誕生日
入学式典は穏便に閉式し、いざ帰ろうとしたらフィーナが俺の袖をクイクイと引っ張って引き止める。
「ねえ、今日の挨拶、どうだったかな?」
いたずらな笑顔を俺に向けるフィーナ。本当にとても可愛らしい。二次元が三次元になってもこんなに可愛いものだとは思ってもみなかったというのは、前世の俺、
入学式典ではフィーナ王女殿下が新入生の代表として壇上に上がって挨拶文を読み上げた。
「良かったよ」
単刀直入に答えるとフィーナは俺の袖を引っ張って引き寄せる。
「むーっ!それだけ?可愛いとか綺麗だったとか、そういうのないの?」
「いや、月並な言葉で称賛って散々されてるよね?」
「そうだけどー、シドルに褒められるのとその他に褒められるのとでは違うのー。ね、褒めて褒めて」
袖を乱暴に引っ張ってフィーナが
イヴェリア・ミレニトルムだ。彼女のために金色のブローチ【ラストリーフ】を取りに行ったのは良い思い出だ。
あのおかげで俺は母さんがつきっきりで外出を許されず、母さんが居ないときは侍女のリリアナが俺に付き纏った。
「フィーナ、その辺にしておきなさい。仮にも王女なのだから、こういった場所では節度を持つべきよ」
「えー、でもでもー……学院は身分関係ないって決まってるでしょう?良いじゃない」
「それはそれ!これはこれよ!シドルだって公爵家の嫡男で婚約者がいるのだから」
「それはそれ、これはこれでしょ?それにルーナはシドルの婚約者だっていうのにシドルに挨拶にすら来ないじゃない?おかしくない?」
フィーナが今まさに帰ろうとしているルーナ・ファウスラーに目線だけを向けると、イヴェリアの目線もフィーナに追随する。
ルーナはこちらを一瞥もせずに教室から出て行った。
「彼女にも何かしらの考えがあるのでしょう?」
「それでもおかしいでしょう?婚約者が同じクラスだというのに挨拶がないのよ?」
「言いたいことはわかるわ。とはいえ、私たちにすら声をかけてくださらないものね。昔は仲良くしていただいていたと思っていたのに」
ルーナとは二年くらい前まではほどほどに仲が良かったと思ってたんだけど、ある時から会話を一言も交えていない。
実際のところ会ったのだって二年ぶりだ。
ドアの向こうにリリアナの気配。
フィーナとイヴェリアの迎えも直ぐに来るだろう。
教室を出る前に彼女たちのステータスを見ておく。
───
名前 :フィーナ・エターニア
性別 :女 年齢:12
身長 :168cm 体重:46kg B:76 W:56 H:74
職能 :なし
Lv :8
HP :380
MP :1880
VIT:19
STR:8
DEX:8
AGI:31
INT:66
MND:190
スキル:魔法(火:3、土:2、水:4)
無属性魔法:2、詠唱省略:1
槍術:3、杖術:2、体術:4
好感度:100★
︙
───
名前 :イヴェリア・ミレニトルム
性別 :女 年齢:12
身長 :162cm 体重:42kg B:72 W:53 H:70
職能 :魔道士
Lv :12
HP :540
MP :2840
VIT:27
STR:12
DEX:12
AGI:47
INT:142
MND:120
スキル:魔法(火:3、土:2、風:3、水:4)
無属性魔法:2、詠唱省略:1
剣術:4、弓術:4、体術:3
好感度:90
︙
───
性感帯などは割愛。
フィーナもイヴェリアもしっかりとレベルを上げてきてる。
しかし、二人とも好感度がめちゃくちゃ高い。
俺が【鑑定★】を覚えてから見てるけど、フィーナは特に好感度:100はずっと変わってないというかいつの間にか好感度に★がついてる。これは何だろう?
イヴェリアは90〜100の間でぶれていて今は90。
イヴェリアはフィーナに対して気を使っているのか、それとも、俺とルーナとの婚約者という間柄に対する諦念で好感度を下げているのか、どちらなのか気になっている。
ともあれ、俺もそうだけど試験には実技があるのでレベルと熟練度を上げるために日々の鍛錬と魔物狩りに初級から中級向けのダンジョンを周回してパワーレベリングをしてきたんだろう。
大抵は護衛が魔物を釣ってトドメだけを刺すみたいな。
俺の場合は監視役みたいなもので、護衛よりも強くなってしまってるからね。
「両親と侍女が迎えに来たから俺は帰るよ」
「ん、また明日」
「ごきげんよう」
教室を出るとリリアナと父さん、母さんが揃って待っていた。
先程、フィーナとイヴェリアのステータスを見たからついでにリリアナのステータスも見ておくか。
───
名前 :リリアナ・ログロレス
性別 :女 年齢:21
身長 :160cm 体重:47kg B:86 W:58 H:88
職能 :斥候
Lv :25
HP :540
MP :340
VIT:27
STR:32
DEX:195
AGI:195
INT:17
MND:22
スキル:魔法(風:3、闇:5)
解錠:2、気配察知:4、認識阻害:4
無属性魔法:1
暗器術:5、体術:5
好感度:0
───
以前見たステータスから変わり映えなかったけど、好感度が
きっと今日、リリアナの好感度が0になったんだ。何があったんだろうか。
今まででリリアナの好感度が低かったのは最初の頃の2。それから二年の間、リリアナの好感度は60にまで上がってた。
最後に見たのは先週の終わり。数日前なのに、それが今は0。
どういうこと?
気になって母さんの好感度を確認する。
───
名前 :シーナ・メルトリクス・エターニア
︙
好感度:20
───
母さんの好感度も下がっていた。元は100だった好感度。親なんだから当然だと思ったけれど、ここまで下がった理由が気になるな。
そして、俺に対する態度も豹変する。両親とリリアナの三人揃って。
ただ、母さんは困惑した表情を見せていて『どうして?』とでも言いたさそうな顔だった。
それでも投げかけられた言葉は冷たく、俺はもうここに居ても居なくても良いといった存在に成り下がっていた。
そんな両親たちと合流した直後。勇者アルスと聖女ハンナがニヤニヤした顔で話している姿が俺の視界の端に映り込んでいた。
その日の夜から俺は一人で食事を取り、翌日からは全て一人で何もかもをする。
朝は誰も起こしに来ないし着替えの手伝いもない。朝食は料理人から部屋に直接運び込まれて夕飯も同じく一人で食事を取る。
ガラッと変わりすぎだろう。
それからしばらく──。
俺は弟のトールと妹のジーナ以外。というか入学式典に来た両親と俺の専属侍女だったはずのリリアナと両親の従者たち以外は俺のことをまだ気にかけてくれてはいた。
そうでなきゃご飯なんで出てこないしね。
そのおかげもあり、今では【認識阻害★】を使わずとも大っぴらに屋敷から出て冒険者組合に足を運び偽名のタスクとして活動が出来ている。
週末の休みの度に中級ダンジョンの下層でレベリングを重ねていた。
そして、イヴェリアの誕生日がやってきた。
あともう少しで夏季休暇を迎える。まもなく俺が学院から追放される事件が起きるのだ。
その日の昼。
学院が休みだからイヴェリアより手ずから受け取った招待状を携えてミレニトルム公爵家邸宅へ訪問する。
ここに来たのは俺とフィーナ王女殿下の二人だ。
そして通されたのは食堂。
イヴェリアのこの誕生日のためにミレニトルム公爵が手によりをかけて作られた料理の品々が振る舞われるのだ。
公爵家の当主だというのに手料理を自ら調理をしてご馳走をしてくれる。料理が趣味で誰かの誕生日や最近だと入学式典が行われた日も使用人に任せるのではなく自ら調理場に入って料理をした。
貴族としては変わった人だが、貴族だからゆえに料理に使われる素材が段違い。
「今日もヴィレル様が料理を作っているのかしら?」
フィーナは嫋やかな笑顔をイヴェリアに向けて問う。
「ええ。もちろんよ」
イヴェリアは楽しそうな表情をする。
きっと「お父様の料理は美味しいの」とでも言うんだろう。
「いつも、ヴィレル様の手料理を楽しみにしているよ。美味しいよね」
イヴェリアの父親、ミレニトルム公爵家の当主ヴィレル・ミレニトルムの手料理を俺もフィーナも楽しみにしている。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわね。ありがとう。シドル」
イヴェリアはパパ大好きっ子なのかもしれない。
そうした会話をして区切りがつくと、フィーナが椅子から腰を上げ、手に持った細長い木箱をイヴェリアに差し出した。
「誕生日、おめでとう。これからも仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「ありがとう。フィーナ。ふふふ。王女様直々に渡してもらえるっていうのは約得よね」
「ええ。本当に。光栄に思いなさい」
「とっても、光栄ですわ」
そう言って二人は抱擁し合う。
麗しい美少女が抱き合う姿って美しいな。
と、見惚れていても仕方ない。俺もポケットから手のひら大の木箱を取り出してイヴェリアの傍らに寄って、木箱を差し出す。
「これは俺から。誕生日、おめでとう」
「ありがとう。シドル。貴方から毎年貰っているけれど、何故か今回は特に本当に嬉しいわ」
イヴェリアはテーブルに丁寧な扱いで置いた2つの木箱をジッと見る。
「開けてもよろしくて?」
「ええ、もちろん」
「ん。是非、開けて確かめてくれ」
イヴェリアは大切そうに手に取った木箱を慎重に開ける。
フィーナがあげた木箱には金剛石を美しくあしらったネックレスが封入されていた。
「まあ、綺麗!本当にありがとう」
「喜んでもらえて嬉しいわ。イヴのそういう顔。本当に好き」
イヴェリアは表情の動きが乏しいから冷淡な印象を与えがち。だが、俺やフィーナの前では笑ったり怒ったりするし感情は豊かだ。
「フィーナ、つけていただいてもよろしいかしら?」
「言われると思ったわ。もちろん、つけて差し上げましょう。お姫様直々なんだから高いわよ」
嬉しそうにフィーナはイヴェリアの首にネックレスを飾る。
「イヴは私よりもこういった綺麗なアクセサリーがよく似合うわね」
そう言ってフィーナはイヴェリアを眩しそうに見る。
「ありがとう。フィーナ」
「いいえ。どういたしまして」
「では、次はこちらを開けるわね」
イヴェリアは俺があげた木箱を丁寧な手付きで開いた。
「まあ、綺麗なブローチね」
「ブローチだけどイヴェリアの髪に飾れるように細工を施してあるんだ」
「髪飾りということね。つけてみるわ」
フィーナのときとは違い、自分でつけた。
俺は婚約者のいる身だからな。異性にきやすく触れるのは憚られる。イヴェリアは気を回したのかもしれない。
「どうかしら?」
金色ブローチ【ラストリーフ】を髪飾りとしてイヴェリアは身に付けた。
「シンプルで本当に綺麗なブローチね。よく似合ってるわ」
「うん。凄くよく似合ってる」
ちなみにこのブローチ。装備品としてはアクセサリー枠だ。
【鑑定:6】以上でないと【ラストリーフ】という名で表示されず、【鑑定:8】でないとその効果を知ることが出来ない。
勇者アルスのパーティーで高熟練度の鑑定を使えるヒロインは最後の最後で仲間になるルーナだが、現時点のルーナの鑑定は熟練度が1。
イヴェリアに渡したブローチを看破できないのだ。
と、イヴェリアが髪につけた【ラストリーフ】に【鑑定★】を使ってしまった。
───
名前 :イヴェリア・ミレニトルム
︙
好感度:100★
───
フィーナの好感度と同じく★がついた。
この★は一体なんだろう?どういう意味があるのか知りたいような気もするし、何故か、知りたくない気持ちもある。
一瞬考え込んでいたら、イヴェリアが涼やかな声を発する。
「ありがとう。フィーナ。シドル。本当に嬉しいわ」
イヴェリアはフィーナを抱き締め、その後に、俺に抱き着いた。
彼女の頬が俺の頬に触れると、イヴェリアは俺の首元にギュッと顔を
「んっ!んっんっ!」
男性の咳払いでイヴェリアは俺を開放する。
「あ、お父様」
「まあ、良い。その様子だとイヴから抱き着いたんだな。シドルくんには婚約者が居るんだから節度を持つようにな」
イヴェリアの父親のヴィレル様だ。
「ん?髪飾りとネックレスは貰ったものか?」
「ええ。髪飾りはシドルから、ネックレスはフィーナから戴いたわ」
「そうか、どちらもよく似合ってる。良いものを戴いたな」
「はい。本当に嬉しいです」
ヴィレル様は嬉しそうにイヴェリアの頭を撫でた。
ん。【ラストリーフ】はしっかりついてて落ちないな。これなら大丈夫か。
「よし、じゃあ、食事にしよう」
ヴィレル様は大袈裟に両手を掲げてパンパンと叩音を鳴らし、ヴィレル様が調理した料理の品々を使用人に運ばせる。
その一方で、俺はフィーナに腕を掴まれて耳元で──
「ねえ、イヴにあげたブローチ、すごく良いものね。私の誕生日、期待してるから」
と、囁いてニコリと微笑んだ。顔がめちゃくちゃ近いッ!けど、これで動じなくなったのはフィーナのせいだ。
とはいえ、残念なことにフィーナ王女殿下の誕生日を迎えるころには、俺はもう王都には居ないからね。
凌辱のエターニアをそのままなぞるならば、俺は二度とフィーナに会うことはない。
だから、去年のフィーナの誕生日にはちょっとだけ良いものを差し上げている。
「ははは。頑張ってみるよ」
そう答えると「その答え方はやる気ないシドルだなッ!」と言われて耳を噛まれた。
痛い……。解せん。
と、まあ、こうしてイヴェリアの誕生日を祝うことが出来た。
ゲームのとおりに進行するなら、数日後、俺は追放される。
だから今は今で楽しんでおこう。
そして、俺は何をしてでもイヴェリアを救いたい。
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