第69話 体育祭 前半
「うおっしゃー!」
僕ら2-Aのテントの前を駆け抜けていった男はクラスの女子の声援を受けてかさらにスピードを上げ、その先の平均台など存在自体無かったかのようにワン・ツー・スリーで飛び越えて次の走者へとバトンを繋ぎ、そして吠えた。七虹香たちとそれはもう楽しそうにダッシュ練習を繰り返していたが、ヤツはもともとそれほど足が速いわけでもなかった。ヤツはただ――――そう、コーラを飲むのが滅茶苦茶に速かったのだ。
障害物走は障害物リレーとなったことで高得点競技のひとつとなっていた。
障害物走――かつては跳び箱,ネット潜り,壁登り,パン食い,平均台があったらしいのだが、低めに設置された跳び箱は皆ちゃんと飛ばず踏み台にしていくだけになり、ネット潜りは女子から擦り傷ができるとクレームが出たため筒状の布をその場でくぐるだけに、壁登りは危険だからと無くなり、パン食いは走りながら食えるかとクレームが出て飴食いになったが、今年は不衛生だからと250mlコーラのストローでの一気飲みになったらしい。
とにかく、コーラ飲むなら余裕と
そしてバトンを渡されたのは七虹香。途中、布潜りで尻が引っ掛かったりしていて焦ったが、コイツもコーラを飲むのが無茶苦茶速かった。他の生徒、特に女子はコーラを一気飲みした後、走り辛そうにしていたのが七虹香にかかるとお代わりでも寄こせと言う勢い。むしろ、競技中にコーラ飲めてラッキー!――くらいにしか思ってないのではなかろうか。
「やったー! 一番なんて初めてー!」
ゴールテープを切った七虹香は大喜びしていた。走る競技で一番を取ったことが無いらしくてトレーニング中は本人、凄く頑張っていた。まあ、コーラ飲みリレーと化していたこと自体が彼らにとって幸いだったのかもしれない。
障害物リレーの選手たちは拍手を以って2-Aのテントに迎え入れられた。
「おめでとう。やったな、田代、山崎……」
「「貴様はまだ許されていない!」」
クラスメイトの――特に女子の注目を浴びている二人にコングラッチュレーションズを贈ったが、二人して指をさされ、加えて辛辣な返しをされてしまった……。
「もしかしてイケる? イケるんじゃない!?」
――七虹香は新崎さんに詰め寄る。
新崎さん――彼女を中心に何人かがタブレットに映し出される映像を凝視していた。
タブレットにはマルチメディア部が実況する体育祭の映像が映し出されていて、画面下には各学年・クラスの現在の得点が流れてきている。二年の成績がひと通り流れてきたのを確認すると――。
「よし、二位につけたわ。トップのD組は障害物リレー舐めてたのか点数落としたみたいよ」
「七虹香やるぅ!」
「七虹香ちゃんやったね!」
「すごい! 七虹香、えらい!」
「太一、褒めてー!」
「ええ、うん、(コーラの飲みっぷりが)すごかった……」
「俺も俺も!」
「田代もえらい!」
「俺は! 渡辺さん俺は!」
「美月ちゃんなら次の競技に行ったよ」
「どおぢで…………」
うちのクラスは午前中の100m走に出場した男女十二名の生徒がかなり上位に食い込んでいて、特に新崎さんと宮地さんが陸上部の選手を抑えてどちらも一位ゴールを果たしていた。さすがトップカースト、陸上部がそんなに強くないとはいえ意味が分からない。
男子の騎馬戦でも、黒葛川を中心として練習したチームが三位の成績を残していた。うちは男子が少ないので僕も予備には入っていたが、正直ああいうのは苦手だなと感じる。スキンシップに慣れた人間じゃないと無理。
それから、主に走る競技の選抜から漏れたクラスメイトが中心となって玉入れの練習をし、こちらもまずまずの成績。ノノちゃんがとにかくやる気を見せていた。ちなみに僕は参加したが、渚は圧倒的ノーコンを理由に辞退していた。
とにかく、そんな状況で障害物リレーが成績を押し上げたのだ。
そしてその渡辺さんが出場するのは午前最後の競技、男女混合スウェーデンリレー。運動部中心で組まれていて渡辺さんは第三走者。めげずに山崎は第三走者が待機する場所までダッシュで応援に行った。うちの学校のトラックは一周250m。第三走者は300mを走るので2回応援できるのだが……バトンパスの邪魔じゃないか、山崎?
◇◇◇◇◇
『おおっと! 並ならぬ瞬発力でトップに躍り出たぞA組委員長星川!』
マルチメディア部の実況放送がスピーカーから流れる。ついでにクラス毎に二台ずつ用意されたタブレットには走る星川さんが映る。板上会の寄付の取り分が大きいマルチメディア部は資金力も技術力も凄いな――なんて思ってたけど、星川さんは副委員長だぞ。
『――続くのはG,F,……D組は出遅れたか四位だ!』
『直線100mを走り切ってA組二番走者にバトンが渡ります』
『トップを走るのは大村。こちらも速い!』
『A組、特訓をしていたというのはどうやら本当のようですね』
『二年生も例に漏れず打倒A組に燃えていましたからね! おっと、D組
『ちなみに大村くんは星川さんのカレシだそうです』
『マジデ!? クッソ大村負けちゃえ』
『おいおい――しかし大村も後半伸びないか? 並びました』
『バトンは第三走者に渡ったがァ! ここでバレー部期待の星、渡辺を切ってきたA組ィ! 私、個人的に渡辺さんのファンです! ガンバレ渡辺さん!』
『あんたの好みは置いといて、渡辺速~い! あの長身が300mをほぼ全速力で走ってるように見えます』
「あれ、美月ちゃん全力じゃないよ」――隣に座る渚が教えてくれる。
「マジかぁ。渡辺さんどんだけ……」
『渡辺、後半も衰えない! いやむしろ伸びた! すごい! さすがオレの美月ちゃん! 第四走者までに他を大きく引き離しました!』
『本部近くで応援してる生徒からクレームが入ってますよぉ?――第四走者にバトンが渡ります。トップはA組の
見ると、山崎が放送席に怒鳴っていた。
他からも放送席にブーイングが。
『長谷もバレー部だそうです。いいなあ、女子バレー部見放題じゃないですか』
『競技を実況しろっての――A組に続いてD・F・I組がバトンを継ぎます』
『D組
『アンカーは400ですからね、勝負はまだこれからです』
『D組、後続を引き離してA組を追う!』
『F組,I組が失速してますね。岩瀬にペースを乱されたのでしょうか』
『トップが本部席前を通過しますがまだ距離はある! 逃げ切れるかA組!』
「「長谷くんガンバレー!」」
最終コーナーでテニス部の高橋さんと曽我さんが応援している。
高橋さんは長谷の彼女。そして曽我さんが糸井の彼女なのは先週まで知らなかった。
『直線75m!
ただ、高橋さんたちの応援を受けた長谷は力を振り絞った。そして――。
『――A組! 逃げ切りました! 一着でゴールイン!』
ワァァァア!!――と2-Aのテントから歓声があがる。
僕も渚も思わず声をあげていた。周りがやる気に満ちていたからか、何だか楽しくなってしまったのだ。こういうの、悪くないかもしれない。腹痛なんて完全にどこへやら。
◇◇◇◇◇
テントのマットの上では皆、昼食の準備にかかっていた。
そこにスウェーデンリレーのメンバーが帰ってくる。
「渡辺さんおかえり!」
「一位おめでとう! みんな速かったよ!」
「ありがとう!――山崎君も障害物リレー頑張ってたよね!」
「わわ、渡辺さん!!」
「人数が多いので最初に全力で抜けられたのは良かったです」
「俺は途中から追いつかれちゃったけどな」
「やっぱ400はキツい。瀬川、1500は頼んだわ」
「え…………」
1500も走るはずの長谷がそんなことを言ってくる。
「瀬川、出てんの玉入れだけだろ? 鈴代さんにいいとこ見せてやれよ」
「そうだよ瀬川くん、練習頑張ってたでしょ!」
高橋さんも一緒になって言ってくる。
隣では渚がにっこり。
「ま、まあそう言うなら……」
「うん、じゃあお弁当にしよ!」
そう言うと渚は手作り弁当を出してくる。今日は弁当無しと母から言われていたので何となくわかっていた。二つに分けられた弁当箱には、玉葱を刻み入れたさっぱりめのトマトソースのハンバーグに人参のグラッセ、レタスと一緒にスナップエンドウやベビーコーンなんかが入っていた。
「濱田さんがお野菜送ってくれたんだ」
「野菜、甘くておいしい。ん? これは?」
ご飯の方に、梅干しと並んでホイルの中仕切りに入った黒くて四角いもの。
「胡麻豆腐。甘いからワサビ付けて食べて」
「へー、こんなの作れるんだ」
「練り胡麻使えば簡単に作れるの。お母さんが董香さんに作り方聞いてきたの」
「旅館でも出てたね。――ん、めちゃおいしい、これ」
「よかった。また作ってあげるね」
「羨ましい事ね、色男」
「鈴音ちゃんの分の胡麻豆腐もあるよ。味見して!」
「太一はいいよなあ。俺のナゲットとハンバーグ交換しようぜ」
「やだよ。渚の作ってくれたハンバーグが他に換えられるかよ。山崎は渡辺さんに弁当作ってやれよ」
「そんな高難度クエストできるか!」
「太一! 1500走るって? これ食べて精力付けて!」
「え、何だこれ?」
――七虹香がご飯の上に何か黒い物体を載せてくる。
「鰻の肝!」
「ええ……」
七虹香の弁当は鰻重だった。普通の弁当箱に鰻のかば焼きが入ってるの初めて見たぞ。
「身の方もあげるね!」
「いやいやいや……」
「七虹香ちゃん、お返しに胡麻豆腐ちょっと分けてあげる!」
「渚、ありがとぉ!」
まあ、冷たかったけど、ご飯に載せるとおいしかった。
「みんな恋人同士、いちゃいちゃしやがってー!」
――と呻いたのは田代でも山崎でもなく長瀬さんだった。まあ確かに今日ばかりはと、クラスの彼氏持ちの女子はみんな手作り弁当を持参してきていた。となると長瀬さんのような女子はクラスには十人に満たない。
「まあまあ長瀬さん。宜しいではありませんか。よかったら独り身同士、ご一緒しませんか」
声をかけてきたのは山咲さん。山咲さんは奥村さんや新崎さんと三人で漆塗りの重箱を広げて囲んでいた。山咲さんが用意したのだろうか。
「えっ、いいんですか!?」
そう言って輪に加わる長瀬さん。
「ええ、全部は食べきれませんし。よかったらそちらの皆さんも」
「わ、わたしも?」
「やったー。おいしそう!」
山咲さんがそう言うと、姫野や渡辺さんなんかも集まってくる。
――ほら、渡辺さん食いしん坊なんだから山崎が頑張ればなんとかなるって……。
「じゃあ僕らからも差し入れ。デザートがまだ入る人はどうぞ」
鈴木と滝川さんがクーラーボックスから透明のカップに入った白いもの――上には赤いクコの実――を取り出す。
「瀬川くんもどうぞ。これ、杏仁豆腐。鈴木くんが鈴代さんに遠慮してるんで私から。鈴代さんもどう?」
滝川さんがそのカップを渡してきた。
渚も今回は遠慮せずに受け取っていた。
「鈴木はマジで女子力高いよなぁ」――と溜め息をついたのは三村。
「女子が男子の女子力に溜息つくなよ……。だいたい鈴木のはただの八方美人だから」
「……あれはもう愛情だろ……」
「なんだそれ」
鈴木の事は正直、今でもよく分からない。ただ、何かわからないけど渚にちょっかいを出しそうな雰囲気があるから気を抜けない。
「瀬川みたいな鈍いやつにはわかんないんだよ」
「つかなんで三村が鈴木の肩を持つんだよ」
「まあま、かなたんそこまでにしときー」
「太一くんも、ムキにならないの。ほら、あーん」
七虹香と渚が間に入ってくる。鈴音ちゃんは相変わらず据わった眼で僕を見ていた。
◇◇◇◇◇
「フレ~~~~! フレ~~~~~! E組!!」
背中をくすぐるような、それでいてまた少し心配になるような
ノノちゃんは相馬から借りた中学の学ランを着、髪を縛り鉢巻をして、みんなの前でひとり叫んでいた。がしかし……ノノちゃんパートが長い。誰だよこんな長くしたの……人の心とか無いんか……なんだかノノちゃんの揺れるような今にも倒れそうな必死の叫びを聞いているとこっちが応援したくなってきた。――ガンバレ……ガンバレ……――そんな気持ちでいっぱいになる。対戦相手のE組の生徒を見てもなんだか心配そう。両の拳を握っている生徒まで……よく見たら西野じゃん。
ようやく全員で声を上げるパートになって、誰もがホッとした様子。大丈夫だよノノちゃん、みんながついてるよ――そんな一体感が生まれた。
--
いや、そうじゃないだろって?
いいんです、きっと。
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