第6話

 メテルリ――いや、メテルリさん――は俺の目をじっと見ながら、音も立てず、水しぶきも飛ばさずに、ふわりと浮かび上がった。

 そして、俺から見てロモルの反対隣はんたいどなり、というか俺の目と鼻の先に腰かけ、俺の太腿ふとももにその柔らかい手を置いた。

 ロモルは磯臭いそくさいし、肌もゴムみたいなのに、メテルリさんの香りはどこか芳醇ほうじゅんで、肌は人間の女の子と同じかそれ以上にきめ細かくやわらかそうで、実際、手の平はふわふわしていた。

 だが、れてもいないのに氷のように冷たい。

 そのことだけが気にかかった。


 ロモルと同年代と聞いていたが、メテルリさんの顔立ちはもう少しお姉さん、人間で言えば18歳くらいに見える。

 古い西洋絵画を描いた、ブグローだかカバネルだか、そういった画家がかつて描いた、美しい女神や天使のようだった。

 美麗びれいで、高貴で、一点のくもりもなく、しかしどこかはかなげで、謎めいて……。


 癖の強い髪が全身をおおいそうなほど長いのはロモルと同じだが、メテルリさんの髪は太陽の光を反射して、赤、緑、金、青、だいだい、紫など様々な色に輝く。

 それがクジャクの羽や万華鏡まんげきょうのように美しく、目をきさせない。

 そして驚いたことに、メテルリさんにはおっぱいがあった。

 髪に隠れて突起は確認できないが、ロモルと違い、明らかに2つの大きなふくらみがある。


 そんな人、いや人魚が、目の前にいて、俺の目をのぞき込んでいる。


「はじめまして。わたしはメテルリ」


 メテルリさんは声もロモルとは違う。

 すずのように軽やかで、繊細で、にごりなくんでいる。


「わたしの手が冷たくて驚いた? これはね、寂しいからなのよ。あなたは温かくてうらやましいわ」


「何しに来たのよ、メテルリ」


 ロモルがとがった声で、無粋な横槍よこやりを入れた。

 反射的に振り返ろうとした俺の肩に、メテルリさんの手が乗せられた。

 だが、ロモルがすぐに払いのけた。


「帰ってよ。ナオトはあたしのよ」


「そうなの、ナオト?」


 メテルリさんに名前を呼ばれて、俺の心臓はドクンッとねた。


「いえ、ロモルのではないです」


「あら、やっぱり? うふふ」


 うふふと笑ってかまととぶった感じが全然しないのだから、メテルリさんはすごい。


「おい、ナオト! ちょっとはこっち見ろ!」


 負け犬のロモルがみっともなく喚いているが、俺はもうメテルリさんのことで頭がいっぱいだった。


「ねえ、ナオト、わたしをあたためて」


 メテルリさんはそう言って、俺を見上げた姿勢のまま、ゆっくりと目を閉じた。


 ――これは、キス待ち……!? しちゃっていいのか、会ってまだ5分も経ってないけど!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る