エロゲのラスボスに転生したけどクリア後の世界を快適に生きたい

ささくれ厨

プロローグ

「醜い簒奪者ッ!玉座を明け渡してフィーナ王女殿下を開放しろ!」


 頭の中にキンキンと響く大声で剣先を俺に向けているのは勇者と称されるアルス。

 彼は平民だが正義感が強くイケメンで女性の人気が高い。

 そう、この世界では。


 勇者アルスは後ろに何人もの女性を従えてこの城に立ち入り、多くの衛兵と王国最強と名高かった騎士を両断して謁見の間に押し入った。


「シドル!こんなことして何になるって言うのッ!」


 俺の婚約者だったはずのルーナ・ファウスラー。

 シドルというのは俺の名。

 シドル・メルトリクス。メルトリクス公爵家の嫡男だったが、学院を追いやられた上に廃嫡され、王都からすらも追放された。

 ルーナも公爵家のご令嬢。


「何になる──だと?それをお前が言うのか?お前だってそこの男以外の平民を踏み躙ってんだろ?棚に上げやがって、このクソビッチがッ!」


 玉座から立ち上がるとルーナは俺の言葉を遮って言い返す。


「それは違うッ!アルスは特別だもの!お前みたいな醜いクソゴミとは違うのよ。ああ、お前は廃嫡されて平民同然だったわね。愚かなお前はここで死んでアルスに玉座を渡すのよッ!お前みたいな低能が王になっては民が可哀想。だから私が守るッ!アルスと共に!」


 ビシっと音がするほどの勢いでルーナは俺に指先を向けた。

 すると、勇者アルスが左手でルーナを制して凛々しい声を謁見の間に響かせる。


「俺はルーナのためにもッ!このエターニア王国を守るッ!そのために、そこの醜いクソゴミッ!貴様をここで討つッ!」


 ヒーロームーブを決めたアルスをうっとりとしたメスの顔で見詰めるルーナとその後ろに控える数人の美少女。

 ここまで来るのに王国の衛兵を何人も斬り殺して来たことがわかるほどの血を彼女たちも浴びている。

 もちろん。俺だって返り血に塗れてる。


 アルスの後ろのもう一人、俺をキツい視線で睨む女性。

 聖女ハンナ。

 平民なのだが幼少期より聖女としての能力をいかんなく発揮してきた教会の寵児。

 その他に何人もの美少女がアルスに寄り添って、俺に剣や杖、槍、斧を向けて構えている。

 そんなものに負けてはいけない。俺はここから変えるんだ!未来を!だから──!


「玉座は渡さないッ!俺は、この国を俺の思うがままに変えるんだ!もう俺のものだ!だから先ず最初にッ」


 俺は勇者が向ける剣先に合わせて俺も剣を抜く。


「アルスッ!お前を断罪するッ!」


 ビシッと剣先をアルスに向けてカッコよくポーズを決めてやった。

 ドヤッ!と吹き出しが見えるほどに。


「抜かせッ!最弱がイキがるなッ!死ねッ!」


 おおよそ、正義を愛する勇者には思えないセリフだ。

 大理石の床を蹴って飛びかかってくる勇者アルス。


 俺は軽く避けてアルスの首に刃を振り下ろす。


 ボトリ。


 鈍い音と共に首と腕を切り落とされたアルスは血しぶきを上げて倒れた。

 アルスの後ろにいた少女たちは恐れ慄き身動ぎする。


 俺は足元に転がってきたアルスの首の頭頂部の髪の毛を掴んで高々と掲げた。


「謀反人アルスをッ!討ち取った!」


 俺の声が謁見の間に響く。


「アルスッ!アルス────ッ!」

「アルス様!アルス様ーーーー!」

「アルーーーーーーーーースッ!」


 少女たちの叫び声が城の中に木霊する。


 エロゲの弱小ラスボスに転生した俺の、これが最初の一歩。

 アルスの血が広がる床で少女たちが啜り泣く中、俺は玉座に静かに腰を下ろした。



 凌辱のエターニア。


 俺が中学生のころに初登場した伝説級のエロゲ。

 エロゲだというのに初出でミリオンセラーを記録したことでシリーズ化し過去三作は軒並み百万本以上を売り上げた。

 コンシューマ機向けにもエロ要素が排除された本編や多くのスピンオフ作品を販売し、多くのファンを抱えた大人気作品。

 そして先日発売されたばかりのパソコン版凌辱のエターニアⅣ─アルス王国建国記─。

 これがなかなか素晴らしい作品だった。

 コマンドバトル型のRPGだったⅢまでとは打って変わってアクションRPGへと変貌を遂げた今作。

 スキルや魔法は激減したものの様々な救済要素も相俟って好評を博していた。

 ただ、シリーズ最終章と銘打って発売したこともあり、せっかくの新しいシステムなのに継続されないのは残念でならない。


 シリーズの主人公である勇者アルスが、初作で学院から追い出したキモデブで傍若無人の公爵家嫡男シドル・メルトリクスのその婚約者のルーナ・ファウスラーと再会する場面から始まり、勇者アルスが王位についてエンディングを迎えるこの最新作。

 ルーナを始めとしたクリア後までエロシーンが発生しないヒロインがいる代わりに、ヒロイン以外のNPCとのエロが盛り込まれており、序盤からエロエロな展開に精根尽き果てたファンも非常に多い。

 本編を攻略してアルスが王になると、それまでエロシーンがなかったヒロインたちと痴情の限りを尽くすエターナルモードで完全に抜きにかかった神ゲーだった。


「こんなにかわいいヒロインたちに囲まれたハーレム生活を一度でも謳歌してみたいよなー」


 なんて思っても現実では到底無理。

 陰キャで育った俺はエンジニアとしては優れていても人付き合いが苦手なぼっちであることには変わりない。

 出しすぎてカラッカラになったことだし、コンビニで飲み物を買って来るか。


(よいしょっと)


 と、立ち上がった途端に視界がぐにゃりと曲がりくねる。


(うっわ、きっもちわるい)


 そう思った刹那。

 すっと視界が暗転して意識が途絶えてしまった。



 目が覚めた。


「シドルー!シドルーー!」


 ママの声でボクは起きた。

 ボクは高村たかむらたすくではないらしい。


(長くてやけにリアリティのある夢だった)


 夢の中のボクは違う景色に囲まれて生きていた。夢の記憶をもう一度振り返ってみる。

 あまりにも鮮明な異世界の情景。それがボクの中で鮮やかに蘇り、俺はシドルという名の子どもに生まれ変わったんだと理解した。


 母さんはベッドに座って俺を起こしに来たのか。


「おはよう。シドル。うなされてたけど大丈夫?」

「おはようございます。お母様。僕は大丈夫ですよ」

「あら、良いお返事ね。なら良いわ。朝ご飯の時間なのにまだ起きてこないからビックリしちゃったじゃない。さ、ご飯にしましょう」


 いつもなら起きてる時間。そのはずだったが、夢のせいで起きられなかったのか。

 それにしても俺じゃない人間の記憶が頭の中でぐるぐると巡ってる。


 俺は父さんのドルム・メルトリクス公爵家当主の嫡男でシドル・メルトリクス。母さんはシーナ・メルトリクス・エターニア。

 どうも母さんは王家から父さんに嫁いできたらしい。

 俺はまだ二歳の誕生日を迎えたばかり。


『良いお返事ね』


 母さんがそう返したのは普段の俺なら「んー。ママぁ……」と返していたような気もしないでもない。

 だが、シドルでない人間、高村佑としての記憶がシドル・メルトリクスとしての人格とごっちゃに混ざりあってる。

 これを前世の記憶というのだろう。シドルの人格をベースに高村佑の記憶と経験、それに、価値観が湧き上がる。

 そうして、高村佑としてママを見ると、超絶美少女なのだ。まだ女子高生くらいの見た目。なのに俺の母親だと!?

 考え込む俺に母さんは不思議そうに俺の顔を覗き込み、起床を促す。


「あら、どうしたの?行きましょう」


 弟なのか妹なのかわからないけど、お腹に子どもを宿した母さんが「よっこらせ」と立ち上がって俺の手を取る。

 ベッドから出ると妙齢の乳母たちが俺の着替えを手伝った。


 それにしても『シドル・メルトリクス』か……。それも二歳。

 もしかしてあのゲームの?

 高村佑という男の記憶。それが正しければ俺はステータス画面を開くことができるはずだ。

 ゲーム中のステータス画面を思い浮かべると視界に薄っすらと平たいスクリーンが表示される。

 ステータス画面だ。


 名前 :シドル・メルトリクス

 性別 :男 年齢:2

 職能 :なし

 Lv :1

 HP :100

 MP :200

 VIT:5

 STR:5

 DEX:5

 AGI:5

 INT:10

 MND:10


 二歳ならこんなもんか。

 ゲーム中の……凌辱のエターニアⅣのシドル・メルトリクスはもっと強かった。とはいえ、シリーズ最弱のラスボスと揶揄される彼だがこのステータス画面の通りならそうだろう。

 凌辱のエターニアの初作のシドル・メルトリクスのレベルは3。Ⅳではレベル60だった。

 なら、鍛えればレベルは上がるはず。

 この名が示す通り、俺があの『シドル・メルトリクス』なら十七歳でアルスに殺される。

 死ぬと分かってそれを受け入れて待つ阿呆は居ないだろう。


 それともう一つ。忘れてはならない記憶があった。

 凌辱のエターニアのシドルの初登場時。俺の姿は耐え難いデブだった。

 この家に生まれた今ならわかる。

 俺は甘々に育てらている。

 母さんのおっぱいだけでなく、乳母にもおっぱいを与えられてブクブクに膨れているのだ。


 物心がついた俺にもう母乳は要らない。

 飲みすぎない。食べすぎない。そして身体をよく動かす。

 高村佑の記憶の中のシドル・メルトリクスになってはいけない。


 記憶が蘇った(?)ことで俺はこの人生をどう生きていこうか計画し、それを実行に移していくことにした。

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