第2話 紹介 ~2~

人生=運命。

運命=夢。

夢=自分。

自分=ホンモノ…?


そう信じてやまない。この女は今、自分の置かれている状況を最高だと、最上だと、そんな風に決めつけて人生に取り掛かっている。


今日だけの風景に沿うように流れる今という瞬間。

全速力で動く時間が、この女に確かな痛みとなって、しっかりと認識させる。


25歳、独身、職業は画家。

仕事は何を? と聞かれれば、躊躇なくそう答える。

けれど、到底その職業では生活するのは苦しく、派遣や、バイトを転々とし、その日暮らしな、乱暴とも言える生活をしている。

しかし、当の本人は全く今の極貧生活になんの不満ももっていない。

先に記した通り、最高に楽しく、最上の時間を生きていると思っている。


実家は定食屋を営んでいる。

貧乏暇なし。そんな環境で女は育った。

けれど、当人は自分の暮らしになんの不満もなく、健康に、充実した時間を過ごした。

それは、常に傍らに『絵』というものが存在していたからだ。


起床と共に描き。

歯を磨きながら片手で描き。

朝食をかき込み早々に済ませ描き。

学生時分は、通学時間に描き。

当然、授業中に描き。

昼食時には美術室で口内に食べ物を詰めてまま描いた。

帰宅すると、靴を脱ぎ捨て自室に飛び込むようにしてこもり、通学時にスケッチしたものをデッサンしたり、前日から描きかけていた絵を仕上げたりした。

空腹に気付くと二階の自室から下の店舗へと降りてきては、常連客に混じり描いた。

風呂というものが女にはそのころの唯一苦手なもので、体全体の自由を奪われるため、どうしても入浴中は描くことが出来なかった。

風呂からあがると一日の疲れがドッと押し寄せたが、微睡みながらも描いた。

電池が切れたように眠ってしまってからは夢の中でも描いた。

夢の中で描く絵は、女の思うように描け、熟睡中の女の寝顔はいつも満面の笑みだった。


この女にとって『絵』とは、概念が違っていた。


好きなものを買ったり、行きたいところへ行ったり、食べたいものを食べる。その全てが絵に集約していた。


けれど、そんな女の周りには人が集まった。

壮大な自然現象に惹かれるように集まった。

なにがなんだかわからない彼女の魅力に惹かれて友人がたくさんできた。

しかし、当然友人たちとの付き合いは悪く、普段から時間をともにしようとするのならば、その奇人ぶりは目に余ってもおかしくなかった。

友達を作ろうなんて気は女にはまったく無い。

だけれども、女は人気があった。男女ともにあった。

その要因が、女の描く『絵』でもあったし、そんな絵を描く女そのものでもあった。


本人はそのことをなんとも思わなかった。嫌だとも、嬉しくとも思わなかった。

話かけられれば答えるし、困ったことがあれば友人を頼ったりした。


常人であり、奇人なやつ。

自然体で、真っ黒な人。

矛盾をはらんだ人間。


女に関係した人間はそれぞれ様々な思いを抱いた。

そして、その思い全てには、大いなる親しみが込められていた。


しかし、考えてみてもほしい。

女には、社会というものに受け入れられる態勢が備わっていない。

受け身であり、攻め手でもある。しかも、その振り幅が、0か100。他人からしたらただの社会不適合者でしかない。

常人と奇人を成す人間なんて存在してはならない。自然体とはそもそも透明感を表すようなもであり、矛盾はなくてはならないのだ。


なのに、この女の名前は、


『荒木 静』という名なのである。

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