王都にて

(何故、私はあんなことをッ!)


 女王陛下に向かって剣を手に取るとは──。

 エルミアは悔やんだ。

 だが、取ってしまった行動を取り消すことはできない。

 人間という汚れきった存在を聖地に招く事という言動を、それが例え女王であろうと、エルミアはエルフとして許せなかった。


 結果として森のエルフの女王の怒りを買い、女王の側近たちの手によって、エルミアたちは迷いの森の外に放り出されてしまった。

 森のエルフの郷から拒絶された彼女たちは、森の民たちの許しを得られるまで、迷いの森を抜けて郷に入ることはできない。


 ケレブレスはハイエルフで森のエルフの女王。

 ハイエルフはエルフの支配者階級であり、王は常にハイエルフの間から選ばれる。

 だと言うのに、エルフの民を蔑ろにして、同族と言えるエルフが立ち入ることが許されない奥の間に穢れた人間を案内するなど、許されるはずがないとエルミアは憤った。

 ハイエルフの中で最も魔力が高く精霊に愛されているという理由で女王に選ばれたケレブレスは、ハイエルフを含むエルフたちから見て下品で浅ましい外観の持ち主。

 森のエルフの王としては歴代で最も高い能力を持つケレブレスではあるが、その見た目によりエルフの民からの支持は薄かった。


 森の民は大樹の麓の魔素を頼って【精霊魔法】を行使する。

 迷いの森の外に追いやられた彼女たちはエルフの種族技能とも言える【精霊魔法】を行使がままならない。


(人間のくせにッ!)


 悔しさが滲む。

 彼女たちは魔素の濃度が濃い場所を求めて森の中を彷徨った。


 それから数日。

 エターニア王国の国境付近にまでエルミアの分隊は移動をしていた。

 食糧は森の草花や木の実を食べ何とか生き長らえているが、それもいずれ限界に達する。

 そんな時に見つけた、魔素溜まり。

 樹海の入口に近いダンジョンである。

 数千年前の森のエルフの王によって封じたとされているそのダンジョンの封印は弱まっていた。

 ダンジョンの中から漏れ出る魔素。

 彼らはそこに野営を張り、空高く昇る月の光がダンジョンの扉を照らした時、エルミアは扉の封印を解いた。


───ゴオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーッ!


 唸り声に聞こえるほどの大きな音が周囲に響き扉の封印が解かれると魔物の群れが一気に飛び出す。


「魔物か──────ッ!」


 エルミアは後ろに飛び退いて距離を置くと、彼女の前に分隊の精鋭が割って入った。


「エルミア様ッ!」


 分隊長のエルミアを囲んで彼女を守るエルフたち。

 彼らを取り囲むのはオーガやハイオーク、ミノタウロス、ケンタウロス、トロールと言った大型の人型魔族である。

 オーガが金棒でエルフたちを薙ぎ払い、ハイオークが吹っ飛んで倒れるエルフを捕まえて噛み付く。

 ケンタウロスがエルフを突き刺して絶命させると、トロールが死体になったエルフを丸呑みにした。

 十人の分隊は次々と魔物の餌食となり、残るは二人。


「エルミア様!ここはどうかお逃げくださいッ!あとは私が引き付けます」


 残った女性の兵士がエルミアに矢筒を投げつけてから短刀を構え、魔物の群れに飛び込んだ。


「フィンドゥリル!」


 彼女から投げつけられた矢筒を掴み取ったエルミアは「くっ……」と呻いてその場から逃げた。



 数日後。

 エターニア王国の王都エテルナにある王城は宦官たちが忙しなく右往左往としていた。


 国境付近でスタンピードが発生。


 魔物の大群がダンジョンから溢れ出て、王国領と大樹海を隔てる関所が魔物の攻撃を受け続けていた。

 第一報から、王国は援軍を編成して早急に向かわせているが、急いだため準備が間に合わなかった貴族も多かった。

 現在は第二軍を編成している真っ只中。

 そこにファウスラー公爵家の領兵も含まれている。

 その中に【勇者の再来】と称される英雄アルスが居る。

 短い期間ながら数多くのダンジョンを攻略したとして名を挙げたアルス。

 小規模ながらスタンピードを収めた実績もあった。

 そうして【勇者の再来】の二つ名が広まり、今回編成された第二軍にもその名は轟いている。


 第二軍の派兵に伴い王城では幹部たちによる会議が開かれていた。

 そこにファウスラー領兵軍の軍長を勤めるロッド・ファウスラーが同席。

 彼はスタンピードを収めるため、魔物の群れの発生元となっているダンジョンの攻略にアルスを推していた。


「陛下、恐れながら申し上げたく思います。発言を許可いただけますでしょうか?」

「ロッド・ファウスラー。述べよ」

「はっ」


 ロッドは言った。

 アルスは現在一組規模、または、一班規模の編成で行動し、多くのダンジョンを伍長として攻略。

 最近ではレベル40程度のダンジョンを踏破し、その際にレベル50のダンジョンボスを撃破。

 そうした報告をした。


「うむ。それで適任と申すか」

「はっ。ただ、聖女も随伴し、攻略にあたっております故に今回も聖女ハンナの同行を許可いただきたく思います」


 勇者や聖女と言った職能はレベル以上の働きをすると伝えられているが、今日に至るまで、まさにその通りの実績をアルスとハンナは残している。

 今回のダンジョン攻略にも適任だと、誰もが判断する材料となった。


「うむ。良かろう。では、ダンジョンの入口までの活路を総力でもって切り開き、アルスを中心としたパーティーを先頭にダンジョンを踏破を目指すか」

「私もそれが最善であると提言いたします」


 国王陛下に続いて多くの貴族やロッド以外の軍団長から賛同の声が相次ぐ。


「では、決まりだな。ロッドよ。出発の前に我が前にアルスを連れて参れ。これまでの実績を踏まえ、平民のままでは面目が立たなかろう。騎士爵を授ける」


 国王はロッドにアルスとハンナの謁見を願い出た。


「はっ。承知いたしました」


 ロッドは国王の命に応じた。



 父の名を借りて専属騎士の募集を出したフィーナ・エターニア第二王女は応募された書類に目を通していた。

 城内はアルスを慕う声を聞く機会が増え、それをフィーナに伝えた者たちを彼女は遠ざけている。

 確証はないが嫌な予感を感じ、その直感に彼女は従った。

 フィーナは百名を超える応募の中で三名の女性候補を選んで面接に応じる。


(サラ・ファムタウ、ローザ、カレン・ダイル……この三名ね)


 面談は三日に分けて実施。


 一日目。

 サラは王国の近衛兵で王城に勤務する女性騎士。

 応募の理由を聞いたが、的を得なかった。ただ、アルスに対する憧れが強く信用ならない。

 それにフィーナの左手の薬指に嵌められた指輪が汚染を感じさせる赤色に染まっている。

 この人、私と敵対しそう。そんな理由で彼女を諦めた。


 二日目。

 ローザは南方の村の出身ということだったが、申告されたステータスを見ると明らかに不自然。

 そこで低レベルの鑑定のスクロールを使用した。


───

 名前 :ローザ・バルドー

 性別 :女 年齢:20

───


(偽名か……バルドーは帝国の貴族とか高家の出なのか?)


 真っ黒だった。

 雇い入れて泳がせるのも策だと考えたが何かあった時に内通を疑われては致し方ない。

 そんな理由で彼女を諦めた。


 三日目。

 カレン・ダイル。

 申告内容がまずおかしい。

 レベル99って何?とフィーナは怪しんだ。

 詳しく知りたくなったフィーナはかなり高価な鑑定のスクロールをカレンに使う。


───

 名前 :カレン・ダイル

 性別 :女 年齢:16

 身長 :165cm 体重:47kg

 職能 :剣聖

 Lv :99

 HP :19700

 MP :9900

 VIT:985

 STR:985

 DEX:100

 AGI:397

 INT:495

 MND:988

 スキル:魔法(火:8、土:8、風:8、水:8、光:8)

     無属性魔法:4、詠唱省略:8

     剣術、盾術、斧術、棒術、槍術:8、弓術:4、体術

     物理カウンター

───


 鑑定が告げたのは彼女の申告が真実である。ということだった。


「マジです?」


 思わず聞いた。


「はい。本当ですよ。間違いありません」


 カレンの返答を聞いたフィーナは自身の左手に視線を落とす。

 左手の薬指に嵌められた指輪は和やかな漆黒をたたえている。


(これ、採用しても良いのよね?)


 ただ気になることが一つある。


「バハムル男爵領に住んでらしたんですか?」


 フィーナはシドルがバハムル領の領主代行に着任することを伺っていた。

 その後、シドル死亡の一報があり、その後の情報は途絶えている。

 そこにやってきたバハムル領からの応募者。

 フィーナは逸る気持ちを押さえることが出来ず、カレンに訊いた。


「はい。生前の父が生前のバハムル男爵と知己の仲で父の死後、お世話になっていたんです」


 カレンは自身のことは包み隠さずフィーナに言う。

 シドルからはふたりきりなら話せることは話して良いと言われている。

 今は使用人の控え室に誰か居る気配がするから細かくは言えないけど言葉を濁す程度なら問題ないと考えていた。

 それから矢継ぎ早に訊かれることにもカレンは快く答えていく。


「カレン様のお父様は、ガレン・ダイル准男爵で合ってたかしら?」

「はい。よくご存知で」

「良かった。合ってたわ。あまり聞かない名前だからうろ憶えでね」

「あはは。辺境伯領でもそうでしたからわかります」

「一応、爵位は受け継いでらっしゃるんでしたね」

「はい。バハムル男爵が継いでおけと仰っていたので手続きは取りました」

「そう。バハムル男爵が亡くなられた後はどうされてたんです?」

「しばらくの間は村長と一緒に何とか領地を運営してましたが、私では知識が乏しくて難しかったです。今は代行がいて、彼が良く統治してくださってるので、私が社会勉強のために領地を出て就職活動ができるくらいに助かってますよ」

「わかったわ。こんな関係ない質問に答えてくれてありがとう」

「いえいえ。いろいろ気になることもあると思いますから、答えられる範囲ならいくらでも聞いてください」

「そう言ってもらえると私も助かるわ。あ、ちなみに武芸以外に趣味などございます?」

「料理ですね。料理が好きなんですよ。家事もだいたいできますから、護衛だけじゃなく身の回りのお世話もある程度はできますよ」


 カレンはイヴェリアと過ごしている間に貴族の振る舞いを良く教わった。

 脳筋のカレンとイヴェリアは見た目こそお転婆少女と高貴な貴族のご令嬢と正反対だが、内面は全く同じである。

 だが、イヴェリアはフィーナのことも気にかかり、専属騎士に応募するならと宮廷マナーのありとあらゆる作法を空いた時間に叩き込んだ。


「カレン様。一応訊きますが採用となった場合、いつからこちらで働けますか?」

「えー、一応一ヶ月ほど宿屋に泊まれる程度の持ち合わせはあるので一ヶ月以内ならいつでも良いですよ」

「明日からでも?」

「はい!」

「では、私はお父様に報告をしますから、明日、同じ時間に登城いただけます?」

「承知いたしました。では明日、お伺いいたします」

「はい。今日はありがとう」


 それから、フィーナは晩餐時に父親のジモン・エターニア国王に専属騎士を決めたことを報告した。


「カレン・ダイルか。良い人材を見つけたな。彼女の父のガレン・ダイルは武芸に秀でた平民の兵士だった。先代の王の我が父が男爵を授けようと思ったが周囲の反対に圧されて准男爵に留まったのだ。そうかガレン・ダイルの一人娘か……」


 反対されることなく国王の許可を得て正式に採用が決まる。

 ちなみにガレン・ダイルが多くの功績を残した戦で参謀を勤めたのが平民上がりの学者で叩き上げのゼノン・バハムル。彼もまた周囲の貴族に圧されて王都から最も遠い僻地に封じられた。


 侍女であれば准男爵と言う身分は大きな枷になるが、騎士ということであれば准男爵と言う平民に近いとは言え爵位を持っているのは優位である。

 採用後に実力を示せばより高い地位への登用も出来る。


 ジモンはそう考えたが、正常に思慮を張り巡らせられたのはこの日が最後だった。


 翌日。

 カレンが登城してフィーナを尋ねると、フィーナは応接室に彼女を通して採用を伝えた。


「はあ…。良かったです。ありがとうございます。フィーナ殿下」


 あまり丁寧語を使わないカレンにフィーナは不思議と不敬に感じなかった。


「寝泊まりは私の従者の控室でお願いね」

「今日から私、王城住まいということですかね?」

「そうなるわ。私の専属の騎士よ。場合によっては侍女みたいなこともしてもらうけど良いわよね?」

「ええ、それは構いませんが、い……(じゃなくて)、最近習ってはいたんですけどお作法というのがどうも覚束なくてですね……」

「それは私が教えるから良いわよ。どうせ私、暇ですから」

「そういうことなら、お手柔らかにお願いしますね」

「はい。承りましたわ。それから武器と防具は王家から支給します。勤務中は支給した剣を帯剣くださるようにお願いしますね」

「わかりました。でも、良いんですか?私に武器を持たせちゃって」

「私が良いと言っているから大丈夫。何かあったら私が命令するし、そのときは私が責任を取るわ」


 そうして採用後の説明を始めると、カレンは頭にピリッとした何かが刺さる感触が走った。

 フィーナも違和感を感じて左手の薬指の指輪を見ると今まで以上にないほど真紅に光り輝いている。

 城内の雰囲気がガラッと変わった。


「殿下、大丈夫ですか?」

「はい。ちょっと頭が痛みますが何とか」

「これ、精神攻撃ですよね?状態異常を伴う……」

「わかるんです?」

「ええ、ダンジョンに潜ってるとたまにあるんですよ。精神MNDが高くなってからはそうでもないんですけどね」

「こんなこと、おかしいわよね?」

「城内でこんな精神攻撃みたいなのは異常ですねー。ただ、精神支配系だと誰も何とも思わないものだから耐性が無い人に被害を訴えても信じてもらえないですよ?」


 フィーナは既にこの精神攻撃の発信元に勘付いていた。

 似た事象をイヴェリアの決闘の時にもあったからである。

 そして、それを諸共せず正常を保つカレンを頼もしく思う。


(彼女こそ今の私の従者として最適ね)


 こうしてカレンは正式にフィーナ付きの専属騎士として勤務することが決まった。



 一方、謁見の間では簡易的にではあるが叙爵式が行われている。


「───ウミベリ村のアルスに騎士爵を授ける。今後はアルス・ウミベリと名乗るが良い」


 玉座に座る国王が手渡された羊皮紙の記されたとおりに読み上げ、爵位を授けた。

 アルスは玉座から離れた場所で片膝を付いて頭を下げ、国王の拝命を賜る。


「貴様には此度のスタンピードによる魔物の襲来の国防の要として勤めてもらう。見事、役目を果たした暁には、相応の報奨を約束しよう」


 ジモンは目の前で頭を下げる少年に大器を感じていた。


(この者は大きくなる)


 アルスのスキル【主人公補正★】の影響により、アルスが成人し、功を上げ続ければフィーナの婿に迎えるのも吝かでないと考え始めている。

 本来の王家の人間であれば、こういった出世した貴族のもとに嫁がせるなどありえない。

 だが、凌辱のエターニアⅣのフィナーレでは国王はフィーナの婿として迎え、後宮に招いたことでアルスはフィーナの姉のリアナやジモン自らの妻のマリーとの関係を持ってしまうのだがそれはこれより先の話。

 ジモンはアルスの未来に多大な期待を抱いてアルスを送り出した。


 この極端に簡略化した叙爵式を速やかに終え、王国の第二軍は直ぐ様に王都を発った。

 アルスは一ヶ月弱の行軍の後、凌辱のエターニアⅡの最後の舞台。深淵の迷宮へと挑む。

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