深淵の迷宮
目が覚めてから、イヴェリアと森のエルフの女王ケレブレスからいろいろと話を聞いた。
俺はどうやら七日ほど眠っていて、その間、イヴェリアが俺の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしてたのだとか。
「うふふ。シドルが私にしてくれたこと、全部できたわね」
目覚めてからしばらくして、イヴェリアが勝ち誇った顔を向けてくるのが可愛らしく思えた。
俺の意識がない間、イヴェリアが咀嚼した食べ物を口移して飲み込ませたり、寝ている間の排泄物の処理をしたのだろう。
身体の隅々も拭き上げたに違いない。
俺はそういったことをイヴェリアにしたから、彼女の意趣返しと言ったところか。
ケレブレスも女王という立場ながら、人間の俺たちの世話のために甲斐甲斐しく足を運んでいる。
「しばらく本調子でなかろう。しばらくここで休むが良い。何なら村の中を見て回るのも良かろう。ただ、イヴェリアは単独では出るのは遠慮いただきたい。先々で騒動になりそうだからの」
精霊信仰が根強いエルフ族は精霊を顧みない人間を穢らわしいと見る傾向が強い。
そのため、彼らは人間に対する嫌悪感が強いらしい。
ケレブレスがイヴェリアに『単独で郷に出るのは遠慮してほしい』と伝えたのは、イヴェリアが人間だからという点に加え、エルフの美醜の価値観に関わるものだ。
森のエルフたちは、俺たち人間が女性らしいと感じるメリハリの効いた体型は好まれない。
「だが、シドルは【召喚魔法】の習得者であるが故、もし絡まれたら精霊を召喚するが良い。さすれば、森の民が危害を加えることをしないだろう」
俺が横たわる寝具にケレブレスは腰を下ろす。
お行儀悪いですよとは言えないのだが、俺の顔を覗き込もうとすると、豊かな乳房が釣り鐘状に垂れ下がりぶらぶらと揺れる。
この女王、確信犯である。
俺を挟んだ反対側にはイヴェリアが佇んでいて、ケレブレスに対抗して寝具に身を乗り出す。
イヴェリアの成長も著しいけれど、人間の服だからおっぱいは見えないだろうと高を括っていたら、胸元の隙間に重力で垂れ下がるたわわな胸の谷間がゆらゆらしてた。
「もう、顔色も悪くない。直に魔力も回復しよう。シドルは魔力の回復が早いようだしの」
そう言って俺の頭を撫でていたケレブレスは、側近に呼ばれて席を外す。
「はあ……」
安堵して息を漏らすと、俺の目の前にはイヴェリアの顔があった。
「もう。デレデレして……。女王陛下が素晴らしい見目なのはわかりますがああもあからさまに誘惑をされるのもイラッとしますわね。シドルも鼻の下を伸ばしてみっともなくってよ」
「ごめんよ。イヴェリア」
俺はイヴェリアの頭を撫でた。
「そんなことで懐柔されるほど、私は安くないわ」
イヴェリアが俺の上から退いてくれたので、俺は少し気怠い身体を起こす。
【召喚魔法★】を覚えただけだと言うのにこのダルさ。
MPを消費したとかそういうものではない類のものだ。デバフでもないだろうし。
そんな折、外の空気からビリビリとした魔力を感じた。
「イヴェリアッ!」
「シドルも?」
「俺は【魔力探知★】があるから、それでだよ」
「魔素が溢れてるわ」
俺とイヴェリアが顔を向かい合わせていると、ケレブレスの側近が俺とイヴェリアに声をかける。
「シドル様、イヴェリア様。女王陛下がお呼びでございます」
呼び出しに応じて俺とイヴェリアは立ち上がり、宮殿の謁見の間に向かった。
歩いてる感じは悪くない。これなら動いている内に良くなるだろう。
謁見の間へと歩きながら俺は身体の調子を確かめる。
「すまないな。呼び出してしまって」
「いいえ。大丈夫です。身体の調子を確認できましたから丁度良かったです」
「そうか。ならば良い」
ケレブレスは姿勢を正して言葉を続ける。
「迷いの森の外で、先代の王が封印した迷宮が解かれてしもうた。それで迷宮から数多の魔物が溢れ出し、今は貴方等の国の関所を襲撃しておるようだ」
ああ、ラスダンだな。
深淵の迷宮と名付けられた凌辱のエターニアⅡのラストダンジョン。
レベル50程度で行ける地下5階層と浅いダンジョンだ。ただ、広く入り組んでいてエロゲらしい魔物も多数いたはず。
どうやら俺が【召喚魔法★】を覚えて、ラストダンジョンの封印が解かれるこの流れは、ほぼほぼ凌辱のエターニアのストーリーをそのままなぞっているらしい。
シドルがエルフの森を抜けて人間を優遇する女王に反発するエルミアが森の郷から追いやられて迷いの森の外を彷徨いダンジョンの封印を開放。
ゲームと違うのは俺の隣にイヴェリアが居るというところか。
とはいえ、これはⅡで語られない俺、こと、シドル・メルトリクスの、Ⅳで付け加えられたのだろう裏話。
おかげでエルフの森を飛び出したエルミアの行動の導線になったんだな。
ラスダンから溢れ出た魔物たちは王国が撃退を試みるはず。
「王国に何か動きはありますか?」
「防衛軍らしきものが早々に参じておるが少しばかり劣勢であるな」
「そうですか……」
「膠着しておるから当面は持ちこたえるであろうが、貴方等はしばらく王国に戻れなさそうだな。余がドワーフの国、モリアの王に掛け合い、対岸に送り出してもらえるか交渉しよう」
とりあえず、当面の滞在は大丈夫らしい。
ただ、【スキル結晶石:催眠術★】を押さえなければならない。
となれば、イヴェリアをケレブレスに預けて、俺が単独でダンジョンに潜るか。
イベント発生から二週間後だったな。
王から騎士に任じられたアルスを中心として、怒涛の早さで援軍に駆けつけると、エルミアを華麗に救出する。
シリーズ最速で落ちるエルミアと言うメインヒロインは、人間を毛嫌いしているのに人間以上に押しに弱くてチョロい。
エルフキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!とばかりに歓喜するファンがいるだろうということで、主人公と出会って間もなくのタイミングでエッチシーンを用意したと、何かの雑誌で読んだ覚えがある。
エルミアを仲間にしたアルスは、その勢いですぐ、ダンジョンに突入するのだが、入口に近い小部屋のセーブポイントと言う名のセーフティーエリアで、メインヒロインたちに見られながら、エルミアにとって初めての行為を済ませる。
俺の狙い目は当にそこで、主人公のアルスとメインヒロインたちとの饗宴の最中に【認識阻害★】でダンジョンに忍び込み、サクッと最深部の最奥まで辿り着いてやろうという計画。
彼らには索敵を行えるメンバーが居ないからラスボスの部屋前で待機して、最下層で彼らが最初の戦闘を始めたら俺がボスを倒す。
「女王陛下のお心遣い、誠に感謝いたします」
「良い。余としてはシドルとイヴェリアには気が済むまで滞在してもらっても構わぬ」
「ケレブレス女王陛下、私からも心よりの感謝を」
「うむ。イヴェリアはもう少しばかり余に寛大にしてくれても良いんだがな」
ケレブレスは軽口を叩いて姿勢を取り直し、言葉を続ける。
「まあ、それはさておいて。シドル。貴方はどうするつもりか問おうではないか」
再び居住まいを正し、俺に問いかけた。
俺がどうしたいかを答えれば良いのだろう。
「王国の第二の援軍が王都からもう出てると思います。それが二週間ほどで到着する筈なのでそれに合わせて深淵の迷宮に単独で潜らせて欲しいと考えているところです」
「一人で、か…?」
「はい。私は気配を消せるので誰にも悟られずに単独でダンジョンに潜入できますから迷宮の情報を集めて来ようと思います」
横からイヴェリアが俺に言う。
「一人で行かせるとでも思ってと言いたいところだけど、私が行くとシドルに抱えていかなければならないのよね?だから、今回は諦めるわ」
諦めが良くてありがたい。
「でも、必ず生きて帰ってくるって約束して」
いつにない口調のイヴェリア。
顔を見ると、とても真剣に俺を見据えていた。
良くも悪くも年相応って感じで、いつもの凛々しさを感じさせるイヴェリアとはまた違う表情を見せている。
「余からも、約定を結びたいところであるな」
そんなイヴェリアと同じくなのか、ケレブレスも続いた。
「警戒はしますが、あの迷宮で死ぬことはありえませんよ。だから遊びに行った子どもが帰ってくるのを待つ感じで居てもらえるとありがたいです」
イヴェリアとケレブレスに分かってもらえたところで俺は食糧などの準備を始める。
準備期間は一週間と短い。
これまでの旅で使用してきた食糧の補充を中心に作業を進めるわけだけど、ここはエルフの森の郷。この郷にある食材でしか携行食を用意できない。
おかげでこの森のエルフの民の食生活をかなり理解できた。
基本的に彼らの食生活の中心は木の実などの豆類で、その他にルッコラみたいな葉を生で食べることが多い。
畑は無いに等しいほど小さく、森で自生する可食植物を採取して食べるか、または、それを備蓄する。
生で食べられれない野菜は茹でるなどの調理をするが味付けはあまりしない。
エルフであっても生き物であるから塩が必要だと思うが、聞けばドワーフが治めるモリア王国から少ないながら輸入をしているのだそうだ。
俺の前世の知識ではエルフは肉が苦手らしいけど、この世界では森のエルフの郷ではウサギを狩猟して細々と食べている。
どうも大型のイノシシや牛の類はこの森には存在せず、五百年ほど生きるエルフでも食べたことがないと言うほど珍しいものだそう。
森の中では狩りで穫れる鳥も限られていて、入手できる肉の種類も量も少なく、口に入る機会がないために、肉類に苦手意識が芽生えるのだと、悠久の時を生きるハイエルフのケレブレスは教えてくれた。
「余は肉も好きだ。この森では胡椒や香草には困らないが、塩が手に入らないしのう。肉も小型の動物ばかりでは民に行き渡らずどうしても偏った食生活になってしまう」
そういうことなら、バハムルから生きた牛や羊と塩を定期的に送ってやろうと思うのだが、それは全てが片付いてからだな。
全てのシナリオを消化して、俺が生き残って、その後の生活を快適にするために、ヤるべきことは山積みなのだ。
予定通りに旅の準備は済み、一週間が経った。
この旅はダンジョンに入れば、実質一日で終わる。
ダンジョンに入る時と出る時に注意が必要なミッションだ。
「では、行ってきます。二週間後には戻りますから」
俺は戻る時期を明確に伝えることにした。
そうすれば心配も軽くなるだろうと考えたのだ。
「迷いの森に戻ったら直ぐに案内を出すからな。だったら十日もせずに戻ってこれるだろう?」
「迎えがあるのなら、助かります」
「ん。森は余の監視下にある。そう心配はしておらぬが万が一もあるからの。気を付けて行って参れ」
ケレブレスが直々に俺を送り出してくれた。
この森の女王だと言うのに、ありがたい話だ。
「シドル。心配はそんなにしていないけど、気を付けて。シドルが戻るまで待ってるわね。いってらっしゃい」
イヴェリアはそう言って俺に抱き着く。
もう以前みたいな、表情があまり動かないから冷たい印象のイヴェリアって感じじゃない。
俺はイヴェリアの頭を撫でると
「行ってきます」
イヴェリアの耳元で小さく囁いた。
「ん……」
と、イヴェリアが俺に巻き付く力を一瞬、強めて身体を離す。
「本当に気を付けるのよ?何かあったらフィーナに顔向けができなくなるんだから」
「分かってる。じゃあな」
俺は大樹の麓を出て、迷いの森へと歩みを進めた。
迷いの森は初めて入った時よりも遥かに楽だったし、思いの外、景色が幻想的で心が踊る。
【気配察知★】で探ると魔物どころか動物も居ない。
なのに、鳥などの鳴き声が響いていたりガサガサと生き物が植物を擦る音がするのは、精霊や妖精たちの悪戯に依るものだろう。
ここに自生する草花は強い毒がある。
外から来るものの命を飲み込む森なのだ。
これが人間から亜人と称されるエルフたちの自衛手段だということが肌身に染み渡る。
携行食を消費しながら迷いの森を歩くこと五日。
何事も無く抜けた。
直ぐに人の気配を感じたので【認識阻害★】を発動させて人の目を避けて深淵の迷宮を目指す。
やはり、王国軍だ。
魔物もそれなりに多く、迷宮外に出ているのはハイオークやオーガ、トロールを中心とした強力な群れ。
見るからに王国軍の被害は少なくなく、予想していたよりずっとエターニア王国軍が劣勢に立たされていた。
「大丈夫かッ!」
聞き覚えのある頭にキンと響く鬱陶しい声がする。
アルスだ。
アルスは三人の女を引き連れた四人パーティーの構成で行動していた。
聖女ハンナと、金級冒険者のエリザ・ギルバリーで、もう一人はナナ・ノーナだな。
で、今、アルスの後ろでお漏らししているのがエルミアだ。
───
名前 :アルス
性別 :男 年齢:14
職能 :勇者
Lv :43
︙
───
アルスのレベルが低い。
これではいくらスキルがあったとしてもダンジョンボスを倒すのは難しいのではないか。
───
名前 :ハンナ
性別 :女 年齢:14
身長 :153cm 体重:43kg B:76 W:57 H:79
職能 :聖女
Lv :42
︙
───
名前 :ナナ・ノーナ
性別 :女 年齢:19
身長 :148cm 体重:41kg B:74 W:57 H:82
職能 :魔道士
Lv :49
︙
───
名前 :エリザ・ギルマリー
性別 :女 年齢:21
身長 :157cm 体重:46kg B:75 W:56 H:80
職能 :戦士
Lv :47
︙
───
パーティーメンバー全員を見るとバランスは悪くない。
───
名前 :エルミア
性別 :女 年齢:294 種族:エルフ
身長 :162cm 体重:44kg B:72 W:52 H:74
職能 :アーチャー
Lv :60
︙
───
エルミアはさすがに長命種のエルフだけあってレベルが高い。
なのになんでこんなところでヤられるんだろうって考えたら何十、何百もの魔物に囲まれて矢筒に矢が残っていない。
攻撃手段が無い上に退路がなかったのか。
アルスがエルミアの前に立っているだけで戦闘は終わる。
エリザとナナが次々と魔物を倒している。
数が減ったところでアルスはエルミアを抱えて深淵の迷宮に逃げ込んだ。
俺も彼らの後ろに付いて行きダンジョンへと進入。
彼らはダンジョンに入って直ぐの場所にあるセーフティーゾーンでイベントが発生するのでそこからしばらく動かない。
俺はそんな彼らを通り過ぎて迷宮の奥へと急いだ。
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