第13話 実はこれ、橘のために選んだ水着なの

 そわそわしながら唯川の後を着いていくと、段差があったところでつまずいたので俺は彼女の腕を咄嗟に掴んだ。


「ほら、言った通り……大丈夫か?」


「だ、大丈夫よ……ありがと、橘」


「お、おう……」


 唯川の眩しいスマイルを見て、俺は顔が赤くなっていくのを感じた。


(俺、このプールで平和に終わる気しない……)


 平常心を保つことができず、こんな姿を紬と空に見られたら「顔真っ赤」とか言われてからかわれるだろう。


「橘、どうしたの?」


 俺の様子を心配して唯川は、俺の顔を覗き込んできた。


(近い近い。そんなに近いとどんな顔してるかバレる……)


「その水着……唯川に似合ってて可愛い」


「か、可愛い!?」


 素直に思ったことを口にすると唯川は、顔を真っ赤にした。


「うん、可愛い……」


「あ、ありがと。実はこれ、橘のために選んだ水着なの……」


 へぇ~、俺のために選んだ水着なのか……って、俺のため!?


 いやいや、絶対に聞き間違えだ。そんな漫画みたいに『あなたのために選んだの。どう?』みたいなことを言われるわけない。


 聞き間違えじゃなかったとしても「水着なの」の後に「嘘よ嘘。もしかして本当にあなたのために私が選んだと思ったのかしら?」と笑ってくるはずだ。


 と思ったが、唯川は何も言わず俺の反応を伺っていた。


(えっ、これマジなの……?)


「えっ、本当に俺のために……」


 そう呟くと唯川は、口を開いた。


「な、な~んてね。嘘よ嘘」


「えっ……あっ、うん、そうだと思った……」


 はははと苦笑いし、もしかしたらそうかもと言う期待をすぐに消した。


 そ、そうだよな。唯川が俺のために水着を選ぶはずがない。


「さっ、舞桜が待ってるから早く行きましょ」


「う、うん……」


 



***





「あっ、綾乃、橘くん!」


 場所取りをしていた日比谷さんが俺と唯川に気付き、手を振っていた。


「あれ、舞桜1人?」


 辺りを見渡すが、日比谷さんしかおらず、空や紬、若宮さんの姿が見当たらない。


「うん、紬ちゃん達は先に遊びに行ったよ。私のことはいいから綾乃と橘くんも行ってきていいよ」


 空の奴、ヘルプとか行って先に遊びに行ったのかよ。


「舞桜は遊ばなくていいの?」


 せっかく来たのに場所取りのために日比谷さん1人がここで何もせずいるのは何か違う気がする。


「私は、後で。日焼け止め塗りたいから。遠慮せず行ってらっしゃい」


「……わかったわ。橘、どこ行く?」


「えっ?」


 みんなで来て俺はてっきり全員で何かをするかと思っていたが、今のこの状況って唯川と2人っきり……。


「えっ、じゃないわよ。スライダーにでも行く?」


 唯川は、紬達のところに行こうとは言わず俺と行動しようとしていた。


「スライダーの前に水慣れしておきたいんだけど……」


「まぁ、それもそうね。じゃあ、最初は流れるプールで。ほら、橘。行くわよ」


 そう言って唯川は、家から持ってきていた浮き輪を持って空気入れがある場所へと向かった。


「ここから入りましょ」


 浮き輪を膨らませまた後、唯川と俺は流れるプールに入る。


「冷たっ、けど、暑いから気持ちいいな」


 そう言って唯川に共感を求めると彼女は笑顔でそうねと笑う。


(今日はなんだか、唯川のいろんな表情が見れる気がする……)


「そう言えば、橘。数学勝ったけど、何か考えたかしら?」


 流れるプールに流されていると唯川はふと思い出したのか俺に尋ねてきた。


「いや、何も……まだ……」


「そう……橘、頑張ってたみたいだし今度、私のオススメのカフェにでも行きましょ。あっ、これは前に言ってた頑張った御褒美だから数学のテストに勝ったのとは別よ」


 あれ、これさらっとデートに誘われた? カフェに行こうって一緒ってことだよな?


「カフェってこの前のところと別のところか?」


 前に助けたお礼と言って唯川とはケーキを食べに行った。また別の場所だろうか。


「うん、この前、舞桜と行って美味しかったのよ。橘にもあの美味しさを味わってほしいわ」


 そう言って唯川は、浮き輪で俺より先にいってしまう。


 相手に何でも1つ……か。その御褒美で俺はもう十分なんだけど、多分、唯川は「ダメよ、何か1つ考えて」とか言いそうだよなぁ。


「どれだけ悩むのよ」


 先に行っていたが、俺が悩みながらゆっくり流されていたので彼女は待っていてくれた。


「悩むというかこれ言ったら却下されるんじゃないかって……」


「何よ、言ってみて。付き合うことと変なこと以外なら却下しないから」


 以外なら……か。まぁ、言うだけ言ってみよう。


「で、デート……1日だけデートしてくれないか?」


 何言ってるんだよ俺……。振られた相手にデートって。けど、ここ最近、唯川と仲良くなれて彼女への思いが強くなっているのを感じた。


 もっと話したい。もっと仲良くなりたいと思う自分がいる。


「デート……?」


 まぁ、こういう反応になるとは思ってたよ。これの流れは絶対に断られる。


「……いいわよ、デート」


「えっ、いいのか?」


 一瞬、聞き間違いかと思ったが、彼女はコクりと頷いた。


「何でもって言ったもの。デートならいいわよ。私、デートなんてしたことないから、リードしてよね?」


 そう言って唯川は、俺に笑いかける。


 期待してるところ悪いけど、俺もデートなんてしたことはない。


「デート経験ないけど頑張るよ」


 ないと言うと唯川は、驚いた表情をしていた。


「えっ、ないの? あんなにモテてるのに」


「モテてる? 誰が?」


「あなたよ。まぁ、したことなくても橘とのデート、楽しみにしてる」


「お、おう……」


 頑張るって言っただけなのにハードル上がった気がする……。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る