第5話

 俺はエッジに腰かけたまま、上半身だけで振り返って、人工島の山々を見る。


 陸地が沈むと森林も沈む、すなわち、人類による森林伐採ばっさいとは比較にならないレベルで、今まで二酸化炭素を酸素に変換してくれていた巨大装置が消滅する。

 ということで、ある程度の大きさの人工島には山が建設され、木が植えられ、生態系を支える動植物を繁殖はんしょくさせることになった。

 当時は、そんなことをするくらいなら住宅地や集合住宅を建設して、1人でも多くの人間を乗せるべきだ、という意見もあったようだが、再三言っている通り、当時の人類には、庶民全員を助ける余裕はなかった。

 ……余裕はなかった。

 島に山を作らなければ人類は共倒れになって、とっくに絶滅していただろう。

 そういうことになっている。


 俺には、自分が近い内に死を選択することになる、という強い予感がある。

 その理由は自分でもよく分からず、ぼんやりとしているが、きっとその辺りの歴史を知って考えてきたことも、関係しているだろう。


 俺たちはもしかすると何百万、おそらく何千万という他人を見殺しにして『箱舟』に乗った富裕層の末裔だ。

 そして、『蓬莱島ほうらいじま』では現在も、経済的弱者を犠牲にして、俺たち中産階級の日常が維持されている。

 おびただしい数の犠牲の上に何も築けないまま、俺たちはただ呼吸して、食べて寝て、限られた資源を確実に食いつぶして、決して未来が明るくないことを知りながら子供を産み育てる――そして苦笑いする。


 かつて人間の多くは、死後も含めた未来に何かを残すことに、自分が生きる意味を見出してきたように思う。

 だが、日本列島が沈み、日本人が滅び、人類みんなが例外なく死につつある今、俺には生きる意味が見つけられない。


 せめて生きること自体が楽しければ、意味などなくても良いと思えたかもしれない。

 でも、俺はもう楽しくない。

 何もかもが作り物めいて見える。

 色あせて見える。

 何よりも俺自身が、ハリボテのように思える。

 無価値で、無意味で、余分な存在に思える。

 もし、そもそもこの世に生まれないということがあり得たなら、その方が良かったかもしれない、とさえ思う。


「ナオト、じつは海よりやま派なの?」


 俺が上の空なのにようやく気付いて、ロモルが言った。

 俺は最低限のマナーとして一旦いったんロモルを見たが、またすぐに山に目を戻さないではいられなかった。

 理由は分からないが、無性むしょうに山を眺めていたかった。


「わたしも山、登ってみようかな」


 そう言って、ロモルはクケケッと耳障りな笑い声を立てた。


「なにバカなこと言ってるの」


 海の方から聞き慣れない声がして、俺は飛び上がった。

 見ると、人魚の女の子が一人、海面から顔を出していた。

 髪が長いのは同じだが、ロモルとは比べ物にならない超美人だった。


「メテルリ!」


 新たに現れた人魚を、ロモルがそう呼んだ。

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