ソフィ・ロア
再びやってきたイーストヒルタワー。
道具ポーチから鍵を取り出して地下階層へと潜る。
以前、ここに来たときはレベルが足りなくてヒヤヒヤしてたけど、バハムルでパワーレベリングをしてきた今の俺には余裕だった。
地上部五階層、地下二十階層。
ダンジョンボスはレベル60のストーンゴーレム。
履行技を【
地上に戻るついでに【多重処理★】を試したけど、これは悪くない。というか強い。
そうしてイーストヒルタワーは地下階層へと繋がる扉の鍵を開けたまま、次の目的地へと向かった。
一ヶ月ほどかけて王都周辺のダンジョンを見て回り、必要そうなものをある程度回収をしてから、バハムル領に戻ることにした。
カレンと一緒にバハムル領を出て二ヶ月と少し。
これで俺はしばらく平和に過ごせるな。そう思っていた。
「こんにちわ。おかえりなさい」
「え? えーーーーーーーッ!」
小さくて貧相な領城に帰ると待っていたのはソフィ・ロアだった。
「どうしてここに居るんですか?」
「タスク様のご様子が気になったのもありますし、バハムルって冒険者組合がないからどんなところか行ってみたくなったんです。それで来ちゃいました」
悪びれない顔でニコリと癒し系の笑みを向けてくれた。
けど、いや、なんで?
メインヒロインがここに来ちゃダメでしょ。
「あー、ちなみにイヴェリア様とカレン様は森に行ってらして、一週間ほど留守にしてます。シドル様が帰ってきたら出迎えてと頼まれたのでここにいるんですが……」
「それはわかりました。冒険者組合はどうしたんですか?」
「冒険者組合なら辞めちゃいましたよ。バハムルって良いところですよね。カレン様と料理談義で盛り上がったんですが、ここの素材がとても良くてお肉もお魚も野菜もとても美味しいんですよ。イヴェリア様からも許しを得たのでここにお世話になることにしたんです」
何だこの、暴走列車みたいに猪突猛進というのか唐突というのか。マイペース?
いや、それでも女の子一人でここにエターニア王国の端っこまで来る胆力も凄いけど、どうしてそうなった感が半端ない。
「それにしてもタスク様って偽名だったんですね。組合では偽名も摘発できる嘘を見破る魔道具があるんですけど、登録されたときに魔道具が検知しなかったんですよね。それも凄いです。シドル様ってどんな方なんですか?」
タスクは前世の名前だから、グレーだけど嘘にはならなかった。
登録するときに魔道具に引っかかったらシドルで登録するつもりだったけど、そうはならなかったんだよね。
「まあ、いろいろあったんですけど」
「冒険者さんですからいろいろありますよね。わかりました。詮索はしません。お世話になりますから嫌われたら困りますし」
と、右頬に右手をあてて首を傾げるソフィ。
癒やされる……。
「立ち話も何ですから、ささ、入りましょう」
俺はソフィに先導されて居間に入った。
「あ、あとローブをお預かりしますよ。お着替えを先に済ませるようでしたらどうぞ」
まるで亭主を迎える妻みたいな。そんな接し方だ。
こういった扱いを受けた経験がないから気恥ずかしい。
着替えを済ませて居間に戻ると、ソフィは食事の準備を始めていた。
「なんかすみません。客人なのにいろいろしてもらって」
「いいえ。客人じゃなくて、私、ここで働かせて貰うんです。使用人ですよ?
イヴェリア様にも許可を戴けましたし、カレン様にも許しをもらってますから」
「じゃあ、後は俺の意思次第ってこと?」
「そうなりますけど、イヴェリア様が許可されている時点でシドル様なら大丈夫だとカレン様に聞いてますし……」
「確かに、ここに来た時点で帰すって選択肢はないからなー。わかったよ。ここの使用人ということでお願いします」
「はいっ!任されました!」
ソフィ・ロアがバハムル領の領村の屋敷の使用人になることが決まってしまった。
台所仕事に戻ったソフィをそのまま置いて、俺は自室に戻り、道具の手入れを済ませて再び居間に降りてダイニングのテーブルの席に座る。
テーブルには俺の座った席に一人分の料理が並べられていて、ソフィは台所で何か作業をしていた。
視界に入るところにソフィがいて、お腹が空いてるだろうに俺が一人で食べても味気ない。
いつも、皆で一緒に食べるから、ソフィともそうしたいと思い声をかける。
「あれ、ソフィさんは食事は良いんですか?」
「私は使用人ですから主人とご一緒するわけにはいきませんよ」
「良いの? ここに来てからはここにいる人は皆で食べてたので、せっかくなので一緒に食べませんか?」
「逆によろしいんですか? シドル様って廃嫡されたと伺っていますが勘当されたわけではないんですよね? ですから身分もありますから憚られると言いますか……」
「イヴェリアが言うには、バハムルは王都と違って、身分の違いを持ち出して遜ったり差別するのは不毛らしいですよ。それにソフィさんだって貴族の子でしょう?」
「そうですね……。たしかに郷に入れば郷に従えと言いますし……。
わかりました。そう仰っていただけるなら私、シドル様と一緒にご飯、食べます」
テーブルに並べられた料理はそれなりに手の込んだものだった。
カレンに教わっただろう料理だったり、ソフィの料理と言った感じのものもある。
ソフィは自身の配膳を済ませると俺の真正面に腰を下ろして向かい合う。
テーブルの上にもふっとおっぱいが落ちる。
おっきいって凄いな。
「いただきます」
と、食事を摂り始める。
正面にはミルクとチーズの麦のリゾット。
主菜は川魚をハーブで焼いたものに、野菜の付け合わせ、それとスープというシンプルなものだった。
それぞれを口に運んでみたら、どれも美味しかった。
カレンの手料理に慣れてしまってるからすっごく美味しいというわけではないが、これはこれでとても美味い。
どちらかと言うと純朴でシンプルな味付けって感じだ。家庭的な味というのかそんなふうで。
味を確かめていたら、ソフィが真剣な眼差しで真っ直ぐに俺を見ていた。
「お味、どうですか?」
「美味しいよ。落ち着く味って言えば良いのか」
ソフィはほっと息を吐いて、自身も食事を摂り始めた。
「美味しいって言ってもらえて良かったです。カレン様の料理と比べられちゃうと全く歯が立ちませんからね」
「そうかな。これはこれで俺は全然良いと思いますよ」
例えるならカレンの料理は元気になる味で、ソフィの味は素朴で癒やされるって感じ。
見た目が癒し系なら料理も癒し系。素晴らしい。
「ところで、シドル様。お聞きしたいことがあるんですけど宜しいですか?」
食事が落ち着いたところでソフィが質問を投げかけてくる。
あらたまって訊くくらいだから長い話になるのかな。
「ああ。良いですけど」
どうも、ソフィとはですます調で返してしまうな……。
「まず、シドル様って死亡なさったと聞いていたんですが、遺体は見つかってませんし、バハムル領に赴任する発令は伺ってましたけど、その後のことは何もわからないんですよね」
「そうだね。俺は王都を出るときに暗殺者に狙われてね。それから身を隠しながらここで領主の代行をしてるんです」
「そうだったんですね。聖女ハンナとファウスラー公爵家の領兵見習いのアルスと学院でいざこざがあった話は伺ってるんですけど、その時に聞き及んだシドル様の人物像と、今目の前にいらっしゃるシドル様の人物像がとてもかけ離れていて、どちらも信じることができませんでした。それで冒険者組合で接したタスク様だと考えると腑に落ちたというか、噂で聞いたような方じゃないって分かったんです」
「それはどうも………」
「それと、イヴェリア様のことです。どうして生きてらっしゃるんですか?
遺品があって死亡認定されてるんですよ?
それを聞いたらシドル様が救ったとか言ってましたし、乙女の純情のほとんど全てをシドル様に奪われたとか仰ってましたし、イヴェリア様に何か致したんですか?」
おー……。
イヴェリアさん。一体貴女は何を言ったのですか。
「イヴェリアは倒れているところを拾って保護したんだよ。意識が戻らなかったからバハムルに連れてきたんだ。まあ、一種の連れ去り? みたいなものだよね」
「その割にはイヴェリア様は随分と幸せそうにしてますよ?」
「そうなら良いんですけどね」
「で、ですよ。どうやって助けたんですか?
もしかしてですけど、急に現れたり存在が希薄になったりするスキルを持ってるんじゃないですか?
じゃないとあんなに人が密集してる競技場から運び出せないですよね?」
おお……。ソフィさん鋭い。というのも頷ける。
スキルのせいなんだよな。
でも、ソフィさんは自身がユニークスキル相当のスキルの所持者だということを知らない。
「これから話すことを口外しないと約束できるなら、ソフィさんのことも含めて包み隠さず説明させてもらいますが、約束できますか?」
「私のことはさておいて、冒険者組合を辞してこの辺境のバハムルまで来たんですよ?
言うまでもないと思いません?」
「なら、口外しないということでお願いしますね」
「ええ、もちろんですよ」
ソフィはニコッと笑って頭を傾げた。
たゆんと揺れる大きなおっぱいが素晴らしい。
それから包み隠さず、これまでのことを説明した。
「そうだったんですね。だったら納得しました。それにしてもイヴェリア様の下のお世話までしてたとは。それはもう夫婦だってことにしないと受け入れられませんよ!それはイヴェリア様は乙女の純情を奪われたって言いますよ。ちゃんと責任を取ってあげないとダメですよ?」
ソフィに言われると、まあ、なるほどなとも思うけど。
死ぬはずの人間を救い出して連れてきてる時点で腹は決まってる。
責任は取るつもりだったんだけど……。
と、考えていたらソフィが言葉を続ける。
「それで、私のことってなんですか?」
「スキルのことです。俺、【鑑定★】が使えるので……」
ソフィさんのステータスや★の付いている職能まで説明した。
「……それで納得できました。人より気配に敏感だったり逃げるのが得意だったのはそういうことだったんですね」
パーティーコマンドでメンバーになるメインヒロインのステータスを見られるのとは違い、こちらの人間は自身のステータスを確認する方法がわからないらしい。
「そんなに簡単に信用して良いんですか?俺はあのシドル・メルトリクスですよ。傲慢でキモくて醜いクズで最弱のシドル・メルトリクスですよ?」
「私にとっては
ソフィにとって俺はシドルではなくタスクとしての心象が勝っていた。
「組合員証には出身がバハムル領となっておりましたので、気になったから調べてみたんです。冒険者組合は各領の各市町村にありますが、バハムル領にはひとつもないんですよね。そしたら、タスク様がどうして金級冒険者のクランを一人も殺さずに単独で検挙できる実力を身に付けたのか知りたくなりまして、それで王都の冒険者組合を辞めてきちゃったんですよ」
とは言っても、彼女はゲームの……何ならⅢとⅣのメインヒロイン。
それも数少ない巨乳キャラだ。アルスは巨乳が好きみたいだけど大丈夫なのか?
「それと冒険者組合を辞めたのは、去年からシドル様と同じくらいの年齢の男の子でウミベリ村のアルスという子が冒険者になってるんですが、その子の目がとても厭らしくて気色がわるかったんですよ。その子、女の子を連れてきてるのに口を半開きにしておっぱいばかり見るものだから、カウンターに立ちたくなかったんですよね。それにその子の応対をしていると頭に突き刺さってくる何か強い刺激ですっごく痛くなるんですよ。ここ数ヶ月くらい付き纏ってきてたんで嫌になったというのもあって、すっきりしたくて、タスク様が育ったという王都から最も遠い辺境のバハムルならって思ったんです」
彼女の事情もどうやらあったらしい。
それにしてもアルス……。一体何をやってるのか……。
「それで来てみたら、死んだはずのイヴェリア様がいらっしゃって、タスクなんて子はいないって聞いて、それはシドル様だと伺って……。『シドルってあのクズのシドル?』って言ったらイヴェリア様に殺されそうになっちゃいましたし、何とかカレン様が宥めてくださって助かりましたけど、とっても苦労したんです。偽名と嘘で騙した責任、取ってくださいよ?」
ソフィさん。こんな主張が強いキャラだったのか。
ゲームだとステータスが低くて使いにくいから、多くのプレイヤーがパーティーメンバーに含めなかった抜き要員でしかないという評価だ。
前世の俺、こと、
だから好んでパーティに加えてた。
『その節は大変お世話になりました』
と、口に出てきそうなほど前世の俺は彼女を好ましく思っている。
戦闘で役に立たないという使いにくいキャラだった彼女。
凌辱のエターニアⅣではパーティのメンバーに含めると移動速度が早くなるという救済が図られた。
「ソフィさんの事情はわかりました。なんというか、大変だったんですね」
「おっぱいは男性だけじゃなく女性にも見られるのでもう諦めてるんですけど、付き纏われたり執拗に迫られたりするのは流石に怖いですよ」
対面に座るソフィさんが両手で両乳を下から持ち上げておっぱいを強調する。
そんなことを目の前でされて目が釘付けにならない男はいるだろうか?
心中お察ししますとでも言いたいが、おっぱいについて言及するというのは二人きりのこの状況では居た堪れない気持ちになる。
手の位置を戻したソフィさんはまだ言葉を続けた。
「ここは過疎地なのに若い女性が何故か多いですし、安心できます。良い村ですよね。治安も良いですから──といえば、ダンジョンですよ!ダンジョン、どうしてあるんですか? 未報告ですよね?」
バハムルの森の奥地にある、俺たちがバハムルの森と呼ぶダンジョンは九十階付近まで攻略が進んでいる王国に未報告のダンジョンだ。
発見したら冒険者組合を通じて報告する義務があるのだが、バハムル領には組合がない。
それを良いことに報告をしていないんだけど、ソフィさんも気が付いたらしい。
「俺がここに来たときにすぐ発見しました。でもここには冒険者組合が無いので報告義務がないと判断してそのままにしています」
「ああ、そうですよねー。でも、どうしてバハムル領に冒険者組合を作らないんでしょう?」
その疑問は俺もイヴェリアも持っていたけど、バハムル領は男爵家の領主が拝領して封じられた開拓地。
有り体に言えばそうだけど、きっと煙たがられて王国から追い出されたんだろうね。
発展の見込みがないから冒険者組合もここに事務所を建てない。
そんな感じだろう。
「まあ、組合がないなら報告できませんもんね。一応、領内の近くの冒険者組合に報告した後、組合が国に情報を提供するという取り決めですから、領内に冒険者組合がないのだから報告する必要が無いというのはそのとおりですね」
「分かってもらえて良かったよ。ダンジョンについてはしばらく黙認してもらえるかな?」
「もちろん良いですよ。と言うより、組合がないんじゃ対応しようがありませんから当然です!」
ソフィさんのお墨付きももらえたから、ここのダンジョンはそのままで良さそうだ。
変に報告が上がって無謀な冒険者を増やすよりは全然マシだ。
なにせ魔物のレベルが高すぎる。
外から来たって森を越えるので精一杯だろう。
会話を通して満足してもらったことでソフィさんは気持ち良く家事に戻った。
それから数日の間、イヴェリアとカレンが戻る迄、ソフィさんと二人きりで過ごしたけど、エッチなことは何もなかった。
メインヒロインの一人とは言え、イベントの手順を踏まないとエロい展開にはならないんだね。と俺は安心する。
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