聖女と魔女
王立第一学院中等部
十二歳になり、十三歳を迎えるこの年。俺は王立第一学院中等部へと入学する。
俺が三年間、通っていた第一学院初等部は貴族だけだったが、中等部からは貴族の推薦状を受けた優秀な平民も入学してくる。
また、初等部に在校していたからと言って、そのまま無条件に中等部に進めるというわけではなく、成績上位者のみが中等部への進級を許される。
そこに勇者となるアルスと聖女のハンナが外部入学生として中等部に入学した。
だが、ゲームのとおりならアルスもハンナもクラスメイトになることはない。
そういえば、入学式典の前にイベントがあったな。
とりあえず見に行こう。
すると案の定。俺が所属するS組の教室の前でハンナが公爵家のご令嬢であるイヴェリア・ミレニトルムの目の前を横切った。
ゲームだと「ドンッ」というフライテキストとぶつかったあとから始まるカットシーンでしか分からなかったけど、ハンナは当たり屋の如く視界の外から突っ込んで来た。
一瞬垣間見えたハンナの表情がとてもイヤな感じ。そんなだから、真面目で気位の高いイヴェリアは突然横から飛び出してきた少女に向かって怒る。
「人様にぶつかっておいて睨みつけてくるとは何様のつもりかしら?」
「もっ……申し訳ありませんッ!悪気はないんです。どうかご容赦くださいッ!」
イヴェリアは冷たい声色で静かに怒り、ハンナは地べたに這いつくばって謝罪する。
それを見つけたアルスが駆け寄ってきてハンナと一緒に謝り始める。
「お貴族様。どうか怒りをお沈めください。俺もこの通り、一緒に謝りますから」
(お貴族様って……)
アルスの口から出てきた言葉に俺は閉口した。
ゲームだと──
・仲裁する
・無視する
この選択肢で『仲裁する』を選ぶことでハンナの好感度が上がり、夏休み中に発生するゲーム中で初のエッチイベントにつながる。
アルスにとってこれが一番最初のヒロインとのイベントであり、この夏休み中のエッチイベントまでが凌辱のエターニアⅠのチュートリアル。
ちなみに。この選択肢『無視する』を選ぶとバッドエンドだ。
チュートリアルとはいえ、ストーリーは既に動いている。
この
「──侮辱かしら?
そう、侮辱されていると捉えられて当然。
そして、この『斬り捨てさせていただいてもよろしくてよ』という彼らと対峙する意思があることで、後々にもこういったやり取りが重なり、初作の最後で発生するイヴェリアとアルスたちとの決闘へと至る。
細剣の柄に手をかけたイヴェリアに彼女の侍女が止めに入った。
「お嬢様。どうかここは穏便に」
侍女の必死の形相にイヴェリアは興が削がれたのか表情を落ち着かせて息を吐く。
「分かったわ。ジュリアが止めてくださらなかったら斬っていたかもしれませんわ」
そう言い捨てて、イヴェリアは細剣を従者に預けてからS組の教室へと入った。去り際のイヴェリアと目が合ったけど。
つか、あの二人はD組。イヴェリアは俺と同じもS組だ。それにしても、ハンナとアルス──わざわざここに来て揉め事を起こす意図がわからん。
さて、このS組は王国内の優秀な生徒を集める第一学院でも更に優秀とされる生徒で構成される特別なクラスだ。
このクラスには俺の他、婚約者のルーナ・ファウスラー、先程のイヴェリア・ミレニトルム、そして、王女のフィーナ・エターニア殿下。
ざっとこのあたりはゲームでも見覚えがある。その他、ゲーム内でエッチシーンが見られるNPCが揃っていた。
「先程はごめんなさいね。貴方が教室に入るのを邪魔してしまいましたわ」
俺が教室に入るなり、イヴェリアに頭を下げられた。
「いいや。良いんだけどさ。それにしても災難だったね。入学早々ケチをつけられて」
「ええ。本当に。ですが、この手のことは慣れていますから良いのだけど……」
俺よりも少し背の高い彼女はそれはもう十二歳の少女というにはあまりにも凛として美しい。
大人になったらさぞ綺麗に育つだろう。でも、ゲームの進行のとおりであれば彼女の成長を目にすることはないんだよね……。
そう思いながらまっすぐに彼女を見る。
(この子を死なせるには惜しい存在だ)
イヴェリアはこのまま何度も聖女たちと衝突を繰り返し、最後に聖女と組んだ勇者と2対1での決闘をする。
その時の最後のカットシーンで致命的なダメージを受けて即死するのだ。
そのためのアイテムを既に入手しているから、彼女を死なせないためにもどこかのタイミングで渡したい。
少なくとも俺がこの学院を去る夏休み前までには。
彼女──イヴェリアは俺がこの世に生まれたばかりの頃からの見知った仲だ。物心がつく以前から。
シドルの最初の記憶である
幼馴染と言えばもう一人──。
「あら、ごきげんよう。お二人共随分と暗いわね。せっかくの入学式典なんだからもう少し明るく振る舞いません?」
このエターニア王国の第二王女、フィーナ・エターニア。
彼女は幼馴染、と言うより従兄妹と言うべきか。俺、こと、シドルの母親は現国王の王妹。フィーナも物心が付く前からのよしみだった。
ちなみに、フィーナとイヴェリアも従姉妹なのだ。王妃とイヴェリアの母親が双子の姉妹で少し領地が遠い辺境伯家の出なのだとか。
そういったわけで、親バカで過干渉で過保護な母親が登城ついでに俺を連れて行くものだから、フィーナとイヴェリアとは物心が付く前からの付き合いだ。
なお、このフィーナ・エターニア王女殿下は、凌辱のエターニアⅣではメインヒロインの一人である。
ラスボスのシドル・メルトリクスに誘拐されたフィーナを、主人公のアルスがシドルを倒した後に助け出してストーリーは完結を迎えるのだが、このフィーナに関してはクリア後でしかエッチシーンを拝めない。しかもラブラブなエッチは一切ないと言う、シリーズ随一のエロボディなのに全裸にすら出来ないのだから不満の声がSNSで続出した。
今、ここではにこやかに振る舞うフィーナは俺とイヴェリアの傍に軽やかな足取りで近寄る。
「あら、フィーナ。おはよう」
「おはよう。フィーナ」
フィーナの挨拶にイヴェリアと俺は挨拶で返すと、ニヤニヤした顔のお姫様が茶化してくる。
「話、聞いたわよ?聖女様とやり合ったんだってね」
「ええ……」
バツが悪いのか目を伏せて生返事を返すイヴェリアにフィーナは彼女の耳に届く音で息を吐いた。
やらかしたと思っているイヴェリアへの配慮だろうな。
「私、あの聖女が苦手なのよね。イヴみたいに絡まれないように気をつけるわ」
「………フィーナなら大丈夫でしょう?」
「あら、油断ならないわよ?あの聖女は。シドルも気を付けてね。私、シドルと一緒に卒業できないのヤだからね」
ゲームの中に転生して十年になるけど、フィーナの俺への好感度が随分と高い。
この場から離れた席で訝しげに視線を向けているルーナ・ファウスラー。彼女も公爵家のご令嬢で、俺の婚約者ということになっている。
俺が八歳の頃に国王陛下を交えた父親たちの会談で、俺がルーナと結婚することが望ましいとなり、婚約の運びとなった。
まあ、貴族だから自由に婚姻できないとはいえ、フィーナにとってはそれがとてもショックだったらしく、ルーナとの婚約が決まった時にはボロボロと大粒の涙を零して泣いて慰めるのが大変だったらしい。
そんなフィーナも王族として生まれた意味を理解してから口では言わなくなったけど、こうして態度や言葉の節々で俺への好意を包み隠さない。
とは言え『私、シドルと一緒に卒業できないのヤだからね』は盛大なフラグだよな?いや本当に、テキストや設定資料に書かれていないこととはいえ、良く出来ている。
ゲームでは一緒に卒業はできないし、最後はシドルの死後、本編のクリア後のエターナルモードと言う自由にエッチが楽しめるモードでアルスがフィーナに言い寄るが冷たくあしらわれて『無理矢理エッチ』を選んでフィーナとの初エッチを王城の一室で行う。まあ強姦なんだけどね。
そんな強引で王女の尊厳を無視した凌辱の限りを尽くすのだが、アイテムやスキルを駆使して何度も犯すわけだけど彼女だけは一向に落ちることはなかった。
凌辱を進めると『自由を奪う』と言う選択肢がポップアップするのだが、それを選ぶと四肢が欠損したフィーナとのエッチモードに発展する。
そんな状態になっても、フィーナがアルスに対して従順に応じることは全くない。フィーナとのプレイメニューに凌辱系しかないのは、どんなことがあっても心だけは快楽に染まらない、心だけはアルスのものに絶対にならないという精神の強さを彼女自身が持っているのだろう。
そんなフィーナに俺は好意を向けられている。
ゲームでは落ちることのないフィーナという美少女からそういった好意を向けられていることに対して悪い気はしない。
だけど、彼女は王族だ。異性への好意を憚らないというのは問題。なんて思っていたらイヴェリアが注意する。
「フィーナ。もう少しこう気持ちを隠すということを覚えたらいかがかしら?」
「それはムリッ!他のことは全然大丈夫なのにコレだけはどうしても隠し通せないのよね。どうしてかわかる?」
「私にわかるわけが無いでしょう?」
フィーナの返答に呆れたイヴェリアが辟易と肩を竦める。
この二人。仲が良いんだよな。
彼女たちの母親は双子の姉妹。頼りのない王都に辺境から嫁いできた姉妹だもんな。こうした繋がりでふたりとは会話が進む仲でもある。
ゲームと違って彼女たちの表情や性格を知ってしまっていて愛着というか情がある。
だから、死なせたくないし、人生に絶望させたくない。そのために俺はゲームでの知識を活かして積み重ねてきたからね。
◆
話は遡り──。
物心がついて直ぐ。凌辱のエターニアというエロゲの世界に転生したと分かった。
それもシリーズ最終作となる凌辱のエターニアⅣのラスボスに。
凌辱のエターニアⅣはⅢまでのコマンドバトル型のRPGからシステムを一新。アクションRPGとして発売され、その爽快感から人気が高まった作品だった。
だが、凌辱のエターニアシリーズの作成会社の初のアクションということで難易度が極めて低くラスボスとなったシドル・メルトリクスは多くの技を使っていたわりにシリーズ最弱のラスボスと評された。
ゲーム中、シドル・メルトリクスの人物像について語られることはない。
初出だったシリーズ初作のシドル・メルトリクスはデブで醜い怠惰で傲慢な貴族の子どもという印象だったし、ラストのシドル・メルトリクスはあらゆる属性を使いこなす多彩な魔法と数多の武芸を駆使する耐久力のないデブって感じだ。
最後は召喚した悪魔に呑まれると、勇者アルスに切り刻まれて絶命する。
そのゲームの知識を持った俺が転生した。ゲームの進行上、俺は十七歳で人生を終える。それも最悪な形で。
なのにこの俺は生身の人間───シドル・メルトリクスという生きた人物なのだ。
十七歳でなんて死にたくない。
だったら殺されないために強くなるしかない。戦える男にならなければならない。
そう、思い立ったが吉日。
俺は先ず、他人には見えにくい魔力を強化し、魔法を覚えることに注力する。
家の書庫にある魔導書を読み漁った。
本を読み理解を深め魔法を発動する。まだ、経験値を得られないから魔法を理解して覚えるだけである。
レベルが上がらないから最大MPが増えない。最大MPを超える魔法を使うことはできないからMPが足りる範囲でしか熟練度を上げられなかった。
5歳になった俺のステータス。
───
名前 :シドル・メルトリクス
性別 :男 年齢:5
職能 :なし
Lv :1
HP :100
MP :200
VIT:5
STR:5
DEX:5
AGI:5
INT:10
MND:10
スキル:魔法(火:3、土:3、風:3、水:3、光:3、闇:3)
無属性魔法:3、魔力感知:3、詠唱省略:2
解錠:2、気配察知:2、認識阻害:2
───
無属性魔法は属性魔法とは別枠でいくつかの属性を使えることで覚えられる。その無属性魔法の熟練度が2に上がると詠唱省略を覚えるのだが、無属性魔法というスキルの熟練度の上げ方が特殊でごく限られた人間しか使えない。
【詠唱省略】で詠唱を少しだけ短くできた。だが、これでは足りない。
解錠、気配察知、認識阻害は家の書庫に忍び込んで魔導書を読み漁っていたらいつの間にか覚えていた。
解錠はともかく気配察知と認識阻害はあとでアイテムを入手して
スキルの熟練度は最大で8だがアイテムを使うと★がついてユニークスキル相当という扱いになる。例えば詠唱省略の熟練度が最大の8になると魔法の名称を呟くだけで術式を構築して発動することができるが、詠唱省略が★になると魔法の名称を呟く必要すらなくなる。
主人公───勇者になるアルスが入手する前に先回りして取っておかなければならない。
だが、俺が外に出てアイテムの回収を始めるのは、十歳になってからだ。十歳になれば護衛を伴って外出を許してもらえるはず。
だから十歳になるまでは家で武芸を教わることにした。アイテムの回収には強さが必要だしね。
中には高レベルな上級ダンジョンでしか回収できないアイテムやスキルがある。
有益なアイテムを主人公より先に手に入れなければならないのだから、凌辱のエターニアの初作の舞台の開始より前に凌辱のエターニア最終作の主人公よりも強くなる必要があった。
「お父様。僕、剣を覚えたいです」
五歳の誕生日に父のドルム・メルトリクス公爵におねだりしたらあっさりと騎士の稽古に混ぜてくれたのだ。
それからは魔法だけじゃなく武芸もたくさん教わった。
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