第9話 ダメ……橘くん、私を選んで
「橘くん」
6日間のテスト週間が終わり、考査終了後、解放感に浸っていると若宮さんに声をかけられた。
「ん? どうかした?」
「今日、数学のテストだったでしょ?」
「うん、そうだね」
「橘くんのおかげでかなりいい点が取れたと思うの……だからお礼がしたい」
「お礼なんていいよ、教えただけだし」
嬉しい。俺が教えてそのおかげで上手くいったのなら教え方は悪くなかったということなのだから。
「ダメ……。橘くんは、甘いもの好き?」
「う、うん……好きだけど……」
急に甘いものは好きかと聞かれ驚いたが、彼女の質問に答えた。
「じゃあ、明日、クッキー作ってくるね。それがお礼……。クッキーは嫌い?」
「ううん、好きだよ」
「なら、作ってくる。期待してて」
期待しててと言われたので若宮さんはクッキーを作ることは得意なんだろうなと勝手に解釈する。
「わかった。楽しみにしてる」
お礼はいいよと言おうとしたが、彼女は作る気満々な様子だったので受け取ることにした。
しばらく若宮さんと話しているとホームルームが終わり、教室に入っていいかドアの前で確認していた唯川がやって来た。
「たちば……って、若宮さん」
「こんにちは、唯川さん……」
そう言って若宮さんは、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。それを見た唯川は、えっと驚きそしてふふっと笑った。
「え、えぇ、こんにちは。若宮さん、少し近くないかしら?」
唯川は満面の笑顔で若宮さんに尋ねた。
「何がですか? 私と橘くんにとってこの距離は普通ですけど?」
「ふ、普通じゃないわよ。ほ、ほら、いいから離れなさい。私と橘は今から忙しいの」
そう言って唯川は俺と若宮さんを離れさせ、俺の手を取った。
(唯川に手を───って、力強っ!)
好きな人に手を取ってもらったが、唯川の力が予想以上に強すぎて驚いた。
そのまま唯川に連れていかれると思いきやもう片方の手を若宮さんに握られた。
「ダメ……橘くん、私を選んで」
「え、選ぶ!?」
「ダメよ、橘。私との約束があるでしょ」
周りから見れば羨ましい光景に見えるかもしれないが、俺としては周囲の視線が痛々しいので早くこの状況から解放されたい。
「ごめん、若宮さん。俺、唯川と約束があってさ」
「そう……。またね、橘くん、クッキー楽しみにしてて」
そう言って若宮さんは言ってしまった。すると、唯川から視線を感じた。
「唯川……?」
「さっ、行きましょ。案内してよね」
「あ、あぁ……」
***
案内したのはいいけどこれって好きな人を家に呼ぶというスペシャルイベントでは!?
「ど、どうぞ……」
家に着き、俺は唯川を家に入れさせた。
「……一人暮らしにしては広いわね」
唯川はもっと狭い部屋を想像していたようでそんなことを呟く。
俺もそれは思いますよ。1人には勿体ないぐらいにこの広い。まぁ、タワーマンションだからこの広さは普通なんだけど。
「父さんがここじゃないと一人暮らし、許さんって言ってきてな。俺としては、落ち着かないからもっと狭くてもいいんだけど……」
そう言って俺はソファの横にカバンを置く。すると、唯川は後ろから服の裾を引っ張られた。
「カバン、どこに置いたらいいの?」
「えっ、あぁ、ここに置いていいよ」
何も置いていない棚があるので俺は彼女にそこに置いたらいいと教えた。
「聞いてなかったけど何を作るの?」
「最初から難しいのはあれだし、まぁ、最初は卵焼きでも作るか」
2人で広いキッチンに立ち、まずは手を洗い、そして必要なものは全て俺が出す。
「じゃ、まずは卵を割ろう。さすがにできるよな?」
「……え、えぇ、できるわよ。バカにしないで」
そして何となくそうなるだろうなと思っていたが、卵は割れたが、ボウルに殻までイン。
「まぁ、できるからよしだな。次は、卵を箸でといて……できるよな?」
「で、できるわよ。いちいちできるか確認しなくても大丈夫よ」
そう言って卵を溶き────って、これは溶きすぎだろ。
「わー、唯川さん、最高の卵溶きだよー」
「ねぇ、棒読みやめて。てか、最高の卵溶きって何よ」
「ごめんごめん、まぁ、これはこれで使えるし次はフライパンに火をつけて油入れよっか」
火は家によって付け方が違うのでそこは俺がやり、油は唯川にお願いした。
「た、橘……これぐらいでいいかしら?」
「あぁ、大丈夫だ。火が通るまで待つか」
火が通るまで待ち、俺は先ほど溶いた卵を唯川に渡した。
「スクランブルエッグにするか? それとも卵焼きにするか?」
「スクランブルエッグがいいわ……」
「なら、ある程度固まったら箸で混ぜてみよう。よし、入れていいぞ」
俺がそう言うと唯川は恐る恐るフライパンに溶いた卵を入れて、ある程度固まったところで混ぜた。
「で、できた……」
「うん、焦げてないしいい感じだと思うよ。唯川、飲み込み早いしすぐに上達するよ」
俺は片手を上げて待っていると唯川は小さく笑って俺とハイタッチした。
「じゃ、さっそく試食でも────唯川?」
火を消し、彼女の方を向くと唯川は手を見てぼっーとしていた。
「唯川?」
「!! な、何かしら?」
「いや、試食しようって話をしてたんだけど」
「えぇ、そうね、食べましょ」
唯川の様子がおかしかった気がするが、その後はいつも通りだったので気のせいと判断した。
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