おあずけよぼくらのぜつぼう(2)

 森の中は暗かった。じめじめしていて、といった様子だ。時折かさかさと手のひらほどの大きさの蜘蛛のような生き物が走るのを見た。

「うっわ、気持ち悪っ」

「毒とかないといいけど」

「あれ食わなきゃならなくなったらどうする?」

「餓死したいね」

「だよなあ」

 草木を掻き分けながら進む。食べられそうな木の実か、せめて水だけでも確保したい。そう思いながら歩くが、なかなか見つからない。

「喉乾いたなー」

 と、流静。しかし鞄のペットボトル貴重な飲料には口をつけない。のことを考えているのだ。

 隆起した木の根を跨いで、乾いた枯れ葉をぱきぱき踏んで、二人は歩いた。歩き続けて、ついに森の端まで辿り着いたようで、いきなり視界が開けた。

 高かった日は半分ほど落ちていて、その眩しい夕陽に目を細めた二人は、額の汗を拭った。

「……まあ、夜になる前に森を抜けられたのは良かったかな」

「よかったけどさ、どうするよ、これから」

 森を抜けた先には、更に道が続いていた。田畑らしきものが何キロにも渡り広がっている。少し行ったところには民家だろう建物がある。

「あの家、行ってみる?」

「どうせ言葉は通じないだろ」

「通じなくても泊めてもらえるかもしれないよ」

「うーん……まあ、そうか」

 どことなく不安そうな流静を説得して、雫はその建物まで歩いていった。あとから流静も着いてくる。

 その建物は、年季の入った壁をしていた。木製……ではないが、コンクリートにも見えない。恐らくは二人の知らない素材を使っているようだった。

 雫が、扉を叩いた。

「すみませーん、誰かいますか?」

 すると、中から二人分の足音がして、ゆっくりと扉が開いた。少し年をとった男と女が胡乱げな顔で並んで出てきたのを、どぎまぎしながら見ていると、男のほうが何事か訊ねるような言い方で話しかけてきた。

「隱ー縺ァ縺吶°?」

「あ、えっと、ぼくは雫、こっちは流静」

「縺シ縺上?縺励★縺上?√%縺」縺。縺ッ繧翫e縺?○縺?」

「雫、流静」

「シズク、リュウセイ?」

「──通じた!? 流静、通じたよ!」

「そ、そうだな……!」

 初めてまともな日本語を聞いて、二人は嬉しさのあまり思わず抱き合った。直ぐに恥ずかしくなって離れたけれども。

「あ、あの! ここに泊めてくれませんか?」

「縺ェ繧薙□縺」縺ヲ?」

「うーん、どうしたら伝わるかな……こう……寝る、したい、いい?」

 大袈裟なジェスチャーを交えて、どうにか意思疎通できないかと四苦八苦していると、女が男に何事か言い、それを聞いた男が頷いて、流静と雫に、入れ、というように手を動かした。

「え、いいんですか?!」

「やったな、雫」

「うん!」

 そして二人は、誘われるままに小屋の中へ入っていった。


 入ってすぐ、二人は木でできたテーブルに座らされた。ジェスチャーで待つようにと指示され、そのまま座っていると、湯気の立ったスープとパンが運ばれてきた。

「うわあ、食べてもいいですか?」

 雫が訊くと、女はいいよ、と言うように頷いた。それを見てから、二人は同時に木匙を手に取り、スープを啜った。温かいそれは、空っぽの胃によく染みた。

「うま……」

 流静が呟いたのに、雫は無言で頷いた。兎に角腹が減っていたので、ごく普通の味のスープも極上のものに感じた。

 

 パンもスープもすっかり胃に収めると、なんだか急激に眠気が襲ってきた。見知らぬ土地に連れられ、歩き倒して疲れたのだろうと思い、促されるままに床に敷かれた布団に倒れ込んだのが最後の記憶。


 気がつくと、身体が揺れていた。流静が異様に重い頭をどうにか動かして辺りを見回すと、真四角の檻で囲まれていた。

「…………は?」

 慌てて雫を探す。雫は流静の足元で横になっていた。その手は木でできた枷で戒められている。

「ちょ、雫、しずく! 起きろって」

 自分も縛られていた手で雫を揺り動かすと、彼はうぅんと眉を顰めて、眠たそうに目を開けた。

「……なに?」

「なに、じゃない! おれたち、どこかに連れて行かれてる!」

「へ?」

 それを聞いた雫が驚いたように起き上がる。そして檻に囲まれているのを見、呆然としたように目を丸くした。

「なんで?」

「嵌められたんだ」

「売られる、ってこと……?」

「わからない、けど、ろくなことにはならないと思う」

 檻には車輪がついていた。そしてそれは二頭の馬に牽かれていて、その馬を操っているのは、あの男女だった。二人は流静と雫が目を覚ましたのに気が付き、女の方が二人を見た。そして、

「シズク、リュウセイ」

 と嬉しそうに笑った。暗くて表情はよくわからなかったが、嬉しそうな雰囲気と、声色から笑っているのだとわかった。

「な、なんで笑ってんだよ!」

 流静が怒鳴っても、女はにこにこしているばかり。流静が思わず檻を掴んでがたがた揺らすと、男のほうが女に、

「縺翫>縲√≠繧薙∪繧雁絢豼?縺吶k縺ェ」

 と咎めるように言った。女は、うん、というように頷いて、また前を向いた。それからは流静がどれだけ檻を揺らしても、二人は振り返らなかった。

 馬車は夜道をがたがたと走った。雫は肩で息をする流静を宥め座らせた。木でできた床は、固くて揺れるので座り心地は悪かった。

「ここで体力を使ってもどうしようもない、鞄も盗られたみたいだし、様子を窺って逃げるしかないよ」

「くそ……!」

「ごめんね流静、ぼくのせいだ」

「いや、雫のせいじゃない。あれ以外に選択肢なんてなかったろ」

 それから二人は、黙って横になり目を瞑った。これからどうなるのか、重い黒ずんだ不安を胸の底に抱えながら。

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