第57話 水族館デート?

 誕生日、朝から渚とお出かけした。お出かけ先は水族館。少し暖かくなってきて連休ということもあり混雑はしていたけれど、お出かけ初心者の僕たちにとっては時間の制約も無い、次どうするか迷うことも無い、近くや中に食べるところもある失敗しない安全なお出かけ先ということが判明した。


「これなら去年の夏でも行けたかもね」


 ――なんて言う渚は今ではすっかり見違えてしまった。そして水族館での人混みも、僕が傍に居さえすれば平気になったと言う。僕も、渚が傍に居るとなんだかという不思議な自信に満ちてしまう。



 水族館の中では――おさかなおいしそうだね――とか、――カニおいしそう――とか、――シャチの肌ってナスみたいでおいしそう――とか、よくある普通のカップルのような会話をしていた。……普通だよね?


 僕としては昔、図鑑で読んだ知識がちらほら思い出される程度で、総じてまあ魚だよね程度の感想だったけど、それとは別に、水槽の前で青い光に照らしだされる彼女はとても綺麗だななんて思った。


 渚はクラゲを眺めるのをとても気に入っていた。水中を上下左右にふわふわと漂うクラゲを二人で長い時間眺めていた。その間、ずっと指を絡めて手を繋いでいた。


 なるほど――と思った。最初のデート、彼女とどこへ行くか調べていた時の候補に水族館があった。少しひんやりとしたこの場所で、二人ともが水槽を眺めている。付き合い始めの彼女と目を合わすことなく、この距離で長時間居られるというのは確かにドキドキする。


 ただ、渚からは――水族館はちょっと――ということで図書館や映画館なんかになった。今から思えば、夏場の水族館ということもあって当時の渚にはちょっと厳しかったのだろう。それに、こんなドキドキする場所は僕が耐えられなかったかもしれない――なんて、何故か喫茶店巡りの流れから彼女を押し倒していた僕が言うことじゃないな。



「どうしたの?」


 暗い中、クラゲの水槽の小さな丸い窓からの光に照らされた彼女が小声で聞いてくる。


「ううん。最初のデートで水族館なんて来てたら、ドキドキし過ぎてあの頃の僕だと耐えられなかったかなって」


 僕も小さな声で返す。


「ん……と」


「――私はこんなにドキドキするなら頑張ってあの夏に来たかったかなって」


「じゃあまた夏に来ようか」


「ううん、夏はまず海だから」


「前にも言ってたよね、それ」


「うん。あの時はちょっとまだ無理だったんだけど、太一くんと行きたかったの」


「ああでも僕、海パンは学校のしか持ってないから買わないと」


「私もなんだけど……この後、買いに行かない?」


「鈴音ちゃんとじゃなくて僕と!?」


 渚は、恥ずかしいからと服はいつも鈴音ちゃんや満華さんと買いに行っていた。


「うん…………」


 女子の水着選びなんて水族館のドキドキどころじゃない。

 普段彼女の裸を見ているから平気って? そんな訳ない。


「わ、わかった……」



 ◇◇◇◇◇



 食事は水族館の中で食べた。まあ、食べたのだけど、この後のこともあって渚の体を意識しすぎてガチガチだった。初デートみたいに。み、水着ってやっぱり試着するんだよね? え、あれって試着できるの? でも試着しておかないと渚の場合色々困りそうだよね!? なんて頭の中がいっぱいいっぱいだった。


「た、太一くんのホットドッグはどう? お、おいしい?」


「あ、うん、食べてみる?」


「ううん、そうじゃないんだけど、どうかなって」


「うん、ま、まあまあかな」


「お家で作った方がおいしい?」


「そうかもね。な、渚のおにぎりは?」


「うん、太一くんと一緒だからおいしいよ。――食べてみる?」


 渚も何だか受け答えが変だった。


「あ、うん」


「えっ、食べてみるの?」


「うん……ダメだった?」


「ど、どうぞ……」


 渚はおにぎりを差し出してきたので、パクっと齧った。


「えっ!?」


「あっ、ごめん……」


 いつもの癖で口で行ってしまった。


「ううん、いいのいいの」


 渚は恥ずかし気に続きを食べた。

 僕も味なんてわからなかった。



 そうしてると後ろのカップルらしき男女がヒソヒソと話しているのが耳に入ってきた。


「ふふっ、かわいい。高校生かしら」

「みたいだね」


「初デートかな? 羨ましい」

「おいおい、俺たちもついこの間が初デートだろ?」


「高校生と社会人じゃ一緒にできないでしょ」

「それよりさ、そろそろうちに一度来ないか?」


「あんたはガッつき過ぎなのよ。まだデート三回目でしょ!」



 渚も聞こえていたのか顔を真っ赤にしていた。



 ◇◇◇◇◇



 僕たちは水族館を後にして、いくつもの小さめのアパレルショップが立ち並ぶ通りをうろうろして店先を覗いて行った。満華さんとはよく来ているらしいのだけれど、どうも彼女は及び腰。結局、店に入ることはなく通り過ぎていく。


「いいの?」


「うん、私にはちょっと入りづらいかも……」


 渚なら自信をもっていいのにと思ったけれど、結局二人は大きなショッピングモールに立ち寄り、水着コーナーへ。とりあえず別々に探そうと提案するも、一緒に来てと渚に引っ張られていく。正直、女子の水着コーナーは気まずい。


「太一くんはどんなのがいい?」


「えっ」


 どんなのがいいって、僕が着るわけじゃなし、どんなのを着て欲しいかって、そりゃ着て見せて欲しいのはあるけれど……。


「こ、こういうのなら安心かな……」


 僕は上下繋ぎの五分袖の水着――というよりウェアって感じのを指差す。


「だ、だめだよこんなの。せっかくがんばって着るのに。最低ラインでセパレートです」


 これはこれでカッコイイしスポーティで似合うと思うんだけど。何より露出が少ない。


「えーと、じゃあこういう?」


 僕が指さしたのはフリルが多めでいろいろ隠せそうなやつ。


「これもダメだよ……。上が大きいサイズ無いし、もうちょっと大人っぽいのがいい」


「う~ん……」


 正直、渚はスタイルがいいから大人っぽいのは似合うと思うけれど、あまり露出が多いのは控えて欲しかった。ただ――。


「せめてこういうの」


 彼女が指さしたのは、まあ、割と普通にビキニ。


「あんまり派手なのじゃないなら……」


 もちろん形の方が。


「色は何がいい?」


「渚なら青系か黒かなあ……」


 ――と思って想像したらやばい。エロ過ぎる。


「これとかどう? こっちは?」


 渚がイカかタコでも干したみたいになってる水着を目の前に押し付けてきた。

 ちょちょちょ、いきなりそんなことをされて腰が引ける。


「ここ、これかな……」


 焦った僕は適当に指を差した。

 渚は――じゃ!――と意を決したように試着室へ。


「えっ……」


 やばい。どんな顔をしてここで待てばいいんだ!?

 試着室の真ん前? 怖すぎる。

 売り場は人が居てもっとやばい。

 素知らぬ顔で、その辺をうろうろしていると渚が試着室から顔を覗かせる。


「太一くん、どこまで行ってるの。ちゃんと居てよ」


「ごっ、ごめんごめん」


「ど、どう?」


 そう言われ、試着室を覗き込む。

 なんだか絵面がやばく感じて恥ずかしい。


「…………」


「太一くん…………顔真っ赤」


 やばかった。何かその、グラビアとかで載っててもおかしくない。

 何だこれ? 渚ってこんなに水着が似合うの?

 上はもちろんすごい。すごかった。

 そして以前はちょっとお尻が小さめと思っていたけれど、筋肉が付いた分、ラインが三角っぽい感じから綺麗な丸みを帯びていた。


「ちょ、ちょっと大胆過ぎない?」


「た、太一くんがちゃんと太一くんのものだって主張してくれるならがんばる」


「渚はいいの? それで」


「わわ、私はその、がんばりたいので候……」


「しょ、承知……」


 なんだかおかしなやり取りになってしまったが、渚の水着が決まった。黒で。



 その後、僕の海パンを渚に選んでもらったわけだけど、いきなりビキニパンツを選ぼうとするので却下しておいた。


「ええ、なんで? だって太一くん、こういう下着好きでしょ?」


 まあそうなんだけど。わりと安定するから好きだった。

 ちょっと上からはみ出すのが玉に瑕だけど。


「いや、それとこれとは違うから。いろいろマズいし」


 普通にトランクスっぽいのでと言ったら、せめてこれでと、僕が最初に渚に提案したような、わりとピッチリな海パンを選ばれた。しかも黒。


 その後――クラゲが出る前に三回は海に行くから!――と渚は意気込んでいた。







--

 ちょこっと水族館書いて終了!――のはずが嬉し恥ずかしショッピングになりました!

 そしてまたクラゲ前三回か!


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