迷宮に潜む悪魔

 深淵の迷宮the Labyrinth of the Abyss


 ゲーム中ではダンジョンに入るとカットムービーが流れ英字のルビが付いた迷宮名が画面に映し出される。

 前世の記憶からこの深淵の迷宮の全景が脳裏に浮かぶ。


 アルスの後に続いてダンジョンに進入。

 入口に近い扉を開けて彼らはセーフティーゾーンの小部屋に入った。

 彼らが扉を閉めるのを見届けてから魔法で光を浮かべて最短距離を行く。


 このダンジョンは階層こそ全五階層と浅い。

 その代わり、ダンジョン内は地下にこんな空間が有るのかと見紛う広さで、天井は高く、幅も奥行きも中規模の市街地がすっぽりと収まるほど。

 特に三階層は、廃村だと勘違いする建造物が立ち並んでいて、少し小高い丘からの眺めは不気味さでありながら幻想的で美しかった。

 その他に特筆するべき点と言えば、二階層以降に出現する魔物は全て女性型。

 一糸まとわぬ姿で、大きな乳房をぶらりぶらりと揺らしているのが特徴的で、ゲームだと局部にはモザイクが表示されていた。

 だが残念なことに、エッチなことをするためのモーションを調整できなかったのか、女性型の魔物とのエッチシーンはない。

 人外好きからの支持を集めた数少ないコンテンツの一つだった。

 しかし、俺の目の前に広がる世界はゲームの世界とは違う。

 生身の魔物が、綺麗な女性の姿で徘徊している。だから傷つけて殺すのがとてもキツい。

 アンデッドなら話はまた違うんだけど。


 【認識阻害★】を発動させながらダンジョンの最深部へと向かっている。

 魔物たちに勘付かれることがないだけに、とても退屈だ。

 やることがないと頭の中には色んなことが周り巡る。


 俺は十七歳で殺される。

 だが、今、こうして生きていて思うのはゲーム中のシドルとほぼ同じ足跡を辿っている。

 バハムルに逃れ、ダンジョンでレベルを上げ、エルフの森で【召喚魔法】を覚える。

 カレンを王都に送ったし、今はアルスは凌辱のエターニアⅡをクリアする直前だ。

 ゲームと異なるのはイヴェリアが生きていて、ソフィさんがアルスのパーティに加わらなかった。

 俺はアルスに関わらない距離を保っている。

 最後の接点、俺が玉座を奪い、アルスが俺を逆賊だと殺しにくるその時まで俺はなるべくストーリーに沿って行動し、最後の最後で俺が生き残る選択をするつもりだ。

 それがもし誰かの死に繋がるのだとしたらそれは非常に悩ましいけれど。


 喋る相手が居ないのもつまらんもんだ。

 ラスボス部屋前にあるセーフティーゾーンまで急ぐか。

 考えるのに飽きた俺は五階層に急いだ。



 五階層。

 ラスボスの居る部屋の前に着いた。

 ラスボスはヴァル・イェーブルという悪魔で自らを上級悪魔アーク・デーモンと言う。

 ゲームではレベル45。ステータスはとても高いが強いというわけではない。

 寄り道したりNPCで遊んだりしていたらレベル五十台半ばになっているはずだから。

 ダンジョンの入口で見たアルスはレベル43だった。

 これだと恐らくキツいけどエリザやエルミア、ナナと言った加入時点でレベル五十前後以上のキャラが居るから大丈夫だろう。


 俺は手前にある小部屋の扉を開いてそこに入る。

 セーフティーゾーンだ。

 ゲームだとセーブが出来るセーブポイントでもある。

 ここがチェックポイントとなって全滅などした場合は、自動的にここに戻されていた。

 ゲームの進行上に存在するものだから、今まで見たことがなかったけど、こうしてみると綺麗なものだ。

 温かな輝きを讃えてセーフティーゾーンでは照明としても機能している。

 こういったセーブポイントやチェックポイントはゲーム中では多々存在していたが、主人公のストーリー進行上でしかみることがないものらしい。

 そんなわけで俺がセーブポイントを見たのは今回が初めて。

 ゲーム中だと、ダンジョンなどに存在するセーブポイントで番号付きのセーブを作成し、チェックポイントはストーリーの進行に合わせてオートセーブみたいな感じで自動的に作られていた。

 どのみち、俺には関係のないことだ。

 ということで、ここでアルスたちがこのフロアに降りてくるのを待つことにする。


(ここに三日くらい留まるのか……)


 中はとても綺麗だった。

 料理をする設備があり、何故か食材も揃っている。

 ベッドも六つあるし不思議な空間だ。


(暇だし、【召喚魔法】を試してみるか)


 火属性を意識して精霊を顕現させる。

 真紅の髪に真紅の瞳。

 胸と尻が大きく腰は括れている。

 女性だった。


「やっと、私を喚んでくれたか」


 俺より少しだけ背が低い。

 赤いというのさえ無ければ人間と見紛うほどだ。


「驚いた。人間みたい」

「あははは。アタシはサラマンダーと呼ばれている精霊さ」


 複数属性を使うドライアドよりMP消費が小さい。

 これならいつまでも顕現させていられそうだ。

 自己紹介をして胸を張るとブルンと大きくおっぱいが跳ねる。


「人間には刺激が強かったかい?触っても良いんだぞ?気になるんだろ?」


 そう言って胸を強調してきたが、俺は頭に手を置いた。


「熱くない……」


 火の塊かと思ったけどそうではないみたいだ。

 気になっておでこを触ってみたけど人と変わらない。


「そっちか。もっと情熱的に触って求めてくれても良かったんだけどな」


 そう言って彼女は指先に火を灯してみせた。


「あれ?魔法じゃないの?」


 魔力が全く感じられない。

 今目の前で、サラマンダーの指先から火が出ているのに、魔力がない。


「精霊は魔素に直接働きかけるんだ。人間や魔物みたいに魔力で魔素を操る必要がないんだよ」


 そうだったのか。

 知らなかった。

 精霊にも魔力があるのかと思っていたけどそうではなかった。


「それにしても、ご主人様の傍だと火が起こしやすい。ほらこの通り自由自在さ」


 サラマンダーは豊満な身体で俺に迫り押し付ける。

 温かさ、柔らかさは人間と変わらない。


「ん?どうした?ヤるか?」


 いやいやいや、ヤらないから。情熱的にも程があるでしょうに。

 チキンな俺はそうは言えず、俺にひっついてから火を軽々と変化させるサラマンダーの器用さに目を奪われた。


 サラマンダーと遊んだあとは、風属性の【召喚魔法】を使ってみた。

 風の精霊はシルフでこれも女性型だった。

 その他に水属性のウンディーネでこっちも女性型。

 土属性はノームでこれは男性型だったが、女性型も存在するということで喚び直してみたらノーミードが現れた。


 光と闇以外の属性、火、土、風、水のそれぞれの精霊を召喚してみたけど、顕現した彼らは実体に近い状態で存続できて会話も成立する。

 なのに魔力は希薄でほぼ存在が感じられないという不思議な存在だった。

 【召喚魔法】は精霊の他に【神獣】というものを喚べるということを召喚した精霊たちから教わる。

 ただ、神獣を扱うにはそれなりの熟練度スキルレベルとレベルが必要らしい。


 凌辱のエターニアⅡのラスボスは悪魔。

 だから光属性の召喚を試そうと思ったけど喚んだ精霊とのあれこれ話して過ごしていたら時間が足りなくなった。


(魔力!)


 【魔力感知★】が仕事をする。

 このフロアで魔法を使った人間と魔物の反応。戦闘中だ。

 アルス一行がこのフロアに下りてきたと断定して俺は装備を整え、セーフティーゾーンを出る。


 ボス部屋と通路を隔てる両開きの扉を押して開き足を踏み入れた。


──ゴオオオオォォォォーーーー。


 扉がひとりでに閉まる。


(お約束だなあ……)


 光が差し込まないこの部屋は真っ暗。

 せっかくなので【召喚魔法】で光の精霊を喚ぼう。


『ご主人様!お喚び出しありがとうございます!明かりをご用命でしたね』


 ウィル・オ・ウィスプが顕現すると、彼がそこに居るだけで既に明るい。

 人型ではないからか、頭に直接話しかけてくるイメージ。

 照らし出された部屋の奥に男が玉座に座ってこっちを見ていた。


「ようこそ!我が深淵へ」


 男は椅子から腰を上げ、仰々しく手を広げる。

 2メートル近くはありそうな背でマントを広げ俺を迎えた。


───

 名前 :ヴァル・イェーブル

 性別 :男 年齢:不明 種族:上級悪魔

 Lv :45

───


「我はヴァル・イェーブル。人間!ここまで来た褒美を取らそうではないか!」


 魔力が高まり轟音がダンジョンを揺るがす。

 俺じゃなければ彼の魔力が肌にひりつくのではないか。


 悪魔は闇属性の魔法を放ってきた。

 即死させる状態異常系だろうが、レベル差がありすぎて俺には効かない。


「何ッ!効かぬだと!?」


 相手が弱すぎて命のやり取りにもならない。

 俺は【召喚魔法★】を使う。


 パーッと周囲が光に照らされた。

 ウィル・オ・ウィスプは今も顕現を保ってる。


 能天使エクシア


 【鑑定★】で見たらレベル70で性別不明。


『主の命に従い悪魔を打ちのめしましょう』


 ヴァル・イェーブルは光の渦に消え去った。

 瞬殺である。

 さすが、レベル70。


『命は果たしました』


 能天使は直ぐに消えた。

 魔力をごっそり持っていかれた。


 MP : 9640/15140


 一気に三分の一も持っていかれたのか。

 精霊と違って天使を召喚するとMPが持っていかれるんだな。

 これってレベルやMPを超える天使や悪魔を召喚したらどうなるんだろうか。

 悪魔だったら俺、死ぬんじゃね?


 主の居なくなったダンジョンの最奥。

 俺は玉座の後ろの小部屋に入った。


 宝箱がある。

 【鑑定★】で罠がないことを確認して【解錠:8】スキルを使って宝箱を開けた。


 【スキル結晶石:催眠術★】


 ゆらゆらと光を称える結晶石。

 俺はそれを手に取って魔力を流す。

 すると手のひらから光の粒子が広がってシューッと消えた。


───

 名前 :シドル・メルトリクス

 ︙

 スキル:魔法(火:8、土:8、風:8、水:8、光:8、闇:8)、

     無属性魔法:8、召喚魔法★、魔力感知8、詠唱省略★、

     MP自然回復★、気配察知★、認識阻害★、解錠:8、

     鑑定★、房中術★、魅了★、催眠術★、多重処理★

     剣術:8、盾術:8、槍術:8、斧術:8、弓術:8、

     棒術:8、杖術:8、体術:8

───


 これでアルスが女性たちを思いのままにするためのスキルは入手不可能な筈。

 もし取れたとしても凌辱のエターニアシリーズのストーリー終了後だろう。

 俺を倒した後にアルスが国の王になった末路がどうなるのかはわからない。

 何せエロゲだからな。

 エロいことしかしなかったし、エロ以外で遊ぶことなんてなかった。


 スキル結晶石を使用して落ち着いたところで【気配察知★】がボス部屋の向こうにアルス一行が到着したことを報せる。

 もうここには用がない。

 【認識阻害★】を発動してボス部屋の入口に移動する。

 アルスたちが扉を開いて入ってきたら抜け出す算段だ。


「魔物たちが居なくなったけど、ここにも居ないな」

「ボス部屋っぽいのにおかしいよ」

「誰かいたのかなー」

「自滅したのかもしれませんし、元から何も居なかったんじゃない?」


 アルスに続いて女達が喋る。

 一番後ろにはエルミアの姿が見えた。

 そういやエルミアはもう処女じゃないんだよな。

 このダンジョンですっかりアルスに骨抜きにされてるんじゃないかと思ったけど、スキルがなければそこまで夢中にもならないのか心酔とまではいかない表情をアルスに向けていた。

 彼ら五人の無事を確かめて俺はこっそりとダンジョンを抜け出す。

 途中、王国兵とすれ違うこともあったが誰にも悟られることなく、魔物がいなくなった深淵の迷宮を出ることに成功した。


 ダンジョン攻略を終えた俺は数日かけて迷いの森に入ったんだが──。


「おかえりなさい。シドル」


 イヴェリアが出迎えていた。

 どうやら迷いの森をスキップしたらしい。


「ただいま……。迷いの森だと思ってたんだけど、どうして大樹の麓に?」

「ふふふ。驚いてるわね。【精霊魔法】で迷いの森に干渉できるみたいだったから試してみたのよ」


 ドヤるイヴェリアさん。それはそれで可愛い。


「くっくっく。イヴェリアは【精霊魔法】の覚えが良い」


 イヴェリアの後ろから、エルフの森の女王ケレブレスが出てきた。


「良く戻った。シドルよ。心配はしてはおらなんだがヤるべきことはヤったようじゃの」

「はい。おかげさまで」

「その様子だと【召喚魔法】に慣れてきたのか。お前の周りで精霊たちが喜んでおるぞ」

「深淵の迷宮で精霊だけじゃなく天使の召喚も試してみました」

「天使を召喚したのか!【召喚魔法】で天使や悪魔はレベルやMPが足りないと魂を喰われてしまうから気を付けてくれよ。大昔に【召喚魔法】を覚えた王配たちの多くが天使や悪魔の召喚で命を落としておる。もし今後、神獣や天使などの類を喚ぶのなら強くなっておけ。余がそなたのもとに行くまでに決して死ぬでないぞ」


 俺のところに来るってどういうこと?と思っていたらイヴェリアが俺の横に並ぶと腕に巻き付いてきた。


「シドルを差し上げることはいたしませんよ?」

「はっはっは!取り上げたりはせぬよ。些少で良いのじゃ。些少で。それに約定は違えるなよ?イヴェリア」

「ぞ、存じておりますよ?もちろん」

「ならば、良い。今はまだ時が足りん。いずれ伺おう」

「ええ。お待ちしておりますわ」


 それからケレブレスの側近がやってくると荷物をいくつか持ってきてイヴェリアに手渡す。

 どうも旅の支度が出来ている。そんな感じだ。


「ここから北に出てしばらく歩けばモリア王国に入る。向こうには伝えてあるから関門で名乗ればモリアの王都まで案内されよう」


 休むまもなく次の旅。

 とは言え、バハムルに早く戻れるならそれに越したことはない。


「何から何までありがとうございます。女王陛下」


 イヴェリアがカーテシーを披露して感謝を伝えた。


「はっ。名前で呼べば良かろうに。余はイヴェリアを良き友人と思っておる。気軽にしてくれて構わぬぞ」

「郷の皆様もいらっしゃるから恐れ多くて……」

「それもそうかもしれぬがの。まあ、良いとして、シドルや」


 ケレブレスは俺の名を呼ぶと俺に向かって足を踏み出す。


「これは特別じゃ」


 頭を手で引き寄せられて唇を奪われた。

 ヌルリと舌が口の中に入り込んで掻き回される。

 それほどせずに離されはしたが、イヴェリアは面白くなさそうな顔をしていた。


「はあ……。シドルは本当に良い魔素の持ち主じゃの」


 ケレブレスから濃厚なキスを貰ったわけだけど、とても強い魔力を押し込まれた感じがする。


「これは……」

「分かったようじゃな。其方なら良い使い方ができるだろう」


 ケレブレスは俺の頬をさらっと撫でてから後ろに下がり、彼女の側近の下に戻った。

 それから少し言葉を交えてエルフの郷を出る。

 入ってきた場所から出たのに出た場所は森の北。

 目の前にドワーフの国、モリア王国の国境の関所が聳えていた。


 関門を潜る前に、俺は自分のスキルを再チェックする。


 【上限解放★】


 これがケレブレスから与えられたスキルだった。

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