おあずけよぼくらのぜつぼう(6)
雫の容態は悪化の一途を辿っていた。発熱のせいで汗は止まらず、そのせいで脱水症状が引き起こされる。水分すらろくに与えられない状態で、雫は朦朧とする意識の中、夢のような、幻覚のようなものを見た。
そこは薄暗い部屋のようだった。黒っぽい、豪奢なベッドや調度品が置かれていて、ベッドには誰かが寝ているような膨らみがあった。雫は、いつもよりも不自然に高い目線から、ベッドの膨らみを見下ろしていた。
「ネクトル」
雫のものでない雫の口から、雫よりも幾分低く響く声が出た。ネクトル、というのは、なにかの単語だろうか。いや、それよりも。
(言葉がわかる……!)
今までの『異世界語』ではなく、紛れもなく日本語だ。夢の中だからだろうか。と、不意にベッドの膨らみが波打つように動いて、ふかふかの掛け布団の端から、銀の長い糸が出てきた。
(髪の毛? 女の子かな)
それはもぞもぞ動いていたかと思うと、細い指が布団の端を掴んで、それから形の整った頭が出てきた。色の白い、赤い眼の少女だった。
「ネクトル」
雫の口がもう一度動いた。どうやら、ネクトル、とは彼女の名前らしかった。
「二回も呼ばなくても聞こえてるよ、シェルガ」
「そうか」
雫が
ネクトルはゆっくりと半身を起こすと、
ネクトルは白いひらひらした寝間着のような格好をしていて、雫は思わず目を逸らしそうになったが、シェルガのせいでそれは叶わなかった。
「ネクトル、着替えて、広間へ。皆が待っている」
「うん」
ネクトルはそのまま、寝間着を脱ぎ始めた。白い肌と、形の良い胸が顕になる。雫は眼を瞑ろうとしたが、やはりできなかった。微動だにせず、眼すら逸らさないシェルガを、雫は恨めしく思った。
(……あれ?)
雫は、ネクトルの胸、鎖骨の少し下あたりに、赤い宝石のようなものが埋め込まれているのを見た。見間違いではない、確かにそこにある。
(ファンタジーだなあ)
と雫は思った。よく見ると、ネクトルの耳も雫と違って先が尖っている。エルフとかそういった類の種族だろうか。エルフとは森に住んでいるイメージがあったが、この世界のエルフは違うのだろうか。
などと現実逃避をしている間に、ネクトルはすっかり着替え終わっていた。白いシャツに黒いベスト、黒いスカートを穿いて、赤いリボンの上に貴族がするような白いフリルをつけている。長い髪は丁寧に編み込まれて、上品な印象だ。
「行こう、シェルガ」
「ああ」
「……その前に」
ネクトルは不意に動きを止め、シェルガの方を見た。いや、シェルガではない。シェルガを通して、
(ぼくに気付いて……?!)
「誰」
「ネクトル?」
シェルガが不思議そうに首を傾げたが、ネクトルはじっとシェルガの瞳を凝視していた。雫は動揺しながらも、なんとか自分の意思を伝えようとした。声は出なかったけれど。
(ぼくは、雫です。捕まってるんだ)
一生懸命に念じていると、それはネクトルに伝わったようで、彼女は
「そう」
と頷いた。
「なにかの拍子に
それから、ネクトルは薄く笑って、
「助けて欲しい?」
その問いに、雫は一も二もなく頷いた。当たり前だ、そうに決まっている。けれども。
(ぼく以外に、流静っていう友達も捕まってるんだ。 ぼくはいいけど、流静がどうなってるのかわからないし、そっちを助けて欲しい。もちろん、できれば両方を)
「強欲ね。ニンゲンらしい……いいわ、助けてあげる。ただし、わたしの言うことを聞いてよ」
(ぼくらを奴隷にするの?)
「まさか! そんな野蛮なことはしない。でも、願い事にはそれ相応の対価が必要でしょ?」
(それはそうだ。ここ以上に酷いことをしないなら、それでいいよ)
「成立だね。じゃあ、そろそろさようなら。わたしたち、今からやることがあるの」
そう、ネクトルが言うや否や、雫はなにか物凄い力に後ろから引っ張られ、そのまま意識を失った。
ぱち、と目を開けると、そこはまた、いつもの檻の中だった。
「夢……」
にしては妙な感覚だった。雫は、最早痛むどころか感覚すら危うい背中をなるべく動かさないように気をつけながら、反対方向に寝返りを打った。欠けた空っぽの椀がぐらぐらと揺れていた。
親友と異世界召喚されたけどなんだかお約束と違うんですが(泣) 午前二時 @ushi_mitsu
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