濫觴

 イヴェリアが決闘で死んだとされてしばらく──。

 エターニア王国の王都エテルナにある王立第一学院は高等部の生徒を多く失ったというのに既に忘れ去られた過去となり、今では平静を取り戻していた。


 新学年を迎え、最弱と揶揄されていたが当代最高の天才だったシドル・メルトリクスが放校され、魔法に長けた魔女と称されたイヴェリア・ミレニトルムが決闘により死亡、さらにフィーナ・エターニア王女殿下は


「私はもう学院に通うことはないわ。退学にしてくれて良いわよ」


 と、退学届を学長に直接叩き付けたが受理はされておらず休学扱いとなっている。


 エリート中のエリートたちが通うSクラスに聖女のハンナや勇名轟く新鋭のアルスが配属されるのではと期待はされたが、彼らは学問が非常に苦手だった。

 二人は二年目もDクラスである。


 そんな二人は学院では仲睦まじく、身を寄り添って登下校をし、人前だろうと憚らず、風紀を乱す行動ばかり取る。

 だが、ここは所詮エロゲの世界。

 アルスに呵責を求めるものは誰一人として現れることはなかった。


 アルスの生活は乱れて始めている。


 ファウスラー公爵家の邸宅敷地内にある領兵宿舎に住んでいる彼は、昨年の夏に聖女ハンナと初めての行為を済ませて以降、アルスの持つユニークスキル【絶倫★】によって滾り続けるモノを、自由気ままに奮っていた。


 日中の学校内では様々な女生徒に手を出し、放課後はハンナの住まいがある大教会に立ち寄っては行為に耽るという日常をアルスは送っている。

 だが、それではアルスは満たされず、大教会からの帰りがけにすれ違った女性や、店の女性を見れば見境なく声をかけ多少強引にでも事に及んだ。

 また、休息日には、多少の小遣い稼ぎも必要であったため、冒険者組合で依頼クエストを受託して真面目に取り組む一面を見せることもあったが、依頼主が女性であったり、受付の女性であったり、将又、冒険者の女性であったりと、少しでも言葉のやり取りすると直ぐに手を付ける悪癖を晒し続けている。


 アルスの私生活において唯一独りで過ごす場所。

 それは、領兵宿舎。

 夜、食事の時間前に宿舎に戻って用を済ませると、アルスは退屈で持て余していた。

 そこで、同じ年のルーナ・ファウスラーである。

 アルスが宿舎で世話になってからルーナと親しくしていたが、まだ幼さを残している見目好いルーナを、アルスは何度か誘い出すことがあった。

 その度に──、


「ごめんなさい。アルス様と二人で過ごしたいのは山々ですが、私はファウスラー公爵家の娘で、婚約者のいる身。アルス様とは言え、男性と二人きりで過ごすわけにはいきません」


 と、ルーナは断る。

 だが、アルスはそれでは納得がいかないと食い下がることが増えると【主人公補正★】が働き、ルーナの回りの女性に変化を及ぼすこととなった。


 この【主人公補正★】という強力なスキルを持つアルスでも、それが効かない、或いは、効果が弱い場合があった。


 前者は王家の女性たちで、ファウスラー公爵家夫人のサレア・ファウスラーの誘いでお茶会が春の前に開催されたとき、アルスも同席をしたのだがその時の王妃や王女には全く効果が無かった。

 このお茶会にはフィーナも誘われたが彼女は参加していない。

 後者は身近なところで、ドラン・ファウスラー公爵、そして、シーナ・メルトリクスである。

 シーナ・メルトリクスはお茶会に参加したときには【主人公補正★】の効果が切れつつあったが、その場で【主人公補正★】により修正され、再びシドルを敵対視した。

 これにより何ヶ月もの間不仲だったドルム・メルトリクスとシーナは無事に和解を果たしたという。


 アルスのスキルの効果が薄いドラン・ファウスラー公爵。

 彼は今まさに屋敷内に味方が居ない四面楚歌という状況に近かった。


 ルーナへの誘いを断られ続けたアルスは、彼女の傍らにいる一人の女性に目をつける。

 ドランの妻、サレア・ファウスラーだった。

 アルスは昂る気持ちを押さえることが出来ず、サレアを誘い出す。

 サレアへの誘いは見事に成功し、アルスは彼女を領兵宿舎の一室に連れ込んだ。


 屋敷内に味方が居ないドラン・ファウスラーは、妻のサレアがアルスの手に落ちたことを知ると、酷く絶望した。

 ドランは激しい嫉妬に狂ってアルスを殺したいと思うほど憎んだ。

 しかし、屋敷内の人間の大半はアルスに好意的で、サレアがアルスに夢中になるのは当然だという風潮が広まっているため、ドランは荒れ狂う感情を抑え込んで耐え忍ぶ。


(何故、こんなことが──ッ!!)


 ドランは感情の高ぶりを堪えて冷静を装い、アルスを含む領兵宿舎に留まる領兵たちへファウスラー領内の迷宮攻略を命じることにした。

 表向きは体良く、本心としては屋敷からアルスを追放したかったためである。

 向かわせる先はファウスラー領内の中級レベル向けのダンジョン。

 領兵の訓練とレベリングという名目であるため、領兵のみでは戦力が心許ない場合のために、冒険者を雇っても良いと言う許可も付けた。


(これで引き離せるだろう)


 と、ドランは思っていたが、そうは上手く行かない。

 サレアが──、


「私、領都の屋敷に用事があるので、しばらくそこに留まるわ)


 と、言ってきた。

 彼女の侍女たちも、サレアの言葉に賛同し、また、周囲の領兵や騎士たちもサレアの味方となる。


『王都に留まって欲しい』


 と、言おうと思っていたが、これではドランの心が狭く帰省すら許されないと言った風評を生み出す可能性を、周囲の使用人たちの表情からドランは垣間見た。

 ドランは渋々承諾する。


 それからドランは残された子どもたちと王都で生活を続けた。

 愛する妻を寝取られ、絶望のドン底に突き落とされたと、人生を嘆くドラン・ファウスラー。


 胸の中にぽっかりと大きく空いた穴は埋まることがなく、行き詰まった彼の心は、これ以上に大きく揺らぐことはなかった。



 ルーナは【主人公補正★】の効果が弱まってから、調子が悪い日々を過ごしている。

 何をしても婚約者だったシドルのことが頭の中を過ぎってしまう。


(私はアルスを愛してるわ)


 そう心に言い聞かせてもどうも気持ちに芯が感じられず、自分はルーナ・ファウスラーという人間ではない。

 と、そう思えて仕方がなかった。

 だからなのか、決まって──。


(でも、やっぱり私は──)


 アルスへの気持ちが弱まって、過去に想ったその人が脳裏に映る。

 幸か不幸か、そんな折にアルスの出兵が命じられたのだ。


 ある日、アルスが執拗に迫ってきたとき、


「ごめんなさい。アルス様と二人で過ごしたいのは山々ですが、私はファウスラー公爵家の娘で、婚約者のいる身。アルス様とは言え男性と二人きりで過ごすわけにはいきません」


 と、そう伝えて断り続けていたが、ある時にアルスはとんでもない言葉で返してきた。


「だったら俺のコレを慰めてくれる優しいお嬢様を差し出してくれないか?」


 場所はルーナの私室。

 アルスのしつこい誘いに根負けしてアルスを部屋に招いたのはルーナだが身体を許すとなればそれは別の話。

 そうした押し問答の末、一人の侍女が身を差し出した。


「でしたら、私がその勤めを果たしましょう」


 ナナ・ノーナと言うその女性はまだ十九歳でつい先日、ルーナの侍女に就いたばかり。

 ナナはアルスに【主人公補正★】の力で心酔しているが、物語ではメインヒロインの一人として登場している。


「おう、じゃあ、頼むわ。俺の部屋で良いよな?」

「はい。畏まりました。アルス様。参りましょう」

「ごめんなさい。ナナ。頼みました」

「はい。ルーナ様。私がしっかりとご奉仕いたしますからお任せください」


 ルーナは自分に仕える侍女をアルスに差し出す体を取ってしまった。



 学院を退学──したつもりのエターニア王国の第二王女、フィーナ・エターニアは王都内をくまなく調査をしていた。

 ときには騎士を使い、時には暗部を使う。

 そういったことをしていたが、どうにも要領を得ないときも少なからずあった。

 最初は信頼できても、後から信用ならない言動をし始める。

 結果、調査結果の報告が虚偽かもしれないと疑わざるを得なく、再度調査をする。

 そういったケースが度重なって起きていた。


 フィーナにはいくつか気になっていたことがあった。


(シドルの指輪──)


 これを鑑定士に見せたが鑑定不能だった。

 それは【鑑定:8】では鑑定できないレアリティの高い貴重品なのではないか。

 いつも肌見放さず左手の薬指を飾る【力の指輪マナ・リング】。


 それほどまでの希少品。


(伝記とかに残ってないかな?)


 王族にしか出入りできない書庫。

 フィーナはそこで書籍を漁った。


 良く似た記述を見つけたときは歓喜した。


「【力の指輪マナ・リング】……?」


 古文書に描かれ挿絵はシドルの指輪と酷似している。


「あらゆる邪気や悪霊から身を守る効果がある強力な指輪。過去に世界で三つしか確認されていない。漆黒の宝玉は絶対的な守護力の象徴とも言える──邪気が強くなると真紅に輝く──」


 シドルは私を今も守ってくれている……?

 フィーナはシドルからこの指輪を受け取った時のことを思い出した。


『できれば、可能な限り身に付けていてほしいかな……綺麗でしょ?』


 貰ったときは黒い宝石……と引いたが、見れば見るほど目が離せず心が吸い込まれてしまいそうになった。

 不思議と怖さはなく、温かく包み込まれる感覚すらあったのに、フィーナはなくしてしまったら辛くなりそうと言う理由で自らのタンスにしまい込んでいたのだ。


(じゃあ、学校で赤くなったのも、イヴェリアの決闘で真っ赤になっていたのも、この指輪が守ってくれていたっていうこと?)


 実のところ、【力の指輪マナ・リング】に関係なく、今のフィーナはアルスのスキルの影響を受けることはない。

 指輪の効果が分かったことで、フィーナはシドルが守ってくれていると思い込んだ。

 赤く変色するという目に見える作用があるからなのだが、今の時点ではアルスの【主人公補正★】の効果はフィーナの精神性の高さにより最終的にはレジストに成功する。

 とは言え、この凌辱のエターニアでは、状態異常はステータス値によるレジストよりも早くアイテムの効果が先に発揮するため力の指輪の漆黒の宝石が変色するのであった。


 【力の指輪マナ・リング】の効果を知ったフィーナは、その指輪が彼の存在をより一層強く感じさせる結果を生む。


(シドルがいつも私を守ってくれている)


 そう思うと、フィーナは彼に抱き締められて包みこまれる感覚に陥り、彼を想うと胸の奥がギュッと締め付けられると感じて感情が強く昂った。

 すると、意図せず涙がボロボロと零れ落ちる。


(本を汚してはいけないわね)


 知りたいことが一つ分かり、フィーナは満足した。

 だが、まだ知りたいことはある。


「信頼できる護衛か暗部が欲しいわ。護衛だったら城の外に出ても問題がなくなるものね。しばらくは私の騎士になりえるものを探さなければね」


 それからフィーナは父親である国王陛下に頼み込んで騎士を公募することにした。



 場所は変わって、バハムルの森のダンジョン。

 大魔女として覚醒を果たしたイヴェリア・ミレニトルムは、家で大人しく主の帰りを待つと言った従順な乙女では無かった。

 食糧を準備し、単独でダンジョンにダイヴする。

 以前は復讐のために一人でダンジョンに潜ることが多かった。

 だが今はダンジョン攻略が趣味の一つになりつつある。

 今の目的は【スキル結晶】を使用して身に付けた【詠唱省略★】に慣れることと光属性魔法の熟練度上げである。


(食べ物が無いからとにかく五十階は突破しないといけませんわね)


 【職能クラス:大魔女★】のイヴェリアは★が付くユニーククラスの恩恵で魔法に関しての成長が早い。


(なるほど。シドルはこれであんなに強かったのね)


 イヴェリアは【詠唱省略★】の感覚に慣れてくると、詠唱による術式に頼って魔法を構築するイメージを捨て、自身の魔力オドを用いて魔素マナを操作することで現象の発現を心掛けた。

 いつか、シドルが軽く創造性がどうのと言っていたその意味をイヴェリアが理解しつつある。


(シドルは初等部の頃にはこれを知っていたというの?一体それはどこで?)


 イヴェリアはシドルを敬っているが、それ以上に怖さを感じることがある。

 まさに畏敬というもの。

 イヴェリアはシドルが魔法を使う時の彼の様子を良く見ていた。


(魔素がこうなら、魔力をこっちに込めて……)


 詠唱を完全に省略するために、シドルの魔力の使い方と魔素の動かし方を真似て、再現を図る。

 実はこれがシドルの魔法へのアプローチと異なることをイヴェリアはまだ知らない。


 あれこれと試していくうちに、光属性魔法の熟練度スキルレベルが上がっていく。

 それに伴って、無属性魔法の熟練度も上がり、その効果の上昇具合に感動を覚えた。


 彼女はゲームでは最初の作品のラスボスで、レベルが極めて高く、王国一と言うべき魔力の強さ。

 そんなイヴェリアは熟練度の低い光属性魔法であっても並のアンデッドを瞬殺する。


 そして、五十階層を越えるとイヴェリアはつい一年前の自分を思い出す。

 イヴェリアにとってこれがダンジョン攻略の醍醐味。魔物を倒し、切り裂いて解体し、焼いて食べる。


(ああ、でもたまに毒があったりするのよね)


 火属性魔法で焼けば毒性は薄れるが、それでも、毒にかかることがたまにあった。


(やはり光属性魔法を覚えたのは良かったわ。シドルのおかげね。でもシドルに状態異常回復と中級以上の回復魔法を教わらなければ今の私にはできないみたいだわ)


 イヴェリアには現状の課題も自覚していた。

 それと同時にこうも思う。


(魔法だけの勝負ならシドルに勝てそうだわ。そう言えば剣だけならカレンはシドルに余裕で勝てるのよね。カレンはもっと武芸を学ぶべきだと思うのよね。バハムルに留めておくには勿体ない人材だわ。一度でも良いから王都で騎士を勤めてみたら良いでしょうに……)


 イヴェリアはこの頃から、カレンを王都で学ばせたいと思い始めていた。

 王国最強の騎士。と言う誉れを持ってバハムル領に凱旋すれば良い。

 そうすればバハムルの発展に間違いなく寄与する。


 イヴェリアはバハムルでの生活を大変気に入っていた。



 エリザ・ギルマリーは冒険者。

 彼女は貴族の出だと言うのに結婚をせず家出同然で生家を飛び出し冒険者として活躍している。

 特徴はこれと言ってなく、あえて言うなら器用貧乏。

 それでもソロの冒険者として上り詰められたのは一つのことで秀でるものはないけど一人で何でも出来たからだと自負していた。

 彼女は今日もソロで中級ダンジョンの攻略をしている。

 今回は王都の南東にあるファウスラー領の領都ファウスルフォートに近いダンジョンだ。

 獣系統の魔物が多く、食材として重宝することから持ち帰ると高値が付く。


(大型の魔物を一体持ち帰れたらそれで良いかな……)


 魔物を倒して攻略を進め中層に到達すると、彼女の耳に戦闘音が届いた。


「回復!回復!」

「ポーションはもうないぞ!」

「アルス!行けるか!?」

「俺はまだ行けます!」

「済まない!アルス。時間を稼いでくれ!機を狙って撤退しろ!」

「わかりましたッ!」


 エリザは気になって様子を見に行くとそこは魔物部屋。大量のバイソンの群れていた。

 道すがら何人もの男たちとすれ違ったが「ファウスラー領兵か……」と彼らの鎧を見て理解。

 訓練か何かでダンジョンに潜って魔物部屋に入ってしまったのだろう。と、エリザは察した。

 その魔物部屋には少年が一人残り見事な戦斧捌きで次々とバイソンを殺していく。


(巧いな……)


 とはいえ、一人では分が悪い。

 バイソンの攻撃がアルスを掠め始めると、次第に動きが鈍っていくのが分かった。


「神よ……かの者に癒やしの祝福を与え給え……」


 詠唱をしてからエリザは魔物部屋に突入し、バイソンに剣を突き立ては抜いてを繰り返しながらアルスへと近寄った。

 アルスの身体に触れて中級回復魔法をかける。多少の傷はこれで癒えるだろう。


「加勢させてもらうね」

「ありがとうございます」


 エリザは美しい剣技でバイソンを倒していく。

 魔法も使えるエリザは詠唱を織り交ぜながらバイソンの頭を剣で狙い、土属性魔法で石の礫を見舞ってと、大量のバイソンを一気に仕留めていった。


「お姉さん、お強いですね」

「キミこそ強いじゃない。急所だけを狙っていくそのスタイル。良いと思うよ」


 アルスは思った。


(胸はないけど、良い女だ……)


 アルスのユニークスキル【主人公補正★】はエリザにも充分に効いていた。

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