第65話 パーティのつづき

「ちょっとだけ待って。太一くんが部屋で呼んでるから」


 階下で渚の声が聞こえた。

 パーティは終わり、片付けも――1名を除き――手伝ってくれる女子ばかりだったのですぐに終わった。時間が遅いこともあって雫ちゃんと坂浪さん、三村、姫野は奥村さんちの車で家まで送り届けてもらった。四人とも送るとなると結構走らないといけないのに、奥村さんのお父さん?……っぽい人は嫌な顔ひとつせず了承してくれていた。それからノノちゃんは相馬が責任を持って送り届けるらしい。


 渚は、満華さんに送ってもらうことになった七虹香と鈴音ちゃんを待たせ、二階に上がってくる。


「二時間までなら待ってあげんね!」

「待つわけないでしょ」



 ◇◇◇◇◇



「太一くん、今日はありがとう。いっぱい頑張ってくれて」

「うん、でも楽しかったし、渚も楽しそうで満足できたよ」


「本当は泊っていきたいんだけど、お母さんもお祝いしてくれるし。ごめんね。あまり相手できなくて」

「普段ずっと一緒だから大丈夫。また明日も一緒だし」


 渚とはずっと一緒に居たいけど、僕だけが独占するわけにはいかない。彼女と友達の繋がりは僕と渚の繋がりにとっても大事だ。


「うん、ありがと」


 渚がぎゅっと抱きついてくる。

 唇を寄せてきたので体を押して離すと、渚が口を尖らせる。


「リップが落ちてキスしたってバレるよ」

「いいもん……」


「それよりほら、渚にプレゼント」


 僕は後ろ手に持っていたラッピングされた小箱を差し出す。


「えっ? だってパーティ代で貰ったし、太一くんはずっと料理で大変だったでしょ?」

「渚にだってポットとお茶貰ったでしょ?」


「あのときは皆、プレゼント持ってきてたし……」

「とにかく、受け取って欲しいんだ」


「ありがと…………えっと……」


「――開けていい?」

「開けてみて」


 二人の言葉が被る。

 渚がリボンを解いていくと箱の中からは小さな四角いケース。

 中身を察したのか、渚が目を大きく見開き、視線が僕とケースとを行き来する。


「――その……飛倉のお屋敷のこともあったし、親同士も何となく外堀を埋めてきてるのはわかるんだけど、なんかそういうのは嫌って言うか、できたら自分の意思で示したいからさ…………貰って欲しい」


 ケースを開けた途端、渚に抱きつかれて唇を奪われていた。


 ――しばらくされるがままに。こっちから求めると収集つかなくなるしね。


 やがて唇を離したけれど、渚はつま先立ちをやめず顔は近いまま。


「ありがと……。欲しかったんだ。でも、今日貰えるなんて思ってなかった」

「そっか。よかった。あでもそんな高いものじゃ――」


 再び渚は唇を重ねてきた。


「そういうのは言わなくていいの!」



 ◇◇◇◇◇



「あっれ? もう終わっちゃったの? 太一が暴発した?」

「どうせすぐに降りてこないだろうからって寛がせてもらってたわよ」

「なぁに? 渚、ニッコニコじゃん」


 リビングでソファーに座っていた三人。

 満華さんはニヤニヤして言う。あれは気づいてるな。

 渚は照れ臭そうに口を噤んでいるが、周りは逆に察してしまったみたいになってる。

 みんな、玄関に向かうと――。


「色男、色付きのリップが移ってるわよ」


 最後に残った鈴音ちゃんに小声で毒を吐かれる。

 どうやら顔に出ていたのは渚だけではなかったようだ。


「じゃ、またね太一」

「おつかれさま」

「太一くん、また明日」

「んじゃーのー。また食わせて」


 満華さんの軽に乗って帰る四人。

 助手席から右手を振る渚は、左手を不自然に口元に寄せていた。

 その左手の薬指には、小さなジルコニアがいくつか入ったシルバーのリングが煌めいていた。



 ◇◇◇◇◇



 翌日の金曜日、目覚めると渚の朝のメッセージが入っていた。


『太一くんおはよう! 今日もいい天気になりそうだよ!』


 やっと落ち着いたか――なんて思うのは、昨日は渚からの脈絡ないメッセージが山ほど来ていたから。――すごい!――キラキラ!――嬉しい!――お風呂に浸けても大丈夫かな?――太一くんの指輪だけ身に付けてるの!――キラキラ!――寝てる間に外れないかな?――外しておいたほうがいい?――外すと心配――無くならないかな――て感じでず~っとメッセージが来ていた。



 ◇◇◇◇◇



「あれっ? 渚、指どうしたの?」


 教室に入って挨拶を交わすと、姫野が渚に声をかけてくる。

 先に教室に入っていた鈴音ちゃんは何とも言えない表情でみつめる。


「あ、うん、ちょっと火傷しちゃって……」


 渚は左手の薬指に包帯をしていた。


「そうなんだ。大丈夫? トレーニングは休む?」

「ううん、それは大丈夫」

「…………」


 電車の中で同じ質問をしたらしい鈴音ちゃんは既に事情を知っている。

 包帯の下には僕が贈ったリング。渚は外したくないし、学校で没収されたら困るしで苦肉の策らしかった。七虹香とかがピンキーつけてたりすることもあるので、まあたぶん平気だとは思うけど、さすがに薬指にリングが嵌ってたら目立つかも。そう僕も言ったんだけど、――せめて月曜の朝まで――と渚は懇願していた。


「おはよう」


 話していると、奥村さんがやってくる。

 僕たちは普通に挨拶を返したのに、傍に居た姫野はなにか赤い顔をして――オハヨウゴザイマス――と堅苦しい挨拶を返す。


 姫野たちが奥村さんちの車で帰った後になって聞いたけど、どうも姫野は王様ゲームで奥村さんの頬にキスをしたらしい。姫野は最初、ノリノリで口紅まで塗ってたのが、相手が奥村さんとわかってビビったらしい。しかも――仁科先輩の命令は絶対だから!――みたいなことを言っていたはずなので、引っこみもつかなくなったっぽい。見事、奥村さんの頬にキスマークを付けた姫野は恐れ慄いていたそうだ。


「百合ちゃん、昨日はありがとう」

「こちらこそごちそうさま。あら? 渚、これは……」


 スッ――と右手で渚の左手を取り、左手を添える。


「ちょっと火傷しちゃったの」


 その言葉にハッとした奥村さんは、渚の包帯と顔とを交互に見る。


「そ、そう……。お大事にね」


 その後も何人かに指のことを聞かれていたけど、渚はその度に――ちょっと申し訳なさそうに――火傷と話していた。



 ◇◇◇◇◇



「うわっ、コレ、手で持ったらビクビクッってしてる!」


 翌日の朝、七虹香が大騒ぎしていた。


「ヤバイ、なんかエロイ!」

「騒いでないで剥いてくれ……」


「ヤダ太一、剥くとかエロすぎ!」

「馬鹿言ってないでさっさとやってくれ。七虹香の希望だろ……」


「どうやんのこれ!?」

「頭の殻をもいで……」


「ギャー! 電気走ったみたいになった!」


 僕は七虹香がうっかり手放し、飛び跳ねてきたエビをキャッチした。


 土曜の朝早く、渚と一緒に出掛けて生鮮食品専門のスーパーで生きの良い赤エビを買ってきていた。何でも、七虹香はエビがあまり好きではなかったらしい。が、一昨日のパーティで残り少なくなったエビとオリーブのパスタを少しだけ味見したところ、すごくおいしかったらしく、また食べたいと騒いでいたのだ。


 ――で、今は渚の家で、三人でひたすらエビを剥いていたところ。


「そうそう、七虹香ちゃん。ワタも丁寧に抜いてね」

「これ抜かないとダメ?」

「背中に切り込みつけておいた方がエビが縮んで硬くならないし、ワタとか足は丁寧に取った方が食感がいい」


「太一、やったことあるんだ?」

「雑にやったらえぐみが出るし、食感がじゃりじゃりになる」


「昨日の夜はやった?」

「昨日の夜は…………」

「昨日の夜はべ、勉強してたから! お母さんも居たし」


「泊りは泊りなんだ?」

「べ、別の部屋だよ!」

「別の部屋だった」


 うっかり話しそうになったけど、昨日の夜は本当に渚と二人で勉強していた。渚のお母さんも仕事から戻って来てたしね。やったのはあくまで夕方の隙間時間だ。


「ゴミ箱漁っていい?」

「だっ、ダメだよ!」

「いいワケないだろ」



 ◇◇◇◇◇



「いい匂い! おいしそう」


 今日は新鮮なエビの頭があるから、それでスープを取った。綺麗に濾しておいて後でトマトソースに混ぜる。


「満華さんそろそろ来る?」

「そうだね、そろそろかな」


「鈴音は来ないんだ?」

「鈴音ちゃん、今日はお出かけって言ってた……」


「ん? 鈴音ちゃん、何かあったの?」


 渚の何か引っかかる物言いに、少し気になって聞いてみた。


「ん……どうだろ……」


 渚が逡巡していると、インターフォンが鳴る。



「よお! 彼女が丹精込めて作った昼飯を食いに来てやったぜ彼氏クン!」

「厚かましい間男みたいな発言やめてください」

「みちかちゃん、作ったのほとんど太一くんだよ?」


「満華さん、一昨日ぶり~!」

「七虹香ちゃん、元気だった~?」


 七虹香のハイテンに応え、さらにハグをする満華さん。


 満華さんが来たのでパスタを茹で始め、ニンニクと唐辛子、それからパセリなんかの香りを付けたオリーブオイルでエビと解凍しておいたムール貝をさっと炒め、トマトソースとスープを加えて蓋をしておく。パスタが茹で上がったら混ぜて完成。


 テーブルのコルクボードにアルミパンを置き、渚に用意して貰ったいつもよりちょっと深めの皿にトングで盛り付ける。最近、渚のお母さんが大きめのトングを買ってくれたので盛り付けもそこそこ様になってる。


「はい完成」

「おいしそう!」

「ボナペティート!」

「いやお前が言うんかい」


 満華さんが七虹香にツッコミを入れる。この二人、パーティの日もあっという間に仲良くなった。それも姫野が満華さんの変わり様に戸惑っている間の出来事だったそうだ。姫野は七虹香に嫉妬してたとか。皆で食べ始めるとすぐに満華さんが――。


「そういやあ鈴音に会ったよ。さっき、すぐそこで」

「鈴音ちゃん?――は今日、お出かけって言ってた」

「太一、これもゲロうま」

「ゲロうま言うな」


「それがさあ、鈴音っていつも化粧とかしないだろ?」

「鈴音ちゃんはあまりしないね。夏場はプールもあるし」

「この貝って港でよくくっついてるやつ?」

「そう、同じ」


「すっげえめかし込んでたぞ、鈴音。かわいくてビビった」

「鈴音ちゃんが!?」

「鈴音、まさかデート!?」

「!?」


 渚と顔を見合わせる。鈴音ちゃんがデートしそうな相手と言うと……。


「雪村!?」

「雪村君?」


「いやでも、鈴音ちゃんは全くその気じゃなかった感じだったけど」

「えっ、なになに? 君たちデートの相手知ってんの?」


「雪村ってあれぇしょ? あんまりパッとしない感じの」

「七虹香、それ僕に喧嘩売ってんの?」


「太一は目立つでしょーが!」

「太一くんカッコいいしね!」

「君ら眼は大丈夫か?」


「何にせよ、雪村に失礼だろ」

「んー。でもあたしは……あんまり好きじゃないナァ」

「鈴音ちゃんがその気になってくれたのならいいかなあ、私は」

「そっかぁ、鈴音にもとうとう春が来たのかぁ」


 満華さんの言葉に僕たちは何度も頷いた。







--

 筆を折られたままでは納得いかないので自分に鞭打って続きを書きました!


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