第55話 バースデイ・イヴ 2
皆で渡辺さんちのケーキを食べた後、渡辺さんほか、山崎、鈴木、鹿住さんは帰っていった。
渡辺さんは山崎が来ることもあって、彼女と親しい渚にケーキの配達を頼んでもらっていた。少しは話もできたようだったけれど、さっき教えたパスタを作ってみせればいいのに山崎は尻込みしてしまって機会は得られなかった。
山崎は渡辺さんに、今度ケーキを買いに行くねとは言っていたけど、渡辺さんはほとんど家には居なくて店にも顔を出さないらしい。バレーボール部ひと筋だもんな。山崎もタイミングが悪い。あと変なプレゼント渡してきたので部屋に置いてきた……。
鈴木はまあ、最初に言っていた通り、ちゃんと早めに帰った。何か企んでいないか気を付けてはいたが、思い過ごしだったようだ。渚や七虹香も気を付けていたようだけど、特に何かした様子はないそうだ。
鹿住さんはなんだろう。プレゼントにお菓子を貰った。僕の事は諦めると言っていたので、お礼のつもりなだけだろうとは思っていたのに、パスタを食べてからいうものちょっと様子が変だった。急に泣き出したり、変なことを言ってきたり。その後は大人しくしていたからちょっと上級生ばかりで居心地が悪いかなとも思ったけど、山崎が相手をしてくれていたようでその後はゲームなんかを楽しめた。
「いやあ、誕生日って結構楽しいもんなんだね」
「えっ、何言ってんの太一」
七虹香が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「友達に祝ってもらうのなんて小学校の低学年以来だから」
「なんでなんで? そんな寂しい子みたいに」
「4月生まれって友達付き合い深くなる前に誕生日過ぎちゃうでしょ」
「ああ、俺も4月だからなんとなくわかる」
「そっか、太一くん毎年転校してたから……」
「えっ、太一、そんな寂しい思いをしてたの? 七虹香が抱きしめて癒してあげるね」
「お前はいいっての!」
ただそうは言ったものの、少し前に七虹香が――誕生日なの!――と言ってきていたのを、――ふぅん、おめでと――とそっけなく返したのはちょっと悪かったなと今さら思ったので抱き着くに任せていた。
「ほら、七虹香は渚の旦那から離れて……」
三村が引きはがしてくれた。
三村はどういう風の吹き回しか、朝、渚や七虹香と一緒にうちを訪れてからというもの、いつものツンケンした態度ではなく柔らかい表情で居た。服装も渚と似たようなおとなしい格好だったのもあって、こちらも当たりを強くできず、お祝いの言葉に素直に返したら、かわいくはにかんだものだから調子が狂う。
奥村さんとノノちゃんはソファーでゲームをしていた。
奥村さんは家庭用ゲーム機のゲームなんかやったことが無いと言うし、ノノちゃんは本ばかり読んでいてこういうゲームは初めてだと言う。――あっ、すみません。ありがとうございます――とか――あっ、どうぞどうぞお先に――とか、到底ベルトスクロールアクションをやってるとは思えないような会話で楽しんでいた。
あの後でまた相馬たちのためにパスタを作ったのだけど、奥村さんはケーキを食べた後でカロリーオーバーだからと遠慮していた。ただ、どう見ても食べたそうな顔だったので、渚がひと口だけでもとフォークで差し出したら食べてくれ、とても喜んでくれた。結局渚の皿の半分くらいは食べてくれた。本人は――残酷な仕打ちです――なんて言ってたけど。
夕方頃になると、相馬たちと奥村さんが帰って行った。
奥村さんは――シャツはクリーニングしてお返しします――とか言ってたけど、天気も良かったので彼女の薄手のワンピースはちゃんと乾き、普通に着替えて帰って貰った。
奥村さん、いつもちょっと心配な感じなんだけど、渚から聞いた限りでは他所ではしっかりしてるっぽいんだよなあ。
さて、あとは三村と七虹香だけ。二人は渚と一緒に朝から来てるからそろそろ帰るだろうとは思っていた。現に三村は渚を手伝ってリビングを片づけ始めてくれている。
「太一、お風呂洗っちゃったから先シャワー浴びていい?」
「ああ…………あ?」
その声は渚ではなく七虹香だったわけだが――。
「いや何でそうなるんだよ」
「七虹香、バカなこと言ってないで一緒に帰るよ」
「ええ、だって太一の家に泊まりたいー」
「意味わからんし」
「七虹香、平気でカレシ持ちの友達んちに泊まりに来んだよな、信じらんないわ」
「マジかよ」
「平気でベッドとか覗いていくらしいし、カレシが手を出そうとして喧嘩になったり」
「友達無くすだろそれ」
「それが何でか友達には嫌われないんだよな。カレシはだいたい振られるけど」
「カップルクラッシャーかよ」
「七虹香ちゃん、手ぶらだから着替えが無いよ?」
「へーきへーき、下着はコンビニで買ってくればいいから」
いや渚も普通にお泊りの心配しないで欲しい。
「渚も調子に乗せんな。マジで覗かれるぞ」
「渚がヤられてるとこ見た――――はぎゃ!」
七虹香の脳天に一発お見舞いしといた。
◇◇◇◇◇
その後、七虹香は三村に連れられて帰って行った。
お風呂洗ってくれたのだけはありがとうと言っておいた。
「楽しかったね!」
渚が楽しそうに言う。彼女はお母さんにお泊りすると言ってきてあるそうだ。
「――んっ……」
僕は嬉しくなって渚の唇を奪った。
「ありがとう渚。こんなに楽しかったの、渚のおかげだよ」
「もぉ。七虹香ちゃんたちが戻ってくるかもしれないよ」
ふふっ――二人で笑いあう。
「エスプレッソ淹れようか?」
「いや、お昼に飲んだからもういいかな」
「じゃあお茶入れるね」
「昨日買ってくれたって言ってたよね。満華さんと?」
「そう」
渚が楽しそうにポットを準備しながら答える。
渚の誕生日プレゼントはこのポットとお茶だった。
前に欲しいものは話していたのでお茶だけ買いに行ったのだろう。
「一緒に行っても良かったのに」
「あ、うん。他に買いたい物もあったから。これとか……」
渚はちょっと透けた、レースの入った白いブラウスと薄手の黒を基調とした柄物のキャミワンピを着ていた。どちらも初めて見るものだった。そしてキャミワンピは渚が普段から好んで着てるけど、トップスはもうちょっと地味なことが多い。Tシャツとかのこともある。
「――七虹香ちゃんに相談に乗って貰って、みちかちゃんに見て貰ったんだけど、お店でいいのがあったから」
「うん、透けててドキッとした」
「昨日着てたのはここまで透けてない柄物だったんだけど、今日、女の子もいっぱい来るからちょっと冒険してみた……」
ん?
「女の子と透けてるのは何か関係あるの?」
「えっと、もうちょっとその、太一くんの奥さんアピールできないかなって……」
「…………」
「えっ、変だった?」
「いや、ううん。嬉しくてちょっと悶えてた」
無言の間に挟むように電気ポットがカタリと音を立てる。
「……あっ、お湯湧いたね……」
渚は赤くなった顔を隠すようにキッチンへと逃げた。
◇◇◇◇◇
鈴木が持ってきてくれた焼き菓子はほとんど空になっていた。
なんだかんだ言って、あいつはお菓子作りが上手になってきてる。
相馬とノノちゃんにはトマト缶を貰った。
相馬が手土産を買っていくと言って聞かなかったので、それならとパスタをご馳走してやるからひと缶100円で特売してるトマト缶を買ってと言ったのだ。せめてお菓子でもと言ってきたけど、渚が前日にお茶請けを買っていたし、鈴木が何も持ってこないとは思わなかったから、重い缶詰を買って来てくれるのは本当に助かると力説したわけだ。
おかげでキッチンにはトマト缶が積み上がってる。
小遣いを心配してやったのに買いすぎだろ相馬……。
「七虹香ちゃんと佳苗ちゃんは何をプレゼントしてくれたの?」
「いや、お茶飲んでるし、今は見ない方がいいと思う……」
「そう? じゃあ鹿住さんは?」
「何だろう? 食べ物らしいけど――」
包みを開けてみると、ボックスに入っていたのは手作りっぽいチョコレート。
「――えっと、これは渚的にはいいの? 食べても」
迂闊に僕のことを好きだと言っていた女子からのチョコレートを食べるわけにはいかない。
「お礼って言ってたし、私と一緒に食べるならおっけーです」
渚はそう言うとひとつ摘まんで僕の口へ運んだ。
「なんか初めて食べる味かも」
僕もひとつ摘まむと渚の口へ。
「うん、変わった味だね。でもおいしい」
渚はもうひとつ摘まむと僕の口へ。ただ、妙に顔が近い。
「ん…………」
チョコを放り込んだ渚は、そのまま唇で僕の口を塞いだのだ。
「――はぁ、あまぁい」
その後も、ひとつチョコを僕の口へ運ぶ度に渚はチョコを奪うように舌を入れてきた。
普段の渚は何か食べてる時にこんなことはしない。
最後まで食べ終わると渚は言った。
「ちょっと妬いちゃった」
そんなことを言う渚に、僕は抑えきれない衝動とともに彼女を抱きしめた。
体も何だかぽかぽかと温かかった。
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一旦切ります。
ちょっと短めかと思いましたけど3,000字後半なんですよね。
普段がちょっと長すぎるのです。
そして媚薬の正体は嫉妬というところでしょうか。嫉妬はもともとこの作品のテーマでしたし、拙作全体のテーマでもあります。
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