バハムル領
バハムル領の領主代行に着任した数日はカレンと書類の整理を中心に働かされた。
俺は働くのが嫌いだから辛かった。
考えてみれば俺はまだ誕生日を迎えていない12歳の少年。
働くのはまだ早いはず!
「代行、領内を見て回りましょうか。紹介したいところ多々ありますし、いかがでしょう?」
「そうだね。バハムルのこと、何も知らないから教えてもらえると助かるよ」
「では、案内しますから、早速行きましょう!」
俺は領城から引っ張り出された。文字通りカレンが俺の手を引いて。
領城を出るとメインストリートと呼ぶには貧相な土を固めただけの道路の両脇に雑に掘っ立て小屋が立ち並んでる。
ざっと見る限り領城の周りに村民が集中している感じだ。
「先ず、村民の代表にご挨拶しましょうか」
カレンは俺の手を引いたまま村を突っ切って歩く。
道すがら、様々な領民にカレンは声をかけられていた。
「あら、カレン。旦那さんかい?」
「良い子を連れてるねえ」
大半は冷やかしだたったけど、カレンは「領主の代行様だよ。王都から来てくださって今、案内してるんだよ。あとで紹介しますね」と明るい声で答えていく。
そして村の中央にある大きな井戸に着くと、カレンは俺を置いて井戸からほど近い家のドアをドンドンと叩いた。
「ジョルグさんジョルグさん、領主の代行さんが来たのでご挨拶お願いします」
それから、村の代表のジョルグが井戸のある広場に出てきて、さらに俺とカレン、それとジョルグを中心に村人の人垣ができる。
「はじめまして。シドル・メルトリクスです。この度、こちらの領主代行をしばらく務めることになりました。よろしくお願いします」
俺は胸に手を当てて頭を下げた。
すると壮年のジョルグも挨拶を返してくれる。
「はじめまして。今は村の代表をさせてもらっているジョルグです。代行様は随分とお若いのですね。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ジョルグは片膝をついて頭を下げた。
「シドル様はメルトリクス公爵家のご子息ですから、皆様粗相なさらないようにお気をつけてくださいね!」
カレンがジョルグの他に集まった村民の耳に届く大きさで声を出し、言葉を続ける。
「数日、一緒にお仕事させてもらいましたけど、さすが公爵家のご子息で王都の貴族様でして、とても優秀なお方なので子どもに見えるからって軽んじないようにお願いしますよ」
それから、カレンのはからいで集まった村民に挨拶をした。
しばらく彼らから村の生活について聞き出して、その他にも井戸のある広場を中心に何箇所か回ってみた。
村外れにもいくつかの小さな集落があり、そこでは畜産や畑作が行われていて、麦や野菜といったものを作っていると知る。
領城に戻ったのは日が傾きかけた夕方だった。
「村を見ていただきましたがいかがでしたか?」
居間の粗末なソファーに座っていると、カレンも少し離れたところにある一人掛けのソファーに腰を下ろす。
「思ってたより人が居て驚いたよ。過疎地って聞いてたからもっと少ないかと思ってた」
と、率直に思ったことを返した。
「ここは土地が良くて農作物がよく実るんです。税金も高くありませんし、牛や山羊、羊なんかも飼ってますから、たしかに王都から離れていてエターニア王国の端っこで不便かもしれませんけど、食べ物には困らないので良いところなんです。それで領民も少しずつだけど増えてるんですよ」
見て回った感想そのまんまだった。ちょっと改善したい場所もあるけれど、税金は安いと言うより、辺境伯領とバハムル男爵領を隔てる峠道が荷車や馬で越えるには過酷すぎて税の徴収に不向きなんだよな。
ここの税は辺境伯領に届けているけどこちらから荷車を用意したとしても運べるのは微々たるもの。で、収めるのは貨幣や農作物ではなく、畜産物を辺境伯領に届けているのだとか。
「民が豊かだというのは良いことだね」
「他に何か気になるところとかありました?」
「んー、そうだね。衛生面はもっと改善するべきかな。水も井戸だけじゃなくて湖や川を使っても良いし、あとトイレを作りたいね。あー、あと森の探索をお願いしたいかな。森の奥のどこかにダンジョンがあると思うんだよ」
「いっぱいありますねえ。それにしてもダンジョン……ですか……?」
俺が頷くとカレンが口を開く。
「では、村の猛者を編成して探索しましょうか。衛生面とかそういうのは私にはわからないのでシドル様におまかせしちゃっても良いでしょうか?」
「分かった。ダンジョンの捜索はカレンに任せるよ。俺は村の改善を進めるから」
「はい!承りました!村の者は今は手が空きがちなものも多いのでビシバシ使ってやってください」
カレンの同意が得られたから、翌日から取り掛かることにした。
翌日。
朝食を食べてから村の広場に暇を持て余している村民を集めた。
ちなみに朝食はカレンの手料理で、これがとても美味しい。朝はパンと卵とベーコンみたいなヤツだった。昼は多めに食事を取って夜は軽めに食べるか何も食べないと言うのがこの村の食生活っぽい。
そんなわけで広場に集まった村人たちに今後の方針を説明した。
領城を中心にした区画の整備と上下水道の設置。それと各戸にトイレや風呂場の設置までができれば───というところだ。
この村は親の家が手狭になると近くに雑に掘っ立て小屋を建てていく。現在進行系で建てられているのもあるくらいだ。
とにかく使いやすさを確保しておきたいと思ったのでメインとなる道路の幅を広く作り、居住区と商業区に分けて区画を作ることにした。
バハムル領南部の峠道から伸びる道を幹線としてそこからいくつかの道路を設け、左右に広がる商業区、居住区と木の杭を打ち込んで決めていく。
俺がそうして村の整備計画を立てている間に、カレンは探索メンバーを募って森に入っていた。
彼女は人望も厚くて纏めるのが上手い。どうしてこんな子がこんなところで燻ってるのか。
身分もあるんだろうけど、バハムルという辺境の僻地で育って出世の機会がなかったんだろうね。
彼女は准男爵家の娘でここは男爵家。彼女から聞いたところによると、カレンは一人っ子の一人娘で両親が早世し、父親と親しかったバハムル男爵の世話になる。それが四年くらい前らしい。
その後、今から三ヶ月前に世継ぎ不在のままバハムル男爵が亡くなって領地と小間使いのカレンだけが粗末な領城に残った。
バハムル男爵は未婚だったんだとか。まあ、貴族で平民から娶るわけにもいかなかったのかもしれないけれど、やりようがあったんじゃないのかね。
それでも、この僻地をここまで作り上げた手腕は素晴らしい。特に畜産業においてはこれをこのまま王都に持っていっても通用するほどの品質だ。
辺境伯領に税として納めた畜産物は辺境伯領内で換金されて消費されているのだと思うけど、恐らくこれは目玉が飛び出るくらいの高額で取引されているのが想像できる。
前領主は僻地に封じられていたなりに領地の特性にあった運営を行っていて、それをカレンも手伝っていたということだな。
で、カレンは男爵に与えられた経験によって成長し、領民に頼られ引っ張っていける優秀な人材に育った。
それが【職能:剣聖★】だもんな。俺が剣聖として十分に育て上げたあとに王都でどれほどの才能を発揮するのか試したくなる。シドルとしての人格は間違いなくそう言ってる。
村の女達が用意した昼食を取ると午後は誰が何をするのかを決めることにした。
俺の【鑑定★】で見るだけなんだけどね。パッと見て土属性魔法の熟練度が1でもあれば区画整備と道路工事に割り振った。
余ったものは森で木を伐採して村に持ち帰る。湖岸で砂を集めたり、山で石を削ったりそうして資源を収集して溜め込んでもらうことにする。
現場の指揮はジョルグに任せることにした。せっかくの村長なのだから、しっかりと役割を果たしてもらおう。
それからしばらく──。
(今頃、王都の学院は夏休みの真っ只中か……)
夢を見て起きた。
イヴェリアは今頃、パワーレベリングしてんだろうなー。
ゲームでは夏休みに入って直ぐにダンジョンに籠もってるはずだ。
ここでレベル60まで一気に上げている。どんだけ魔物を倒し続けたんだよってくらい短期間で急激に上げていた。
そして、アルスは初体験イベントだ。それが終わってからNPCとのエッチが解禁されて一気に抜きゲーになるんだよな。
処女じゃなくなったハンナは聖女としての力を弱めてしまうけど、冬休みの前に衝突して言い合いをしてる内にハンナが煽るんだよな。
それでイヴェリアの逆鱗に触れるんだよ。それでイヴェリアが決闘を申し込んじゃうんだよね。
『私はお前を殺すためだけにここまで生きてきたッ!恥も外聞も捨て、魔物の血肉を食らい、死物狂いで力を付けてきたのよ。今こそ復讐を果たさせてもらうわ!私と決闘なさいッ!』
決闘に至るシーンでイヴェリアが言うセリフだ。
テキストには【大魔女イヴェリア】と表示される。
これで一対一ならイヴェリアは絶対に負けないはずなのだが、何故かここでアルスがしゃしゃり出てくるんだよな。
・聖女を助ける
・聖女を見守る
選択肢が出るのだ。『聖女を見守る』を選ぶとバッドエンドとなるが『聖女を助ける』を選ぶと初作のラスボス戦となる。
まあ、それはまだまだ先の話ではあるけれど。
それにしても、ここはエロゲの世界とは思えないくらい平和だ。
村の女性を見ると好感度や性癖なんか出てくるけれど、ドロドロしてないもんな。こんな空気に浸かっていたらいろんなことを忘れてしまいそうだ。
領村の近く、森の奥にあるダンジョンは一週間ほどで見つかった。
ダンジョンが見つかった場合、速やかに王家に報告をするという決まり事があるのだが、この領村には冒険者組合もないから報告は省略。
最深部まで到達してお宝をゲットするまでは領内での秘匿事項に決めた。
それからは俺とカレンを中心に上級ダンジョンでレベリングを始める。
俺は聖女を助けるつもりは無いけれど、イヴェリアは何が何でも助けなければならない。
今はそのためにレベル上げのためにダンジョンへのダイブを繰り返した。
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