第2話

 童話や映画などの人魚(セイレーン)は、上半身が人間、下半身が魚のような姿をしている。

 ギリシャ神話では、美しい容姿と歌声で航海者を魅了し、海に引きずり込むという。


 しかし、実際のロモルの姿は、伝説の人魚とはずいぶん違っている。

 体のつくりは人間(地上人)によく似ており、腕だけでなく足も2本ある。

 ただし、人間にはない太くて長い尻尾があり、その先にイルカやジュゴンのような横向きのヒレがついている。


 肌は白く、うろこもムダ毛もないが、海中の環境にえるためだろう、皮膚が分厚く、ゴムのような弾力がある。

 尻尾も鱗ではなく普通の皮膚に覆われているが、体より日焼けしやすいのか、背中側が小麦色になっている。


 泳ぐときは主に尻尾を使うようで、手足は人間に比べるとやや短く、小さい印象だ。

 指は5本で長く、あいだまくが張っている。

 手の指は物を掴めるようになっていて、指先には白い爪がある。


 他の人魚のことは分からないが、ロモルの髪はとても長く、全身がすっぽり隠れてしまう。

 髪質かみしつはお世辞にもつややかとは言えない。

 海上に上がったロモルは、まるで頭から大量の昆布こんぶかぶっているように見えるし、れたままの髪は見るからに重そうだ。


 ロモルの顔が人間の女の子っぽいから、俺はつい、髪の隙間をって白く光る彼女の体を盗み見てしまう。

 水中生物だから当然かもしれないが、ロモルはいつも全裸で、貝殻かいがらの胸当ても付けていない。

 だが、幸か不幸か、胸のふくらみも突起もない(ように見える)し、股間やお尻にしても見落としそうな小さな切れ目があるだけだから、ムラムラした気は起こらない。

 垂れていないお腹におへそがあるのが、かろうじて……かもしれない程度。


 ロモルの顔が可愛いかどうかは、ちょっと難しい。

 皮膚の具合が人間と少し違うが、それ以外は、俺のクラスメイトたちとほとんど変わらない。

 もちろん、あの人たちにそう言ったら絶対怒られるだろうけど、でも、ロモルはそれくらい、14歳の人間の女の子にそっくりだ。

 くりくりした目にはちゃんとまつ毛とまぶたがあるし、青みがかったグレーの瞳は一丁前にきれいだ。

 眉毛は細く、鼻は小さく、鼻の穴は下向きで、くちびるはうっすら桃色。

 顔つきと表情だって人間顔負けで、笑うと左頬にえくぼができる。

 はっきり言って万人が美少女と認めるほどではないだろうが、ジュゴンや人面魚じんめんぎょの仲間にしては愛嬌がある顔だ。


 だが、ロモル自身が言うには、人間を魅了する人魚としては、彼女の容貌は不充分らしい。

 だからこそ、ロモルは俺を食べるために――比喩ではなく文字通り、海に引きずり込んで「食べる」ために――、俺との接触をくり返している。


 ロモルの誘惑が成功して、俺がロモルに恋をしたとき、俺の血肉は彼女にとって最高の美食となる。

 彼女が俺を食べることで、俺の魂と記憶は彼女のそれと融合する。

 そうすれば、彼女は今よりもっと美しい人魚になれるそうだ。

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