第64話 秘密のパーティ

「ごごごごごごごめんなさいっ!」


 文芸部の活動で月曜日、部室を訪れていたところ、坂浪さんに――ちょっと――と声を掛けられて旧部室の方へ入ったわけだけど、戸を閉めるなり坂浪さんがすごい勢いで渚に謝ってきた。


「ど、どうしたの坂浪さん!?」

「……そ、それが…………誕生日のこと、雫ちゃんに知られてしまいました……」


「ええっ!?」


 ――と、驚いたのは僕の方で、渚はそれほど驚いてはいない。そもそも渚は別に後輩たちに知られても気にしないとは言っていたのであって、バレるとマズいと警戒していたのは僕や鈴音ちゃん、三村や姫野と言った周りの人間だった。


「――口止めはちゃんとしてくれた?」

「そ、それはもちろん。一年の鈴代さんのファンクラブで起きた騒動のコトは雫ちゃんも知ってましたし、鈴代さんが困ることになるからって話したら約束してくれました。ただ――」


 ガラッ!――と、戸が開いたかと思うとやってきたのは雫ちゃん。


「鈴代先輩! 私も行っていいですか! おた――」

「しーっ!」


 ――慌てて僕は人差し指を立てる。雫ちゃんは黙って頷いて、渚に向かって小声で――。


「(行ってもいいですか? お誕生日パーティ)」

「いいけど、皆には秘密にしてね。少し前に一年の子たちに勘違いされて大変だったの」


「はいっ、十川さんたちにも絶対言いません!」

「……す、すみません。私が浮かれていたばっかりに……。パーティとか初めてで」


「坂浪さんも気にしなくていいよ。パーティっていってもみんなで集まってちょっと騒ぐだけなんだから……」

「……そ、それがハードル高いんですよ」

「わかるわ」


「太一くん!?」

「渚だって知らない人が少しでも居ると思ったら緊張するでしょ?」


「う…………確かに」


 渚は最近、親しい友達がたくさん増えて大勢の友達と過ごす楽しさをわかってきたというだけで、本質的には坂浪さんとそう変わらない内気な文学少女だ。身内だけのパーティなら気を許せるというだけの話。


「鈴代先輩、意外ですね」――と雫ちゃん。

「私はそんな……凄いわけじゃないんだよ? 一年の子たちが勝手に言ってるだけで」


「でも、2-Aのお姉さま方の中でも全く引けを取りませんし、成り上がり伝説とか含めるとやっぱり一年女子にはいちばん人気ですよ」

「(成り上がり伝説……)」

「いつの間に伝説に……」


「それ、全部太一くんのお陰なんだ」


 そう渚は言うけれど、僕をあまり評価していない雫ちゃんにはピンとこない模様。


「……し、雫ちゃんも、鈴代さんの詩や短編を最初から順番に読めばわかると思うよ。最初はまだ見ぬ恋人を夢見るような無垢な少女だった鈴代さんが恋を知り男を知り、だんだんと瀬川くんにこう――」


 ――急に流暢に喋りかけて僕の視線に気づき、顔を赤らめて口篭る坂浪さん。


 いや、僕にどうだというのだろう……。

 坂浪さん、以前から渚の話相手なのだけれど、奥村さんとは別のナニカがある気がしてならない。流石に七虹香相手みたいな猥談はしていないと思いたいけれど、渚を見てきた僕としては、考えている以上に文学少女の想像力や好奇心は強いものだと知っている。たぶん……。



 ◇◇◇◇◇



 翌日の昼休み、渚と奥村さんと一緒に弁当を食べたところに七虹香がやってきていた。パーティと言っても、平日の話なこともあって――何をすればいいの?――って話になったんだけど、七虹香にしてみれば――。


「太一のパスタがあればケーキでも買ってお喋りするだけでも楽しくない?」


 そんなのでいいのか――とか思ったけど、前回、僕のパーティの時にも実は同じ話をしていた。無理して何か用意して盛り上げなくても、いつもと違う雰囲気でお喋りできればそれだけで楽しいと七虹香が言っていた。渚みたいなタイプは、例えば『王様ゲーム』とかやられても困るだけだろうと。


 そんなわけで前日に参加者からプレゼントの代わりにと、少額のパーティ代を貰って渚と七虹香、そして奥村さんの四人で買出しに行っておいた。みんなそんなに小遣いに余裕ないしね。

 ケーキだけ満華さんに買ってきてもらったそのパーティだが――。





「王様ゲェェェム!」

「「イェェェェェェェィ!」」


 満華さんの掛け声にノリノリで応える七虹香と姫野らしき声が聞こえてきた。

 いや、困るんじゃなかったのかよ……。


 僕が居るキッチンのコンロ周りからは見えないけれど、今、リビングではソファーを退けて他の部屋からローテーブルを追加してテーブルを広げ、その周りを十名の女子が囲んで座っている。――自分の家とは思えないような異様な空間だわ。


 僕はというと、たまには渚を寄こせと女の子たちに渚を取り上げられていた。それはまあいいんだけどね。渚も楽しそうだし。そして同じく彼女らの輪から弾かれた相馬と二人でパスタの準備をしていた。相馬は――料理は家庭科で習った程度でほとんどやったことが無い――とか言ってたけれど、流石はイケメン。少し教えれば何でも要領よくこなしてくれた。


 トマトソースは前日たくさん作っておいたので、剥きエビと相馬に種を抜いてもらったオリーブを混ぜてちょっと辛めに味付けしたものと、トマトソースだけ焼き絡めたものとを順番に作って相馬に運んでもらった。

 そしてリビングの方は思ったより盛り上がっていたようでひと安心。


「わわっ、すごい……」

「おいしそう!」

「相馬、早く! 取り皿、取り皿~」

「制服汚さないように紙ナプキン買ってあるから使ってね」

「和美、座ってていいから。お皿回してあげて」

「イケメン君、気が利く彼氏アピールかァ?」

「違いますよー。お皿どうぞ」

「んー、うまい!」

「七虹香もう食ってるよ……」

「太一くんたちは?」

「後で大丈夫。ほら、トマト焦がしたやつもできたからどうぞ」

「いただきます!」

「渚、いただくわね」

「店で食うより美味いじゃねーか彼氏クン」

「瀬川、あんたほんとに料理上手だったんだ……」

「パスタは誰でも簡単でおいしくできるから」

「こっちも食べてみてよ鈴音ちゃん!」

「悔しいけどこれは瀬川先輩の勝ちです」

「……め、めちゃくちゃおいしいです……」

「ん~~~~~」

「太一は何食べてんの?」

「相馬に抜いてもらったオリーブの種についてる実をつまみ食いしてた」

「種抜くの、初めてで楽しかったよこれ」

「どっちも食べたいけど悩ましい……」

「百合ちゃん、せっかくだから両方食べよ」

「まだ次の茹でてるからゆっくり食べてて」


 まあ、家庭用の寸胴で茹でられるのなんてせいぜい500gなので、いくら女子でも十人も居たら最低三回は茹でないといけない。コンロもふたつしかないのでベースのソースは一種類だけ。それでもエビの出汁が入ったものと、肉が入ったものではかなり味が違う。


「えっ、ちょっとちょっと、結局4番って誰? 誰にキスすればいいの?」

「……ニ、ニンニク食べちゃいましたしキスは……」

「良い良い、みんな食べたし女子ばっかだし!」

「満華さん、劇団のノリでやらないでください。高校生なんですから」

「仁科先輩の命令は絶対だから!」

「あー、じゃー、ほっぺでいいほっぺで」


 あっという間に食べつくしたのかリビングでまた大騒ぎを始める。キッチンでは奥村さん提供の牛フィレ肉のミンチとかいう意味の分からない肉で作ったボロネーゼを仕上げていた。


「次来たー!」

「ボロネーゼじゃん! うまそう」

「食欲に待ったされてたところでに凄いの来ましたね!」

「百合ちゃんが高いお肉買ってくれたんだ」

「フィレのミンチとかわけわからんよね」

「早く早くー」

「チーズこっちに回してー」

「……ひと口目からボリュームがあるのですが……」

「お肉おいひー」

「肉うめえ!」

「太一! ぜんぜん足りない!」

「わかってるっつーの! 男子か!」


 相馬に手伝ってもらって電気ケトルのお湯を足した寸胴で三回目を茹でながら、200gほどを四分近く先に揚げてフライパンで焦がしながら焼く。相馬にはもう一度エビとオリーブを混ぜたパスタを運んでもらう。


「おかわりきたー!」

「……あ、私それ食べてないので食べたいです」

「坂浪、よそってやるよ」

「俺、これちょっと味見したいから貰っていい?」

「いい、いい。てか食べてていいぞ」

「……俊くん、私やる」

「愛されてる!」

「あっ、やべ、ちょっと焦げ付いた」

「あー、それそれ、焦げたの食べたい!」

「太一くん、焦げてるとこおいしいよ」

「渚先輩、私もそれ貰っていいですか?」

「うん、うまい。ゲロうま」

「ゲロうま言うな」

「いやマジゲロうまだぞこれ」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど言い方どうにかしてください」

「太一くんまだ食べないの?」

「次のボロネーゼ食べる。皆は?」


 渚や七虹香はまだ結構食べるみたいだし、相馬も居るからまた寸胴にお湯を足して四回目。流石に吹きこぼれやすくなるので少し茹で汁も捨ててる。お湯が沸くまでの間にボール状のミンチを焼いて――。


「太一くん、手伝おうか?」


 渚がキッチンへやってくる。

 ダイニングテーブルでは相馬とノノちゃんがパスタを食べていた。


「お湯だけ沸かしてくれる? そろそろ入らない人も多いんじゃない? お茶でも淹れる?」

「そうだね。ケーキ出してこようか」

「太一! 後でカルボナーラ作って! 材料あるでしょ!」


 七虹香もやってくる。


「フライパン一枚、洗ってくれたら作れるけどさ、本気で今からカルボナーラ食うのかよ」

「笹島さん、俺が洗うから座っててよ」

「俊くん、私がやるよ」

「ダメダメ、ノノちゃんは相馬と座ってて。あたし自分でやるから」


 ボロネーゼが仕上がると、僕と相馬の分を取り分けてもらって残りはリビングへ。


「肉きたー!」

「これうまいよなあ」

「奥村先輩! ごちになります!」

「仁科先輩、私がよそいます!」

「うむ、くるしゅうない」

「……まだ食べられるんですか……」

「悩む……」

「悩みますよね……」

「あ、奥村さんに貰ったオリーブオイルでアーリオ・オーリオ作ろうと思ってるんですよ」

「え…………そんな…………」

「あっ、私も食べたい!」

「渚、太るわよ……」


 カチャリ――鈴音ちゃんの言葉にそんな音がリビングから複数。


「まあまあ、たまのパーティなんだから。毎日、放課後は体育祭のトレーニング続きでしょ?」

「……えっ、皆さんトレーニングなんてされてるんですか?」

「あっ、しまった。秘密だっけ?」


 姫野が慌てて口を噤むが、別に秘密特訓と言うわけでもあるまい。

 そしてすっかり濃くなってしまった茹で汁を使ってアーリオ・オーリオを作り、自分のと相馬、それから渚や満華さんたちに取り分けてダイニングテーブルに。濃くなった茹で汁で作るとオイルが絡んでおいしい。リビングの方ではケーキとお茶を準備し始めていた。


「百合ちゃん、ひと口だけ食べる?」

「う…………渚、そんなひどい……」


 なんて言いながらもひと口ふた口、奥村さんは食べていた。


「ちょっ。ちょー、何おいしそうなの食べてるの!」


 お手洗いから戻って来た七虹香が僕たちのパスタを見て声を上げる。


「七虹香には今、カルボナーラ用のお湯を沸かしてるとこだから」

「まだ食えんの七虹香ちゃん? お姉さんのひと口食べる?」

「満華さん優しい! いただきまぁす!」


 少な目に水を入れた寸胴が湧き始めるまでに、七虹香にチーズをおろさせる。カルボナーラの何が大変って、チーズをおろすことだよね。おろしたチーズの山に窪みを作って卵の黄身を落とす。白身は――いま使い道が無いからそのまま飲む。僕が飲むところを見てしまったノノちゃんは、口を半開きにしていた。


 お土産のベーコンを厚く切ってカリカリに炒め、150gの茹でたての熱々のフェットチーネと一緒にチーズの上に乗せ、七虹香にフォークとスプーンで混ぜさせて、仕上げに黒胡椒を挽きまぶせば簡単カルボナーラの完成。シンプルな代わりにクセが強いけど、僕はわりとこれが好き。


「チーズの香りがおいしいー!」

「な、七虹香先輩、それひと口……」

「ん、いぃよー」

「んん! ベーコンめちゃうまじゃないですかこれ!」

「……胃袋の大きい人はいいなあ……」

「坂浪さんも走ろ! いっぱい食べられるようになるよ」

「渚はちょっと食べすぎじゃないの?」


 ケーキは大勢で切り分けやすいようにと渡辺さんちでスクウェアケーキを頼んでおいたらしい。少量でも味わえれば十分と言う少食の女子でも楽しめるし、たくさん食べたい人もそれなりに。ただ、いちばん食う奴はカルボナーラも並べてるけど。


 三村がケーキに飾りをのせて蝋燭を立て火を付ける。僕が部屋の灯りを消し――。


 促されて渚が蝋燭の日を吹き消すと――。


「「「ハッピーバースデー、渚!」」」

「イェエエ! おめでとう渚~」

「渚、おめでと」

「先輩、おめでとうございます!」


 拍手と共にそれぞれのお祝いの言葉が送られた。

 それはもう楽しそうな渚の笑顔に僕は満足し、エスプレッソメーカーの準備を始めた。







--

 〆にカルボナーラ食うやつ!

 いやもう誰がなに喋ってるかわかりませんが、女子の会話を聞いてる男子ってこんなもんですよね?w


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