そうだ。トンズラしよう。

 翌朝。

 珍しく侍女が起こしに来た。


「起きてください」


 だが声は冷たい。

 その声の主はリリアナだった。


「旦那様に言われてこれをお持ちしましたから、速やかに屋敷から出て行ってください」


 どうやら俺の両親は見送らないみたいだな。

 そうか。

 親しいと思っていた人間に冷たくあしらわれるというのは心が酷く痛い。

 まるで自分の存在が嘘みたいに思える。

 乱雑に投げ捨てられた父さんの書簡。


 【ドルムの書簡:バハムル領主代行着任令】


 試しに【鑑定★】で見てみたけど、どうやらちゃんとした書簡らしい。

 俺は打ち捨てられた書簡を拾ってから、急いで着替えを済ませるとそのまま家を出た。


 俺はバハムル領に向かう。

 バハムル領はメルトリクス公爵家の寄り子ではあるが領地としては辺境伯領の更に向こう側にある。

 メルトリクス領はグランデラック湖の西部湖岸に沿って王都の北西に位置している。そのメルトリクス領の西に隣接するのが辺境伯領でその北側の一端にバハムル領が小さく存在する。

 世継ぎが出来ず領地の継承を行えなかったため寄り親のメルトリクス家が管理するという名目ではあるが実態は放置だ。


 王都を出たところで【気配察知★】にひっかかる敵意。


(この気配はリリアナ・ログロレスか)


 一定の距離を保って機を狙う彼女。俺を暗殺するつもりか。

 誰の差金?父さん?それとも母さん?

 それほどまでなのか……。これが好感度ぜろというものか。


 それから数時間。

 相変わらずリリアナは一定の距離を取って追尾している。

 どこかのタイミングで仕掛けてくるはず。恐らくもうすぐかな。人が少ない場所はそこしかない。

 そして、予想と違わぬタイミングで本当に仕掛けてきた。


 一気に距離を詰めると、ヒュッと後ろから俺の胴体を目掛けてクナイが飛んできた。

 まあ、避けるよね。


 当たらなかったと見るやリリアナは両手に短刀を持って俺に切りかかってきた。

 短刀の刃が濡れている。毒だな。

 もしかしたらクナイにも毒が塗られてたのでは?

 ということは、ゲーム中でもシドルは刺客を送られて暗殺されそうになっていたのでは?

 そうだとするならば、シドルはリリアナが投擲したクナイを避けきれず毒を食らって倒れでもしたか。それでも死なずに生き延びて、凌辱のエターニアⅣのラスボスとして現れたのはきっとデブだったからだな。

 デブすぎて致死量に至らなかったんだろう。

 だとすると今のシドルだと掠っただけで死に至るということだ。


 ヒュンヒュンと唸るリリアナの剣戟。

 俺よりもずっと速いから避けるので手一杯。


 しょうがない。


 胸の内で言葉を紡いでいたら、リリアナの開いた目が俺を捉えた。

 つまり目が合った。

 あ、これを使おう。


 俺は【詠唱省略★】を有効活用する。

 光属性魔法を使う。


 ピカッと俺の顔の前で強烈な光が弾けた。

 直前に俺は目をがっつり閉じて後退り、目を背ける。

 俺を凝視していた彼女はどうだろう?

 目が痛くなるくらい眩しかったに違いない。

 そう思って彼女を見ると、リリアナは目を押さえてブンブンと短刀を振っていた。


 そうだ。トンズラしよう。

 俺は【認識阻害★】を使って、その場から逃げた。



 リリアナの襲撃以降は非常に快適だった。

 馬がないから徒歩で向かっているので、早く行くこともできるしゆっくりすることもできる。

 まあ、でも、早く行ったほうが良いんだろうね。


 歩いている間。リリアナについて考察をしてみた。

 リリアナと言う名はゲーム中には登場しない。

 シドルが追放された後に言及するテキストも存在しない。

 凌辱のエターニアⅢでは、メルトリクス公爵家に入ることができ、シーナ・メルトリクス・エターニアとジーナ・メルトリクスを凌辱するシーンが見られる。

 勇者アルスがシーナと事に及ぼうとすると、彼女が大声を出すため、選択肢が出てくる。


・声を封じて黙らせる

・謝罪して止める


 ここで『声を封じて黙らせる』を選ぶとシーナは二度と出現せず、『謝罪して止める』を選ぶとシーナのエッチシーンはなく、再度話しかけると同じ選択肢が出るだけ。

 つまり、母さんのエッチシーンは『声を封じて黙らせる』でしか見る術が無く、その後、母さんは登場しない。

 ジーナはその後もメルトリクス公爵家に行けば何度でもできる。回数を重ねると愛くるしくせがんでくる。そんなジーナが可愛くて凌辱のエターニアⅢで最も人気のあるNPCとしてプレイヤーに愛された存在となった。

 こういったエッチシーンは回想としてタイトルから選択できるギャラリーに記録されるから、コンプリート目的で凌辱をするんだけど、今となっては実の母親と妹だからね。思い浮かべるだけでも心がギチギチと痛む。

 話はリリアナに戻り、その凌辱のエターニアⅢでメルトリクス公爵家に入っても使用人や侍女は居たけど、リリアナらしい侍女は居なかった。

 凌辱のエターニアはNPCとのエッチがある都合上、どのNPCにも名前がついていて、実際にこの世界に転生したときに名前を知って感動を覚えたくらいだ。

 なのにリリアナの名前はない。

 考えられるのは俺の暗殺に失敗した証拠を消すために殺されたくらいか……。

 いつかリリアナのその後を知る機会があったらな。


 まあ、こうやってリリアナのことを考えるのはある種の気晴らしなんだよな。

 イヴェリアのことは心配だし、フィーナのことだって気にかかってる。

 両親に捨てられたみたいになって俺が辛かった。

 前世の記憶があったとしても、俺はシドル・メルトリクスでドルム・メルトリクスとシーナ・メルトリクス・エターニアの息子なんだ。

 弟のトールのことも妹のジーナのことも気がかりだし。


 人生詰んだという絶望感はやはりキツかった。



 歩き続けること二週間。

 ようやっとバハムル領に到着。


 たぶん普通に歩いたら二ヶ月近くかかっちゃうんじゃないかというくらい遠かった。

 人目が無ければ無属性魔法を効果的に使ってペースを稼いだからこの早さで到着できたのだ。


 それにしても、さすが、王都から最も遠い僻地と聞いただけはある。

 山、森林、川、湖という景色だ。

 領民、千人も居ないんじゃないかってくらい家が少ない。

 領城は二階建てでほんのちょっと立派なだけで生活要件を満たしていないだろうっていうレベルだ。

 こいつは厳しいな。

 それでも、楽しみにしているところもある。

 このバハムル領の森の奥には上級ダンジョンがあるはずなのだ。

 シリーズ最弱のラスボスと言われたシドルだが、レベルを上げるために追放先でダンジョンに潜り続けたというテキストがあったからだ。

 そして、この領地には後に王国最強の騎士と呼ばれる有望な人材が居るはずなので、早々に見つけ出したい。

 凌辱のエターニアⅣでの彼女はアルスがシドルと対峙する前に戦うボスキャラだったが、シドルにとっては数少ない味方である。


 ともあれ、先ずは領城に入ろう。

 領主代行として赴任したことを伝えなければいけない。


 小さな領城に入ると、中は静まり返っている。

 だが、手入れはされているみたいでエントランスホールはとても綺麗だった。


「すみませーん」


 と声を張り上げると「はーい」という可愛らしい声が返ってきた。


「ごめんなさい。ちょっと今、手が離せなくってー、少し待ってもらえますー?」


 そんな訳で俺は待った。


 しばらくして──。


「ごめんなさい。おまたせして」


 パタパタとスリッパの音を立てて歩いてきたのは俺より少しばかり背の高い少年みたいな美少女だった。

 彼女は俺を見るなりこう言った。


「なんだー。子どものいたずらじゃなーい。ダメよー。忙しいのに邪魔しちゃ!メッ!だよ?」


 ウィンクして俺に人差し指を立てて向ける。

 なんて無礼な奴だ!などとは思わない。

 彼女も少女なら俺も少年。


「忙しいところすみません。実はこの書簡を持ってきたんです」


 俺は少女に書簡を見せた。


「わ、メルトリクス公爵様のものじゃないですか!開けても良いですか?」

「ああ、かまわないよ」

「じゃあ、開けますよ?」


 少女は書簡を開けて読む。

 字、読めるんだな。

 その間、俺は少女を【鑑定★】する。


```

 名前 :カレン・ダイル

 性別 :女 年齢:14

 身長 :163cm 体重:47kg B:80 W:57 H:82

 職能 :剣聖★

 Lv :5

 HP :900

 MP :500

 VIT:45

 STR:45

 DEX:6

 AGI:21

 INT:25

 MND:48

 スキル:魔法(火:1、土:1、風:1、水:1)

     無属性魔法:1

     剣術:5、盾術:1、斧術:5、槍術:2、弓術:2、体術:3

 好感度:20

 ︙

```


 いきなりか!と思うのは仕方ない。彼女こそ、王国最強の騎士だった。

 それにしても職能クラスが【剣聖★】だったのか。上位の職能だからある程度鍛えないと職能に嵌まらないはずなのに彼女の職能についている★は間違いなくユニークという意味合いだ。

 属性魔法四種に無属性魔法まで使える。

 俺よりも二歳年上の彼女はステータスを見る限りまだ弱いが職能の効果でレベルアップでの成長率は凄まじいはず。

 それに初対面で好感度が20は悪くない。過去には初対面で好感度が2というひとが居たからね。

 俺がカレンのステータスを見て頷いていたら、カレンが書簡を読み終えて俺に返した。


「わかりました。私はカレン・ダイル。ダイル准男爵家の長女でここの小間使いをしてます。領主様が亡くなってからも後任が来るかもしれないということでお待ちしてました。どうぞよろしくお願いします」


 そう言ってカーテシーをするのかと思ったら胸に手を当てて頭を下げてきた。


「シドル・メルトリクスだ。来たばかりなのでいろいろご教授くださるとありがたい。よろしくお願いします」


 俺も胸に手を当てて頭を下げる。


「では、代行様!早速仕事があるんです。こちらへどうぞ」


 俺は早速執務室に手を引かれて連れて行かれた。

 いやー、書類の山がこんもりしてる。


「領主様が亡くなって三ヵ月分、溜まってるんですよ。来て早々で申し訳ないけどお願いしまーす」

「あ、はい。わかりました」


 なんか自分のペースがうまくつかめない。

 いきなり使われて大変だ。

 なんでか彼女の言葉に従ってしまうんだよな。別に精神支配を受けているわけでないのに、聞いてあげても良いのかなと思っちゃう。


 三時間くらい働いて俺は開放された。

 俺だけじゃなく、カレンもちゃんと手伝ってくれて半分近くの書類が片付く。


「はあー、ありがとうございました。こんなに進むなんて、王都の貴族さんは優秀なんですね」

「俺は着いて直ぐにこんなに働かされるとは予想外過ぎて疲れたわ」

「本当にありがとうございます。私はお風呂の準備をしますからゆっくり休んでてください」

「休むのは良いから部屋を見回っても良いかな?」

「良いですけど、私の部屋には入らないでくださいよ?」


 カレンはそう言って執務室から出て行った。

 まあ、フラグだよな。だって俺、どこに誰の部屋があるとかわからないし。


 それにしても、着いて直ぐてんやわんやだったけど、カレンのこの性格は救われる。

 明るくてズケズケしてるところがあるけれど、キツいときでも引っ張ってくれる。今の俺には精神的に助けられる存在だ。

 それにカレンの熟練度スキルレベルはレベル5の割に高いことから、ああ見えて努力家なんだってわかる。

 鍛錬をどこかで重ねてるんだろう。本当に好ましい女性である。


 ともあれ、まずはカレンのレベル上げからだな。森の魔物を討伐しつつ上級ダンジョンでレベリングをしよう。


 この小さな領城を見て回ったけど、まあ、普通の家だよね。

 お風呂があったのは驚いたけど、二階のカレンの部屋はとっても汚かった。

 彼女の名誉のために、このことを言及するのはやめてあげた。

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