第73話 おとなり
体育祭が終わって最初のLHR、席替えが行われた。
今日、ようやく女神様は僕に微笑んでくれたのだ。
何の女神様かは知らない。
僕が小説で書いたみたいな白くて房だらけの地母神かもしれない。
とにかく、女神様は微笑んでくれた。
僕の席は廊下側、前から三番目。
渚の席はその隣の列、前から三番目。
そう、僕らはついに隣同士になれたのだ。
授業中でも十分に視界の内に渚が入る。
僕の恋人は授業を聞く姿だけで美しかった。
以前のように背を丸くしていてもかわいいと思ったことだろう。
でも、今の渚は背筋をピンと立てていて、かわいいもあるがまず美しい。
渚はもともと字が綺麗だった。
書道の時は姿勢を正しているらしいので、背筋を伸ばすに苦はなかったかもしれない。
その渚がノートを取ると、それだけでときめいた。
消しゴムを使うだけで様になる。
今まで渚の隣の席になっていたやつが羨ましい。
少し前までは鈴木だったわけだけど、そう思うと腹立たしくもある。
こんな特等席を僕は一年間も知らずに居たのだ。
何だかいろいろ損していた気分だ。
渚もときどき嬉しさを抑えきれずにか、こちらへ視線を向ける。
もちろん僕はそれを見逃さず、視線が絡み合う。
渚は恥ずかしそうに唇を噛む。
こちらも気恥ずかしくて同じように唇を噛んでしまう。
今までのように背筋を伸ばしたり、首を左右に振ったり、邪魔な七虹香とかごしに覗いたりしなくてもいい。たったそれだけのことが授業に平穏と幸福を齎していた。
「――聞いてる? 渚の隣になれたからって浮かれて周りが見えてないんじゃ無いでしょうね?」
えっ――と我に返ると、渚の前に居た鈴音ちゃんが話しかけてきていた。
「ああ、うん、聞いてる聞いてる」
ほんとかしら――と訝しむ鈴音ちゃん。周りを見ると既に業間で、その業間に鈴音ちゃんが僕に声を掛けてくるのは珍しかった。いや、別に珍しいと言う訳でもないか。何しろ鈴音ちゃんの席は渚の前だったのだから。鈴音ちゃんは僕と違って相変わらず
「瀬川、あんたたち臨時バイトとか探してたわよね」
鈴音ちゃんは何故か周りの様子を伺いながらそう聞いてきた。
「うん、まあね。渚と一緒にできるバイトが無いかと思ってたんだけど」
本格的にバイトを探すことも考えたけれど、一緒に居られる時間が減ると渚に文句を言われたし、親たちからは渚の家の夕飯を準備したり、僕の家の掃除をちゃんとするようになっただけでも十分感謝されていた。それに、お出かけデートの内容によってはお互いの親から小遣いなり足なりを援助して貰っていたのもあってバイトするまでには至っていない。
「なら打ってつけだと思うわ」
これ――と手渡してきたのは一枚のプリント。そこにはプール掃除のアルバイト募集についてが書かれていた。生徒会のハンコと校長先生のハンコが押されたもののコピーだった。
「あれ? これって業者がやるんじゃなかったの? 去年は体育祭終わってすぐ業者が来てたの見た覚えがあるけど」
「なんかその業者がやめちゃったらしいのよ。いつもコーチに頼んでもらってたんだけど」
鈴音ちゃんが言うには昔は生徒が掃除してたらしいので、別に高圧洗浄機とかでやんなくてもいいんだそうだ。バイトとしては安いようだけど、半分はボランティアみたいなものなのだろう。
「まあ、そういうことなら……渚、どうする?」
「太一くんと一緒ならいいよ、やろ」
「あとあんまり男子には教えないで。
「でもこれ、デッキブラシで擦り洗いって結構力仕事じゃない?」
「一応、彼氏持ちの女子に声を掛けてるから彼氏が目当て」
「ああ、なるほど……安いバイト代は男女セットで一人前かなこれ……」
「渋谷さん、私も参加していいですか?」
そう聞いてきたのは僕の後ろの席になった奥村さん。
「奥村も? 金欠?」
「ああ、ええと…………ちょっと欲しいものがありまして」
奥村さんの欲しいものって何だろう……このバイト代では奥村さんが欲しがるようなものは何も買えないような気がする。他、前の席で話を聞いていた、同じくデート代が欲しい相馬たちも参加することになった。まあ、お出かけ先での食事代くらいには十分なるしね。
◇◇◇◇◇
さて、午後の業間、廊下であの柏木に出会った。一応、彼のC組は同じ四階の教室なのだけれど、登下校ではタイミングのせいかほとんど見かけないし、それ以外では芸術の授業での移動で稀に目にするくらいだった。ちなみに僕は学校ではトイレにほぼ行かないのでトイレで会うことはまずなかった。
柏木は鼻っ柱を青くしていた……思わず二度見してしまったので目が合ってしまった。犯人は成見さんしか思い当たらない。僕と目が合った柏木は、バツが悪そうに口元を歪めて目を逸らした。まあ、彼が成見さんとヨリを戻すか、言い寄られてるという女の子に靡くかは彼次第だし、僕も知らん。
◇◇◇◇◇
「西野先輩って見た目と違って物静かで落ち着いてますよね」
その日の文芸部に於いて突然、そんな話題を振られて僕たち二年生は固まった。カチャリ――と、小岩さんは手にしていたシャープペンを取り落としていたし、坂浪さんに至っては余りの衝撃で異世界にでも転生しそうな雰囲気だった。
口にしたのは雫ちゃんの友達の水端さん。
「マ、マジスか?」
慌てる西野――いや、気持ちはわかるけどお前が慌ててどうする。
西野は中学までは割と喧嘩っ早かったらしく、友達も少なくて女子なんかもちろん苦手だったそうだ。ただ、高校に入ってから付き合い始めた連中がタチの悪い連中だったものだから、乗せられて文芸部で女を作ると息巻いてきたところを僕と文芸部の女の子たちに気圧されて考えを改めたらしい。ちなみに西野と僕は背丈が同じくらいだと思ってたけれど、僕の方が明らかに高いと後から知った……。
とにかく、それからというもの西野は文芸部に馴染もうと努力していた。物書きの初歩的な部分を指摘されても苛つかずに真摯に学んでいたし、僕なんかに比べて文章もたくさん書いていた。言葉遣いも文章に影響されてかマシになってきた。髪型は相変わらずツーブロックだったが、横を生やすと髪の量が多すぎて頭がデカく見えて嫌だとか本人は言っていた。
「そうね、西野君は最近とても落ち着いていて文章も読みやすくて丁寧だと思います」
「あ……ありがとうございます、部長。読みやすいって言われるのは嬉しいですね」
何だか最初に西野と話した時のことを思い出す。あれは本当に本心だったのかもしれない。
「……確かに最近は香水臭くないですね」
「坂浪さん、勘弁してください……」
「先輩、香水つけてたんですか?」
「ちょいワルっぽい方が似合うのに」
「眼鏡ない方がキャラに合ってません?」
本人の気も知らず、十川たちは好き放題言っていた。
いずれにせよ、西野もようやく文芸部に馴染んだという事だ。
「実は伊達眼鏡ってうちの校則にギリギリ引っかかりそうなの知ってます?」
笑顔でそう言ってくる小岩さん。僕も知らなくて驚く。
「えっ、そうなの?」
「はい、でも演劇部とか普通につけてますし、そもそもうちは校則の取り締まりが緩いので平気だと思います。西野君みたいに、相手を怖がらせないため――なんて理由なら、わざわざ文句なんて言われないんじゃないかと思います」
指輪付けてる子も滅多に怒られませんしね――と小岩さんが言うと、渚がビクッとしていた。
「ま、まずいッスかね?」
「平気平気、そっちの方が大人しそうだしな」
心配する西野に答えておいた。
半年も注意されていない以上、今更先生も言ってこないだろう。
「ギャップ萌えでいいと思います」
えっ――と皆が水端さんを見る。ギャップ萌えなんて言葉、使ったことなかったけどそういうのを言うんだっけ――ってなった。
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とりあえず今回はここまでで。
ちょっと中途半端なのですがスミマセン。
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