第2話 ただの同級生

 翌朝、自分の席へ着くと空と紬がやって来た。


「あれ、何かいいことあったか?」


 昨日、唯川が、ありがとうと言ってくれた時のことを思い出していると嬉しさが顔に出ていたのか空に何かあったのかと聞かれた。


「いいこと……まぁ、あったかな。そう言えば昨日のカラオケ楽しかったよな」


「うんうん、また行こうね」

  

 紬は昨日カラオケで俺達よりも歌って楽しんでいた。そのせいか今日は少し疲れているようにも見える。


「そろそろ移動教室行こうぜ。ここ、冷房効いてないから暑いんだよなぁ」


「そうだな。科学講義室なら冷房効いてそう」


 1限目は移動教室であり、少し早めに俺達は教室を出ることにした。


 自分達のクラスである1組の教室を出て2組の教室を通ると教室から唯川とその友達の日比谷舞桜ひびやまおが出てきた。


 さらさらのヘアロングの日比谷さんは面倒見がいいことから周りからお母さんといわれている。俺とは中学からの知り合いだ。


「「あっ……」」


 俺と唯川は目が合い、少しの間沈黙が流れる。  


「お、おはよう、唯川」


 この沈黙に耐えきれなかった俺は返してくれるかわからないが挨拶をした。すると、唯川は目を合わせてはくれないが小さな声で返したくれた。


「……おはよう」


(か、可愛いすぎる……いつもは強めなキャラなのに小声でおはようを返すとか)


「あれ、橘くんって綾乃と仲良かったんだね。綾乃、男嫌いだけど仲良くしてあげてね」


 日比谷さんは俺と唯川のやり取りを聞いて仲がいいと思ったのかそう言う。


「な、何言ってるの? 私は彼とはただの同級生よ」


「も~そんなこと言って。橘くん、優しいし仲良くなれると思うんだけどな」


「仲良くならないわよ。さっ、行きましょ」


「えっ、待ってよ、綾乃。じゃあ、またね橘くん。後、和泉くんと紬ちゃんも」


 日比谷さんは後ろで俺達が話し終えるのを待っていた空と紬に気付き、手を振って唯川と一緒に行ってしまった。


「いや~、見ましたか、空さんや」


「見ましたよ、紬さん。あれは昨日の様子を見た限りあれだったけどいい感じだな」

 

 2人がニヤニヤしながらこちらを見てくるが、からかってくるだろうと思い、1人でスタスタと移動教室へ向かった。


「あっ、待ってよ良太」





***





(おかしい……)


 昨日、彼に助けられた時のことを何度も思い出してしまう。


 話したこともない、友達と言える関係でもない、そんな彼のことなんてすぐに忘れられるはずなのに。


 今まで告白してきた男子のことはすぐに忘れられたのになんで……。


 嬉しかった。あの時、私は強気でいたけど本当は怖かった。彼が助けに来てくれた時は私はホッとした。


 何の関係もない私を助けてくれて……いや、もう知らない人でもないか。助けてくれた人ということで私はしばらく彼のことを覚えているだろう。


 男子に興味はない。けど、昨日から彼のことが頭から離れない。今朝だって明らかにおかしかった。挨拶されて、挨拶を返すなんて私らしくない。


「綾乃、どうかしたの?」


 ぼっーとして窓から外から見ていると舞桜が私の顔を覗き込んできた。


「次、体育だから嫌だなって……」


 ちょうどここからプールが見えたのでそう言うと舞桜は頷いた。


「わかるよ。けど、泳ぐの好きだから私は水泳の授業好きかな。そう言えば綾乃は橘くんとどこで仲良くなったの?」


 せっかく忘れようとしていたのに舞桜がその名前を出すことによってまた思い出してしまった。


「仲良くなんてないわよ。昨日、ちょっと会って話しただけ」


「へぇ~、本当?」


「何よ。ほんとに何もないから。ところで舞桜は橘良太と知り合いみたいね」


「同じ中学でちょっと仲良かったんだよね。あっ、気になるなら橘くんが中学時代どんな子だったか教えようか?」


「遠慮するわ。興味ないから」


「ん~、そっかぁ~」


(そう、私は彼に興味ない。けど、なんで……)





「あっ、橘くん、昨日はありがとう。おかげで小テストなんとかなったよ」


「そうか、それは良かった」


 水泳の授業後、教室に1人で戻ろうとしたところまた彼に出会ってしまった。舞桜はというと先生と話したいことあるから先戻ってといわれて今はいない。


 彼と話していた女子は話し終えたのか去っていき、後ろを振り返った彼は私のことに気付いた。


「あっ、唯川」


「随分とモテモテね」


「普通に女子と話していただけだ。唯川のクラスは水泳の授業だったのか。羨ましいな」


「羨ましい? 水泳なんて謎に体力消耗するだけじゃない。髪濡れて、帰りまで自然乾燥……髪が痛むから水泳の授業は嫌いよ」


「あー、まぁ、そうだな。髪が痛むのは嫌だよな」


 廊下のど真ん中で話していたので端により私は水着が入った袋を持ち、壁にもたれる。


「あ、あのさ……」


「ん?」


「今日の放課後、空いてるかしら?」


「今日? 空いてるけど……」


 そうだ、こうやって昨日のことを思い出してしまうのはちゃんとしたお礼をしていないから。だから何か彼にお礼をしたら忘れられるはずだ。


「放課後、昨日あなたが呼び出したところに集合。じゃあまた」


「ちょっと待って、唯川」


「な、何よ……」


「そ、そのさ……水泳の後だからかもしれないけど、後ろ透けてるからこれ着とけ」


 そう言って私に渡したのは橘の半袖のベストだった。


「これって……」


「あっ、それ、俺は着てないからな!? 今年はまだ1回も着てないやつだ」


「あ、ありがとう……」


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