第75話 文化祭の動画
「これ、演劇部じゃない? 皆川」
「違う。あたしたちはこんなみっともないトリミングはしない」
朝、渚と登校してくると先週末の甘い雰囲気とはまるで別人の鈴音ちゃんが皆川さんに絡んでいた。鈴音ちゃんはいくらか男勝りの喋り方をする。それは中学の頃、ずっと渚を守ってくれていた名残なのかもしれない。彼女は渚を守るためなら強面の男の先輩相手でも怯みもしない。
皆川さんもまた、鈴音ちゃんと同じくらいの背で一見温厚そうな顔立ちなのだけれど、普段から男っぽい喋り方をしていて勝気な性格。彼女も一端の演劇部部員なのだ。演劇部では男役も、そして女役も等しく演じていると言う。さらに男子へのツッコミなんかもかなり厳しい。
「演劇部なら劇の動画くらい持ってるわよね?」
「クラス劇の動画は管轄外だからそれは無いっての」
「誰かが撮ってたかもしれないじゃない」
「演劇部は練習も含めて勝手に動画上げたりしない。そこだけは信用がなくなると劇団でも使ってくれなくなるからありえない」
「よく言うわよ。姉崎みたいなのも居たクセに」
「あいつこそ家のPCからスマホまで全部押さえられてるわよ」
むぅ――と二人が机を挟んで睨み合っている。
「鈴音ちゃん、私のことだったらいいから。皆川さんも違うって言ってるし。ごめんね、皆川さん」
何の話かというと去年のA組の演劇の動画、あの一部が動画投稿サイトにアップされていたのだ。その一部というのが渚の出演シーン。誰が上げたのか、その動画のURLがあのタウン誌、月刊ジルコワールの交流サイトに貼られていたようなのだ。
交流サイトを見ている読者には文化祭に来るような他校の生徒も多い。特にうちの演劇は有名だから体育館は人でいっぱいになる。おかげで講堂での発表を余儀なくされている部活も多いし、軽音なんかは野外ステージでやってる。まあとにかく、そこで渚を見た人が当時の演技を覚えていたのだろう。名前こそ出されていないが、印象的な渚の演技についてコメントをしていたのだ。
渚はあの演劇を通じて目立つようになった。自信のようなものが溢れ出て見える時がある。おまけにあの時の衣装は宮地さんが渚を聖女に仕立て上げるため、シンプルな薄手の貫頭衣にした。貫頭衣ってのは大き目の布を使うと布がかなり余るんだけど、出てるところは布が張っていて、引っこんでるところはドレープをつけたように自然と布が余る。さらに紐で腰を縛ると渚の場合、その体型が物凄く目立つのだ。
案の定、ジルコワールの交流サイトでも渚は話題になっていた。
エロい、かわいい、美人、演技がいい、エロい……などと称賛の嵐。
ただ幸いか、うちの高校の生徒らしきコメントは無かったため、詳しい話は出ていなかった。
一年生はともかくとして、他の学年にもいろいろ渚が関わった騒動の噂は出回ってるもんな。
「渚、困るのはあんたなのよ?」
「そ、そうだけど……」
「うちじゃないとは思うけど、一応探しといてあげるよ。てかもう声は掛けてある」
鈴音ちゃんと皆川さんは目を合わそうとはしないけれど、二人とも渚のことは心配してくれてる。
「で、動画は消してもらえそうなの?」
「交流サイトの方はお母さんに言ってもらったけど、動画サイトの方は手続きが面倒そうで学校からやってもらわないといけないみたいなの」
「じゃあ行きましょう」――と職員室へ行こうと促す鈴音ちゃん。
「おいおい何処行くんだ、朝のHR始まるぞ」
いつの間にか担任の先生が来ていた。
ちょっと先生、聞いてください――と鈴音ちゃんは渚を連れて教壇へ。
件のサイトをスマホで見せて、説明をする。
「はぁ、別にお前たちに文句があるわけじゃないが……仕事増やすなよ全く。――黒葛川、このプリント配って皆で内容確認しといてくれ。あと出欠もよろしくな」
担任は鈴音ちゃんと渚を連れて、職員室へと向かった。
「瀬川は行かなくていいのか?」
「いや、僕が行っても仕方なくない?」
「太一が行かなくてどうするのよ!」
「旦那でしょ、しっかりしなさい!」
七虹香ほかにどやされて、しぶしぶ職員室へと向かった。
◇◇◇◇◇
「うぃ~~~」
職員室へ向かう途中、萌木に遭遇した。おはようの返事がこれだ。
七虹香とは中学からの友達らしいが遊びまわってるくせに理系の成績だけはやたらいい。こいつはこいつでおかしなスペックだった。
職員室前のトイレ傍までやってきた。が、本当に僕が行ってどうするんだよと、ここまで来て迷っていた。職員室の雰囲気はそもそも苦手だし、入った途端に手隙の先生にジロっと見られるのが苦手だった。そうこうしているうちに、一時間目の授業のため先生達の出入りが激しくなり――教室戻れよ――なんて声を掛けられながらもその場で待った。
「あれ? 太一くん?」
「何やってんのよこんなとこで」
渚と鈴音ちゃんが職員室から――失礼します――と出てくる。
「心配で来てみたんだけど良く考えたらやることないよなって」
「うん、ありがと。学校の方で、動画の権利者としての申し立ての手続きとかいうのをやってもらったから、消してもらえるだろうって」
「そうか、よかった」
「あの動画、マルチメディア部が持ってる動画らしいのよね」
「マルメ部か。あそこもモラル低そうだからなあ」
「とりあえず一時間目、遅れるから行こ」
まあ、余裕で遅刻したので現国の先生に文句を言われた。
◇◇◇◇◇
「夏乃子~、マルメから一年の時の動画、漏れてない?」
業間、皆に動画の話をすると、七虹香がうちで唯一のマルメ部部員、萌木に聞いてくれた。
「んー、漏れるかもしんないけどどうだろ。部内ではそこまで厳重じゃないかなァ、知らんけど」
「誰かに心当たりないか聞いて見てくれないかな、萌木」
「夏乃子、お願い! ジェラート奢るから」
「はぁ~、面倒くさ。――あ、それよりさ、七虹香、瀬川とヤったの?」
一瞬、クラス内がざわっとする。
「バカっ、それは今もうデリケートな話題なの!」
「やってねえ!――お前も誤解されるような返事するな!」
「だってさ、七虹香、鈴代ちゃんと瀬川のエッチに混ざりたいとか言ってたじゃん」
「ぎゃー! その話禁止!」
僕や渚はエッチの話を否定しながら慌てて萌木の席から退散した。
このところ、七虹香が大人しかったから気を抜いていたが、もともと七虹香たち三人組はクラスではああだったんだ。渚の傍には三村が立っていた。三村も三人組の一人だったが――。
「なんかごめん……」
三村が渚に謝っていた。そして両手で顔を隠すと――。
「――調子に乗ってた去年の自分を殴ってやりたい……」
三村にも羞恥心が残っていたんだなって。
◇◇◇◇◇
「太一、これ見て」
別の業間、そう言って鈴木が見せてきたスマホ。
そこにはあのかつての渚のファンクラブのコミュニティが表示されていた。
――まだ残ってたのかこれ……。ただそこには――。
『渚先輩の動画流したの、誰!』
――そうやって怒りのスタンプと共にコメントしていたのは何とあの芦野 五十鈴。
『知らないわよ、まだ生きてたのあんた!』
『芦野、あんた自分でやったんじゃないの?』
『先輩の前で恥かいたんだからね! 許さないから!』
「言っとくけど僕じゃないからね」
僕が何か言う前に断りを入れる鈴木。
「――あと、芦野の性格からして、犯人じゃない」
「まあ、疑っては無いよ。芦野は一年生だと思うから」
芦野の正体は未だに分からなかったけれど、ヤツの渚に対する思い入れは普通じゃなかった。だから渚を貶めるようなことはしないと思うし、渚をネットで目立たせるつもりならもっと早くにできたはずだ。それに貶めるなら僕を狙う方がまだ現実味がある。
◇◇◇◇◇
動画サイトに上がっていた渚の動画はその日の内には削除された。学校が生徒のプライバシー情報の漏洩対処には割と力を入れてくれているらしいので、ネット関係の法律に詳しい相談役が付いてる――とは新崎さんの話だった。ついでに、交流サイトについてはURLを張ったコメントと、渚のプライベートに関わりそうなコメントが削除された。
ただ、それで収まりが付くかというと、謎の高校生Nとして話題は日に日に盛り上がっていった。そしてある日――。
『もしもし、鈴代 渚さんですか?』
そんな電話が僕のスマホにかかってきたんだ。
--
月間ジルコワールにひとりで笑ってました。
あんなのに毎月やってこられたら困りますw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます