第11話 この時間は特別
私と彼が二人っきりになれる時間。それは、委員会での集まりの時だ。
私は話すのが苦手。けど、彼とは上手く話すことができる。それがなぜだか私にもわからない。
「橘くん……一緒に帰らない?」
委員会での集まりが終わり、帰ろうとする橘くんに私は声をかけた。
「うん、いいよ」
好きなのかはわからないけど、私は橘くんのことが気になっている。いつからというのは覚えていないけど……。
橘くんは誰にでも優しくて、周りのことが良く見えている。そんな彼に私は興味を持った。
「そうだ……渡したクッキー食べてくれた?」
学校を出て私と橘くんは並んで歩く。
「あっ、うん、美味しかった。もしかして料理とか得意?」
「得意だよ……お菓子作りが趣味」
「そうなんだ」
もっと知りたい。そして私のことをもっと知ってほしい。
彼が唯川さんのことを好きでいるのはこの前の自習室でわかった。それを見て私は思った。橘くんを他の女子に取られたくないと。
唯一話せる人である橘くんに彼女ができたらもう私と話してくれないんじゃないかと心配になった。
「私、オムライス作るの得意なの。橘くんはオムライス好き?」
「うん、好き。てか、多分好きなものが何かって言われたら即答でオムライスって答える」
「ふふっ、そうなんだ……」
橘くん、オムライスが好きなんだ。作ろうかって言ったらどんな顔するかな……?
橘くんのことを知りたい、私のことを知ってほしい。橘くんが、他の人のところに行かないように私に興味を持ってもらおう。
「ねぇ、橘くん───」
唯川さんは私より可愛くて、賢い。だから私が勝てる武器は、限られている。私がもっと積極的に動かないと橘くんは取られる。
「オムライス、作ったら食べてくれる?」
「うん、若宮さんの作ったオムライス、食べたいかも」
「な、なら……今度、橘くんに作るよ」
言えた……。緊張しすぎて今もまだドキドキしているのが自分でもわかる。
「えっ、いいのか?」
「うん……橘くんに食べてほしい。夏休みとかどう?」
初めて誰かを誘ったけど、不自然じゃないよね? 断られるのが怖くて私は彼のことが見れなかった。
「夏休みか……7月の最終日はどう?」
「い、行けるよ。じゃあ、どっちかの家に集まることになるけどどうする?」
料理をするにはキッチンが必要だ。そうなると私か橘くんのどちらかの家に行かなければならない。
「そうだなぁ……俺は全然来てもらっても構わないけど若宮さんはどうしたい?」
た、橘くんの家……。こういう時って素直に言うべきだろうか。
「わ、私も家、いいよ……けど、キッチン使うなら自分の家の方が使いやすいかな」
「じゃあ、若宮さんの家する?」
「う、うん……」
橘くんとこうして話しているとあっという間に駅に着いた。もっと話したかったな……。
「明日は休みだし会えるのは月曜になるな。また学校で」
「た、橘くん……」
「ん?」
私は後ろから彼の服の袖をぎゅっと掴み、引き止めた。
「明日、予定ある……?」
「明日はないかな」
「なら────」
***
「おはよ、橘」
夏休みに入った最初の土曜日。本来なら学校でしか会わないはずだが、今目の前にいるのは私服姿の唯川だ。
上は、黒のニットに白いカーディガン。下は、デニムショートパンツだ。
白いカーディガンがなかったら俺はおそらく唯川のことを直視できなかっただろう。
(エロすぎる……)
彼女の服装をじっと見ていると唯川は見られていることに気付かれた。
「どこ見てるのよ」
「いや、えっと……その服、唯川らしくて可愛いなと思って……」
嘘は言ってない。その服装物凄くエロいねとか言ったら確実に怒られそうなのでここは普通の感想を述べる。
「か、可愛い……?」
彼女は、顔を赤くしてカーディガンの裾をぎゅっと持つ。
「うん、可愛い……」
「そ、そう……ありがとう」
唯川がそう言って、暑いのか手で自分に向かって扇いでいた。
「今日のこと若宮さんに誘われたんでしょ?」
「うん。何か珍しいメンツだよな」
「そうね」
あの日の帰り道。若宮さんから唯川、紬、空、日比谷さんと夏休み、プールに行くから橘くんもどうかと誘われた。
若宮さんから聞いた話だと昼休み、5人で食べていて、俺が先生に呼ばれていない時に唯川と紬、空、日比谷さんは夏休み、プールに行こうと言う話になったそう。
──────数日前。
「あっ、楠美ちゃん」
「日比谷さん……」
若宮さんと日比谷さんは幼稚園の時に知り合いらしく、お互い認識はあった。
「そうだ、楠美ちゃんも行こうよ。今、みんなでプールに行こうって話になってるんだけど」
日比谷さんが若宮さんを誘い、彼女も行くことになった。
「後は良太だな。俺が後でさそ───」
「私が誘ってもいい……?」
若宮さんは空の方を見ていいかな?と問いかける。
「うん、いいよ。じゃあ、良太のことは若宮さんに任せた」
「うん」
***
「そう言えば唯川、プール嫌とか前に言ってなかったか?」
髪が濡れて水泳の授業は嫌だと前に一度彼女は言っていたのを覚えている。
「水泳の授業と遊びに行くプールは違うの。ねぇ、橘……何か気付くことはない?」
そう言って唯川は俺から少し離れた。
(気付くこと……?)
こう聞くってことは、何かいつもと違うってことだよな。
「ん~」
間違えたら唯川は怒るだろう。ここは何としてでも当てたい。
そう思っていると俺は気付いた。
「香水だ……唯川、香水付けてきたのか?」
匂いで気付いた俺はそう言うと唯川は嬉しそうな表情でコクりと頷いた。
「き、気付いてくれてありがと……」
「お、おう……」
唯川の喜ぶ自然な笑顔が見れて俺は朝から癒された。
「あっ、来たみたいね」
唯川はそう言って向かってくるみんなに気付いた。
「ほら、橘。行きましょ」
「あぁ、そうだな」
こうして夏休みは始まった。
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