第4話

 学校の授業で聞いた話では、『蓬莱島ほうらいじま』を形成する人工島の数は、主要なものだけで1万、個人邸宅規模の小さなものを含めると500万を超すと言われている。

 全部合わせた面積は約2400㎢、21世紀までの日本列島で言えば、神奈川県くらいの大きさらしい。

 人口は約2800万、つまり、全盛期の東京都の約2倍だ。

 神奈川県・東京都はおろか、天然の陸地さえ見たことがない俺としては、そんな表現をされても全然ピンと来ないのだが、学校の教師たちは、何かにつけてそういう尺度を持ち出す。


 日本列島で最後の陸地、富士山の山頂は、西暦2172年に沈んだ。

 2289年11月9日には、日系最大の箱舟だった『扶桑ふそう』の中央島が――原因不明とされているが、十中八九、老朽化ろうきゅうかのせいだろう――、突如とつじょ崩壊して海の藻屑もくずと消えた。

 もうとっくに、「日本」の歴史は終わったのだ。

 にもかかわらず、日本人街の少なからぬ教師たちが、2396年の現在も、日本国民であることにこだわっている。

 自称「日本国民」の大人たちは、いつかどこかで海面が下がり、陸地が――自分たちの祖国が――再び顔を出すというオカルト話を、本気で信じているように見える。


 残存する「日本国民」は、いくつかの『箱舟』でそれぞれに皇族の傍流ぼうりゅう(真偽は怪しいものだ)をかつぎ上げ、それぞれに「日本国臨時政府」なる民間組織を立て、「臨時市役所」でいまや何の法的根拠もない「日本国籍」を発行し、非国民を見下しながら、貧乏な「日本国民」と日系人から「税金」を取り立てている。

 表向きは自由と自己責任をうたいながら、なだめたりすかしたり、あの手この手で、「日本国民」同士で結婚するよう圧力をかけ、夫婦1組あたり3人以上の子供を産むよう圧力をかけ、子供たちを「国民学校」(要は民族学校)に通わせるよう圧力をかけている。

 日本人街にとどまる人生、「日本」を第一に考える人生、「臨時政府」に納税し続ける人生、そのことに文句を言わない人生を歩むよう、圧力をかけている。


 どこの少数民族も似たより寄ったりとはいえ、迷惑な話だ。


 「日本国民」の大人たちは、生まれたばかりの子供たちに、日本語と日本文化を教え込み、それ以外の言語・文化との接触を排除する。

 そのせいで、俺たちは『蓬莱島』の公用語である上海語や英語を習得するのにさえ苦労する。

 ネットで情報を集めるときも、バズラー(昔で言うインフルエンサー)の話を聴くときも、自分に合った仕事を探すときも、俺たちはいつも出遅れる。

 日本人街の外でも通用する人材になれるのはごく一部のエリートだけ。

 俺みたいな凡人がまともな企業でまともな給料をもらうことは絶望的だ。

 人体実験まがいの怪しい副業をこなしながら、朝から晩までロボットのように働き、40歳前後で死ぬ。

 「日本国民」にありがちな未来が、大きく口を開けて俺を待っている。


 あの人たちには(ついでに一部のクラスメイトたちにも)、さっさと未来を見てほしい。

 日本人はすごいんだ、日本は不滅だ、と宗教のようにくり返すのはやめてほしい。

 日本再生の夢を押しつけて、自由を奪わないでほしい。

 俺たちが今、そしてこれから、この世界で生き抜くための教育に徹してほしい。


 ――いや、今の俺にはもう、どうでもいいことだが。

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