御婦人じゃなかったはず。とフィーナは心の中で独り言ちる。


「公爵家のことには口を挟まないけれどここでのことは見逃せないわ。もう二度とその顔を私に見せないで」


 フィーナはそう吐き捨てて細剣を収めカレンを連れて後宮へと帰った。


 微動だにしないアルスは目を開けたまま気を失っていた。



 フィーナは私室に戻ると銀竜の皮で作られた軽鎧をカレンに脱がせてもらって細剣と槍を預けるとバタリとベッドに倒れ込んだ。


「あー、疲れたわー」

「最後の最後で疲れちゃいましたね」


 カレンはベッドの傍らの椅子に腰を下ろして疲れを逃す。


「ねえ、カレン」


 ベッドに仰向けのフィーナの頭のほうにカレンが座っている。

 フィーナの上目遣いをカレンは向けられていた。


(くっそ可愛いなこのお姫様は)


 と、フィーナの可憐さに心が浮足立ったが、返事はする。


「なんですか?お姫様」

「あのさ、【不撓不屈★】の効果分かっちゃった」

「マジですか?」


 驚いたカレンは椅子から腰を上げてベッドの縁に座り直した。

 カレンは相変わらずフィーナの上目遣いを向けられている。


「ええ、マジですよ」

「それはどんな?」

「説明の前に、アルスのことを話さなければならないわ」


 フィーナは靴を雑に脱いでベッドに女の子座りをしてカレンに身体を向けた。


「アルスはスキルで私たちの精神を支配しようとしていたわ」

「もしかして、この頭にチクチクするこの感覚がそれ?」

「たぶんそうよ。アルスは自分を中心とした広い範囲で意思ある者の精神を支配して思考を誘導するスキルを持ってる。

 場所や身分を弁えずに言い寄ったのは精神支配が成功すると踏んでのことでしょうが、私の【不撓不屈★】は状態異常無効効果でレジスト出来て、更に、私が受けた魔法やスキル効果の委細を分析できるスキルだった。

 おかげでシドルが追いやられた理由も、イヴが犠牲になったのも、原因の一端が分かったわ」

「それで、どうして私には効かなかったんでしょう?」

「精神力よ。どうやらスキルの効果の強さと耐性はアルスの精神力とのバランス関係で変わるみたい。カレンは能天気だからそのせいじゃない?」

「ははー……。この性格が良かったってことですねー。ところでお姫様だってそのスキルが身につく前までは危なかったんでしょう?」

「そうね。私は最初こそ、アルスとのレベルの差がなかったし、私は精神力MNDがそれなりにあったからそれで効かなかったんだと思うけど、アルスのレベルが上がって以降は、このおかげだと思うわ」


 フィーナが十二歳の誕生日にシドルから貰った漆黒の宝石があしらわれた力の指輪マナ・リングをカレンに見せる。

 左手の薬指にしているのは彼女の心の誓いからであったが、カレンは何度もフィーナからこの話を聞いていた。

 その度に、カレンはカレンで首に下げる白銀のブローチ【ラストリーフ】をキュッと握る。


「いつもなら真っ赤になるのに、今回は真っ黒だったから【不撓不屈★】の効果のほうが強くて指輪は効果を発揮しなかったのね」


 フィーナは【不撓不屈★】の効果を理解したから力の指輪が自身に対して効果を発揮したなら、指輪の詳細が分かったのに──と残念がった。


 それから、帰還の報告を父である国王にすると、数日と経たずにまた王城から出て行った。

 彼女の父親のジモンがフィーナにアルスとの結婚をしきりに進めてくるからだ。

 会話にならないと憤慨して父親の相手をするのが面倒にになり、家に居なきゃ気が楽だと言わんばかりに「半年くらい帰らないから」とジモンに言い捨ててカレンと二人で王都から逃げ出した。


「半年も貰ったからバハムルに行くわ。良いでしょ?」


 フィーナはカレンに何も言わずに王城の西門から出たのは最初からバハムルに向かうつもりだったからだ。


「かまいませんし、お姫様がヴェスタルの関所を通過したとなったら大騒ぎになりそうですよー」

「良いじゃない。それにイヴだけずっとシドルと一緒なんだもの。ズルいわ。そんなおズルさんにはちょっとくらいお仕置きしたっていいわよね?」

「やー、お手柔らかにお願いしますよー。バハムル領は長閑なことが取り柄なんですから」

「わかってるよー。でも、シドルに会いたいんだもの。カレンだって会いたいでしょう?」

「会いたくないってことはないですけど、流石にお姫様はお貴族様の想い人をどうこうなんてできないでしょうから……」

「そんな些細なことどうでも良いじゃない。好きなら好きで良いのよ。シドルの妻は一人じゃなくたって良いんだから」

「そう言われたらそうかもしれないですけどねー……」


 カレンはシドルとの生活はそれなりに気に入っていたし、願わくばこの穏やかな時間が末永く続いてほしいとも思っていた。

 だが、今は腕試しついでに王都でお姫様の専属騎士として働いている。

 フィーナが結婚したら自分はお役御免だからとバハムルに戻るつもりでいるのだが、もし、フィーナの結婚相手がシドルになったなら、イヴェリアとフィーナという美少女の間に割って入るほどの自信をカレンは持ち合わせていない。

 それに身分だって足りていない。

 そんなカレンをフィーナは少なからずの気遣いはしていた。

 王城に勤める騎士たちの間から、王国最強の騎士とまで言わせるその強さ。重装備の騎士を相手にしても常に軽装で掠りすらもせず、カレンは屈強な騎士たちをいなす。

 それほどの強さなら現在の准男爵という爵位で収まるはずがない。

 フィーナにとってシドルは自分の半身として、イヴェリアは生涯の親友として捉えていたが、カレンは自分のためにも国のためにも絶対に手放してはいけない存在だと考えている。

 だからカレンには自信を持ってもらわなければならない。


「もし私の周りで何があっても、シドルと貴女だけは絶対に手放さないわっていうくらい頼りにしてるのよ。だからカレンだってカレンらしくシドルを追えば良いのよ」

「まあ、それはおいおい考えますよー。だって私のほうが大人ですしねー」


 カレンはやれやれとお姫様の話を聞き流すことを選んだ。


(や、だって、面倒だし)


 カレンは先のことを考えないタイプだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る