おあずけよぼくらのぜつぼう

 様々な声や響きが近く、遠くで交差する音のうねりで二人は目を覚ました。手の枷はまだある。夢ではなかった、と落胆しつつも檻の外を窺うと、たくさんの大人が自分たちを取り囲んでいることに気が付いた。

「な、なんだ……?」

 彼らは品定めをするような眼で流静と雫をじろじろと眺めていた。

「流静」

「なんだ」

「ばらばらにされないように祈っておこう」

「ばらばらって、どっちの意味で」

「どっちも」

 雫は流静の手の上に、自分の手のひらを重ねた。その手は微かに震えていて、それに気付いた流静は、何も言わずにされるがままになっていた。

 檻の外の大人たちは、なにやら件の男女と言い合っていたが、一人の大柄な男と話がついたようで、懐から出した小袋を女の方に渡した。すると女が鍵らしきものを男に渡した。男はそれを受け取ると、檻の鍵穴にそれを差し、回した。

 がちゃん、と硬質な音と共に檻の扉が開く。奥の方で縮こまっていた流静と雫は、男の手で引っ張り出された。

 それからかちん、と首に何かがつけられた。それは首輪だった。首輪からリードのような紐が繋がっていて、男は流静のと雫のそれをまとめて持っていた。くい、と引っ張られて、思わずよろめき一歩前に出る。

「ばらばらにはされないみたいだ」

 雫は流静にそう囁いた。何も解決したわけではないが、少なくともこの右も左もわからない世界でも、同じ人間のもとにだけでもまだ幸運なのかもしれなかった。

「縺、縺?※縺薙>」

 男はそう言って、再度二人のリードを引っ張った。そのまま歩き出したので、流静と雫は慌てて足を動かした。少し歩いたところに、恐らく男のであろう荷馬車があった。その荷台に載せられて、また、道なりに揺られることになった。


 どれくらい揺られただろうか。沈んでいた陽は再び昇っていた。二人は眩しい光に目を細めた。逆光になっていてよく見えないが、どうやら街に着いたようだった。

 少し進むと、男は御者台から降りた。それから、門番らしい人間に話しかけ、何事か話をつけたようで、また御者台に乗り馬車を進めた。煉瓦でできたアーチをくぐると、その中にある建物はどれも煉瓦で建てられていた。赤や、青や、緑など様々な色の煉瓦が敷き詰められていて、モザイクアートのようだった。

 街中を馬車が進むと、街の住人らしい人びとが数人、荷台の中を覗き込んできた。もちろん良い気分ではないので、流静と雫はなるべくそちらを見ないように荷台の隅をじっと見詰めた。


 馬車が止まった。二人が顔を上げると、大きな煉瓦造りの建物が聳え立っていた。

「逹?縺?◆縺槭??剄繧翫m」

 男は手を振って、荷台を叩いた。

「降りろってことかな」

「だろうな」

 流静と雫は荷台から降りた。そこでまたリードを引っ張られて、二人はそのままその建物の中へと連れて行かれた。


 中は明るかった。円形の明かりが壁にくっついていて、玄関には数人の給仕メイドのような格好をした少女たちがいた。

「縺、縺?※譚・縺」

 男はそう言って、更に奥へと二人を引っ張った。長い廊下にはたくさんの肖像画と花が飾ってあり、床はふかふかの絨毯が敷いてあった。

 奥へ奥へと進むと、地下に続くであろう階段が出てきた。男はその中へ入っていった。二人も続く。

 地下室は、肌寒くて薄暗かった。鉄製に見える檻が並んでいて、それは全て、ちょうど人間が一人入るほどの大きさだった。

「縺翫>」

 男がそう、呼びかけるように言うと、暗がりから数人の男たちが出てきた。彼らは布製のシャツを着て、茶色のズボンを履いていた。

 男たちは主人であろう男の前に綺麗に整列した。

「謚シ縺輔∴莉倥¢繧」

 主人にそう言われ、男たちのうちの二人が、雫を四つん這いにさせて押さえつけた。

「なにするんだ!」

 と、雫を助けようとした流静は、残った男たちに羽交い締めにされた。じたばたと藻掻くが、びくともしない。

 主人の男は、雫に近づくと、学ランをシャツごと捲った。雫の日焼けしていない白い背中が顕になる。

 不意にぱちぱち、と音がした。流静が音のしたほうを見ると、真っ赤な焼印を持った、シャツの男がいた。

「おい、おい……やめろ……やめろ……!」

 流静の言葉も虚しく、主人の男はそれを手に取ると、雫の背中に、躊躇いなくそれを押し付けた。じゅう、と肉の焼ける音がする。

「────ッッッ!!!」

 雫の、もはや声にすらなっていない悲鳴が地下室に反響した。文字通り焼け付くような痛みが全身を駆け巡る。雫は全身から玉のような汗を流し、歯を食いしばって身体を仰け反らせた。

 くるり、と主人の男が流静の方を向いた。流静を羽交い締めにしていた男たちも、次に何が起こるかわかっているかのように、流静を雫と同じ格好にさせた。

 シャツが捲られ、その背中に焼印が近付けられる。じりじりと熱が肌を焼いた。

 じゅっ。

「ぎ、ぃ─────ッッッ!!!」

 歯を食いしばっても、手のひらに爪を突き立てても、無駄な抵抗だということがわかる。喉の奥から勝手に声が出る。痛みで目が開けていられない。今まで経験したどの痛みもに思えるほどの痛み。

 それを最後に、流静の意識は真っ暗になった。

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